てくてくミーハー道場
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| 2016年03月31日(木) |
三鷹ーーーーー!!!!! |
はっ・・・いかん、乗り過ごしてしまった。
すみません。いつもふざけてしまって。
びっくりしたわ、あたし。(^^;)
羽生君がすんげー負けず嫌いなのはここ1年半(あ、自己紹介します。ニワカです。よろしく←)で学習したけど、今回の咆哮は、まじでビビったわ。
えと・・・ただ、何を「見たかぁーーーっ!!」だったのかについては、考察も憶測もしたくありません。絶対的外れなこと書いて、後で恥かくのわかってるし。小心者なんです。
さてそこで、書くことはただひとつです。
羽生君、カッコいい。
えっ? ニワカミーハーのたわごとは聞きたくない?
失礼しました。
ショパンの後に(つうか、滑る前もだったが)あれはちょっと荒ぶりすぎだろ、と非難する人たちがいそうだな、とちょっと心配にもなったけど。
ギャップ萌えには大好物過ぎて大笑いの瞬間でしたよ。
まず、ウォーミングアップ中に何やらデカい声で歌ってた(これは、しょっちゅうやってることらしい)ところが、ものすごくツボに入ってしまった。
ワンオクでも歌ってたのだろうか。
生声が聞きたかった(←感想がミーハーすぎますよ?)
それと、出る前に体バシバシ叩いてたのを初めて見てびっくり。
まるでゴリ○のドラミングではないか。
いや、あんなスラリとした○リラは世の中におらんけども。()
実は、NHK杯の時に書きたかったけど、「不遜かな?」と思ったので書かなかったことがある。
あの時の羽生君て、猫カフェに紛れ込んだサーバル(※とてつもなく跳躍力のある小型のビッグキャット)の子みたいな感じだなと(「鬼神」とか言われてたフィニッシュの表情が、ぼくには野生の猫系に見えたのれす。それか、「義経だと思ってたら弁慶だった」という歌舞伎オタ的感想も抱きました。あのフィニッシュポーズって、歌舞伎オタにはすごいなじみ(笑)があるのよね)
「ずいぶん跳躍力のある子だね。ベンガルかしら?」とか言ってたら、実はサバンナ産の猛獣だったみたいな。
そしたら今回、ライオンだったことが判明、みたいな。
いえ別に、演技後に吠えたからライオンだって言ってるのではなく、百獣の王っぷりがそう見えただけで。
しかし、負けず嫌いは知識として知ってはいたが、こんなに興奮してるとこは初めて見たな。
まあ、そういう、前後の話ばっかするのが素人の悲しいところで、肝心の演技でございますが、あんだけガウガウ(←マンウィズさんじゃないんだから)してたわりに全く大荒れすることもなく、それどころかジャンプもスピンもバシバシ決めて110.56というグランプリファイナルに次ぐスコア!
ただもんじゃねぇ・・・(震)
なんなのよこの子・゚・(ノД`;)・゚・
見事すぎて泣けてくるわ。
これほど自己コントロールができるアスリートって、そうはいないよなあ。あんまりスポーツに詳しくないから断言はできないが。
そんでもって、ここ半年でぼくもプロトコルの見方というのをちょっとだけ勉強しまして。
今日の羽生君の採点表を見てみたら、まあ何と美しい数字の配列。
もし自分の息子がこんな成績表を持って帰ってきたら、ぜってえフェイスブックに載せるぜ。嫉妬のコメントすら心地良いぜ(もちろん現実にはそんなことしません。そもそも息子いません)
あさっても、点数とかはもうどうでも良いので(本心だよ)、羽生君の納得いく演技ができますように。
| 2016年03月27日(日) |
いのうえ歌舞伎《黒BLACK》『乱鶯』(新橋演舞場) |
これまた、ぼくの先入観のせいで期待値がいつもより低かったことをお詫びせねばなりません。
まず、前宣伝で耳にした、「大人っぽい新感線」って何?!
いい年してバカ満開なのが新感線なのじゃありませんこと?!
と、いのうえひでのりさんのご期待通りの反応をいたしました。
荒唐無稽、完全娯楽であってこその新感線なのに、“ちょっといい話”をやろうなんて(そんなこと言ってたっけ?)それはだぁーめだ、いのうえさん。(←何様)
なによ、年とって(体型以外も)丸くなったの?(←無礼者)「いつまでもバカやってらんないよ俺も」なの?「最近、唐揚げよりナマコ酢が旨いんだよ」なの?(なんのこっちゃ)と、勝手に先読みして失望して、でもチケットはとった。←
安心した。
バカ満開ではなかったが、確かに「鼻の奥がツンとくる」山葵のきいた話だったが、ちゃんと新感線だった。
ネタばれは一発大きいのをしますので(細かくはしない)、ここで注意喚起。
今回の脚本・倉持裕氏の芝居は、たぶんぼくは今まで観ていない。観てるけど忘れたかも知れない(こら)
今作の雰囲気は、今はなき新国劇のようだった。
長谷川伸や池波正太郎が書いたような、と言ったら評価高すぎか?でも、そういう「大人の琴線に触れる」感じの話だった。
ぼくも立派な熟年なので、こういう内容の話にはすでに弱くなっているのだと思う。
善意がストレートに到達しない悲しさ、せつなさ。
『一本刀土俵入り』とか『荒川の佐吉』とか『鬼平犯科帳』とか、二十代の時にはさっぱり良さが解んなかったもんなぁ。
もちろん新感線なので、全編しみじみしてるわけではなく、目に楽しい殺陣(つっても、様式美のある歌舞伎や新国劇のそれと違って、かなり残酷な血しぶきビシュビシュなヤツなのだが)もあった。
ただ、殺陣の話が出たので、ここで大変残念なお知らせを一つ。
ふるちん(古田新太)、めっきり(悲しいので以下略)
この人、ダルダル体型のくせに(一言多いぞ!)殺陣だけはビシビシ決まりまくるところがウリの一つだったのに、今回あまりにも動きが鈍すぎた。←あ、はっきり書いてしまった・・・
年齢を自覚して、稽古期間は筋トレ、公演中は禁酒と禁煙を強く求めたい。
生来の素質だけで乗り切れる時期は、もう過ぎましたぞ。クドクド。←
で、この体型この顔のくせに(こらこらこら)素の芝居のところではなぜか二枚目に見えるところが古田新太の小憎らしいところなんだよなぁ・・・。
ふるちんの話が出たついでに役者陣について簡単に評しますと、新感線メンバーはいつものように適材適所で皆さん実力を発揮(特に高田聖子さんに泣かされた!)
ゲストでは、稲森いずみは手堅く、大東駿介は期待されていたとおりの危なっかしさ(笑)、清水くるみちゃんはこの年齢キャリアの女の子にありがちな変な硬さがなく、ストレスなく見れた。
そしてそれより、山本亨さんと大谷亮介さんのすばらしさ!抜群の安定感でしたわ。
話はストーリーに戻るけれども、いつもの新感線のようなスケールのデカさはなかったけれども、話は決してみみっちいわけではなく、単純な人情話のようでいてハラハラさせられたし、感情は揺さぶられたし、(ここで最大のネタばれをします)ラストシーン、十三郎と黒部がこのあとどうなるのか見せぬまま幕、というカッコ良すぎる演出は、まるで黒澤映画のようだった。
あ、そうだ。「大人の新感線」と標榜していましたが、(これもネタばれかな?)開演SEはいつもの「Heavy Duty」、カーテンコールは「Parental Guidance」でした。やっぱこれじゃないと新感線観た気になれないよね(喜)
| 2016年03月26日(土) |
『ETERNAL CHIKAMATSU』(Bunkamuraシアターコクーン) |
“ルヴォー演出=難解”というのが、ぼくの少ないルヴォー経験からくる先入観でございまして、実は若干腰が引けていたのですが、それは嬉しくも裏切られました。
脚本の谷賢一氏のことは全く存じ上げません(謝)
でも中身は、ぼくがよく知っている、近松の『心中天網島』でした。
正確に書くと、『心中天網島』の小春に境遇がよく似た現代人女性・ハルが、大阪市某所の次元の割れ目に足を踏み入れた時になんと小春と出会い、二人の女の世界と精神が交わる、といった幻想的なお話ですあー完全にネタばれ。←
ハルが生きている世界が、現代ニッポンに唯一残っている“正真正銘の悪所”飛田新地っぽいところが、強烈に禍々しさをかもし出していた。いや、ぼくはもちろん行ったことないですけど、ないからこそ想像ばっか膨らむわね。どんな怖いところなのかと。
登場人物はハルをはじめみんななぜか標準語だから、本当の飛田新地を知ってる人には「嘘くさっ!」と思われたかも知れない。あれ?ひょっとすると飛田新地にいるおねえさん方も、昔の吉原の遊女みたいに日本全国から来ていて、言葉は標準語がデフォルトなのかしら?
実際、ほとんどの俳優さんたちは、現代ワールドと近松ワールドで同じ立場の“二役”を演ってて、苦労して上方歌舞伎の台詞回しで芝居されていた。んで、これがなんとも不自然な方がチラホラ・・・だったので、現代ワールドでは大阪弁NGになっちゃったのかな。そんな理由ってあるのだろうか?
まあいい。そもそもこんなことを話題にしたいのではないので。
実はチラシのヴィジュアルを見たとき、てっきりふかっちゃん(深津絵里)と七之助が心中する仲の役どころなのかと(以下、完全ネタばれ!)
全然違ってました。
冒頭に書いた内容で、ふかっちゃんがハルを演じ、七之助が小春を演じるのだった。
二人は表と裏の関係。
それに、小春の恋人・治兵衛と現代ワールドのジロウ、その女房・おさんと現代ワールドのアキ、治兵衛の兄・孫右衛門と現代ワールドのイサオ(そのすべてを一人二役)などが絡んでくる。
近松ワールドでのストーリー展開は、全部ぼくたちが知っている近松作の『心中天網島』のとおり。
その一部始終を、中嶋しゅうさん演じる“ストーリーテラー”に説明されながら、ハルと一緒に観客は目撃する。
上に書いた登場人物たちは同一人物であるかのように人格がぴったり一致しているのだが、ハルと小春だけは、境遇だけは似ているけれど、性格や“思っていること”が全然違う。
だけど、まるで互いが自分自身であるかのように精神が寄り添い合い、ラストシーンでは(ここはさすがにネタばれしないでおこう)
役者に対して一言二言。
ふかっちゃん。おそろしいほど魅惑的。
“普段のハル”と、売春宿で客を相手に「お店のルール説明」(←変な言い方だが、本当にこんな感じ)をしてるときのハルの落差がすごい。これは男はだまされる。と、思う。(?)
七之助。独壇場。
もーーーーーーーしわけないが(?)、ふかっちゃんと中嶋しゅうさん以外の役者、全員蹴散らされてました。
実力の差が激しすぎて。
買い被りかも知れないが、ハルと小春が初めて出会うシーンで、傘を傾けて七之助の小春が顔を現した瞬間、玉さん(坂東玉三郎)と同じ色(大きさはさすがにちょっと及んでいなかった)のオーラが見えたよ!なんかギョッとしたよあたし!
まあ、メイクもいつもの歌舞伎メイクと違って、若干ギョッとする感じのメイクだったんだけど()
でも決してそれだけじゃない。断言する。
とにかく、ふかっちゃんはともかくとして、これ以外の出演者の皆さん(貶すときは礼儀上名前を出しません)が全く板に乗れてない。七之助ひとりがどっしりと板に乗って安定の演技力を発揮してる周りでフラフラワタワタしてるのが非常に目障りだった(←キツいなあいつものことながら)
あっ、ごめん、イサオ=孫右衛門を演った音尾琢真さんは良かったわ。上手だったわ。
というわけなので、フラフラワタワタしてたのは誰なのか、消去法で判ってしまうな。
そういうことなので、じゃ!(←)
う〜ん、これはルヴォーの狙いだったのかしら。いつもぼくたちが見せてもらっている「河庄」や「時雨の炬燵」だと、治兵衛が“いい男”だもんね。情けない男なんだけど役者の魅力で好きになってしまう。決して悪いやっちゃない、みたいな感情になってしまう。それはダメだよ、ってことだったのだろうか(例によってうがちますなー)
ま、その点は判明しないけれども、ぼくは、ルヴォーのものなのか谷氏のものなのか判らないが、この作品の、
「心中なんて1ミリも美しくなんかない」「自殺は残された人への裏切りだ」
という主張には百回も千回も肯きたかったです。
とりあえず、ルヴォーも良かったけれど、早くこのコヤで今年のコクーン歌舞伎を観たいわ。前回上演時に「北番」を観逃してる(一応WOWWOWでは視た)ので、今回は何としてもゲットしなければ。うむ。
| 2016年03月19日(土) |
宝塚歌劇団宙組公演『Shakespeare〜空に満つるは、尽きせぬ言の葉〜』『HOT EYES!!』(東京宝塚劇場) |
いやあ、宙組って、本当に、美貌ですね。
文法が間違っていてもかまわない(←)。そんな感想が思わず漏れ出てしまう公演でありました。
いえあの、宝塚歌劇団は、どの組も美貌なんですそれは確かです。
だけど、こと宙組に関しては、どのトップさんの代でも、なぜかしら「ご覧になって!私たちきれいでしょ!!!」みたいな押しを感じる。決して悪口ではない。←
それにしても、まぁ様(朝夏まなと)の手足の長さよ。
そして、ゆりかちゃん(真風涼帆)の、色気だだもれっぷりに、奥様ノックアウトですわ。
ゆりかちゃんが歩いた後には、色気がぼとぼとこぼれ落ちてますわ。それを拾いながら追いかけたいものですわ(←病気)
そんな宙組。←色んなところからクレームが来そうな感想ですね
えと、今回の本編は、ヤマトでもダイワでもなくヒロカズです。のイクタ先生(←ややこしいぞ)の大劇場作品第二作。
デビュー作の『ラスト・タイクーン』はらんトム(蘭寿とむ)のサヨナラ公演だった。もちろん観たけど感想は書いていないんで今軽く書くと、
小池修一郎が元ネタを明らかにせずに(でも、別に隠してもいなかったと思う)、真矢みき時代の花組に書いた『失われた楽園』の元ネタであるF・スコット・フィッツジェラルドの同名小説を、元ネタであることを明らかにして劇化したはいいが、『失われた楽園』の方が(脚本・演出以外の要素もあって)ずっと面白くなかったか?大丈夫か?
という作品であった。ディスって申し訳ない。
文学青年(歳知らないけど)のイクタ先生、フィッツジェラルドのみならず、三島由紀夫(『春の雪』)ものなんかも劇化してたりする。で、今回はシェイクスピア。
とはいえ、シェイクスピアものを劇化したんじゃなく、シェイクスピアそのものを素材に、全編に彼の作品のあの設定やこのセリフなどを散りばめて、わかる人にはウフフと思わせる、そんな作品。
シェイクスピア自身を主人公にした作品というと、映画の『恋におちたシェイクスピア』や『もうひとりのシェイクスピア』があって、幸いなことに()これらをぼくは観ていないので、先入観なしで楽しめるかな、と思っていたら。
(また、行を空けたぞ・・・)
あのね、別に、史実どおりにしろなんてまったく思っていなかったですよ。いやむしろ、史実どおりだったら、大して面白くないぞシェイクスピアの生涯って(おい)
そもそもイクタ先生も「これは評伝じゃないです」とわざわざ断ってるし。
だからフィクションで全然かまわないんですが、だったらもうちょっと面白く書けよ!(←はっきり書くねえ例によって)
ざっとストーリーをおさらいしますと。
18歳にもなって親の仕事を継ぐ気もまったく見せず、ちんたら劇作にうつつをぬかす主人公ウィリアム。
おや? イクタ先生自身の投影か?(ま、待て/汗)
父親との確執。(んー、よくあるよくある)←
そしたら、なんか芸術に造詣の深い貴族(ジョージ・ケアリー)に見出されて、結婚したばっかりの妻を故郷に置いて単身ロンドンに渡ると。
あれ?「星から降る金」が聴こえてくるのは気のせいかな・・・?(←)
6年後、ロンドンで成功を収めたウィリアムは、妻子(いつの間に長男が生まれたのであろうか・・・?)を呼び寄せ余裕のある暮らしをしていると、酔っ払った父親がたびたびやってきては金をせびると。
えーと、姑と小姑3人ではないんですねさすがに(・・・)
そのうち名声が高まってくると、お定まりの夫婦のすれ違い。
妻は連夜、ダンスパーティへ・・・ではなくて(こ、こらこらこら/大汗)幼い長男を連れて故郷へ
・・・・・・・・・・・・・・・(←長いっすよ?)
いいかげん“イケコの影”から逃れろっっっ!!!(あー言っちゃった)
ストーリーがこれほどありきたりなのも清清しいが(そうかあ?)、必死になって新作を書き続けるウィリアム、を表現するのに、あそこまで『モーツァルト!』をパクらなくてはならない必然性て、何? 逆に訊きたいわ(呆)
もしかしたら、他の演出を考え付かなかったんでしょうかね。
ただね、ひとつだけイクタ先生の作風に面白さを感じるとしたら、突如として登場人物が二面性を見せるところ、というか、ケアリーとかリズリー、デヴルー、そしてエリザベス�祇い覆鵑�が後半道化じみたキャラ設定になるところに意表を突かれた。
ただ、それは演出が面白いというよりも、演じてる生徒たちのお手柄。
ケイコさん(美穂圭子)をはじめ、ゆりかちゃんや愛月(ひかる)、桜木(みなと)たちの達者さのおかげ、とわたくしは感ずる。
こんな、マンガみたいなキャラの間を、天然じみたまっすぐなキャラのままスイスイと泳ぎ回るまぁ君とみりおん(実咲凜音)コンビの強靭な汚れのなさにも脱帽。
なんか、おもろいですなあ宙組。
あ、これを特筆しておこう。
伶美うららのハンパない美しさ。
ショーの方でも、群を抜いてましたわよ。
マクベス夫じ・・・いや、ベスの歌も、これまでのうららんからすると、ストレス軽減(あんま褒めてはいないな・・・)
でも、きれいだから許す。←
それより、うららんに関しては、ショーの「Dark EYES」のヴァンプがもうステキで魅惑的で(〃∇〃)うっとりんこ
この場面は、ANJU先生振り付けで、まぁ君のEYE(Dark)がゆりかちゃんのジゴロをアレしてコレしちゃう(なんのこっちゃ)というヅカ腐女子ホイホイコーナーであるにもかかわらず、あたしったらうららんにばっかり釘付けでしたわ。
倒錯×倒錯で元に戻るかと思いきや、後方伸身4回ひねり(シライ)で見事着地みたいな難度Gの名場面でありました(なんのこっちゃ2)
とりあえず、今回の公演に関しては(本編も、今いろいろ書いたけれども、観てて不愉快になるような駄作ではなく、そこそこ面白くはあったのよ。ただ、内容がありきたりだっただけ←こら)、ショーの方が傑作という感想。
基本的には“いつもの藤井ちゃんショー”ではありますが(たぶん、中詰めの「ザ・ベストテン!っぽい場面」にぐったりのお客さんも少なからずおられたであろう。だがぼくは嫌いではない)、生徒たちが元気元気であることをここまで臆面なく発信してくれるショーって、ぼくは大好きだ。
主題歌の歌詞がダサダサ()なのも、それこそタカラヅカだと思うし。
期待の二丁目シーンは(やっぱり期待してたか)、美月と春瀬の研8コンビという若い生徒だったのでバケモ○感は薄く(おいっ!)、藤井ちゃんショーにしては薄味。まあ、あんまりこういうとこばっかし目立ってもしょうがないしな(←注目してるのは一部の趣味の人だけではないでしょうか?)
当然(?)冒頭の「黒い瞳」のタンゴでは、うっすら無良くんの幻を見たぼくですが(未だニワカライトスケオタ続行中)、全然関連性はないのに、「Forever EYES」のシーンで一人水の精のように美しくまた力強く踊るまぁ君に、ぼくはなぜか羽生君の幻影を見た。
なんか、一見はかなげに見えてすごくパッショネイトな感じが、バラード1番で滑る羽生君にかぶったのだ。
単純に、「ショパン+衣裳がブルーと白のグラデーションだった」てだけなのかもしれないが(たぶん、それだけでしょう)
ああ、目と耳(メインの生徒みんな歌うまいし。愛・・・除く←おい)と心が幸せだった。
次回は「またか」(おい)の『エリザベート』ですね。
ゆりかちゃん、やっぱりフランツだったな。
ルキーニが良かった・・・ううう、組事情・・・(まあ、観てみようよ)
髪を切った“やや金髪”の喜屋武さん(←理由あってわざと間違えております)は、JIROに見えなくもなかった。
特に、ライブの最後の方になって汗で髪がペタっとしてた時。
そんなわけで(?)、TERUさん!!!←
いろいろありがとう!!!!!(?)
いろいろ・・・間違えてくれて(上記の“屋”は、TERUが喜矢武さんにくれたバースデープレゼント(スノーボード!)に書いてあった誤字)、このやろう!←←
※話逸れるけど、この「TERUさんからのプレゼントを研二が折っちゃった!と思わせてうっそぴょ〜ん」のくだりで、懐かしの「Winter, again」のパ○リ動画を久しぶりに見れて嬉しかった。あれ好きなんだよなあ。
あー楽しかった。
やっぱりゴールデンボンバーはいろいろ面白い。
ぐだぐだになっても面白い。
ぼくがまだ飽きてない証拠なんだな(こら)
もちろん本日、豊洲には行けなかったので、職場の近所の映画館でライブビューだったのですが、本人たちは目の前にいないのに、みんなでノリノリになって騒げて楽しかった。
100%我を忘れてるわけでもなく()、まったく冷静というわけでもなく、ほどよい熱狂ぶり。
というわけで、本日わらくし、
ゴールデンボンバー喜矢武豊 ハッピーバースデーパーティー
に、遠隔参加してまいりました。
金爆さん、ツアーの最中にたまたま誰かの誕生日が入ったらライブの一部でお祝いしたりしてますが、1本丸ごとバースデーライブというのは初の試みだったそうで、いつものワンマンライブの形式ではなく(だから、どんどんネタばれしちゃいますよ!)、ダンボール工作もなければ動画や演劇もない。むかーしのライブハウス対バン時代にやってたような、ちょいちょいネタを挟みながらもどんどんセットリストが進んでいく感じのライブでした(でも、時間はたっぷり3時間!/嬉)
メンバーも何かと探り探りっぽかったんですが、そんなところもまた楽しく。
本日のセットリストは喜矢武さんが決めたそうで、すんごく懐かしい曲というか、ぼくがライブで初めて聴けた曲もいくつかありました。
口では何とでも言ってますが、やっぱり喜矢武さん、ギター弾くのが好きなんだな(へ○だけど←おいっ!)と思わせられる選曲。
もう、こういうセットリストは今後のワンマンツアーでは聴けないだろうなと思ったので、永遠のド新規として非常にありがたかったれす。
そういや、今日はもう一つ初体験(いやん♪←キモいぞBBA)できたことが。
影アナがキリだった。
ぼくの知識が確かならば、これって2010年以来じゃないか?
ありがたや。
喜矢武さん、生まれてきてくれて、ありがとう!(それだけの理由で・・・?)
さて、スクリーンの向こうに見えた豊洲PITはそらもうデカいハコでした。
Zeppよりデカそうだな(と喜矢武さんも言ってた)
ということは、FC限定イベント、当たるかも(んー、それは、時の運だろう)
調べてみたら、3000人以上(オールスタンディングの場合)入るらしい。
ひえ〜、すごいな。
しかもここは、東日本大震災で被災した東北三県の復興を継続的に支援するために作られた4つの施設のうちの“首都圏拠点”らしい。
そういうのがあったんだね。存じませんでした。
そういや喜矢武さんのおばあちゃんが被災されてたよな。いっとき避難生活を送られてたようだけど、元の生活に戻られたのかな。
おばあちゃん、豊くんはこんなに立派になりましたよ←
つか、立派・・・か?(立派なのっ!)
31歳にもなって(仕事で)ケーキを食い散らかしている豊くんですが、こんなにたくさんの老若女々(男もわずかにいると思う・・・)を幸せにしてくれてますよ。安心してください(なぜお前が言う?)
さてさて、FC限定イベントもだけど、ツアーも非常に楽しみになってまいりました。・・・とか言いつつ、へたすっとおいらが参加できる日程って、来年のたまアリだけじゃね?(う、嘘だ・・・/震)
市原や横アリは平日だしそもそも市原なんか当たる気がしねえ。
あと土日祝日で近場(?)といえば長野、新潟とか?(君にとっての“近場”って何なんだ?)
あ、エコパがあるな。
がんばればガイシも行けるか・・・。
仕事がんばろう。(←賢明な心意気)
花粉がひどくて体調最悪。
わしの部屋のカレンダーも、今月早くもkyana様(Mana様をコピーしている喜矢武さん)になり(カレンダー、金爆なのかよ!←読者様のツッコミ)、あっというまに2016年も6分の1が終わったことを実感。
早いな。
そうろ(断!!!!!!)
すみません。金爆ネタの日記になると、なんでこうゲフィンになるんでしょうあたし(人のせいにすんな)
『GOKÛ』を楽しく思い返してるうちに代々木のDVDが届き、初日の感動を改めてシミジミ思い出したり、新譜発表にウキウキしたりする一方(喜矢武さんBDライブは競争率と平日終業時刻の関係でライブビューに参加することになりました)、うちのテレビは毎日最低15分ずつ必ず羽生君の数々のレジェンド演技を再生しているので、家人にちょっとウザがられております。
なので、というわけではないのですが、今日はちょっとNHK放送博物館まで足を延ばしてみました。
なんかね、日本でここだけにあるという「8K」ビジョンで、毎週土曜日、ソチでの羽生君のショートプログラムを上映してるんですって。
この「8K」の開発にちょっと噛んでる会社とつい最近仕事で絡んだところ、「ぜひそのすごさを体感してみてください」と言われ、今までうちのテレビでは100回ぐらい再生されてる素材ですが(でも、実際に視てみたら、当時BSで放送されてたのと違うアングルの映像だった。視に来て良かった!)「では視てみっか」と。
だいたい、過去、クリアビジョンだのハイビジョンだの、4Kだの、「今までと全然違いますよー」と言われてきた映像技術の革新ですが、正直ゆうてぼくには「・・・」みたいな感じで、まさに豚に真珠だったわけですが(特に、銀座の某ソ○ービルで視た「ハイビジョン」なんか、どこが高画質なんだ?いや細かさとかは確かにすごいんだけど、明らかに色が不自然だろ特に黄色、と思ってた。今頃disってごめんだが)、今回本当にびっくり。
まず、音(21なんちゃらchだそうです!家庭用テレビの最近の高音質が5.1chだから・・・)がすげえ。
映画館でもサラウンドナントカ(ぼく、古いですか?)導入以来、すごい臨場感が普通にありますが、まさに、自分が今、アイスバーグにいるかのような迫力。
そして、うちのテレビでは全然大雑把にしか見えなかった氷の質感がくっきりはっきり見えたことに大感動。
ぼくみたいな素人にも「すげええ」って判るブレードの動きもはっきりくっきり。
あと、「パリの散歩道」の衣装って、他の羽生君のプログラムの衣装に比してかなり地味だなーと思ってたんだけど、今回はっきりくっきりした画面で見たら、めちゃキラキラしてて美麗だったのね(生地が上質!そして色の具合がまたいい!)
・・・8K、すげえ。
と言っても、今はまだこういうデモンストレーションが精一杯で、庶民が「8Kテレビ買います!」とか言える時代はまだまだ先だそうです。
平昌には間に合うのかな?でもその時もまだまだ高いだろうなあ。
なんか、テレビの新技術開発(と、一般家庭への買い替え推進大プッシュ)時期って、たいていオリンピックの時期に合わせてくるよね。
それだけ「スポーツ競技をきれいにリアルに映す」ってのが一番難しいしやりがいがあるんだろうな。
まあ、我が家ではリオ五輪は今あるテレビで視ます(熱ひくっ!)ってか、リオ五輪はたぶんあんまり視な(おい)
というか、まだまだ先だと思ってたボストン(世界選手権)までもう1か月きったんじゃねえか!
・・・は、早い・・・。
出場選手の皆さん、ステイヘルシー!
| 2016年03月04日(金) |
『リビング』(赤坂RED/THEATER) |
ぼくはだいたい出演者目当てに芝居を選ぶんですが、今回は「脚本・演出」で選ばせていただきました。
脚本・演出:荻田浩一
ひゃっほう。←
どんな“幻想・耽美”な内容かと思ったら(本人もプログラムに書いてた。自分がどう見られているのか解っとる/笑)、このコヤでよくやってる、日常的シチュエーションの中にほろ苦さのある小劇場的プティファンタジーであった。
出演者の中でぼくが知ってたのは、ミミ(舞羽美海)と大野幸人くん、治パパ(治田敦さん)だけ。
元ジェンヌの香坂千晶さんは、彼女の現役時代をぼくは知らないので(なーちゃんこと大浦みずきさんと同時退団だったそうだ)、普通に「女優さんだ」という目で見た。
加えて、まったくヅカヅカしてない芝居だったこともあり、普通に小劇場的感覚で観させていただきましたでござる。
といいますより、登場人物の名前が、
主人公:藤野真太郎(本当は「シンタロウ」だが、皆から「マタロウ」と呼ばれている)
その父:ミツオ
母:ミヨ
母の愛人:ショウ
主人公の幼なじみの美少女:シズカ
主人公の元上司:ゴウダノビル
主人公の元勤務先に来る問題客:ハットリ
と、
完全にあれじゃね?
とわかるお遊びがしてあって、しかも、ミツオの職業はマンガ家、という、オギーらしいオタクっぽさ満載のシチュエーションであった。
ぼくとしては、お母さんは「ミヨ」じゃなく「ウタコ」にしてほしかったなあ、というのが唯一の不満(オタク競争をすんな!)
それと、『○○えもん』から二人出すのは良くないよ、とか(そういう問題じゃない!)
そうか、お母さんを「ウタコ」にして、シズカを「ミヨちゃん」にすれば良かったのに(だから、そういう問題じゃない!)
すみません。
というのは、こういうどうでも良いオタク的瑣末さにこだわった感想しか書かないのは、正直な話、内容にはそんなに感銘を受けなかったからなのであるこっそり書くが。←
なんつうか、途中でネタばれありありな鈍い演出だし、そもそもよくありげ(実際にということではなく、このテの小劇場的なエンゲキによくありそうという意味)な内容だし。
名前を聞いたことがない作家と劇団だったら、ぼくはちょっと金払えないな、と思った(偉そうでごめん)
最後、タンゴでうやむやにしちゃうところなんぞ(こらこらこら)、大変オギーっぽくて笑けました(ずいぶんディスりますねえ)
まあでも、最後まで退屈せずに観られたのは、出演者たちの達者さと、ぼくが言ってるほど破綻してない脚本の構築力のおかげだったと思う。
ともかくオギー、次回はお耽美作品で逢いましょう。←
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