ささやかな日々

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2022年01月24日(月) 
わからない、理解し合えないことを怖がる必要はない、と思えるようになったのはだいぶ歳を重ねてからだ。それまでは理解しないといけない、わかって当たり前、と思っていた。だからずいぶん、わかりもしないのにわかると小さな嘘をついてやり過ごしてきた。いまとなっては恥じ入りたい記憶。

一番わかり合いたい父母と、どうやってもわかりあえないことを思い知った時、私の中で何かが弾けた。ああ、このひとたちとは決して分かり合えない部分があるのだな、どうしようもなく理解し合えない部分があるのだな、と、受け容れるのに少し時間がかかった。でも何だろう、受け容れることができてすっと何か、憑き物が落ちたような、背中が軽くなる感じを覚えた。
それまで私は、何年も何年も、いい子を演じるのに必死だった。愛されたくて愛されたくてたまらなくて、だから彼らの望むいい子を必死に演じていた。いつの間にかそれが張り付いた仮面みたいになって、外し方も分からなくなってしまうくらい、一生懸命だった。でも、或る日性犯罪被害に遭い、すべてが変わってしまった。
被害に遭ったということ、被害によって何を失い何に苦しむのかを彼らは決して理解しようとしなかった。「さっさと忘れてしまいなさい」「どうしてあなたはいつまでも引きずるの」「もういい加減にして」等々。彼らの言葉は鋭い刃となって私を絶え間なく傷つけた。
でも、傷ついていることを認めることはなかなかできなかった。彼らは善意で言っている、彼らは私のためを思って言っている、それを受け容れられないのはそれを叶えられないのは、弱い私のせいなのだ、と、そう自分を追いつめ続けていた。でも。
もう無理だ、と悟った時。ああ、私は、このひとたちと分かり合うことは無理なのだ、と、そのことを受け容れざるを得なかった。
しばらく音信を絶った時期もあった。そういう時期を経て、ようやく、「分かり合えないところからはじめればいいのだ」と思い始めることができるようになった。そう、分からないことこそ当たり前で、分かり合えることは幸せな、幸運なことだったのだ、と、そこで私はようやく理解した。
その理解は、世界をくるり、回転させた。それまで絶望色でしかなかった世界に、一筋の光が降り注いだ。ああ、そうか、分かり合えないことは当たり前のことで、分かり合えることは幸せなことなのだとそのことに気づいて、分かり合える幸運にひとつひとつ感謝することができるようになった。父母の間だけではない、いろんな、多くの友人たちの間に横たわる縁に、ひとつひとつ、感謝をすることができるようになった。
そうやって改めて世界を見渡せば、世界はこんなにもたくさんの感謝で形作られているのだ、と、気づいた。それまでモノクロにしか見えなくなっていた世界に、仄かな色が生じた。大丈夫、まだ、私は生きていける。そう、思えた。
気づきというのは本当に、世界を変え得る。それまでの世界に希望の灯を燈し得る。今ふと思い出した言葉がある。レオス・カラックスの「映画はひとが十年かかって気づくことを一瞬にして気づかせる可能性を秘めている」という言葉。映画しかり、ひととの出会いしかり、日常のいろんなところに、気づきはひっそりと転がっている。それに気づくかどうかはもう、ただただそのひとにかかっている。

話を戻して。分かり合えないということに嘆くことはない。分かり合えないというところからはじめればいいだけなのだ。分かり合えなくて当たり前なのだから。ひとりひとり、命の数だけひとの違いは横たわっていて、違いを受け容れてはじめて、そこから始まる物語があるのだ。
分かり合えない、分からない、理解できない。そのことに恐れ戦くのではなく、ああ分からない理解できないことがこんなにもあるのか、じゃあこれからわたしたちはもっともっと親しく知り合えるのだな、と、そのことに感謝すればいい。物語はそこから、何度でも始まる。


浅岡忍 HOMEMAIL

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