てくてくミーハー道場
もくじ|前回てくてく|次回てくてく
花粉症を言い訳にしちゃいけないんだけど、やっぱり連日眠いです。
今年は特にひどい。
ひょっとして、これは、私自身の、身体的な、(何でいちいち切るの?)おとろ(ry
・・・べそべそ。
雨の日の頭痛もひどいし。
で、まぁ、努めて体を動かさないと衰える一方なので、仕事帰りには5キロ強を(ダラダラ)歩くことにしている。
BGMはKinKiだったりSMAPだったりゴールデンボンバーだったり。
昔のアニソンのときもある。
BPM的には実はアニソンが一番良い。
「宇宙戦艦ヤマト」とかが最高である(元々行進曲だからね)
金爆だとやはり今の時期には「春が来る前に」が一番ぐっとくる。
・・・って、2年前の今頃も同じような日記書いてるね。
進歩しないね。
なんかねー、「サヨナラは歩き出す」も聴いてるんだけど、やっぱ何か違うんだよな。
おそらく年齢のせいもあるだろう。また、このひねくれまくった性格もあるのだろう。
森友嵐士が書いたこの“きしみ”のない歌詞が、全く刺さってこない。
「なんて凡○な歌詞なんだ」と思ってしまう。
あの、甘酢っぱさ全開のMVを初めて見た時は、
「■ReeeeNかよ!」
と思わず口をついて出た。
作曲がJINだって知らないのにそう思った自分の鋭さ(おい)に驚いた。
汚れを知らない青春真っ只中の世間の若人どもは、こういう歌を素直に聞いて、素直に胸を熱くすればいいと思う。おばさんは止めない。
だが、ぼくには無理であった。
一方、「春が来る前に」は、何度聴いても(聴きすぎると飽きるが←おい/怒)ぐっとくる。
特に、
「『ありがとう』って言わなきゃ、言わなきゃ、言わなきゃあ・・・」(c)鬼龍院翔
のところ。
この主人公は、きっと言えずじまいなんだろうな。基本うじうじしてるもんな(←)と容易に想像できるこの悲しさ。
(エピソード的には、この曲は、当時バンドを脱退する天空城団吉さんに向けて作られた曲で、本人の引退ライブでサプライズ的に歌われた曲なので、実際には本人に伝わっている)
ぼく自身には、小学校であれ中学であれ高校であれ大学であれ職場であれ、「これが最後だ」「『好きでした』って言わないと!」みたいな経験がないので(寂しすぎるぞ!おばさん!)、なぜ感情移入できるのか自分でも解らないのだが、後になって考えてみると、
「これから(自分がその気になれば)いつかはまた会えるだろう」
と思って、きちんとお別れを言わなかった人と、永遠の別れになってしまうことが(年齢的に)増えてきたからだろう。
今更後悔しても遅いんだけれども、当時はそれが判らなかった。
卒業式で、涙しながら「絶対また会おうね!」みたいに盛り上がってる同窓生たちを覚めた目で見ていた自分のおろかさを、切羽詰ったように「言わなきゃ、言わなきゃ・・・」と絶唱するキリの声に思い知らされるから、ズンズンと刺さってくるんだろう。
というわけで、世間やMステの統計が何と言おうと()、ぼくが今の時期に一番聴きたい曲、一番胸を締め付けられる曲は、ここ5年間不動でこの曲なわけです。
そんな中、今年はいきなり桜の開花。
うっかりしているうちに、花見時が過ぎてしまう。
焦る。
早くお花見行かなきゃ、行かなきゃ、行かなきゃぁ・・・(←パク×)
春が、過ぎてしまう前に。(おそまつ)
2015年03月28日(土) |
たまほーーーーーーーーーーめ(←オイ) |
行ってまいりました『ふしぎ遊戯』(品川プリンスホテル クラブex)
これ、観た人のほとんどが等しくブログやらツイッターやらに書いてると思うんだけど、ほんとに、
思った以上に、良かった。
“思った以上に”てのが必ずつくのも、デフォな感じで(笑)←おい
おそらく、原作に関しては、大まかな設定だけ抑えとけば、読まなくても大丈夫だったんではないかと(すみません。未だに読んでない)
むしろ、読み込んで、ストーリーに思い入れがありすぎると、
「なんて大雑把な脚色なの?!」
と少し腹が立つ可能性がある。
上演時間的にやむをえなかったのかもしれないが、七星士が揃って、「さあ、これからどうなる?!」ってところで終わった感じ。「起承転結」で言えば「承」までしか進んでなくて、「『其の弐』にご期待ください」って感じの終わり方だった。
続演があるかも知れん。テニミュみたいに。←
実は正直に言わせていただければ、「現実社会では取り柄に欠ける平凡な女の子が、不思議な世界に迷い込んでその世界の相当重要な役目を担って」というのは、ほぼ少女マンガの古典的大長編『王家の紋章』だし、「主人公の周辺に、“一定の条件で結ばれた”各々強烈なキャラクターを持った登場人物たちが集結して(以下略)」というのは、漫画どころか『水滸伝』や『南総里見八犬伝』というあまりにも有名なひな型があるファンタジー。
原作漫画がそうなんだから、今回の劇化にあたってもそれを踏襲せざるをえないのは仕方がないが、正直これに関しては既視感アリアリでした。
ただ、原作者の渡瀬悠宇氏のキャラクター造形がきちんとしていたせいか、脚本上でも七星士それぞれの性格がちゃんと描き分けられていたのが良かった。
さて、出演者に関してですが、ぼくは喜矢武さん以外は皆様初めて見る人ばかり。
だと思うが(なぜ自信なさげ?)
ちょっと不思議だったのは(『ふしぎ遊戯』だけに←)、プログラムの写真を見ると、喜矢武さんよりも美形だな(おいっ!)と思う人がちらほらいるのに、実際に舞台姿を見てたときには、登場人物の中で、喜矢武さんが一番カッコ良く見えたんですよ。これ、ボンギャ視覚なのかしら?
ニコ生やテレビなんかで見るときの「厚化粧のガキっぽい兄ちゃん」ぶりはどこへやら、ステージでエアギターかき鳴らしてるときに勝るとも劣らないイケメソぶり。
普段の評価が低すぎるのかしら?
こんなにちゃんとセリフが言えて、こんなにちゃんと動ける人だとは思わなんだ。(さっきから超失礼なんですけど!)
しかも、セリフは一切かまなかったのに、カーテンコールでの挨拶では見事にカミカミだったといういつもの喜矢武さんクオリティー(笑)
予想以上に喜矢武豊を堪能できました(^^ゞ
あのトンチキ映画(こら)『死ガ二人ヲワカツマデ』は一体何だったのだろう・・・? と今さらながら謎である。
他の出演者の皆さんに関しては、まあ、作品の世界観に合ってる面々ばかりで、良かったと思います。原作を読まずに行ったので、ビジュアルの面で各キャラクターそのものだったのか、それとも及んでない人もいたのかは分かりませんが。
芝居力で言えば、本郷唯を演った伊藤菜実子がしっかりしてるな、と感心。
なんと、親友であり同級生のはずの夕城美朱 as 伊藤(姓が同じ!)梨紗子と○歳も違うらしい!
なるほど、しっかりしてるはずだ。と納得すると同時に、おばさんにはちゃんと十代に見えたことにも重ねて感心。
終わって品川の街に出てみると、意外に上演時間が短く(休憩なしの2時間強)ゆっくりお食事する余裕もありました。
もしこの話、中島かずきさんが脚色してたら(ちょっと前までは、こういう系統の話は彼の専売特許だった。最近では後続の脚本家がどんどん出てるけど)、4時間超えだったろうな。そしたら喜矢武さん、もたなかっただろうな()と思いました。
その分、めちゃくちゃ見応えのある作品になってただろうけど(って、今回のが見応えないとは言ってませんよ! ただ、若干あっさりしてた感は否めない)
舞台装置(セットが本になってる)とか衣裳とかは、世界観に沿っていてGoodでした。
出演者数(主要人物11人+アンサンブル6人)もキャパに合ってた。
なになに? 軫宿(みつかけ)役の広瀬友祐君は、今度『エリザベート』でシュテファン演るんだってえ?!
おお~、注目だ。(松山千春の歌真似、笑わしていただきました(≧∇≦))
地震が多くないですか?
北海道とか東北、長野とかで、そう大きくはないが頻繁に起きている(テレビ視てると速報が出る)
東京も、ときどき「あれっ?」ていう揺れがある。
思えば、東日本大震災の時も、その一ヵ月ぐらい前から、「あれ?」程度の地震が何度もあった。
「あれ?」程度だから、そんなに気にしていなかった。
そしたら、あれほどの大地震が起きた。
油断しちゃだめだぞ。
ちゃんと自然は教えてくれている。
実は、日に日に増え続けているBlu-rayディスク(テレビ番組を録画したものを保存してるディスク)を、本棚の一番上に置くかどうかここ数か月迷っているのだ。
迷っているうちに、床がだんだん浸食されてきているのだ。
でも、高いところにこういうバラバラ崩れ落ちてきそうなものを置くのはいかがなものか、と躊躇している。
かといって、床の上に置いておくと邪魔だ。
・・・うーん・・・(捨てろよ!とは言わないが、それ以上増やすな! by つれあい)
・・・うーん・・・(←耳を貸さない)
何かあってからでは遅いしなあ。
うーん・・・(だめだこりゃ)
それはともかく、皆様もご油断めさるな。
2015年03月23日(月) |
THE SHOW INFECTED “CONNECTION”(天王洲 銀河劇場) |
(22日に観劇)
ぼくは思います。
日本人で、マイケル・ジャクソンの歌を歌ってもいいのは、中川晃教ただ一人だと。(暴言)
いやいや、アッキーの歌を聴いたら、絶対納得してくれるはず。
いやいやいや、「日本人で」どころか、世界的に捜しても、アッキーレベルでマイケルの歌を歌っても良いという声と歌唱力の持ち主はそうはいないのではないかと思います。
昔、『シンプソンズ』にマイケルが声で出演したことあったやん?(なんで関西弁?)
あん時、マイケルが声を当てた“自分はマイケル・ジャクソンだと思い込んでるデブの白人”が、マイケルに成りきって歌うシーンがあったんだけど、そこの歌だけはなぜかマイケル本人ではなく、マイケルの声のそっくりさんとして有名なキップ・レノンが歌っていた。その声を聴いてぼくは「似とらん・・・」と不機嫌になったもんだ(彼はものまねタレントじゃないんだから!)
ちなみにこの回の『シンプソンズ「マイケルがやってきた!」』の吹き替え版でマイケルの声を当てたのは我らが()やまちゃんこと山寺宏一でしたが、歌のシーンだけはキップ・レノンのままだった。
今だったら歌のとこだけアッキーで吹き替えしてほしいな(←)
と言っても、アッキーにマイケルの“そっくりさん”をやってほしいと言ってるわけではなく、むしろ逆で、マイケルに似せて歌ってほしいとは全く思わない。
てか、マイケルに似てることが重要ではないのだ。
アッキーが、原曲と全く違うアレンジの「Billie Jean」を歌い出したとき、掛け値なしにトリハダが立った。
そこに、マイケルに通ずるソウルを感じ取ったから。
通常、ぼくは大好きなアーティストの歌を全く違うアレンジで歌われるとむむってしまう性質なのだが、あんぐらいカッコ良く原曲のスピリットを尊重した歌い方をされると、もうなんも言えねえ。(←なぜ北島康介?)
さて、アッキーらぶらぶだけで感想を終わってしまうのもアレなんで、ほかのことも書きます。
この公演をプロデュースしてくれたケンヤ君(大澄賢也)に心から感謝します。
すばらしい企画および構成演出でした。
ぼくはダンスについての専門的な知識はゼロに近い人間ですが、だからこそ、ダンスオタの自己満足かそうでないかを感覚で嗅ぎ分けられるとうぬぼれております。今まで数少ないですが「ダンス公演」を何本か観てきてそう思うのです。
出演しているダンサーさんたちは、チームではなくて、それぞれが自分のワールドでテクニックおよびソウルを磨いてきた人たちばかり。
素人にはよく分からないけれども、ジャンルも細かく違ってるみたいです。
でも、そんな彼らが一つの世界観を醸し出すためにお互いリスペクトし合いながら踊ってるのがちゃんと伝わってきて、観てて気持ちよかった。
そして、歌い手としてアッキーの他に二人、去年歌劇団を退団したばかりのちーちゃん(蓮水ゆうや)と、近年舞台でもそのお姿をちょくちょく拝見する河村隆一さま。
これもー三者三様の声と歌い方で、女コドモにはたまらん(ディスってないですよ!これはぼくの褒め言葉です!)甘いお菓子のアソートボックスみたいでした。
SCENE.1「白鳥の湖」では、細マッチョのダンサーさんたちの中に降り立った白鳥みたいな(決して「はき○めに鶴」とは申しません!)、ひときわ手足の長いちーちゃんのダンスと歌と、ヅカオタへのサービス精神も満載て感じで。
ダンスのジャンルも、コンテンポラリーあり、クラシックなボードビルスタイル(アステアリスペクト!)あり、フォッシーありマイケルあり(「BAD」が終わった時のやんややんやがすごかった。やっぱマイケル最高!)で、その流れが心地よかったです。
久しぶりに、誰に催促されるわけでもなく(こらこら、一言多いぞ?)自然にスタンディングオベイションをした公演でした。
2015年03月22日(日) |
『さくら色 オカンの嫁入り』(三越劇場) |
(21日に観劇しました)
初演、再演と見逃したので、今回こそはと思ったら、陽子(オカン)役がたぁたん(香寿たつき)じゃない!
ぐぐぐぐぐ・・・・・・と思ったが、捨て男が今回もあつくん(佐藤アツヒロ)だったので、こっちも変わらないうちに観に行くべし! と、三度目の正直と相成りました。
ストーリーについては、映画化されたのでそのCMをテレビで見てなんとなくは知っていたけど、多くは知らず。
なるほど、こういう話だったのか。
一言で書けば、ハートウォーミングストーリー。
初演は紀伊國屋サザンシアターだったのだが再演から三越劇場になっただけあって、そういう客層向けではあるかな、という感じ。
内容に関してはここに書くほどの感想は抱かなかったのですが(え)
とりあえず、お目当てだったあつくんについて。
あつくん、今年後厄(おい)というのに、相変わらず若い!イケメン!
いやまじで。
あつくんが演じた研二という役は作品中では32歳という設定なのだが、全く違和感がない。
おそらく、あつくんの実年齢をさほど気にしてない客席のお父さんお母さん方(そういう客層だった)は、
「捨て男をやってた人は、今42歳なんですよ」
と言ったら、きっと信じないだろう。
しかし、この美貌を活かすもうちょっと大きい場所はないもんだろうか? 現役ジャニーズなのに、なんだか不遇をかこってないか? という気持ちにもなってしまった。
・・・別にいいか。こういう良心的な舞台を長く続けていくことの方が俳優としては良いことなのだ。
大きいコヤでやることが勝ちじゃないことぐらい、演劇オタとしてよく分かっております。
ビッグシアターでやるものといえば、大規模な商業演劇かミュージカルだが、“元光GENJI”とはいえあつくん歌えな(黙れ)
・・・すみません。
それはともかく、この研二という役は、大阪が舞台になっているこの作品の中で、唯一インチキ大阪弁をしゃべる役。そのインチキぶりがうまい、っていうか、現にインチキなんだよねあつくんは湘南ボーイ(ネタが判る人は仲間)なので(笑)
第一印象はチャラいけど、実は苦労を知っている心優しい青年という役が、実に実にはまり役でした。
オカン役はたぁたんに代わり熊谷真実。
一応この方も役の設定(43歳)よりもっと若く見えるが、実は・・・という腹の立つ(おい)美人女優。
この作品どおり(?)、実生活でもめちゃ年下のアーティスト(書道家)と再婚しまして、サク婆役の正司花江さんにからかわれておりました。
ぼくにとっては、マー姉ちゃんの人であり、つかこうへいの最初の嫁であり、松田美由紀の姉つまり松田優作の義姉であり松田龍平・翔太兄弟の伯母さんという人である。
そんなワイドショー的ネタはともかく、やはり上手かった。
陽子は大阪弁を流暢に話さなきゃならないのだが、熊谷さんは東京出身。でも、かなり流暢だったと思うよ。
ぼくはトーホグ出身なのでネイティブな大阪弁を聞き分ける自信はないのだが。
心に傷を抱えている月子役は、再演からの荘田由紀。
目も口もデカく手足が細長く、舞台女優をやるしかないだろうなこれじゃ(おい)と思わせるお人です。
多分今までぼくが観た他の作品にも出てたと思うんだけど、今回初めてぐらいにじっくり拝見しました。
・・・知らないで観たら、お母さんがアノ人だとは分からない気もするな。あんまり似てはいない。
でも、“女優をやるしかないなこれじゃ”と思わせる容姿は、やはり遺伝子のなせるわざでしょうな。
正司花江。
ぼくが小さいころ、かしまし娘は本当に大スターで、関西圏はおろか全国的な人気を誇っていました。
あのころはもっと不美人だった気がする(こら)
お年を召してとても小奇麗な老婦人になられました。
それはともかく、さすがの間の良さ、さすがの演技力さすがのツッコミ力。
こういう役はこういう方が演じてナンボなんだろうなあ。
島田順司。
渋くてカッコ良くて、これは惚れざるをえない!←
カッコいいなあ・・・・・・まじで。
島田さんといえばぼくら新選組ミーハーオタ(勝手に「ぼくら」にすんな!)にとっては伝説の沖田総司様でございまして、でも(さすがに年代的にぼくはオンタイムでは見ていない)あのヒョロヒョロかつ飄々とした痩せ剣士が、年月を経てこんな渋く苦み走った中高年になられるとは(声もステキ!)・・・年月ってステキね。←
あつくんも、こんな風にいぶし銀な年の取り方をしていい俳優になってほしいなと思いました。
溝口琢矢。
犬の役(笑)
でも、実際には妙齢の美青年が月子や陽子に抱きついたり膝にもたれてワンワンとかクンクンとかするので、本人にちょっとでもやらしさを醸し出す何かがあったら台無しなのである。
最近の若いメンズは草食っぽいから大丈夫なのだろうか。
それか、この人畜無害っぽさは、この子の演技力の賜物なのだろうか。
宮澤寿。
彼も、初めて拝見。記号のような役どころでしたが、そつなく無理なくきれいに演じてらっしゃいました。
(登場シーンが少ないので、あんまり書くことない)
このお芝居、今回の三越劇場版だけが商業的興行で、それ以前には団体のお客さんだけに向けて2ヵ月間東北および北海道を巡業してきたらしい。
ほおー、そういう興行方法ってあるんだ。
昔ぼくらが学生の時に見せてもらった「観劇会」みたいなものなのかな。
なんか面白いな。
とまれ、あつくんのお仕事は、せっかく入ってるJohnnys Webを無駄にせずにしっかり情報をチェックしとかなあきまへんな。
ほなさいなら!(←研二風大阪弁)
2015年03月21日(土) |
宝塚歌劇団雪組公演『ルパン三世-王妃の首飾りを追え!-』『ファンシー・ガイ!』(東京宝塚劇場) |
通常、新トップのお披露目公演というのは、新トップさんのファンはともかく、組ファンやぼくのような「平均的にどの組も好き=歌劇団そのものをゆるく好き」な客は前トップのサヨナラ公演疲れ()を起こして若干フィーバーダウンするものなんですが、今回の公演は、日本いや世界的にも永年熱狂的な人気を誇る名作『ルパン三世』の劇化とあって、もーチケットとるのホント大変でした(←)
そして、だからこそ、「粋でワルくてエロくてキザな」主人公を、すみれの園のお嬢様が演じられるのかよ? という原作ファンの心配たるや半端なかったことも見逃せません。
で、観た結論から先に書きます。
小柳奈穂子、でかした。
そんで、
早霧せいな、よくやった。
実家にコミックス初版全巻(『新ルパン三世』も含む)を保管してあるおばさんは満足です。
そりゃあさ、さすがに「エロ」はありませんでしたよ。すみれの園ですから。
方向性としては、“ジブリ版ルパン”と揶揄され、一般人気はトップを誇りながらも原作ファンからはモヤつかれた『カリオストロの城』にだいぶ近いです。
クラリス≒マリーちゃん(=アントワネット)です。
元来のルパンらしからぬ、清らかな少女に優しいルパンです。
でも、時代が下って来るにしたがって、ルパンの性格も徐々にこうなってくるのはやむをえないのかもな、という昭和生まれの諦めもあるのです。
(逆に、最近のルパン(映画の『コナンvsルパン』とか、テレビ版スペシャルとか)をもう観ていない身なので、実はもうよく解ってないのです)
そんなことより(そ、そんなこと?!)、乙女系の旗手・小柳奈穂子の、ミーハー客のかゆいところに手が届く作劇っぷりに、今回も十分喜ばせてもらいました。
以下、肝心なところまで完全にネタばれいたします。
期待通りのシチュエーションでの始まり方(いかにもルパンが狙いそうなお宝の展示会場に、早速銭形警部率いる警察官集団待機)、期待通りのルパンの登場の仕方(次元と二人で変装→正体バレる!→銭形が叫ぶ「待ぁてぇ~!ルパァァアアン!」)、
そして、
あのテーマ曲!(チャチャッチャチャッチャチャッチャチャーーーン!♪)
劇場全体の温度がぐあっと上がるのが体感できました。
これだよこれだよ! これを待ってたんだよ!!q(≧∇≦)pきゃ~!
このテーマ曲そしてBGMの使用を決意し大野雄二先生にお願いした奈穂子ちゃんと歌劇団、そして許可してくださった大野先生に心から感謝。
このテーマがなけりゃルパンじゃないです(『カリオストロの城』ではなかったけど、あれは全編大野先生が音楽を担当されていたので無問題)
もうここまででおいらは大満足したのですが、お話はまだプロローグです。
秘宝の力で18世紀フランスへタイムスリップしたルパン一味(+銭形)ときたら、もうこれタカラヅカの独壇場じゃありませんか。
で、まー、なんやかんやあって(急に大はしょり)、タイムパラドックスもなんのその()、アントワネットにあっさり気に入られちゃう我らがルパン。この辺の、歴史少女マンガのパロディよろしく“細かいところは忠実に、大きいところで大嘘を”という作劇の絶妙さにも感心。
ただ、(ここ、一番のネタばれとなります)ルパンがアントワネットに、
「あなたが本当に未来から来たのなら、私の未来をご存じのはず。私は将来どうなるの?」
と訊かれて、
「子供たちや孫たちに囲まれて、幸せに暮らすさ」
と答えるシーンがあり、ぼくは、ルパンが優しい嘘をついているんだと思い、ついうるっときてしまったのですが、実はこれ、“嘘”にならないのです。
えええええーーーっ?! タ、タイムパラドックスはぁ?!
と、最初は憮然としてしまったのですが、よくよく考えれば、この“アルセーヌ・ルパンの孫”という存在自体、架空じゃん。(←身も蓋もない・・・)
現実には存在しない人物が、現実にはありえないタイムスリップをする話なんですから、その時点で何でもアリ。
架空の人物であるルパンが、実在の人物であるマリー・アントワネットをこっそり断頭台での処刑から救い出して長生きさせた、なんて話自体、ごちゃごちゃ検証するほどのものじゃないのだ(←暴論・・・/汗)
とにかく、今作の勝因は、観終わって胸がスカッとした、その一点につきます。
生徒たちのキャラクターへの成りきりぶりに関しては、ぼく自身がヅカオタですから、若干点が甘いことは承知しております。
でも、少なくともちぎ(ルパン)とともみん(=夢乃聖夏 as 銭形)には、花丸上げてもいいんじゃないかな。
ともみんは、そもそも仁が銭形だったということもあり、最初から安心して見ていられたのですが、途中「銭形マーチ」(イントロにも、60年代生まれのおばちゃんはニヤニヤ)をフルコーラスで(!)歌うシーンがあり、奈穂子ちゃんのともみんへの信頼感と愛に感ずるものがありました。とても温かなはなむけだったと思います(←この辺はヅカオタだけが判ってればよろしい)
ちぎに関しては、正直、こんなにデキる子だと知らなかったので、脱帽しました。
ちぎを覚えたのは、宙組版『外伝ベルサイユのばら-アンドレ編-』でのオスカルを観たときなので、例によってすっかり路線になってからの記憶しかないのだが、このときのオスカルが、ぼくが観たオスカル(全体で見たら少ないんだけど)の中でもかなり上位に入る役づくりの的確さだった記憶がある。
本公演では「ダンスの子」的な印象でずっときていたのだが、もしかしたら、演技力的にもずば抜けているのかもしれない。トップになってから気づくのもいささかアレだが、今後この点注目していきたいと思ったことであります。
えーと、他の生徒たちに関しては、うん・・・まあ。(←おい)
現在の雪組でておどるさんイチオシのだいもん(望海風斗)は?! というお尋ねに対しましては、カリオストロという役が、名前から想像したような(なんせ、ルパンで“カリオストロ”っちゅうたら、あれのイメージ強すぎるもんな)大カタキ役ではなくて、ちょいとドジでかわいいおちょくられキャラだったので、可とか不可とか判断できませんでした。
まあ、可愛かったです。←
で、ショー『ファンシー・ガイ!』の方なんですが。
(ん? また例の行空け)
ええ。三木(章雄)先生、過去の傑作をレンジで温め直して出してきました。(こ、こらっ/汗)
ファンシーシリーズで人気のあったあの場面この楽曲、再度観れて嬉しいわ、というオールドファン、これらのシーンは初めて観るけどステキ!と喜ぶ若いファン、そして、そのどっちでもない微妙な気分にさいなまれたあたし。と、お客さんの反応がバラけてた印象れす。
特にぼくとしては、「あの、今も記憶に残るあの名ダンス」の劣化版(←怖くて濃く書けない)を見せられたような気分がして、ちょっと悲しかったです。
今冷静に思い出してみると、そんなに劣化してたかしらん? とは思うんですが、観た瞬間になぜかそう思ってしまったの。
“ダンスのちぎちゃん”のはずなんだけどなあ。ていうか、ちぎちゃんというより、今回の雪組生たちが初演の方々に比べてスケールダウンしてたというか、組子全員で客席に押し寄せる熱気をかもし出せてなかったというか。
歌唱力も、だいもん先生だけが頼り(他の子たちが弱すぎる)だし。
娘役(というか、女役)には普通にうまい子はいるんだけど、「ザ・歌姫」ここにあり!っていう存在を活かせてなかった気がしました。
どうもここんとこショーで「今回のショーは名作だわ!」と満足できるような作品に当たらない。
ショー作家の先生方、がんばってください。
なんといってもやはり、ショーこそ、レビューこそ、宝塚歌劇団のレゾン・デートルなんですから。
ともあれ、雪組の今後には粛々と期待。
すこし時間に余裕ができたので、数日かけて『銭の戦争』を第一話からゆっくり視返そうと思ってたら(実は、オンタイムでは第三話から視始めたの)、モニターの前でカキンと固まってしまうような事件が目に飛び込んできました。
警視庁などによると、「KinKi Kids」の堂本光一(36)が主演するミュージカル『Endless SHOCK』が上演されている帝国劇場(東京都千代田区)で19日午後4時ごろ、舞台の上演中にセットが倒れる事故があった。
(スポニチアネックス 2015年3月19日 16:59)
当エントリのタイトルを見ていただいても分かっていただけると思いますが、いつものぼくのようにオヤジダジャレをかますなどの不謹慎な気持には一切なれません。
頭の中には、あの4語の英文がふわふわしてはいますが、決してここには記しません。
それくらいの分別は持っています。
それと、第一報では「重傷」と報じられたダンサーさんも、そんなにひどいケガではなかったという続報に、少し胸をなでおろしました。どうか早く快復されますように。
そのほかの、ケガをされた皆さんも、くれぐれもお大事に。
舞台上で、舞台裏で、そして客席で、怖い思いをした人たちの心のケガも、軽からんことを。
それにしても、あのLEDパネルって、800kgもあるんだ・・・。まあ、デカいもんな。
近代的な装置は、便利さ美麗さと危なさが表裏一体なんだよね。
考えてみれば、「舞台上で取り返しのつかない事故が起こる」っていうストーリーの『SHOCK』で、現実にこれだけはっきりとした事故が起こったのは、天災(東日本大震災)を別にすれば、今回が初めてじゃないか?
15年間やってきて初めてっていうのは、今までスタッフさんたちが決してたるんでなかったことの証明だと思うし、これからも気を引き締めてお仕事に励んでほしいと思う。
もっと大きな事故が起きないための“知らせ”だったんだと思って、厳重にチェックの上ご再開ください。
そして、何事もなく千穐楽を迎えられますように。
長年生きてきて、2月14日とも3月14日とも全く無縁の生活を送ってきた寂しい中年のぼくでしたが、3年前からは、3月14日と15日は、ちょっと心が浮き立つ日になっています。
ゴールデンボンバー自体は2010年の暮れぐらいに知ったのですが、2011年の3月は、正直心が浮き立つどころの状態でなかったからね。
その年の夏に、「眠たくて」がPCでなくテレビから頻繁に流れるという快挙を成し遂げたわれらが金爆、あれよあれよという間に“ヴィジュアル系インディーズ界の人気者”から“テレビの世界のニューカマー”になりました。
2012年の1月に日本武道館公演2Daysを大成功させたあたりから快進撃が始まり、その年の3月は、それまでの3月とは騒がれ方の規模が違ったであろうと推測されます。
いや、2011年11月28日、研二の誕生日に『オバマブログ』のコメント数がアメブロ内1位(25669コメ)になったあたりから、様子が変(おい)になってきたことでしょう。
「俺たちの大島優子ちゃんをいきなり抜いたこのふざけた白塗り野郎は誰なんだあ~~~っ?!!!」とAKBヲタを震撼させたそのパンいち男こそ、樽美酒研二30歳その人であった。←
あれから3年3か月(←きみまろさんですか?)
当時お肌ツヤツヤ、頭髪フサフサ(おいっ・・・!)、お目目くりっくりだった喜矢武豊さんも、今年めでたく30歳。
人が年をとるのは早いもんですなあ。←さっきから、変よ?
てなわけで、キャンさんおめでとう。お体と頭髪大切に(な、なぜぼくが好きになる男性タレントは頭髪の心配ばかり・・・←よせ!)
『ふしぎ遊戯』のチケットとれたから、当日へ向けてちょっとずつわくわくしていこうと思います。
前楽なので、それまで力つきないようにね! いきなり主演が交代してたらびっくりするから!(参照:スポニチアネックス3月19日の記事)←あ、日付詐称がばれた
さて、それもあるけれども、毎年ホワイトデーには、「バレンタインのチョコレートやプレゼントをくれなかったお礼に(←こういうところが彼らしい)」動画をアップしている鬼龍院翔。
いや、2011年までは普通に受け取っていたらしいんだけど、その年の5月に、ファンからのプレゼントがらみでちょっとした(でもある意味重大な)事件があり、プレゼントを遠慮します宣言をしている。
なので、ホワイトデーの動画は、「お返し」というより、キリショーからファンへのプレゼント(まあ、こじつければ「応援へのお返し」?)なのだが、これが年によって当たりハズr★☆ヾヾ(-_- )バシバシッ!
・・・ごめん。
大きく「歌唱もの」と「パフォーマンスもの」、そして「オリジナルソング」に分けられ、ギャにはやはりオリジナルものが人気が高いみたいだ。
2011年に配信された「らふぃおら」、2012年に配信された「泣かないで」は、いずれもその後ゴールデンボンバーの楽曲としてリリースされている。
で、今年はというと、2013年のキリタロー。に続く「パフォーマンスもの」で、題して「一人で情熱的になってみた」(←もうメンドいのでリンクは張らない)
ブログを読んで「相変わらず暗いな三十路にもなって」と自分のことを棚に上げ動画を見てみたら、一人で「ひとりKids」に扮し「情熱」を歌い踊るキリの姿がそこに(*^^ゞ)
いやぁ~翔君(て書くと、別の翔君みたいだが)、KinKiオタのために(?)ありがとう。
また『新堂本兄弟』に出てね、と言えないのが辛いが、また何かの機会に共演してくれたらと思います。
しかし、意外に踊れてるのにびっくり。
よく覚えたなあ、というか、何を見て覚えたんだろう? Mステあたりかな・・・?
しかも、ただ振りをマネしてるのではなく、二人の踊りのクセを可能な限り再現(テクニック上無理なところはともかく)していることに、心から感心。
Gacktの言うとおり、宇宙人ショーはやはり只者ではなかったな。
と喜ぶぼくであったが、正味高年齢化してるKinKiオタ(←黙れババア!)と違い、金爆ギャは未だ本当に低年齢層が多いことを思い知ったのは、ニコ動やYoutubeへのコメントに溢れる、
「この曲初めて知った」
だの、
「左は淳くんだよね?」
だの、
全く元ネタを知らない世代の感想であった。
おばさん、ちょっとブルー。ホワイトデーなのに、ブルー。(←)
気を取り直して。
この曲がヒットしていた頃、キリは16歳。高2だったはず。
バンドをやりたいと思いつつ、当時のメンバーと目指すところが違いすぎてうじうじしてた時代でしょうか。
もし同じクラスに喜矢武さんみたいな友達がいれば、リアルで「ふたりKids」を休み時間に教室でやって周りから喝采を浴びてたかもしれないね(まあ、当時の喜矢武さんだったら、こういうことに付き合ってはくれなかっただろうが)
人生とはつくづく判らんものです。
(おばさん、重いよ)
しかし、キリタロー。のときは背景が事務所の倉庫()という手抜きさ加減(衣裳はばっちしだったが)だったのに、今回はなんで宗谷岬?(ツアーで行った時の写真をコラしてるだけで、本当に現地で撮影したわけではない)
このばかばかしさが、やはり憎めない。
(本業への期待)今、楽曲製作中のようなので、リリースを楽しみに待ちたいと思います。
2015年03月14日(土) |
『十二夜』(日生劇場) |
ヨハン・エンゲルスの装置がとってもステキだった。
んでも、『十二夜』というより、どちらかというと『夏の夜の夢』っぽいというか。
あ、『夏の夜の夢』といえば、去年再演された『PUCK』(宝塚歌劇団月組)の感想をまだ書いてなかったな。ぜひ言いたいことがひとつあるのに(じゃ、今書けよ)
・・・いえ、今は関係ないのでやめときます。次回の月組公演を首尾よく観れたら、そのときに書きます(こういう約束は必ずやぶるクセに・・・)
さて、『十二夜』は何種類か観たことがあるわけですが、毎度理解に苦しむのが、サー・トービー一味(特にマライア)がマルヴォーリオを嵌めるくだり。
マルヴォーリオがいやみでいけ好かないやつっていう部分がどのカンパニーの場合も説明不足で(もともと脚本がそうなんだからしゃあないらしい)、観客がトービーたちの味方になれない(少なくともぼくはそう)
つうか、トービーってろくでなしじゃん。オリヴィアも、血がつながった叔父さんだから屋敷に置いてるけど、その傍若無人ぶりには手を焼いてるし。
なので、賢くて策士()のマライアがなぜこんな呑兵衛おやじに首っ丈なのかが実に理解不能。
恋心は理性を凌駕してしまうものなんでしょうかね。恋心と長年距離を置いてるあたしには理解できませんが(←)
恋愛感情に疎いぼくみたいな人間が、ほぼ恋愛の拗れで成り立つ(恋愛が重視されてないのは、それこそ四大悲劇ぐらいだもんな。いや、四大悲劇でも『オセロ』や『ハムレット』では、けっこう重要な要素である)シェイクスピアを観て理解できるのか、という初歩的な疑問に突き当たってしまうわけですが、それは許してください。今回も、役者が観たかったんです、正直に言います。
で、その登場人物たち。
双子を同一人物が演じるというのは、当然のようでいて、実はあんまりないらしい。
何でかっていうと(有名作だから勝手にネタばらしします)、ラストシーンに二人とも舞台上にいなくちゃならないから。
この辺をどうやってクリアするかも演出家の腕の見せ所かもしれない。
今回は(ここは本当にネタばれだから!)
・・・はい、書きませんので、自由にご想像ください。
ちなみに、やはり双子を一人で演じている『NINAGAWA十二夜』よりも、けっこう大胆な演出でした。
「わかるよね? そういうことだから。じゃ!」みたいな、感じ(なんだそりゃ)
あんだけ大胆すぎると、観客の方も、「う、うん・・・わかった」みたいな気になります。
そんで、その役(ネタばれしないように書くって難しい・・・)を演ったコの、“独特の技巧を要求される”せりふまわしが上手で、「あれ? うまい女優だなー」と思ってたら、なんだ、元(もうお分かりですね? これ以上は書きません)
あんまり長くいなかったよね? ぼくは知らないコでした。ごめんなさい。
で、それはともかく、キム(音月桂)の二役、言ってみればヅカ時代からのファンへのサービス的な感じもしたのだが、そもそも女顔で小柄なケイちゃんなので、ヴァイオラ(というより、シザーリオ)の時の不自然感ゼロ。
だからといって、男にしては華奢で美しすぎるセバスチャンも、「だって双子じゃん」で済むとぼくは思った。
逆に、今までいくつか観た「ヴァイオラとセバスチャンを別人が演じる」ケースでは、「双子なのに、全然似てねぇ・・・(怒)」ってことが多かったので、ぼくはこっちの方が好き。
あえて言うなら、もし今回セバスチャンを男子が演るんなら、塚本高史くんが演ってほしかった(笑)
身長違いすぎるけど。
美声(歌がちょっとありました)も聴かせていただいたし、ケイちゃんファンにとっては満足のいく公演だったんじゃないでしょうか。
美声といえば、成河の歌のうまさにびっくり。この人の“歌う”役って今まで観たことなかったっけ?
ぼくは、シェイクスピア作品に出てくる道化っていまいち感情処理に困る(「道化」って何のためにいるのか解んないことが多い)んだけど、今回のフェステは良かった。『夏の夜の夢』のパックに匹敵する役なんですね。
で、彼を筆頭に皆さんすごい実力のある方ばかりのキャスティングで、ともすると「教科書の朗読」みたいでスラスラ上手にしゃべってるんだけど全然意味が伝わってこないことが多いシェイクスピアもの(え? 特定の公演をディスってるわけでは・・・)とは違い、今回非常に芳醇なシェイクスピア劇を観せていただいたと思います。
観ながら何度も「うわっ、うまいなあ」と唸ったもん。
特筆するなら、実はあんまり期待してなかった中嶋朋子がめっちゃ良かった。
彼女が出たシェイクスピアものといえば『リチャード三世』を観たことがあったが、あれは作品の内容もあって怒ってばっかりいたから( )、こんな喜劇もできるんだ、と、新鮮な感動でした。
さてと。明日はちょっと暖かそうだな。
布団は干せないが(花粉があるから)、徐々に春物を出していくか。
めっちゃ寒い。
そして乾燥している。
これはつらい。
4年前の被災地の人たちのつらさを思えば生ぬるいつらさだが、ぼくも4年分老いてますし、今年の花粉症はとっくに来てますし(周囲のアドバイスを初めて素直に聴いて、今年から医師に処方してもらってるのだが、それでもやはりつらい)、無理はききませんので、『銭の戦争』の録画を視たら(いや、すぐ寝ろよ)、風呂入って寝ることにします。
あー足が冷える。
(こんなどうでもいいエントリのために出てきたんか?)
じゃあ、何か書こう(自己撞着)
今更書きますが、さっき、昨日の『SMAP×SMAP』の録画を視ていてしみじみ思ったんだが、この番組って、4年間ずーっと、プログラムの最後に「支援金寄付のお願い」(最初の1年は「義捐金」)を欠かさず放送してるんだよな。
誰(間違いなく複数だと思うけど)の意思によるものなのかは推測でしかないが、こういうところが本当にすごいな、人間力のレベルが違うな、と心から思う(例え発案者が某放送作家だとしても、この賞賛は撤回しないから安心してね←)
この4年間、一週間に一度、必ず被災地に思いをはせるきっかけを作り続けてるテレビ番組って、ぼくが知る限りでは『スマスマ』だけだと思う(Eテレの『福島をずっと見ているTV』は月一だから)
もちろん、声に出して発してないだけで、さまざまな活動を続けている人たちはいっぱいいるに違いないし、地道に取材や報道を続けているマスメディアもあるんだろうけど、こうやって、日々うっかり過ごしているぼくたちに、週に一回「忘れんなよ」って呼びかけてくれるのって(しかも、毎回新しく撮ってる。使い回しじゃない)、すごい根気だし意志だと思う。
というわけで、お金も体力も人様にさしあげるほど持ち合わせがないわたくしは、先日献血をしてまいりましたが、ちょーちょーちょー久しぶり(それこそ何年ぶり)にLDLコレステロールが基準値内で欣喜雀躍。
ん? きん(←わざとらしい)・・・。
えーと、今度のお休みにゆっくり視ます。翌日のことを考えながら焦って視るのはもったいないので。
おやすまなさい。
2015年03月10日(火) |
『クリエ・ミュージカル・コレクションⅡ‐マリオ&アッキー編‐』(シアタークリエ) |
ぼくからしたらどっちも魅力的なキャストなのですが、やはり年齢的に(こら!)こちらのキャストの方が集客力があったようで、平日の昼しかチケットとれませんでした。
キャストの交替に伴って、何曲かナンバーも入れ替え。
本役じゃないのに『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』や『ミー&マイガール』の曲をサクサク歌いこなした(田代)万里生くんももちろんさすがだったのですが、やはりぼくとしては、アッキー(中川晃教)が歌った『モーツァルト!』からの二曲(「僕こそ音楽」は、オマケみたいなもんだけど)に、心底満足。
「僕こそ音楽」になぞらえて言わせていただけるならば、
アッキーこそヴォルフガング。
あのね、歌がうまいとか、ルックスがどうとかじゃないの。(←何気に失礼)
『モーツァルト!』のヴォルフガングこそ、“演じちゃいけない”役だと思うんだよ。
「役者じゃない、芝居はできない。見かけどおりの奴だよ、この僕」と歌うヴォルフガング、「ミュージックだけが生きがい」と歌うヴォルフガングに、元々ミュージカル俳優じゃなく、シンガー・ソング・ライターから出発していた、歌の実力以外に武器のない(だいぶ失礼ですよ!ておどるさん!!)アッキーがドンピシャはまってるんだよ。
まあ、初演時とは違い、アッキーもいくつかの作品でいろんな役を演じて、俳優らしくなってきたけれども、これまでのところ、『モーツァルト!』のヴォルフガング以上にはまり役は未だにないと思ってる。
あ、そうだな、『ウェディング・シンガー』のロビーなんかも合ってるかも。
・・・別に、(井上)芳雄くんの役を奪えとか言ってるのではなく、芳雄くんが、仁に合わない役をやりすぎなんだよ。ただ、日生劇場での初演は「ムリがある・・・」と思ってたけど、クリエで再演された時には演技力の爆上げによりかなり面白くなってはいたが。でも、やはり彼の“仁”ではない。
とにかく、何とか再びアッキーのヴォルフガングを観たいものです。諸事情がクリアされれば・・・(以下、めんどくさいことになるので(コラ)略)
そんで、「罪を着せろ」を、キャスト2人チェンジでもう一度聴かせていただいたわけですが、今回加入した2人は、年齢的なこともあるのだが、いわゆる役どころがベビーフェイス(悪役をやらない)なので、凄味が不足。前回の2人の方が迫力も色気も勝っていました。
やっぱ、ミュージカルナンバーっていうのは、「上手に歌える」だけじゃダメなんだってことを実感。
だからこそ面白いのよね。
そして、同じ人が同じ歌を歌っても、その日のコンディションとか、聴く方の気持ちの違いとかで全く違って聴こえるのがライブの素敵なところ。
今回は、『マリー・アントワネット』より「すべてはあなたに」が全ナンバー中最もぼくに刺さりました。
実はぼく、この作品あんまり好きではなく(それこそ、アントワネットが好きになれない)帝劇の再演を観ていないので、コンちゃん(今拓哉)のフェルセンを観てないのです。よって、今回のコンサートで初めてこのデュエットを聴いたんですが、いやー、今日のはしびれた。
なんてりりしく、誠実なフェルセンでありまっしょう!
まあ、作品の中では、(『ベルサイユのばら』とは違って)けっこう身勝手な貴族根性をお持ちの暴君なんだけど。初演は芳雄君で、なにせ若いし(なんか、今日は年齢のことばっかりですね)王子王子してたから、この作品でのフェルセンの“本質”を表現しきれていなかったのかもね。よってぼくもこの作品の本当の面白さを受け取ることができなかったのかも。
まあ、大人気クンツェ&リーヴァイの作品なのに、2007年以来再演されてないので、世間一般の人気も薄いんだと思うけど。
コンちゃんのフェルセンで、きちんと観直したいなと思いました。
あと、前回観たときも、本編になんら関係なくじわじわきたのが、「Still Believe in Love」を歌った時の保坂(知寿)さんのドレス。
バストあたりと裾の中間あたりで色が切り替わっていて、上下が黄色で真中が水色。
ふなっ△ーやん(≧∇≦)←黙れ(怒)
カワイかった(笑)
それと、『42nd Street』より「Young & Healthy」を歌い終わった後にカナメちゃん(涼風真世)がポツリ、
「告白します。私、若くないんです」(歌詞が「二人若くて健康~♪」という、コテコテ直訳なものでさすが岩谷時子先生というか・・・)
客席がドッと湧きましたが、まあ、カナメちゃんもキャリア長いし、“若くない”ぐらいはみんな感じてはいると思うのだが、実年齢を知ってる人はどれくらいいるんだろう。
・・・化け物やでえ、この女は(おいっ!)
まあ、在団中から「宇宙人」呼ばわりされてましたけどね。
ちなみに、おら、このヒトと同い年だ。
・・・・・・ぶ、ぶるぶる・・・(←いい加減にしなさい)
何だあの菜箸みたいなまっすぐで細い脚はあ!(錯乱中)
(吉野)圭吾くんも、「実は・・・僕も若くないんです!」と笑わせていたが、(確かに、観た目からは想像できない実年齢)カナメちゃんには敵わんだろ。
俳優に“年齢”など、ない!(い、いきなり何を・・・?)
そんなわけで楽しかったです。今後上演される彼らの出演作もますます楽しみになりました。
つーわけで、おひらき。
2015年03月07日(土) |
『天才探偵ミタライ~難解事件ファイル「傘を折る女」~』(フジテレビ) |
うん。日付詐称だよ。(←石岡君ぽく)☆\(--;)すぐ調子にのる~
視せていただきました。はっはっは。(何なの?その変なノリは)
はっはっは・・・(←高橋警部っぽく)
あのお、島田荘司先生のご高名はかねてより伺っておるのですが、その御大のトップ人気を誇るシリーズって、こんな◎★※な内容のものが多いんですか?
すさまじく「偶然」と「偶然」が重なったがゆえにやたら難解になった事件を、「理論的に考えれば当然だ」とおすまし顔の天才探偵がズバリと解き明かして、
「なあるほどお~!」
って周囲が感心しておしまい、だなんて・・・。
ミステリーなめ⇔*@のか?!(こ、こら・・・/大汗)
いろいろ突っ込みたいところは山ほどあるんですが、その瑕疵が、原作そのものにあるのか、ドラマ化によりおかしな方向に脚色されてしまったのか判らないので、その点に関しては、まずは原作をきちんと読んでから再度言及したいと思います。
なので、ドラマそのものすなわち、キャストと演出に対しての感想。
主役・御手洗潔を玉木宏くんが演じることを原作者も切望していたそうで、イメージはぴったりなんだろうな。なにせ原作を一ページも読んでないぼくがあれこれ言う資格はないのでございますが、わざと読まずに視たのは、先入観なしで「御手洗潔」が魅力的かどうかを判断したかったというのもある。
急いで1回、そしてじっくり1回、都合2回録画を視たんですが、なんか、今まで見たことがあるキャラクターだなあ、誰だっけな? と歯がゆい思いをしつつ、
「あっ!」
と思いあたった。
『ガリレオ』じゃね?(そ、そうかな・・・?)
ま、『ガリレオ』自体をぼくはちゃんと視てないので自信を持って言えないのですが、玉木くんが、
「実に面白い・・・」
てなことをつぶやいても、視聴者の誰も「ドラマ変わってんじゃん!」て突っ込まないような気がするほどエヅラがそっくりだった気がしますぞ。
それと、御手洗さんて“脳科学者”だったの? あとから来たやつに追い越され(『水戸黄門』の主題歌ではござらん)た感がすげえんだけど、既に『MR.BRAIN』というドラマが作られちゃったからさ、往年の大スター(御手洗)がもったいぶってるうちに、新参者(九十九龍介)がブレイクしちゃった感じよ? まあ、木村拓哉にやられちゃ太刀打ちできないけど(今そういうことを書くな。ややこしくなるから)
『ガリレオ』に戻れば、頭ん中で情報を超高速で整理してるエヅラの時に、黒板に数式をガシガシ書きなぐり始めなかっただけまし(それをやっちゃったら、完全にパロディ)ではあるが。
『MR.BRAIN』はぼくは視てないから、九十九が事件を解決するときの“お決まりのシーン”がどんなものなのか知らないのですが、やっぱり似たようなもんだったんじゃないかと気がかりではあります。
そして、今までわざと思い出してないふりをしてきましたが、オタとして知らん振りはできないので正直に書きます。
“一人で外出することがまれ”な安楽椅子探偵って・・・、完全に『リモート』の氷室警視ですよね?←見えてるぞ!
ただ、それにしては、彼の相棒・石岡和己は、ぼくが想像(というか期待)していたような、「安楽椅子探偵に必要十分な情報を過不足なく収集してくる人」(『リモート』でいう彩木くるみ)のような役どころでなかったのが肩透かし。
そもそも、御手洗は氷室光三郎みたいに(あ、名前出しちゃってるし)一歩たりとも部屋を出れないようなトラウマホルダーではなく、殺人事件の現場につかつかと入り込んだり、一人で真犯人の故郷まで赴く(これに関しては、原作ファンというか御手洗ファンの皆さんにはかなり不評っぽい。ミタライはほぼそんなことしない性格らしいです)ほど行動力のある人物。
それに、事件解決に必要な情報は、人の良さそうな高橋警部と、男ばっかの主要キャストに彩を添える(というか、よくある“主人公の天才ぶりに懐疑的な”役割のキツイ性格の)女性キャスト=樫川警部補が持ってきて、石岡君は結局何のためにいるのだろ? と若干の疑問を持たずにはいられないのであった。
原作は小説なので、そこがミソなのだが、御手洗シリーズは、ほとんど「作家・石岡和己が書いてる」態で書かれているらしい。
つまり、ワトソン君なのね。
そういやワトソンは、ホームズに何かヒントを与えたり、必要な情報を集めてきたり、みたいなことは別にせず(時々頼まれれば、やる)、ホームズが解決した事件を小説にまとめて出版して、ホームズの名声を高めている、という立場の人(職業は小説家じゃなく医師だが)
むしろ、事件解決の現場では、「君は肝心なことを見落としているね」だの「凡人ならそう考えるだろうね」だの、ワトソンが事件について述べると、さんざん失礼なことを言うのがホームズである。
そんな、性格最悪のホームズに腹も立てず、懲りずに付き合ってあげてるワトソン先生は偉いなあ・・・と、小学校6年生のころにホームズシリーズをむさぼり読んでいたぼくは、後になってしみじみ思ったのである(小学生の時には、ホームズのすごさしか印象に残らなかった)
・・・すいません。ホームズのことになるとオタ化してしまって。
してみると、石岡君も、変人・御手洗潔の「人間的にダメなところ」<<<<<<「頭脳的にすごいところ」という認識で、失礼なふるまいはさらりと受け流せる懐の大きさを持った人物なのかもしれない。
若干の○女子狙いもありそうな男二人のバディ物だが(その大成功例は『相棒』だが、あちらの場合、○女子狙いを微塵も感じないからこそ成功したのだとも言える)、もし、この作品をシリーズ化するもくろみが制作側にあるのだとしたら(映画化は進んでいるらしい。・・・なんか『スシ王子』の悪夢が・・・って、コラ!)、御手洗と石岡の関係性を、原作から逸脱した“愚かしい層向け”にはしないでほしい、と、心当たりがあるからこそぼくは危惧する。心から願っている。
だって、事件の解明とは無関係にちょろちょろと登場する割烹着だの、トナカイ着ぐるみだの、誰へのサービス? まさか、これのためにキャスティングされた? とざわざわしちゃったんですけど。
10代のころの光一さんだったら、ぼくもキャーキャー喜んでたでしょう(ショタですが、何か?)
でも、もう、36歳の立派な△△(都合により伏字)だぞ。
やけに暗い画質のせいで、うっすらド×ボーヒ◎がすけて見えるお年頃だぞ?(←うるさいっ!!!)
ジャニタレに萌えコスプレさせときゃオタは喜ぶんだろ? みたいな制作側の意図が感じられて、非常に不快でした。ぷんすか。←
また、コスプレとは関係なく、石岡が着ているワイシャツとかスーツが明らかに時代遅れというかダサいのは、これは原作指定なんですか?
ドラマの時代設定もわかんないしなー(原作の『傘を折る女』は2006年発表なので、そんな大昔でもない)
30TBのハードディスクをテレビにつないでるくらいだから、現代かもとは思うんだが。
いろいろ謎は残った。
シリーズ化が現実なら(ラストシーンの「to be continue ?」には、「まじ?」という嬉しさと「これで続かなかったら(諸事情でそうなることはよくある)みじめやな・・・」という心配が混じってフクザツな気持ちでした)、その辺を丁寧にほぐしながらやっていってほしいんだがな。
何だかんだ言いながら、続編は見たいです。
高橋警部のかっちゃん(勝村政信)は手練のバイプレーヤーぶりで大安心して視れたし。
坂井真紀ちゃんは、上にも書いたようにキーキー怒ってるだけの“主人公に懐疑的”キャラなのが気の毒だったが、やっぱそういう人ってこの手のドラマには必要なのかな?
確かに、主要人物が男だけってのは、いくらなんでも色気がなさ過ぎるしな。
『ガリレオ』でいう柴咲コウとか吉高由里子みたいなのは必要だろうな。
でも、そういう役目の女性キャラなら、もうちょっと新鮮味のある女優の方が(おいっ!)
言っちゃ悪いが、1回目を流して視たときのこのドラマの印象は、
「出演陣、地味だなあ」
でした。オタのぼくだから光一さんだけは別に見えたんですけど、世間一般の視聴者(うちのつれあいみたいな)からすると、
「一時代遅い」
そうです。“今をときめく”人が誰一人出てないそうですあーそうですか(夫婦仲険悪化←嘘)
・・・実は、ちょっとだけうなずいちゃいました。
でも、テレビ朝日の土曜ワイドとかでも、「この枠でしか目にしない俳優」ばっかじゃないか『スペシャリスト』は別にして。
二時間ミステリー&サスペンスものとかって、そういうもんじゃないの? と、普段ほとんどテレビドラマを視ないぼくは低体温状態で拝見したのでございました。
なんかすいませんね。
とりあえず、島田荘司作品には興味がわいてきたので、これから何作か読んでみたいと思います。
|