てくてくミーハー道場
もくじ|前回てくてく|次回てくてく
なんか、梅雨前から暑いですね。今年も猛暑なのかな?もう何年連続の猛暑だ?今から堪えますねぇ。
さてわらくし、結局ゴールデンウィークが終わってもすかさずてくてくし続けていますが、その感想をしっかりと書く時間がとれません(例によって)
12日に蜷川幸雄氏が亡くなったことをニュースで知り職場で大騒ぎしたが、周りの反応は薄かった。
「世界のニナガワ」という単語自体は皆さんご存じだったが、実際に蜷川さんの作品を観たことがある人間は、職場周りにはいなかった。
シアターゴアー仲間と“お悼みメール”を交わした程度。
で、昨日はそれと全然関係なく事前にチケットを入手していた舞台に行ったのだが、その感想を今日書こうと思っているうちに激ねむ状態になって断念。
いつかは書こうと思いますが。
激ねむ状態になった理由は二つあって、まずおとといの晩(ほとんど深夜)にWOWOWで放送してた『ZIPANG PUNK 五右衛門ロック�掘�を思わず最後まで視てしまって(HDDの容量が少なかったので、録りそこねた)就寝が午前3時を過ぎたこと、その勢いのまま昨日の舞台に乗り込み、その興奮もさることながら、帰宅してから、やはり昨日録画しといた『世界フィギュアスケート選手権2012男子シングル(抜粋)』を、流し視しようとしたら結局しっかりどっぷりガン視してしまったこと、などが影響しております。
約9か月のズレはあるがどちらも2012年のできごとであり、反応が遅すぎるってもんだが。
ちなみに『五右衛門ロック』の方はきちんと当時リアルで観に行った。たぶん感想書いてないと思うので今頃書くと、とにかく三浦春馬の歌のうまさにびっくりだった。
テレビで見かける俳優の中に、こっちが度肝を抜かれるほどスキルの高い人が時々いるが、彼もその一人だった。そういや当時、「タウンワーク」のCMの三浦君の歌があまりにも上手くて口パク疑惑が起きたのを思い出した。
今回の放映はゲキシネ版だったので映像も凝っていて、当時客席からリアルの舞台を観ていただけのときとはまた違う面白さがありました。再放送するかな。気をつけてチェックしとこう。
で、『世界フィギュア』の方はいわゆる“伝説のニース”ってやつで、羽生君のフリーの部分だけはちょいちょい某動画サイト(何で今頃ボカすの?ISU対策?←)で視ていたんだけれども、今回、SPもFSも他の選手たちも含めた流れの中で(カットされてた選手もいたけど)視られて、ちょっとだけ当時の気分を味わうことができた。
このJSportsの「リクエストで決定!ISUフィギュアスケート選手権アーカイブ」は全部で6回放送されるのだが、すべて男子シングルってところに現在の日本のフィギュアファンの情勢を見る思いがいたします。
で、今回選ばれた6大会のうち4つの大会で�盒饗臺紊�んがメダル獲ってて、残りの2つを含めた4つの大会で羽生君がメダルを獲ってる(二人とも表彰台に乗ってるのが2つ)と。
ああ、日本のフィギュアファンの情勢だね。←
ソチニワカどころか去年のNHK杯ニワカの(つうか、毎シーズン一瞬だけニワカになる)ぼくですが、自分が知らなかったころの世界フィギュア男子の選手たちのレベルを今さらながら堪能したいと思っております。
なんかさ、ニースなんて羽生君が17歳とかですげー昔に感じるんだけど、ぼくの年齢だと、2012年てついさっき()のことじゃんか。
ちなみにこのころのぼくは、金爆にどっぷり嵌ってたっす。金爆ニワカ()だったなあ。
つらい徹夜仕事は「トラウマキャバ嬢」を聴きながら(なにゆえ?)乗り切ってたっけなあ。と、懐かしく()思い出しました。
・・・こんなこと長々と書いてる間に、てくてくの感想書けば良かった(←)
でもまあ、これから書くとやっぱり深夜になってしまいますので、本日はこのへんで。
東京千穐楽、おめでとうございます。(←何のことか、もうお判りですね)
| 2016年05月14日(土) |
『1789 バスティーユの恋人たち』(帝国劇場) |
(例によって後日筆記・5月28日)
主要3キャストがダブルキャストでスワップしまくっていたので、全ての組み合わせを制覇するのは最初から諦めていました。しかし、せめて各人一回ずつは観てあげたい(なぜ上目線?)と思っていたのですが、気がついたら前楽でありました(;;)
んで、悩んだ末、歌唱力的にストレスがなさそうな(オイ)こちら、名づけて「みんなのアイドルHANACHANGチーム」(花總×小池×神田)をとりました。
うーん、「ビジュアル完璧TERUさんチーム」(凰稀×加藤×夢咲)も捨てがたかった・・・つっても、TERUさんチームは東京千穐楽だったので、チケットゲットがかなり難しかったのよね(HANACHANGチームも決してラクではなかったが)
さて、内容は月組公演ですでに知っていましたし、演出も『エリザベート』や『ロミオ&ジュリエット』みたいに大幅にスミレコードをとっぱらう必要もなかった(アルトワの例の()ソロ曲ぐらいかな、大きく変わった感じがしたのは)みたいで、そんなに変わった印象はなし。
アントワネットの性格が一層豪快()になったぐらいかな。ここはかなりぼく好みになってました。
いやー、おハナ(花總まり)、すばらしいわ。
振り切れてますわ。
一か所だけ気になったのが、フランス王妃なのに、なんか歩き方に優雅さがないというか、バタバタしてたところ。
これも、『ベルサイユのばら』のアントワネットなんかとは違う、身分は高いが品性に若干の難のあるアントワネットを造形しようとしてたのかもしれない、と擁護してあげられなくもないのだが、甘いかしら?
こうやって悩むなら、やっぱりテル(凰稀かなめ)と観比べれば良かった・・・今さら遅いが(祈!再演)
だが、タカラヅカでも今回の東宝版でもやっぱり“主役”って感じがしたのはロナン・マズリエでしたな。
(小池)徹平ちゃんは、ご期待どおり年齢不詳の万年少年で、まさに動く少年漫画。『キングダム』の信みたいな感じ(わかる?)
歌唱力に関しては、WAT時代のアイドル歌唱しか記憶になかったら大変心配だったろうが、『デスノート The Musical』(L良かったよ^-^)を観ていたので大丈夫だった。
ただ、ロナンはとにかく“主役”なので、背後に錚々たる男役たち(いや、普通に男たちだから)を従えてセンターで踊るシーンとかあったんだけど、そこだけはちょっと「が、がんばれぇ・・・」て目で見てしまった。
まあ、まさおだって(やめい!/汗)
だが、やっぱ、こういうお話名物の、「いつの間にか恋におちてる」芝居はなかなか苦労してたようです。
つうか、相変わらず小池先生がこういう場面の演出、下手!(←)
イケコが悪いの?それとも徹平ちゃんの力不足なの? ここも、加藤(和樹)君のと観比べたかった・・・今さらパート2。
そんな、“元テレビの俳優”を相手に“昭和のトップアイドルの娘”神田沙也加 as オランプ。
むしろサヤカ自身は今や押しも押されもせぬ花形ミュージカル女優であるが。
普段は相変わらず(母譲りの)最強ぶりっこらしいのだが、舞台では堂々とした演技力と歌唱力を発揮。あたし、好き。←
タカラヅカ版では「地味な娘やな」と感じたこのオランプ(決して演じた生徒をディスっているわけでは・・・)が、やっぱり“ヒロイン”だったことを感じられて、満足いたしました。
それこそ『マリー・アントワネット』のマルグリットと同じように、ダブルヒロインの一人なんだよね。
タカラヅカだと「主演娘役は一人」という暗黙の了解みたいなのがあるからかなー?
まあ、今頃愚痴ったってしょうがないね。
もう一人重要な娘役()といえば、ロナンの妹のソレーヌ。
これまた今や押しも押されもせぬパート2のソニンが演じておりました。
最初の場面ではイナカの農民の娘なので存在感は地味で、しかもぼくはこの配役を知らずに行ったんだけど、セリフの発音の感じですぐソニンと判ってしまった。
持ち歌の「世界を我が手に」なんかはすごい迫力で良かったんですけど、あのセリフ回しはちょっと直せないかな。実力を買ってるからこそのプチ苦言です。
ソレーヌが出てきたので、彼氏(笑)のダントンとそのお友達の話になりますが。
ヅカ版でもやっぱりそうだったんだけど、ダントンはともかく、今回もやはりロベスピエールとデムーランが、どっちがどっちだか(もう、ぼくの歴史的知識のなさが原因でしょうねこれは)
古川(雄大)&渡辺(大輔)がまたコレ、“研8ぐらいの男役”そのもので。
最近の男役がいよいよリアル男に近づいてきたのか、それとも現実の男たちがタカラヅカみたいなルックスになってきたのかどっちなんでしょうか。
多分どっちも、なんだろうなあ。
もう一人、研5ぐらいの男役にしか見えなかった(これはdisっているのではありません!そんぐらい美しかったと言いたいのです!←ちょっと苦しい?^^;)ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン殿=広瀬友祐クン。
『エリザベート』ぶりと言いますか、『ふしぎ遊戯』ぶりと言いますか(笑)
しかし本当はさ、フェルゼンて別にアントワネットのツバメじゃねえよね? 同い年だったんだし。なぜこの作品ではフェルゼンはこんな若造に描かれてるんでしょうか。
ま、それを言ったら、『ベルばら』ではフェルゼンは分別くさい大人の男過ぎるが。
そんな(どんな?)感じでした。
一方、貫禄のカタマリであった“ニッポンミュージカル界の雄”さまたちご一同。
アルトワ(吉野圭吾)、ラマール(坂元健児)、ペイロール(岡幸二郎)
ぜーたくだ。ぜーたくすぎます。
専科総出演(ヅカから離れろ!)て感じです。
特にラマールは、こんなにおいしい役だったっけ?
サカケンだからってんで脚本変わったのかなあ?
で、こっちのアルトワもちゃんと「私は神だ」をエロく(なぜ)歌いまして、小池的満足感。
こーゆーところで遊ぶなら、ロナンとオランプのデュエットをもっと濃厚にしろ!(えっ?)
ナンバーへの文句で言えば、この作品のメインナンバーであるはずの「サ・イラ・モナムール」が意外に盛り上がらず「あれ?」と思った。
今日だけだったのかな?
この曲に限らず、今回観た感じ、芝居とナンバーがエモーショナルにつながってなくて、
「しばし、お芝居をどうぞ」「はい、セリフ終わり」「イントロ流れてきました」「はい歌」
みたいなシーンが多く、一昔前のミュージカルみたいで不思議だった。
月組公演の時はそんなん感じなかったのにな。
演者たちのセリフの間が悪かったのかしら?
それとも演出家先生の手際が悪かったのかしら?(て、月組版も同じ人の演出なんだが・・・)
内容はほんとに面白い作品だってのに、これは残念すぎた。
どうせまた再演(多分、歌劇団でも)されるんだろうから、そのときにまたじっくり観賞してみたいと思いました。
できれば東宝版は、今回と同じWキャストでお願いしたい、つうか、「ビジュアル完璧TERUさんチーム」を観るチャンスをオラにくれ!()
んで、最後に大事なことを一言。
本場フランスでの上演形態に倣って、ここ日本でも音楽にオーケストラを使わず、バンド演奏(+SEとかいろいろ加わってる)の録音を使用していたのだが、生音じゃない音って、やっぱどこか平板なんだなあ。
ジャニオタのぼくは、基本的にカラオケを使うジャニコンに慣れてもいたのですが、近年は(つっても、もう十年以上だけど)生バンドでコンサートをやってるお兄さんたちのコンサートしか行ってなく、その粒立った音が当たり前になってきているので、たまにこういう録音(基本生音のタカラヅカのショーでも、楽曲によっては録音のことが最近多い)を聴くと、「ああ、迫力ないなあ」と感じてしまう。
これはこういうものなのだ、と送り手側が意図的にやっているのだからしょうがないが。
そういや今思い出したが、『ロミオ&ジュリエット』の来日版も録音だったんだよな。
「何だか音がこもってるなあ」とは思ったが、出演者の声が粒立っていたのであまり気にならなかった。
なあんて偉そうに書いてるが、そもそもゴールデンボンバーのライブを普通に楽しんでる時点で「何が『生音の迫力は云々』だ!」と怒られるのは目に見えておりますな。
ごめんね、へへへ。←反省の色なし
| 2016年05月11日(水) |
『8月の家族たち』(Bunkamura シアターコクーン) |
“端役”が一人もいないという、ステキな作品でした。
もちろん、そういう芝居はほかにもあります(今パッと思いついたのは、『かもめ』とか)
その、“みんなが大事な役”の中でも、やはり中心となるのは、
母=バイオレット=ターコさん(麻実れい)
長女=バーバラ=秋山菜津子さん
次女=アイビー=常盤貴子 ←よ、呼び捨て?(映像畑の俳優にはよそよそしいアタイ)
三女=カレン=キム(音月桂)
の、4人の烈女()たち。
ある意味、演出のケラさん得意(?)の「三姉妹モノ」というわけで。
でも、“三姉妹”だけでも手に負えない()のに、そこにさらに輪をかけて手に負えない“母”が加わって、大変な世界であった。
なにしろターコさんですもの←
次元が違います。←羽生君?(コラ)
軽口はともかく、客観的に見たらトンでもなく問題が山積してる一家なんだけど、メンバー同士のバトル(?)っぷりがスゴすぎて、思わず笑けてしまうというか。
他人事(つうか、まぁ、お芝居)だから笑ってしまうんだろうけども。
この辺も何となく『かもめ』っぽかった(実はぼく、チェーホフ×KERAの『三人姉妹』は観てないのだ。去年放映された舞台中継の録画はあるんだけども)
いわゆる“毒母”に育てられたバイオレットは、ちょっと前に社会問題になった(話題的には古くなったが問題自体は現在もあるんだろうけど)アダルトチルドレンそのもので、自分の娘たちに対しても夫に対しても、それこそ自分自身に対してもまともに向き合えない女。
こう書いちゃうとすごく悲惨な感じだが、ターコさんがあまりにも豪快に演じるので(≒KERAが演出するので)何となく爽快に感じてしまうというアワワな事態。
そういう母親と40年以上付き合ってきた娘たちにしても、バーバラはバイオレットに(本人はいやでたまらないだろうが)瓜二つで、夫に浮気される(+娘を育てることに苦戦している)ところまでそっくり。
バイオレットを完全反面教師視して堅く地味に育ってきたアイビーは、結局この家族の“不始末”の犠牲になるし、いかにも末っ子らしくちゃっかり生きてきたように見えるカレンにしても、この一家の“呪い”(大袈裟)から逃れられない。
いやー皆さん災難ですな。
なんて、無責任な感想でごめん。
ここまで不幸の連鎖を描いてたら、昔の演劇だったらのっしりと重すぎて暗ーーーい気分で家路に着かなきゃならなかったんだろうけど、そこは21世紀のエンゲキ。
上にも書いたように、なぜか爽快感(というかギャグ感?)すら漂う不思議。
本当はチェーホフも『三人姉妹』をこんな風に「ありえなさすぎて笑えるんですけど!」みたいに描いてたのかも知れない。っていうのは、井上ひさし先生の『ロマンス』を観て思ったことであります。
出演陣については、ターコさんや秋山さんの豪快さがまずストレートにすごい。
犬山イヌコさんと木場勝己さんのエイケン夫妻もうますぎて。
日本人が演るとこっぱずかしくなるような気障さをあっさりクリアしてしまう(橋本)さとしーもさすがだなあ。
あたりは普通の感想になってしまったんだけど、今回ぼくが一番感心したのは、周囲の人間たちにはまったく“さえない100%”だと思われているリトル・チャールズを演じた中村靖日。
彼のことはぼくは『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』で知って、このドラマでも彼の見かけどおりの“弱っちい”太田先生をやってたし、ほかのドラマとかでもたいてい気の弱〜い役を多く演ってると思う。
見た目まさにそんな感じの俳優さんなのだが(その“見た目”を逆手にとって、「実は・・・」みたいな役も時々やっている)、今回演じたリトル・チャールズも、おおよそはそのとおり。だけど、彼が“実は恋仲”のアイビーと二人きりでいる場面ではびっくりするような二枚目ぶりで、おばさん思わず刮目してしまいました。
ホント、ふっつーにイケメン。
カッコ良かったわあ。
映画(2013年にアメリカで制作)ではベネディクト・カンバーバッチが演じたとか。
・・・つっても、映画に疎いぼくには「カンバーバッチって誰?」状態だが(←)
気が向けば、あくまでも気が向けば()、そのうち観てみようかと思います。
| 2016年05月07日(土) |
『スウィーニー・トッド』(東京芸術劇場プレイハウス) |
まだゴールデンウィーク中なのでしょうか。←何をビビってる?
とすると、結局例年のとおり遊び呆けていることになり。←今さら。
ぼくが住んでいる地域では、古新聞古雑誌を出すのは水曜日と決められており、連休ド真ん中だったので張り切ってまとめていたら、ちょうど夜中から朝7時(収集時刻)にかけて暴風雨(濡れたものは収集してくれない)
・・・神様のいじわる(←きもい)
どうすんだこの紙の山(知るか)
もとあった場所に戻すとまた1年以上仕舞い込みかねないので(前科あり)玄関口に置いてあるんだが、家人の無言の抗議の視線がつらい()
どうでもいい話ですみません。
感想いきましょう(再々々・・・演なので、思う存分ネタばれしています。ただしぼくは2011年バージョンしか観てないんだけど)
なんか今回、ちょっと演出が変わったのかな?(演出家自体は宮本亜門で変更なし)
前回観たときよりも、すごくおどろおどろしく感じた。
いや、そもそもおどろおどろしい話だけども。
でも、今回みたいに(ネタばらし)いきなり「キーーーーーーーーーーン!」みたいな音が頻繁に鳴ったりしてたっけ?
申し訳ないが、こういう異音で観客を脅かすのって、演出としては一番ショボい部類に入るとぼくは思うのだが。
B級ホラー映画みたいじゃん。
あんまり感心しませんでしたわ。
実は前回の上演でぼくが一番感じ入ったのは、トッドが、それと知らずにルーシーを殺してしまうところ。血まみれホラー色満載の中で、唯一せつなく哀しい場面だった。
今回も、その場面は確かに哀しかったんだけれども、ストーリーはトッドがゆっくり嘆いてるヒマを与えずどんどん進んでいき、あれよあれよと人が死んでいく。
以前は、アンソニーとジョアンナがめでたく逃げ去るシーンがフィーチャーされてたような気がして、そこが救いっぽかったんだが、今回はそこもなんかうやむやになってたみたいな。
そういうところ覚えてないぐらい(ちゃんと観てたの?あなた)ラストシーンがやたら忙しかった気がするなあ。
ミセス・ラヴェットがオーブンに放り込まれるシーンは、半分かわいそうに思いながらもつい大笑いしてしまうんだけど(まっ、残酷ね)
ジョニー・デップ主演の映画版もぼくは観てるんだけど、あの映画は完全にブラック・コメディー的なつくりなんだよね。
ティム・バートンワールド満載で、めちゃくちゃグロいのに、登場人物がみんなかわいく見えてしまうバートンマジック。
あ、そういえば、前回しーちゃん(大竹しのぶ)のミセス・ラヴェットを初めて見たとき、ヘレナ・ボナム=カーターそっくりで笑えたなあ。さすがのしーちゃんも映画版に影響されたのか、と逆に感心したのだが、今回はすっかり「大竹しのぶ版」になってた。良い意味で。
いろいろ上手いっす。歌になってない歌(ディ、ディスってません!/大汗)すらも上手いんです。
つうか、ソンドハイムの音楽自体が不協和音の連続で、はっきり言って、あれ、絶対音感を持ってる人には耐えられないのと違うか? ぼくはそうじゃないけど、それでも「ここのハーモニー、つらい」と思うところが何か所もあった。
(田代)万里生くん、大丈夫だったか?(彼、絶対音感持ってるらしいので)
「ジョアンナ」なんか、ミュージカル系のコンサートでたまに聴く美しいメロディの曲だけど、劇中ではコーダに思いっきり不協和音がかぶさってて気持ち悪いんだよね。ただ、この曲を普通にきれいに歌っちゃうと、この劇世界に合わない。
ジョアンナといえば、今回主要キャストは2011年版とほとんど同じ方々で安心感があった中、ジョアンナは初役の唯月ふうか。
ホリプロ!(こら)
ぼくは『ピーターパン』は(笹本)玲奈版しか観ていないのですが、彼女の舞台姿は『デスノート THE MUSICAL』で拝見したことがあります。ミサミサだったよね。
これまたキョーレツなアニメ声で一瞬ひるんだ。
ジョアンナって、これまでソニンと高畑充希が演ってるんだけど、ぼくはソニンのしか観たことがなく、ご存じのとおり(ご存じかどうかは不確定では?)ソニンは超のつく実力派(充希だってそうだけど)なので、とても感心した覚えがあります。
精神病院から逃げてきてトッドに見つかってしまったときに、咄嗟に男のふりをして「ひげをそってもらおうと」と言うんだけど、女とバレバレ、という可愛いシーンがジョアンナにはあり、そこがソニンはすごーくうまくて可愛かった記憶がある。
比べちゃってゴメンなんだけど、ふうかのそのセリフは、観てて「・・・」って気になった。なんつうか、バレバレにも限度があるやろ、って感じだったの。
こんな細かいところが気になるほど、この子はまだ「幼な声がウリの女の子(ただし、歌はとりあえず上手い)」って気がしてなあ。
ピーターパン女優は実力派、という印象があるので、今後ともぜひがんばってもらいたいとは思っています。
あ、それと“乞食女”も、ぼくは2013年版を観ていないので、みっちょん(芳本美代子)お初でした。
なんか、この役、前回はマルシアだったとずっと思い込んでいたんだけど、上演記録見るとキムラ緑子さんなんだ。
えっ?! 本当に?
・・・ぼくの記憶違いか。
マルシアが、何かこの役に近い役を演ったのかなあ。・・・ホームレスおばさんぽい役と言えば、ついこないだの『The Love Bugs』だけど、もっとずっと以前に・・・(しばしWikiなどを調べる)あ、『オペラ・ド・マランドロ』か。コヤもここ(当時は「中劇場」って言ってたが)だったし。それで混同したか。
※約1年7か月後に判明※
これも勘違いで、ぼくの印象に残っていたマルシアのホームレスウーマンは、シアタークリエで上演された『ニュー・ブレイン』に登場していたキャラクターでした。・・・マルシア、ホームレス役多すぎ!(←ケチつけるなよ)
で、すんごく申し訳ないことに、キムラさんの印象がない。
そもそも初見のときは、まさか乞食女がル(←無意味なネタばれ回避)とは思ってなくて、「あわわわ!」っつってるうちに終わっちゃったからな。
ここまで書かないできた、(武田)真治君、斉藤暁さん、安崎求さん、そして、いっちゃん!(市村正親)・・・皆さん、“安定”の一言。
逆に何も書くことがなく、申し訳ないぐらいです。
ビバ、ホ○プロ。←オイ(汗)
『スクルージ』や『ピーターパン』みたいな安心・安全の良作を恒例化する一方で、こんな鉄板作(?)も持っている“日本芸能界の良心”(他の強大芸能事務所を暗にディスってますよね?)
安心して応援したいと思っております(黙れ○ャニオタのくせに)
| 2016年05月05日(木) |
夢見書房シリーズ公演 vol.1 リーディング『ヴェニスに死す』(新宿文化センター 小ホール) |
てくてくしません!キリッ
とか言っといて、行っちまいました。お恥ずかしい。
今日までだったのでね(言い訳)
『ヴェニスに死す』といえばヴィスコンティの映画がまず思い浮かぶ方が大多数でしょう。
ぼくも大学生だったか社会人になりたてだったか忘れましたが、新宿のリバイバル上映で観にいきました。
人類最高峰の美少年ビョルン・アンドレセン(当時16歳)を目当てに(←やっぱり)
で、期待わくわくで観たぼくが思ったのは、
「え?こんなもん?」(←超失礼)
と。
波打つブロンドも、陶器のような白い肌も、ルージュをひいたようなバラ色の唇も、そして、ギリシャ彫刻のような100%均整のとれた目鼻立ちも、ほとんど刺さってこなかったっす。
欧米コンプレックスじゃなかった自分が残念でもあり誇らしくもあり。
ていうか実は、劇中でタッジオの声が聞こえるシーン(劇中ではタッジオとアッシェンバッハは一切会話を交わさないので、タッジオが友達と話してるのをアッシェンバッハが耳にする、というシーンだった)があり、その声が、やさしい顔立ちに似合わぬとんでもねー野太い声だったというのが、ぼくが一番“ひいた”原因だったと思う。
まあ、よくあることですよね。
15歳のころのエフゲニー・キーシンとか(当時めっちゃ美少年)。来日したときにテレビで声聞いてびっくりしたわ。
そんなことはともかく、登場する美少年が自分の期待した美少年じゃなかったからといって、映画そのものへの感動すら1ミリも覚えることができず、
「美少年に一目ぼれしたおっさんが無理して若作り(←ダーク・ボガードがまた上手すぎた)してキモイ」
としか思えなかったぼくの素養のなさを恥じるべきかもしれません。
なので、その後トオマス・マンの小説を読んでみた。
・・・これもなかなか理解できず(←もう諦めろ!)
初老の大作家が行き詰って、気晴らしに旅行に行ったらそこですごい美少年を目撃して、それに見とれて衛生状態の悪い街に長居してたらコレラにかかって死んじゃった
というだけの話ですよねえ?(身も蓋もないな)
しかし今回は、なにせぼくの興味を惹くに十分なキャスト。
こいつはリベンジできそうだ、と出かけてまいりました。
アッシェンバッハは市川月乃助。今のところまだ“澤潟屋”だが、すでに新派入りしており、十月には大名跡の喜多村緑郎を襲名するそうで、まあ、良かったんじゃないですか(含みのある発言)
芸風は別に以前とガラッと変わったわけではなく(けっこう久しぶりに拝見するので)、相変わらず端正でダンディ。実年齢よりかだいぶ年上の役だったが、無理に老けてる感もなく。
むしろ、そこはかとなく色気があり(これは月乃助の長所)、昔のぼくだったら理解できなかったであろう、アッシェンバッハの人生への諦めと焦りだけでない、何らかのパッションを感じ取ることができた。
劇中、タッジウ(今回の劇中ではこの表記。以下同様)をじーっと見つめているシーンが何回か出てくるのだが、その視線が全然いやらしくない(ダーク・ボガードをディスってます?)
かといって、枯れてるって感じでもなく。
おっさんが美少年に見とれているというより、何か、「感心して」見てる感じ。
「美しいって、いいことだな」とか、「美しいって、残酷だな」とか、いろんなことを感じてるように思わせる。
これって、ぼくら観客が俳優を見てるときの感じに似てると思った。
そういえば、演劇ほど不躾にじろじろ人を見ても怒られない娯楽ってないな。
トオマス・マンは、アッシェンバッハをホ○のおっさんではなく、そういう「芸術を見出した人」に描いたのだということがここで理解できた(ずいぶん時間かかったなあ)
「若い時のアッシェンバッハ」という役のガウチ君(中河内雅貴)
こんな役あったっけ?(遠い記憶)と思ってたら、作・演出の倉本朋幸氏のオリジナルらしい。
このほかにも、タッジウの友達の役とかを演じていた。
残酷なダメ出しをすると、ガウチ君以外の出演者が皆デカいので若干見劣りがする。低身長(日本人男子としてはそんなに小さくないのに!)好きとしてはかばってあげたいのだが、演劇的効果としては弱点と言わざるを得ない。残念である。
ただ、身のこなしなどは美しかった。当たり前だが。
その他もろもろの細かい役を市川猿琉。彼も今年から新派に移ったらしい。
いろんな役(ゴンドラの船頭とかホテルマンとか床屋のみならず、タッジウの母親!とかも)を軽々とこなしていた。
基礎力があります。
なのに、カーテンコールのご挨拶の声が小さくてびっくりした。
もっと積極的になっていこうぜ!(←誰だよ?)
そして、観客の期待と不安を一身に背負った(笑)松本享恭。
初めて見る子。最近の若い俳優の平均レベルの美貌であり、文句なくイケメンである。
しかしながら、“あの”ビョルン・アンドレセンに落胆した猛者()であるぼくを、感心させられますか否か、と意地悪な目で見てしまったのだが、そもそもさ、このタッジウって役は、“現実に”出てきたらアカン役なのではないのか? と気づいたことであるよ。
読者それぞれの妄想想像の中で形成されてるんだからさ。
だからまあ、そういうところ(ってどういうところ?)はいいですよ、別に。
イヤミなく、無邪気にタッジウを演じられていたので、合格と言えましょう。
そもそもタッジウは、アッシェンバッハを誘惑したりとかしないんだから。
ただ、“美しく”存在してただけ。
その「ただ存在する」ってのが意外に難しいんだけどね。
俳優の習性として、つい“何か”してしまうからね。
そこを我慢できていたのは、良かったと思う。
・・・特に、これ以外言うことはないです(こ、こらあっ!)
最後にちょっと残念なことを書きますが。
リーディングドラマだからといって、役者がセリフを覚えてないわけではないのは当然のことです。
むしろ、稽古や何回かの上演があったのに(しつこいが、本日千穐楽)覚えてないってありえないです。
でも、全部きっちりと覚えてるわけではないのかしらね。
ところどころ、へんなところで間が空いたのが気になった。それも、一人だけでなく。
へんなところで言葉を切ると、観客は「文字」を見ているわけでないので、意味がわからなくなる。
これは気をつけてほしいところでした。
帰る途中コンビニに寄ったら、いくつかのスポーツ新聞のトップにあの4文字のアルファベットが久しぶりに躍っておりましたね。
何があったんだろう?とちょっとネットでチェックしてみましたが、正直、そんなに言及したいようなことじゃありませんでしたぼくには。
なんだろうな、このモヤった気分。
まあ、“本当に”何かが起きたら書くことにします。(なぜ偉そう?)
さよなら喜矢武さん←まあ、とうとう(コラ)飽き(ry
いや、カレンダーの話。←←←
こんにちはキリ。
ちゅーわけで、今年もいつの間にかあっちゅー間に3分の1が過ぎたわけですよ。
あっちゅー間に(リオデジャネイロ)オリンピックが始まって、あっちゅー間に秋が来て神谷町クワド襲名があってシーズンイン(何の競技のかは言わずもがなですね)して、あっちゅー間に“本当の”(いじわる)20周年に突入するんでしょうね。
まず今は、羽生くんの左足が完全に治ること、あの事務所に再度妙な事件(「9月」が問題の時期だそうなので)が起きないことを心から祈っております。(←相変わらずとげとげしいヤツ。っていうか、相変わらず守備範囲が広すぎるヤツ)
個人的には、オリンピックの前に金爆ツアーに1回だけ入れることになり嬉しい次第であります。夏の激務の活力源にしよう。
今回のツアーはネタばれが来年(!)までできないというなかなか厳しい状況ですが、そもそもおいら、終わってからも大してネタばれとか書いてないからな(忘れるから←)。そんなに苦しくない。
ゴールデンウィークですね。(き、急に何?)
毎年ぼくはこの時期に大掃除をする・・・つもりで、結局いっぱいてくてくしちゃって中途半端なまま激務の夏を迎えて(その間に徐々にまた散らかっていく)、疲労の秋を過ごして、元の木阿弥状態で年末を迎えてしまうのですが、今年は本当にてくてくの予定を入れておりません。
とりあえず本日関東地方、大変お天気が良かったので、手始めに大型布類(冬物布団のカバーとかカーテンとか)の洗濯とエアコン掃除(今頃)と窓拭き(今まで大いにサボっていた)をいたしました。
なんか、達成感。(←それだけで終わったらあかんぞ!)
で、その間やっぱりHDDの中身整理に勤しむ(なにしろ今年からJ Sportsチャンネルにまで加入しちゃったので←)
昌磨、おそろしい子。←何を指して言ってるか、お分かりですね。てか、同じようなセリフを去年の11月にも書いた気が
もー笑っちゃうわ男子フィギュア。楽しくてしょうがないわ。とにかく来季が待ち遠しいですな。
おかげでJの方がすっかりお留守になっちゃってるんですけどどうしましょう(所詮そんなもんなんだよお前は)
最近一番ウケたのが「(三宅)健とタッキーで“ケンタッキー”」という、公式が本気()になったCMを視たときですね。
健(というかV6)は昔もケンタッキーのCM出てたんだけど、若い人は知ってるのかな。あのときのCMソング(「本気がいっぱい」)好きだったな。
BBAの昔話はどうでもいいですね。
そんじゃ、衣替えの続きに戻ります。
|