| 2021年01月19日(火) |
早朝撮影に出かけた月曜日。埠頭の端っこに立って辺りを見廻した時、すーっと胸に降りてくる思いがあった。ああここが私の街だ、という思い。 私がこの辺りに一人で来るようになってもう何十年。当時在った建物はほとんどなくなってしまった。次々新しい建造物が、古いそれらに取って代わっていった。それでも。何だろう、この変化し続ける街が、私の立つべき場所だと私には思えるのだ。 ここでいろんなものを失くしたし、いろんな傷も得たし、途方に暮れることもたくさんあった。でもそういったもの一切合切、全部ひっくるめて、私、というものを形作っている気がするのだ。この土地に生き、呼吸している気がするのだ。 シャッターを切りながら、そのことを再確認した朝。きーんと大気が凍えていた。
ほんのちょっとのすれ違い、ボタンの掛け違い、なのかもしれないけれども。そのほんのちょっとが許せないことって、ある。これっぽっち、と他人が聞いたら思うに違いない、そんな事柄であっても。それがあるからもうどうしようもなくなることって、ある。 それが絶対になってしまうことだって、ある。
息子を自転車の後部座席に乗せて公文へ。その帰り道いつもの床屋へ立ち寄る。息子の散髪はいつもここ。お気に入りのお姉さんがちょうど手隙で、息子の髪を切ってくれた。ご満悦の表情の息子を、私は鏡越しにまにましながら見守った。
いつまでこんなこと、続けてなくちゃいけないんだろう。
6月に展示を控えている。その展示内容について今改めて迷っている。今これを為していいのかどうか、と。作品は作品として発表すればいいと言ってくれる友人がいた。確かにそう言えるなあと思うのに、私はまだ迷っている。 どうしたものか。写真集は仕上げてしまったけれども。本当にこれでいいのかどうか。 もう少し、悩もう。
記念日まであと少し。 早く病院の日が来てほしい、と、先週からずっと思ってる。 |
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