てくてくミーハー道場
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| 2017年03月31日(金) |
花組HON-YOMI芝居『悪女クレオパトラ』(二子玉川セーヌ・フルリ) |
箍が、はずれてるよぉ〜!
ぼくが。
とはいえとにかく今日が楽日だったので、勇んでこの劇団の本拠地・二子玉川へ行ってまいりました。
この『悪女クレオパトラ』という芝居(今回はいわゆるリーディングドラマという趣向だった・・・はずだが、役者連は歌ったり殺陣をしたり、汗だくでがんばっておりました)は、20年前に初演されていてぼくももちろん観たのですが、正直に言って、内容をほとんど覚えていない。
辻村ジュサブローが監修? 製作? したという、『王女メデイア』みたいな衣裳とメイクだけは覚えてる。
この劇団、ぼくがはまったころ(ちょうど小劇場ブームだった80年代後半)は、観客300人ぐらいのコヤなのに、やたら道具(大道具・小道具)や衣裳が立派で派手で、
「これでペイできてんのかいな?」
などと、余計なお世話の心配をしたものだった。
今回はいわゆる本公演ではないので、衣裳は全員がシンプルなダークスーツに、『スターウォーズ』のジェダイみたいな金色のフードつきマント。そしてすっぴん。
この姿で絶世の美女やローマ戦士になるのだから大したもんだが、考えてみれば、こしらえをしていないからこそ、たった8人の役者で何十人もの役を演じ分けることができるってわけだ。
花組芝居には、今回のように台本を手にせずに、すっぴん+全員同じシンプル衣裳(紋付袴だったり、ダークスーツだったり)で演じる“素ネオかぶき”というジャンルもあるのだが、今回の公演はそれに近い。
かっこよく言えば、どんどん能に近づいていってるのかもしれないが、むしろ落語に近づいていってる雰囲気の方が強い。
決してディスってるんではなく、扇でいろいろなものを表すところなど(かつて、素ネオかぶき『海神別荘』で見せたやり方は秀逸だった)、職人技だなあと感心している。
さて、内容についてだが、20年ぶりに観て、「そういえばこんな話だったな」と思うかと思いきや(なんのこっちゃ)、まるで初見のように「へえー」「ほー」と観てしまった客失格。
ま、新鮮な気持ちで観れて良かったね、ということで(どこがだ!)
主宰の加納幸和が書く芝居は、誤解を恐れずに言えば大変客を選ぶところがあり、ある程度知識(それは歌舞伎だったり、有名な戯曲だったり。音楽についても)があると、いろいろなところでニヤニヤ優越感に浸れる。
性格の悪い年寄りにウケそうな感じがする(おいっ!/汗)
ただ、知識が全然なくても思わぬツボにはまってしまうこともあり、30年近く前(ぼくがはまったのは1989年だった)に、まだシアターゴアーになる以前のおとなしい貧乏会社員だったぼくがはまったきっかけも、どうってことはない、ただなんか、男ばっかりの役者たちが女方やったりしてて、それが存外にうまいものだから興味がわいて、前後して歌舞伎にはまってしまったぼくから見たら、ただ「男の役者が女役やってると腐女子にウケるから」やってるみたいなのとは一線を画しているから(決して他の劇団をディスっているのではございません。ていうか、今でも残っている劇団は、みんなその“一線を画している”方です)だったのだ。
当時この劇団には立女方として篠井英介がいたので、そのクオリティはすばらしいものだった(もう一人の立女方である加納と両巨頭だった)
劇団創立30周年ということで、またもやすっかり年寄りの回顧話になってしまったが、正直、加納が書く話は、いろんな元ネタが彼の脳みその中でグツグツ煮込まれた闇なべ的な様相を呈しており、そのひとつひとつのネタを「あ、あれだな」と判るとスゲー面白いし、かといって判らなくても、度胸のある人ならば、
「正体不明の材料だけど、なんか、おいしー」
とパクパク食ってしまう恐ろしい魅力がある。
ただしそれは、はまらない人にはまったく刺さらないというやっかいな特徴でもある。
ぼくの知り合いは、花組芝居の魅力を、「出てくる人が、みんな自分のことしか考えてないところ」だと看破()した。
言われてみれば、そのとおりな気がする。
悪人はどこまでも悪人で、善人はこてんぱんに痛めつけられておしまいだし、現実だったらトンでもないすさんだ世界なのだが、だからこそスカッとするのかもしれない。
客層はやはり圧倒的に女性が多い。やはり“女方”というものに惹かれるのであろう。
正直、この劇団、大したイケメン俳優はいない(最後にきてとてつもなくディスった!!!)
だけど、役に入るとみな、しっかりと美女にもなり二枚目にもなる。そんなところがまた不思議である。(ほめてるのだよ・・・わかってね)
末永くがんばってほしいものである。(なぜか偉そうな〆)
| 2017年03月30日(木) |
『The Vocalist Premium Concert Celebration Night+6Days』4th 島田歌穂&島健×北翔海莉(東京国際フォーラム ホールC) |
一体どういうイベントなんでしょうかこれは?
分からないのに行きました(なんでや?)
理由は自明。
北翔海莉さまが出演するからです!
ただし、みちこのところに「ホスト・ナビゲータ」と書いてあって、ま、まさかみちこは「司会」とかで、各出演者とちょろっと1曲だけデュエットするとかで終わり・・・? みたいな心配もしていました。
その心配ははずれました(^-^)
行ってみて何となく察したところでは、このイベント、みちこをメインにした“対バン(正確には「バン」ではないが)コンサート”でした。
今週の月曜日から日曜日まで毎日、みちこの1時間ほどのライブと、日替わりで誰かがその前に小一時間ほどのライブをやる形式らしい。そして、アンコールに1〜2曲コラボ。
対バン相手ゲストアーティストは、月曜から順にてっぺいちゃん(石井竜也)、川井郁子さん、LE VELVETS、そして今日の島田歌穂ちゃんと島健さん、明日がともちゃん(華原朋美)、宇崎竜童さん、平原綾香さんと、関連性が謎なメンバー。
誰がチョイスしたんだろうか? 今日の感じでは別にみちこが選んだわけでもなさそうだった。
レコード会社の(以下、大人の事情につき略)
なんか、みちこを売り出す(退団後初のCDがリリースされる模様)ために、総力注ぎました! みたいなフシも感じる。
うんうん頑張って注いでくれたまえ(←偉そう)
ぼくももちろん買いますので。
さて、上記のラインナップの中で、ぼくが今日を選んだ(といっても、実は川井さんと今日とともちゃんの日しか知らされなかった。他の日はソールドアウトだったんだろうか?)のも、やはり自明でありまして。
今改めて7アーティストの方々を眺めていても、やはり一番聴きたかったのは本日のゲストだなあ、と思います(時間が許せば、ほぼ全員行ってみたいけど)
島さんの粋で洗練されたピアノと、歌穂ちゃんの“間違いない”ヴォーカル。
終始うっとりさせていただきました。
ああ、寂しいときにいつでもこの声が聴けるように、こんな小鳥ちゃんを飼っときたい(物騒)
・・・CD買えばいいのだが。(ぜひそうしてください)
一方、みちこのターンは、いきなりドラムソロから始まりまして!(◎_◎;)器用すぎるわみちこサン
「嵐を呼ぶ男みちこ」だそうで、むろん、あのセリフ入り。
まっちよりドラムもセリフも上手かった(^^*)(←コラ)
この後はまぁ、普通にみちこのワンマンショーで、歌たっぷりダンスたっぷり。セトリはなぜかどっぷり中高年(ぼくら世代のこと)向けで、みちこがどの辺の層へアピールしたいのかという点に疑問が残りましたが(なぜか、本日多かったおじさま客をしきりに喜んでいた・・・)、そのパフォーマンスは在団時から変わらぬクオリティでした。
・・・が。(ん?)
果たして、これでよいのか?(なんだって?)
だって、これなら退団する必要まったくなかったじゃない?(←未練がましいぞ)
確かに、過去、退団直後のトップさんのリサイタルなどをいくつか観てきて思うのは、退団したからと言っていきなり“女”になっちゃうと、それまで大事に大事についてきてくれたファンは、一様にがっかりする。
急がず、慌てず、徐々に“女優化”していくことが一番賢いやり方だ。
みちこも、退団したのはついこないだ(4か月ちょい前)
急にスカートなんぞはいて出てきてソプラノで失恋の歌とか歌われたりしたら(今度出るCDはJ-Popのカヴァーアルバムで、そういう曲もいくつか入ってるので、そのうちやるんだろうな)、もにゃる気持ちはわかる。ぼくもきっともにゃるだろう。
てか、あの“気のいい兄ちゃん”みたいなキャラクターは、男役として作ってるというより、普通にみちこの素のキャラのような気もするし、そう思わせてくれるところが北翔海莉の魅力だって気もする。
今秋には退団後に出演するミュージカル第一弾『パジャマゲーム』で、嫌でも(別に嫌ではないが)女役が見られるので、別にあせらなくてもいいだろう。
まずぼくとしては、CDリリース記念ツアーのチケットをゲットすることにいたします。
来月の29日と30日には河口湖の近所にあるホールでCDに入ってる曲を全曲歌うという長渕剛みたいな(そ、そう?/汗)コンサートをやるようなのですが、その日はぼく、もっと大物(誰かは、察しの良い方はお判りかと)のLiveのチケット買っちゃってるんだよなあ・・・。
東京のに必ず行こう。
さて今後、どんな女優・北翔海莉に出会えるのか。ひたすら楽しみとの思いを強くしたコンサートでありました。
| 2017年03月27日(月) |
音楽劇『マリウス』(日生劇場)(26日観劇) |
幕が開いて客席(2階席)から舞台が目に入ったとたん、「さすが山田洋次」と感服。
まるでルノワールの絵のように美しいマルセーユの街がそこにありました。
板(舞台の床のこと)に石畳まで描かれている!
『レ・ミゼラブル』でも板が石畳になったりしていますが(『レミゼ』は劇中で場所がコロコロ変わるので、板に描いたり敷物を置いたりせず、場面ごとに照明で変えている)、こんなに舞台装置が“一幅の絵”のようだと、役者たちは嬉しいだろうなあ。
観客であるこちらも幸せな気分になりました。
さて、お話の内容としては、ついさっき観てきた『キューティー・ブロンド』と180度というか前方伸身宙返り3回ひねり(シライ/グエン)ぐらい違ってて(例によってたとえが解りにくい!)、ほぼ大事件が起こらない。
いや、一応事件らしきことは起こる。
でも、それは予見されていた事件。
マンガみたいなスカッと胸のすく展開とかにはならず、じんわりと沁みてくる展開。
言ってみれば、
ザ・松竹
という舞台であった。
まあ確かに、製作は松竹株式会社であり、演出は山田洋次監督である。
だが、主演は今井翼であり(といっても、このところ何だかつばっちゃは“松竹俳優”気味である)、「音楽劇」とかいう不穏な(コラ)カンムリまで付いている。
この「音楽劇」部分に対するぼくのスタンスに関しては、先週土曜日の『私はだれでしょう』の感想を参考にしていただきたい。
正直、なんか奇妙な雰囲気であった。
ま、歌の部分はさらっと流すとして(流すなよ!)、もういっこ「うー、松竹っぽい」とぼくが感じたところがあって、筋書きの中に無理やり(違います! by山田監督)主人公マリウス(これがつばっちゃの役どころ)がフラメンコが得意という部分が入れ込んであり、劇中突然(でもないが)踊り出すのである。
可愛い幼馴染と会話しながら、はたまた自分の行く末について悩みながら、突然フラメンコを踊り出す主人公。
リアルに考えればケーサツを呼ばれかねない事態であるが、そこはやはりマルセーユというラテン系の人々が住むヨーロッパの街であるってことで(いや・・・マルセーユでも、やっぱケーサツ呼ばれ・・・ないかなあ?よく知らんが)
つうか、これ“芝居”だし。←ぶちこわし
くだらないツッコミ()はさておき、つばっちゃのフラメンコは、ダンス素人のぼくが見てもはっきりと理解できるほどメキメキと上手くなっている。
なんつーか、(タカ○ヅカとかでよくある←コラ)スパニッシュっぽいダンスではなく、ちゃんと「フラメンコ」なのである。
まじめに勉強してるのがわかる、見た目のかっこ良さよりも、そのスピリットを表現している踊り方だった。
実はつばっちゃの生フラメンコは今回初めて観たわけじゃなく、去年10月の新橋演舞場で観た『GOEMON』でも堪能させてもらったので、さほど驚きというのはなかったのだが、今回改めて観て、さらに上手になっていたように思った。
すばらしいことです。
そして、もっとびっくりというか感心したのが、タッキーこと(嘘)瀧本美織ちゃんもちょっと踊ったのだが、これがまた上手かったこと!
この芝居には、フラメンコを路上で披露してお金を稼ぐロマ族が出てきて、その踊り子を演じていた工藤朋子さん(プロのフラメンコダンサー)が普通に一番上手かったのだが、タッキー(←)のダンスセンスも瞠目ものだった。
歌も上手だし、お芝居も素直だし(ぼく、彼女の声がとても好きで。何気なくテレビ視てて彼女が出てるCMが流れると、つい注目してしまうの)、実力があるわあタッキー(←だから、紛らわしいから/汗)
さて、お芝居のあらすじですが、どうしても夢を捨てきれない主人公が、ずっと好き合ってるのに互いにその先へ踏み込めない幼なじみとついに一夜を共にした翌日に、ふるさとを捨てて旅立ってしまう・・・と、たった2行で済む内容を、あーでもない、こーでもないと1時間半にわたって見せるのが一幕目(おいこら何をディスってるんだ!)
いや、その「あーでもない、こーでもない」を退屈させないところがまたすごい。
そして、「たった一夜」で(運命的に)子供ができちゃって、男はそんなことも知らないでどっか行っちゃって、仕方ないんで女は周りのお膳立てもあって、元々自分を好いててくれた気のいい年寄りと一緒になって子供を育ててたら男が帰ってきちゃって、ひと悶着あったけど登場人物はみんな善人ばっかなもんだから、無責任男の烙印を押された(えっ?)男は再び遠い旅に出る、というのが二幕目の流れ。
観終わってこうして振り返ってみると、「そういや、結局何が起こったんだ?」くらいな感じのお話なんですが、言ってみれば「これこそが、人生(C'est la vie.)」
実は原作にはまだ続きがあるらしいんだけど。
途中、女が気の良い年寄りと結婚するところ、「あれ? 超有名フランス映画に似たようなシチュエーションがあったなあ?」と思った客は多いのでは。
成立したのは明らかにこちらの方が先なので、ジャック・ドゥミ(バラしたな?)の頭の片隅に、フランスの古典的有名芝居であるこの『マリウス』三部作の設定があったのかもね。
あの映画ではぼくはヒロインの苦渋の結婚に若干もやっとしてるんですが、今回の芝居では、身重のファニーと結婚してあげる(っていうのは言いすぎか。本人は元々自分の娘レベル以上に歳の離れたファニーを娶りたがってたんだし)パニス(as 林家正蔵)がとてもとてもいいやつに思えてならない。
正蔵は(これが彼の個性でもあるんだが)滑舌があやしく、そこがまたパニスのドンくささにマッチしてたのだが、ときどき、「セリフです」って感じのしゃべりかたになってた。ほぼ千穐楽だったのに、残念。
ほかの出演者の皆さんは、手練手管のスペシャリストばっかって感じで、セリフが実に自然。あの大きな日生劇場で、普通のトーンで話してるのに、2階席後方のぼくにまでしっかりととどいた(舞台マイクはあったと思うが、各自のマイクは、なし。歌のときだけ音量上げてたけど)のがすばらしかった。
そして、事前にすっかりネタばれしていた「このお話は、山田監督にとって『男はつらいよ』の原型になっているお話である」という件を証明するかのように、ラストシーン、ファニーに「パニスとは別れられない」と言われ失意のマリウスが旅立つときに持つ革のトランク、ファニーが着せ掛けたジャケットの袖をわざと通さず、肩にひっかけたスタイルで去ってゆくその姿、ま、まさに、
寅さん(@_@。)
今にも「お〜れがいたんーじゃお嫁ーにゆけ〜ぬ♪」と歌い出しかねない姿であった。
話があっちこっち飛んですみません。とりあえず、実に松竹らしい舞台でした(結局それか)
松竹らしいといえば、舞台につばっちゃが登場したシーンだけ拍手が起きたのが、これまた松竹っぽかった。っていうか、主役が登場したときだけ(まだ何もしてないのに)拍手するっていう流儀、歌舞伎とか、新派とか、松竹とか、(ミュージカルじゃない)東宝とかの古典的な商業演劇でよくあるんだけど、あれにはぼくは何か慣れない。
宝塚のトップ拍手は、「昔からこういうもんだからね」みたいに刷り込まれたので、すでに不自然さを感じないのだが。
偏見かしら?
まあ、そんなぼく個人の違和感はともかく、カーテンコール(再びフラメンコ!なのに、バンドが奏でたイントロは「男はつらいよ」/笑)も素敵でしたし、「良質舞台」のお手本のような作品でした。
つばっちゃ、良い俳優道を邁進してください。安心して追いかけさせてもらいます。
ラーメンの食べすぎで○○らないように。それだけは頼みます(コラ)
■蛇足■
だってね。最近つばっちゃ、よく食レポしてるのをテレビで見かけるのよ。「ブンブブーン」でもやってたが、これがまた上手で!(←)
新しい道を見つけたのはいいが、くれぐれも第二の彦(ヤメて!/汗)・・・フラメンコフラメンコ!←
| 2017年03月26日(日) |
ミュージカル『キューティ・ブロンド』(シアタークリエ) |
The“全米がハッピー♪になった”○○っつう内容ですね。
ディスってません。むしろ、すがすがしいと思ってます。
ほんに、アメリカが喜びそうな内容だなあと。
でも意外やこのお話、世にリリースされたのは2001年と、今から16年も前らしい。
まあぼくにとってはつい最近(なにせ21世紀だし←)のことだが、16年はひと昔。(熊谷陣屋かよ)
ちょっと都合良すぎるエンディングではあるけれど、「金髪」=おバカという価値観が現在でも通用するんだなあ、先進国でありながら、人類の価値観はさほどバリアフリー化してないなあという感想が先に立った。
映画をほとんど観ないぼくなので、このお話の基になった映画も観ていませんが、最初の方の流れ(主人公エルが、自分を振った彼氏と同じ大学に入るために猛勉強する)を見て、「アメリカ版“ビリギャル”かしら?」と思いました。
でもそのくだりはお話の主流ではなく、あっさりと偏差値()を上げたエルちゃん、いとも簡単にハーバードに合格しちゃうところがすごい。
元々自分が好きだった「ファッション・マーケティング」の学部ではオールAという秀才だったので、素養はあったわけ。
まぁ随所随所で都合よくコトが進むところは気にしないで(すぐ棘刺すところがぼくの意地悪BBAなとこですね。すんません)、ひたすらエルの可愛さ(これは見かけのことじゃなくて、物の考え方や生き方を指します)に魅了されました。
神田沙也加。まったくブラボーな女優です。
可愛いって、正義だよね。←久しぶりに使ったこのフレーズ
実年齢は知らないが(おい)、“キューティ”という形容詞がこれほど似合う日本の女優は沙也加の他にいないのではないか。そんな気がしました。
あともう一つ、この人の素晴らしい特性を発見。
実は、このキャパ(600人強)のわりに今回全体的に大音量だったのです(このコヤは、ストレートプレイならマイクなしで上演する)が、それはこの作品の特性によるものだったのかなと思います。若干音割れするぐらいの方が作品の時代性に合ってるというか。『RENT』とかもそうよね。
で、出演者(特にアンサンブル)の中には、その声量がめちゃデカすぎて正直「耳が・・・」と思う人たちがいたんですが、沙也加の声は長時間聴いていても疲れない。
これは新鮮な驚きでした。
昔はよくお母ちゃん(だれか判りますよね?)そっくりと言われていたが、今日たっぷり聴いた感じでは、もっとまろやかでコロコロしている(←表現下手)
押しつけがましくない、良い声なんです。
このほかに特筆したいのは、やはり佐藤隆紀くんのイケボ(^^*)
いやー、イケボとはまさにこういうのをいうのですよね、と何度も納得。
開演前の影アナもやっていましたが、そこでいきなり「誰だよこのイケボ!!」と、嬉しさに笑いがこみ上げてしまいました。
佐藤くんのエメットとエルのデュエットは、あまりにも耳が幸せでいつまでも聴いていたかったな。
それから、やっとこさ木村花代さん出演作に巡り合えてうれしかった。
ただ今回は、歌声よりもあのふざけた(オイ)身体能力に愕然(◎_◎;)何でなわとびしながら歌が歌えるんだ?!
びっくりしましたですよ、ほんまに。
この他にも、エルの友人セリーナ役の中村百花さんの腹筋に終始おらあ目が釘付け(笑)
あと、イケボ第2位の称号を差し上げたい上野聖太さん。「たっきゅーびんですっ」にヤラれた(≧∇≦)
アンサンブルの皆さんは一人何役もされていたんだけど、そのどれもが個性満載で、そんなところでも「ジ・アメリカンコメディ映画」っぷりが十分に表現されていました。
いつもなら、キャラの濃さで突出するはずのじゅりぴょん(樹里咲穂)が霞むほどで(いや・・・霞んではいなかった、さすがに)
あ、最後に特筆。
アニーじゃないが、本物のお犬様(チワワ)が今回出演。
犬の聴力にああいう大音量は暴力にはならないのかしらん。遠くの音を察知する神経と、近場の大音量を処理する神経は別物なのかな? あんまり犬に詳しくないので、よくわからないが。
犬はしつけ次第で演技らしいことはできますが、チワワって犬種にはあんまり頭が良いイメージがなかった(これこそ対“ブロンド娘”レベルの偏見?)ので、大人しくきちんとしてたことに感心。
そうか、ブロンド娘がいかにも飼いそうな犬=チワワってことなのね(偏見)
まあ、実際には38歳のおっさん(おい/怒)も、飼ってますけどね、チワワ←
お元気かしら?(誰が?)
話は戻るが、このチワワちゃん、作中では二役(笑)をしてて「ほんとそっくりね」みたいなセリフもあるんだけど、この作品、こういう、客のツッコミ(「犬なんて飼い主以外には同じにしか見えないよ!」)を待ってるようなところがたくさんあって、こういうとこが今風だなと思いました。
面白かったっす。
んで、これはマチネで、今日はソワレもあったんだけど、エンピツ日記は同じ日のネタは1本しか書けないので、そっちは明日の日付で書きます。
| 2017年03月25日(土) |
こまつ座 第116回公演『私はだれでしょう』(紀伊國屋サザンシアター) |
3月もあと1週間弱なので、4月に行こうと思っている芝居のチケットを確認していたら、13枚あった。
・・・またタガがはずれたか(実は、まだ買えてないが何とかしてゲットしたいと思っているのが3舞台ほどある)
(どうやって行くつもりかって?)
UQ有休♪←フカキョンが出てる某格安スマホのCM参照
というのはウソで(ウソかよ?!)、ぼくの就業形態には有休とかいう概念はなく、でも別にブラックでもなく、単に、仕事の締め切りを自分で調節して時間作ればいいだけ(それがいつでもうまくいく保証はないが)
9時から5時までの拘束がない代わりに、怠ければ締め切り地獄が待っているという稼業です。
そんな立場から、ほぼ100%の確率で初日に台本が間に合わなかったという逸話を持つ井上ひさし先生にはシンパシーを感ずる(才能と地位は月とすっぽん)
もちろん井上先生のホンが遅れる原因は、ぼくみたいにギリギリまで手を付けない怠け心のせいではなく、書いても書いても「何かが足りない」「あのことも書き足したいこのことも書き加えたい」という終着のない向上心からである。
この『私はだれでしょう』も、そんな作品の一つだったそうで、初演時、初日が2回も延期になったそうである。
わずか10年前のことなので、ぼくはすっかりシアターゴアーになっていた時期であるが、当時はまだこまつ座マストの嗜好ではなかったので、今回が初見であります。
戦時中や終戦まもなくの話が多いこまつ座作品を観ていつも感じるのだが、その平和祈願への共感は当然として、また別のものとして思うのは、ぼくが昭和ヒトケタ生まれの両親や近所のおじさんなどから聞いていた戦中戦後の話は、決して全国共通ではなかったということが理解できる点だ。
なにしろ『日本人のへそ』なんかを観て強く感じたのだが、同じトーホグ人であるにもかかわらず、井上先生とぼくの周囲にいた昭和ヒトケタ人たちは、当時の中央(東京)や政治への考え方が、えらく食い違っていたのである。
まして今作はNHKが舞台で、東京のド真ん中の、いわゆる“マスコミ”の人たちのお話。ふぐすまの農村とはえらくかけ離れた人々の話である。
だが、今こうして東京で生活して“マスコミ”とはとうてい言えはしないが、情報産業の片隅どころか端っこにへばりついて仕事をしている身からは、むしろシンパシーを感じてしまうような題材ではあったのである。
なんか、気負って非常にわかりにくい感想を書いてしまったが、お芝居の戯曲懸賞に応募を繰り返す三枝子さんなぞは、恥ずかしながら20年位前のぼくを見ているようだし(ぼくは実際に応募したことはないが)、言葉の添削を生業としている佐久間さんは、ズバリぼくと同業者なので、もしぼくが70年前の日本にいて戦争で死なずにすんでいたら、彼らのような仕事をしていたかもしれない、少なくともそれに近い意思を持って生活していたかもしれないと思ったのだ。
占領者と、それに阿る自国の代表者たちという二つの支配者から常に厳しく見張られながらも、何とかして同胞たちの役に立ちたい、それを自分の「アイデンティティ」にしたいともがいている登場人物たちへの共感が心地よかった。
だが、井上作品の甘くないところ(そこが最大の良さでもある)は、そうして理想に向かってコツコツと歩を進めている主人公たちは、安易なハッピーエンドを迎えない。
CIEの上官のサインを偽造して、アンタッチャブルだった広島の人の「尋ね人」を放送した川北京子とフランク馬場は拘禁される。
奇跡的な正義の味方の助けなど起きはしない。
だが、井上作品には完全なる絶望はない。
救い、というにはあまりにもささやかだが、「決して絶望ではないのだよ」という何かが起きる。
「私たちのこの国は、敗戦からたった2年で、また“戦前”に戻るのですか?!」という総毛立つようなセリフさえ出てくるのだが、「戻さない方法は、どこかに必ずあるはずだ」というヒントが提示される。
なんて、こんなこむずかしい感想を書くと、ずいぶん重苦しい芝居のようだが、そこは井上“音楽劇”
登場人物が急にビールやお寿司にはしゃいで歌いだしたり踊りだしたりする。
これ、はっきり言ってすごく突拍子もない。
これをミュージカルのようなものと捉えてしまうと、めちゃめちゃ不自然さが際立ってしまい、ミュージカルアレルギーの人を増やしてしまうので、決して井上作品を観るときには「ミュージカルだ」とは思わないほうがいいとぼくは思う←
ぼくは素養がなくて知らなかったのだが、今回の作品の中で歌われる楽曲にはほとんど原曲があって、それを知ってる人が聴いたら、「うわああ懐かしい」と思うような曲が多かったらしい。
ぼくは「勘太郎月夜唄」だけ知ってた←
なんかまとまりがありませんが、特に気になった出演者の方への一言二言。
朝海ひかる as 川北京子
井上作品によく登場する、昭和の際立った美人。姿はもちろん、生きる姿勢も美人そのものというキャラクターである。
すらりと伸びた姿勢が見ていて心地よい。
そんな美人(麗人といった方がふさわしいかな)が、ステーキを食べられると知ってワクワクしたりするところも井上作品ならでは。
ただ、残念ながらコムちゃん、声は相変わらず硬くて、当時、あの声でアナウンサーになれたかなあという疑問は(コラ)
吉田栄作 as フランク馬場
このフランクさん、実在の人物なんですね! ちょっとびっくりした。
登場シーン、軍服が映える長身に、思わず「かっこえー!」。なるほど、当時の日米ハーフの男性のイメージそのものである。
コムちゃんとの並びに既視感があると思ったら、『ローマの休日』か。また再演があるらしい。行きたいな。
平埜生成 as 山田太郎?
最初に登場した時と、最後の方で正体?がはっきりした時の雰囲気がまるで違うことに感心。
タップ踏んだ時にはちょっと笑ってしまった。誰なんだこの芸達者な青年は。
この、ほぼほぼ深刻なお話の中で、一人正体不明なこの若者は、まるで妖精のようなはたまた座敷童のような?
こういう不思議さも井上作品の真骨頂かなと思ったりする。
次回公演『化粧』『イヌの仇討』も時間が許せば行くつもりでありますが、『組曲虐殺』をずっと観逃がしているので、ひそかに再演を願っております。
| 2017年03月19日(日) |
宝塚歌劇団月組公演『グランドホテル』『カルーセル輪舞曲』(東京宝塚劇場) |
伝説の日本初演から24年。
トミー・チューンの薫陶を受けた宝塚歌劇団月組(とはいえ、既に団員総入れ替え状態)バージョンがようやく上演の運びとなり、初演を観逃した身として、これほど光栄なことはございません。
相変わらず大げさな前フリで恐縮です。
観終わって一番感じたのは、やはり「これがタカラヅカなんだ」でした。
良いとも悪いとも思わない。タカラヅカ版である以上、これは仕方がない(って書くと、がっかりしたようにとられますかね? まぁ、当たらずともってところです)
逆に、さほど登場人物が多くないこの芝居に、76人もの生徒を登場させるという4回転ループ並みの高難度技術()を発揮する歌劇団の演出家ってすごいな、と瞠目しました(決して皮肉ではない)
面白いんだよ、だって。
いわゆる「人が大道具」状態の演出がある。
こんな贅沢な人間の使い方、宝塚歌劇団しかやれないよ。
商業演劇だったら、ギャラで大赤字だよ(黙れ)
ふざけた評はともかく、約90分の一幕ものとしてスピーディに進行していたところが最も素晴らしかった、と言いたいです(この作品は、音楽の切れ目がないところがとにかく良い)
主な役を演じた生徒さんたち寸評。
珠城りょう as ガイゲルン
たまきちのイメージシンボル(そんなのあったんか)が“大型犬”であると今日知った(≧∇≦)←オイ
そんなもさっとした(コラコラ)たまきちの本公演初主役が“貴族”(何を言いたいの?)
いや、『グランドホテル』の登場人物の中で、たまきちが演るとしたらまずこれしかないが。
「スタイリッシュ」にはまだ届いていないが、自分より10歳と10か月も年上の美女にうっかり惚れてしまうおっとりさ加減(何が言いたいんだ)は確かにある。
一言で言うと、いかにも育ちが良さそう。
育ちが良い人がこそ泥するかどうかは別として←
技術的なところでは、歌は下手じゃないんだが、未だ男役声になってない。これは去年の4月に市川で観た『激情』の感想にも書いたけど。
ロングトーンが一本調子で、いわゆる「歌がうまい人」の歌い方ではないのだが、全く変なクセがないので、逆に万人に好まれる声かもと思う。
愛希れいか as グルーシンスカヤ
現在、歌劇団のプリマ娘役ちゃぴ。何もかもが上等すぎて、ぼくなんぞが何か申すのはおこがましいです(なにその態度の違い)
ザッツプリマドンナ!でした。
まあ、ちゃぴ本人がまだ“老いて忘れ去られかけている元大スター”という状況に陥っていないので、グルーシンスカヤの本質的なところまで表現するのは難しかったと思うが、一挙手一投足が美しすぎて、そんな瑕疵など目に入りませんでした。
新米トップたまきちを、よろしくお願いします。一人前になるまできっちり仕込んでやって(何か語彙がやらしいな)ください、姐さん。←
美弥るりか as クリンゲライン
伝説の月組初演はトップ男役・涼風真世のサヨナラ公演として上演され、そのトップさんが演ったこの役、ミヤ様には「相手にとって不足なし」の心境だったでしょう。
死に至る病で消え入りそうなみすぼらしい男、しかも当時のヨーロッパでは差別の的だったユダヤ人。それを宝塚歌劇団の生徒が演ると、このように“妖精的”になるわけですよ。
「At The Grand Hotel」は地声で歌いきれずファルセットを併用してしまっていたのが唯一の難点。
■不確実情報だがつけたし■
なんと、このファルセットは「わざと」だそうだ。クリンゲラインの弱弱しさを表現するためとのこと。・・・いやあ、正直そんなこと知らずに見てたら、「この人歌下手なのにこんな大きな役もらっちゃって・・・ひいき?」みたいに思われるぞ。そんな高等技術を使いたいなら、本気でそういう技術を身に着けてからやろうじゃないか。ね。
だけど、クリンゲラインの一つの見せ場であるチャールストンを踊るシーンでの身のこなしは、そこだけ見るためにまた行きたいと思わせられる、まさに“お金のとれる芸”でした。
歌劇団よ、ミヤ様をくれぐれも大切にしなされ(なぜか偉そう)
海乃美月 as フラムシェン
本日のフラムシェンはくらげちゃん。ぼくの記憶ほどガリガリでなく、プロポーションが美しいフラムシェンだった。これならプライジングがエロい気持ちになるのも解る(わかるの?!)
ただ、演技の方はやはり“娘役芝居”っていうか、あっさり。おなかに子供がいる女独特の生々しさ(そんなのあるの?)がいまいち。
つうか、タカラヅカではやっぱりそういう“色”を出すのはご法度なんだろうなあ。
暁千星 as ラファエラ
伝説の月組公演で、当時の規格破りの男役・天海祐希が演じた役。アリちゃんにとって「相手に不足なし」だったことでしょう(あれ? デジャブ?)
歌は間違いなくアリちゃんの方がうま(コラ)
ただ、やけに淡々としたラファエラだった。ひたすらカタいというか。
学年的な問題なのだろうか。まさか今時“スミレコード”でもあるまい。
専科からお二人。
夏美よう as オッテンシュラーグ
完全に語り部として存在。ほとんど下手(しもて)に座って存在感を消してるんだが、消えそうで消えない存在感。さすがハッチさん(褒めてるのよ)
そして、ガイゲルンが撃たれて死んだ後にオッテンシュラーグが高らかに言うセリフ、
「敵同士の愛と死が、手を結び合うのだ!」(・・・だっけ? よく覚えてないが←)
このセリフ、ぼく好き。(そのくせちゃんと覚えてないが)
ところで、このセリフの後は、月組初演とグレン演出版では盲目の伯爵夫人とジゴロのダンス、サザーランド演出版では“死”とジゴロのダンスになるはずだが、今回はヅカルールが適用され、ガイゲルンとグルーシンスカヤによる“幻想のダンス”になってた。
ぼくもヅカオタなので一応の理解は示すにやぶさかでないが、正直興ざめだった。
ここは“トップのデュエットダンス”じゃなく、超絶技巧のプロダンスが見たいのだ。作劇上そうしてほしいのだ。
華形ひかる as プライジング
エロ味はさすがに薄め。追い詰められた男が発する暑っ苦しさも希薄だった。肉布団入れて頑張ってたのにね。
うーん・・・みつるにはみつるに合った役があると思うのだが、専科であること、この学年であることは、“プロの俳優”であることが求められるということだもんな。
あと最後のセリフ、「手を洗わせてくれ」じゃなくて「手洗いに行かせてくれ」だった。
原語のセリフもこっちの意味なのかなあ? それだと全然違う印象になっちゃうんだけど。
(聞きかじり知識だが、このプライジングのセリフは、観客には自殺をほのめかしているらしい。だったら「トイレに行きたい」の意味でOKなのかな。でもぼくは「手を洗いたい」の意味のセリフを聞いて、すごくぞっとして良かったのでそっちをとりたいんだけど。確かに、銃殺だから手は汚れていないわけだしなあ・・・)
さて、最後にもう一人の重要な役、
朝美絢 as エリック
大豊作95期生の首席のわりに、他組の同期よりぼくに覚えられるのが遅かったあさちゃんですが、今度雪組に行くんですね。『幕末太陽伝』の東京公演にも出るのかしらん。ちょっと情弱で分からないけど。
それはともかく、このエリックという役に、ぼくは多大な期待を抱いていました。
サザーランド版のエリックがとても良い役どころだったからです。
で、今回の感想。
・・・うん、仕方ないね。タカラヅカだからね(−−;)まあ、そうなんですの?
うん。そうなんですの。
演出がそっけなさすぎるのか、サザーランド版のマサ君(藤岡正明)が名演すぎたのか、あさちゃんの力不足だったのか、確認しようもありませんが、おかげで寂しい気持ちで観終わってしまいました。
なにしろ今回は、ガイゲルンとグルーシンスカヤのデュエットダンスのエピローグつきという終わり方だったので(さらにカーテンコールまでつくという、ちょっと余韻のない演出)
ああ、タカラヅカだった。これが感想のすべてになっちゃった。
もっと悲しいことに、ショーでぼく、また居眠ってしまいました!(×_×;)何も食べてなかったのに
どうしたんだろう? 病気だろうか(単に歳のせいでしょう)
とはいえほとんど寝ていたわけではなく、完全に記憶がないのはインド洋ぐらいです(おい!トップコンビの場面!)
あとはちょこちょこ(ええい、この罰当たり!)
なんかあれだなー、一瞬たりとも目を離せないようなショーが見たいものだな(責任転嫁)
この春、歌劇団も大人事異動があるようです(トップ退団も続くし(×_×。))
話題性だけじゃなく、作品のクオリティでこれからもわたくしたちを惹きつけてほしいと願います(あーら生意気)
| 2017年03月18日(土) |
『白蟻の巣』(新国立劇場小劇場) |
観に行ったんだけどほとんど観ないで帰ってきてしまった。
なんて書くと、「駄作だ!」と灰皿(持ってませんが)投げて席を立ったかのようですが、そうではなく、ほとんど居眠ってしまったというわけです。
こんな風にはっきり「眠った」と書くのはぼくには珍しいのですが(大抵気が引けるので)、今日は何となく開き直ってみました。
眠ってしまった原因が、ぼくにあるのか(開演直前に食事した←でも、軽くホットドッグ1つだったんだけどな)芝居にあるのか、それがちょっと分からない。
眠っちゃってるんだから、どういう芝居だったか分からないので、当たり前。
三島戯曲なので、最悪本読めばいいか。
そうか、そういう油断があったから安心して(オイ)眠ったのか。
出演者の皆さん、すみませんでした。
隣の席の方、すみませんでした(ゆらゆらしてたっぽい)
自己正当化してしまいますが、人間居眠りするときっていうのは、一定のリズムの音を継続して聞いてるとき(退屈な授業とか、電車に乗ってるときとか)
舞台から聞こえてくる“一定のリズムの音”といえば、すなわち棒(それ以上書くな!)
・・・平田満さんや半海一晃さんがしゃべってるときだけは、ハッと目が覚めてたんですが(大御所に擦り寄るなあ)いつしか平田さんのシーンの記憶も危うく(コラコラコラ)
とうこ(安蘭けい)の登場シーンの歩き方なんか面白かったんだけど、結局どういう狙いだったのか理解できぬまま終わってしまった。
三島由紀夫が書くセリフは日本語の華美の髄を極めてるから、それに頼っちゃう演出家が多いのもうなずける(おや? 今度は演出家にダメ出し?)
でもなあ、なんかなあ・・・。
ま、いいや(良くないだろ)
ほとんど観てない人に何言われても、作ってる側は1ミリも納得できないでしょう。
楽しめた観客の皆さんの評を信じて、がんばってください。
| 2017年03月15日(水) |
「HTML03×喜矢武豊×ガチャピン」コラボ発売記念 ついでにガチャピンとファンのみんなで喜矢武さんの誕生日を祝っちゃおうよパーティー |
まるで行ったかのような日記タイトルですが、もちろんPCの前で参加しました(^o^)丿☆☆彡←
いやー、ホントに
喜矢武ギャ(または婆)じゃなきゃ一つもク●面白くない
イベントだったでござる☆\(−− )
でもまあ、喜矢武さんコスプレ(あれはコスプレっていうの?)可愛かったし、本物のガチャピンさんとがっつり絡んだし(近年高齢化(オイ)しているボンギャの間では、ガチャピンの声への違和感がパなかったようだが>コメント統計)、事務所の後輩による即席バンドの演奏力は確かだし、会場は緑色度高いし、まちがいなく
喜矢武ギャにとっては夢の2時間
でした( ´ ▽ ` )ノ
早速当日のセットリスト(本物さんたちの音源/笑)をiTunesに入れました(本当)
唯一残念なのは、「カルイザワザワHEY!」だけ音源がないこと(爆)
早くリリースしてください←
それはそうと、ぼくがゴールデンボンバーを知った2010年暮れから早や6年強経つのか・・・。
まじで早いね。
当時は、「いくら精神年齢がガキのぼくでも、今さら平均年齢20代半ばのバンドなんかについていけないよなー」と運動神経抜群の緑色の着ぐるみの人が自転車ごと川に落ちてるのを見ながら思っていたのだが、そんなガチ●ピンさんももう32歳。
本人たちは別に落ち着こうとも無理して落ち着くまいともしてないのだとは思うが、世間からはしっかり大人のふるまいを求められるお年。
喜矢武さんもああ見えて(どう見えてるのか知らんが)社会性はしっかりしてるところが垣間見えるので、そこは安心してるけれども。
とか思いながら、先月の「月刊ゴールデンボンバー」のタイムシフト(最近ナマで視ないのよね・・・やっぱ愛薄れた?)視たら、心理テストで喜矢武さんだけ「精神年齢が一番幼くすぐ人に頼る性格」って出てた(__ )
そうかなあ・・・?
所さんのブログを読む限りではそんなことない気がするのだけど・・・。
ま、心理テストなんてお遊びお遊び(←気にしてる)
とにかく、きゃんたけしさん、おめでとうございました(≧∇≦)ガチャピンさん、間違えないでね
ガチャピンさんの視界の狭さ(ハイタッチしようとしてる喜矢武さんが見えてないとか)がちょいちょい問題視されるキャンさんBDイベントでした(^^ゞ
白日の下に晒された今年のキリショー白日(ホワイトデー)のお返しは、
フォント。←でかい。いつものように
物心ついたときには一家に一台パソコンがあった世代(かな?)は違うなあ・・・と感心しきりの旧世代のオレ。
早速ダウンロードしたのはいいが、いつ、どんなときに使ったらいいのかわからないover50のオレ。
この日記って、フォントデザインを変えることはできるのかしらん。
・・・たぶん、できるんだろう。意外に環境設定簡単にできるし。
待てよ。ブラウザが違うと反映されないのかも(その辺の詳しいことまではわからないアナログ世代)
ただ、たしか(昔、一時的に背景色だけ変えたことがある)他の日の日記もぜーんぶそれに変わっちゃったんだよな。
特定の日のフォントだけ変えるには、画像にして貼り付けるとかしたほうが影響は少ないかも。
などと意味のない悩みをキリショーから贈られて戸惑っているホワイトデーなのであった。
まあ、メッセージを再生してる間、
最初の1分「何が起こるんだろう(ワクワク)」
次の1分「・・・ずっとこれ?(ソワソワ)」
また次の1分「まさか(ドキドキ)」
最後の1分「それにしても漢字が少ない文だな(実は「少ない」どころか1文字もないことにまだこの時点で気づかず)。大丈夫なのか?32歳にもなって!(チクチク)」
そしてオチ()を見て、ひらがなばっかだった理由を知る(アハハハ)
今年も面白かったです。ありがとう。
ウィンウィンライブ行けないけど(グチグチ)、新譜楽しみにしてるよ。
よし、明日は喜矢武さんだ。(←変わり身電光石火の術)
| 2017年03月11日(土) |
NODA・MAP第21回公演『足跡姫−時代錯誤冬幽霊−』(東京芸術劇場プレイハウス) |
3月11日です。
6年前の今日、いや正確には6年前の明日からの数日間または数週間の日本では、直にひどい目に遭っていた人たちとはまた別に、“拠り所”を失った大勢の日本人が右往左往してましたね。
ヒマがあれば劇場へ行っていた当時のぼくも、翌日(土曜日でしたよね)以降、何も起きてなかった時に立てていた予定をすべてキャンセルし、自分たち夫婦と親の生活を維持することに奔走していた。
そして、故郷ふぐすまが直面した重大事故に対し、何もできぬ無力感と不安を募らせていた。
それでも人間とは薄情なもので、一週間も経つと、テレビの向こうの人たちの苦しみは、ちょっとばかりのお金を寄付することで償った気になり、自分たちの生活を元通りにすることに関心が向いていった。
ぼくが震災後に最初に観た芝居は何だったのか、この日記には書いてないので(PC開ける気力もなかった。電気とかそういう問題以前に)今ちょっと思い出せないのだが、もしかしたらNODA・MAPじゃなかったかな、と今思い出している。
もしかしたら別の芝居だったかもしれないが、少なくとも3.11の余韻の中で観た芝居の中で、一番強烈に覚えているのがNODA・MAP第16回公演『南へ』だった。
あのとき数日間の休演(これは劇場の安全確認作業のための休演だったので、いわゆる自粛ではなかった)の後、上演を再開した野田の、演劇人としての依怙地さに賛否両論だったことを鮮明に覚えている。
だがそれよりももっとぼくを驚かせたのは、『南へ』が、地震をモチーフに使っている芝居だったことだ。
「非常時にチャラチャラ芝居なんてやりやがって」などという朴念仁への反論は簡単にできる。
だが、よりによってその芝居の題材(の一部に過ぎないのが観進めるとわかるのだが)が「地震」
とんでもない野郎だな野田秀樹(お察しとは思いますが、十八代目中村勘三郎の声で再生してください)
もちろん偶然の一致だったのだけど、最も自粛派の口撃に晒されそうな内容の芝居を、頑固に(いや、だからこそか)再開した野田秀樹って、ほんと野田秀樹だなあ(何のこっちゃ)とうなった記憶がある。
もちろん、芝居自体もめちゃくちゃ面白く、上演時期と一切関係なく「相変わらず尖ってるな」と感心させられた。
さて、全然今回の芝居の話にならないけれども、結論としてはいつもどおり面白かった。
「いつもどおり」って感想は、多分野田は気に食わないだろう。
でも、本当にいつもどおりだったんだからしょうがない。
とか言っといて、そういえばぼく、前回の『逆鱗』は行かなかったんだった。
家庭の事情で観劇本数を減らしていた時期だったのでごめん。確かNHKかWOWOWの放送は録画してある(でもまだ視ていない←)
今回の出演者は、NODA・MAPの二大レギュラー女優その1の宮沢りえ(その2は松たか子)、そして『キル』『エッグ』『南へ』で、すっかり野田のお気に入りになった妻夫木聡を中心に、古田新太、佐藤隆太、池谷のぶえ、鈴木杏、中村扇雀、そして野田。
えっ? と思ったのが鈴木杏で、何と初NODA・MAPとか。
ええ? 前に出てたよね? と思ったが、どうやら『元禄港歌』でりえちゃんの“妹分”をやってた記憶が勘違いのもとだったようだ。あと、『MIWA』に出ていた井上真央と何となく混同していた。すまん。
さて、そもそも今回の公演は、勘三郎へのオマージュだと方々で(?)野田が吹きまくっていたので、最初からもうその気合満々で観始めたのだが(ブッキーの役名が“サルワカ”だし)、それもあるけど、やはりいつもの野田全開だった。
権力への反骨心は漲りまくっているし、アウトローへの愛はダダ漏れだし、もうゴーゴーカレーのメジャーカレー並みのボリュームなのである(←意味わからん)
そして、ラストシーンの“サルワカ”のセリフは、「待ってました!」というよりも「よくも最後の最後まで待たせてくれたな」と言いたくなるような待望のセリフ。
ひねくれ者(おいこら)のくせに、ここだけは期待通りにしてくれたんだ、と、奇妙に複雑な気分ではありました。
そんで、こんなに熱演大奮闘してくれたブッキーには申し訳ないのだが、“サルワカ”は勘九郎がやってくれてたらもっと泣いたのに(いや別に泣きに行ったわけでは)と思った。
(2月はどっちにしろ出れなかったよな)
いっそのこと、勘九郎とブッキーの二役にして、“三、四代目出雲阿国”も大竹しのぶと宮沢りえのダブルキャストでも良かったろうに、などと空想がどんどん膨らむのであった。
あまりにも身内感が過ぎるか。(←正気に戻った)
まぁそんな、“賑やかなお通夜”みたいな芝居も時にはいいじゃん、と思わせるような人だったから勘三郎は。
良い手向けだったに違いないと感じました。
| 2017年03月09日(木) |
『THE Sparkling Voice �供�10人の貴公子たち−』(シアタークリエ) |
さて禅ちゃんの心地よい酔いも醒めぬまま一日置いてメイン(コラ)ビュッフェ。
『クリコレ』から続投のかなめちゃんまさに妖(略)のごときフィジカル。まったく、あんなに細いのに。ネー(←嫉妬)
(ゴホン)はい、では一曲一コメント。
(今回は曲がめっさ多いので指関節がヤヴァいことになるかも知れん。でもがんばる←何のために?)
Act1
「恋をしているのなら」(全員)
これが一曲目っていうのがちょっと意外でした。いきなりネタばれしますと、Act1の終盤に再び『ダンス オブ ヴァンパイア』の曲が出てきます(ただし、そこで幕が下りないところが若干変←演出への不満)
その話はまたその曲のところで書きますが、サラが風呂に入りながら歌う「アーアーアー♪」のカノンで始まりました。
トップバッターはずんこのファルセット、その後女性陣の高音が続き・・・までは良かったんだけど、一番キーが低かったのが、男性キャストの誰でもなくマミだったという(^^;)
なるほど、そういう趣向()なのね。
了解。その覚悟で(何の?)
「Doctor's Orders」(男性キャスト全員)
『Catch Me If You Can』で、セクシーなナースたちが歌うナンバーを男性陣のみで。
なるほど、そういう趣向ね(2回目)
今回の男性陣は前回のLE VELVETSではなく、ミュージカル界から硬軟の個性派を集めてまいりましたという様相。
ぼくは上口耕平君だけあまりよく知らない(でも観たことはある。絶対)のだが、あとの4名さまはそれぞれ大好きな方ばかりで楽しみ楽しみ。
「ありのままの私」(真琴つばさ)
おとといも聴いたけど(笑)歌う人が違うとこんなに感じ違うんだ。
ていうか、マミが歌うとなんかもう別の趣が(黙れ)
えと、女性ですよねこの方。そうですよね(←大失礼)
「愛が世界を回してる」(女性キャスト全員)
元ジェンヌが歌う『ミーアンドマイガール』のナンバーが大好きですあっしゃ。思わず顔がほころぶ。
歌詞も宝塚版だったし(この曲は東宝版もあまり変わらなかった気も)
「What I Did For Love」(上原理生)
ちょっとだけオギー(構成:荻田浩一)に苦言を呈しますと、曲と曲との関連性が全く感じられない。
「なんでこの曲の次がこれ?」って感じ。かつて「つなぎの魔術師」と呼ばれた(っけ?)オギーらしくないなあ。まあ、『�機戮發修Δ世辰燭韻匹機覆─�
「蜘蛛女のキス」(泉見洋平)
ヨーヘイ君の歌を聴いててたまに思うのは、
「この人、もしミュージカル俳優じゃなくて職業歌手(←言い方古い)になってたら、ファンの年齢層高かったかも」(エッ?)
だってね、なんか、歌い方が昭和っぽいの。昭和の流行歌手みたいな。
かつてグループサウンズのヴォーカルとして若い女子をバタバタ失神させてた真木ひでとという歌手がいらっしゃるのですが、GSブームが終わったら演歌歌手に転身してかなりエモーショナルな歌い方をしてたのを思い出す。
GSソングと演歌って、感情過多という意味ではいっしょなんだなあ、と思ったものだ。
ヨーヘイ君の歌い方も何かこれに近いなあ、と思ったのは、やっぱ女性歌詞だったからかもね。
「闇が広がる(リプライズ)」(真琴つばさ&泉見洋平、姿月あさと&藤岡正明、涼風真世&彩吹真央)
さて、ヨーヘイ君が妖しい空気を作り上げたところで()鉄板曲登場。
イントロが流れた瞬間から「誰と誰?!」と、オーディエンスの関心はそこに一極集中←
そして最初に歌い出したのはマミ・・・(なんでがっかりするんだよ?)
いえ、がっかりなんてしてません。トートは元トップさんならどなたでも歌う権利がおありです(←言葉に棘が)
そして、かなりエモーショナルなヨーヘイルド(文句あっか)
いえありません。嬉しいです。
すると2コーラス目はずんこ閣下!(あからさまに喜びやがって)
いえそんなことは・・・と思っていたら、今度はけっこうレア目のマサルド。
マサ君は声の強さがずんこに負けてなく、それでいてルドルフらしい繊細さもありすばらしかったです。
と感心してたら3組目がヅカオタ狂喜のカナメトート&ゆみルド!
そうそうこれこれ。この声の感じがヅカオタ的エリザの世界なんすよ。
前回は初演クラスタを喜ばせてくれたので、今回はたぁたんの出番はありませんでしたが、色々楽しめた「闇広」(←本当はこういう略し方嫌い)でありました。
「最後のダンス」(涼風真世)
そのままカナメトート。
というより、あなたは伝説のメフィストフェレス様!!!(c『ロストエンジェル』)
お会いしとうございましたメフィスト様・・・ううう感涙。←
「マダム・ヴォルフのコレクション」(男性キャスト全員)
こう来たか(爆笑)
ルキーニは前回に引き続きマミでした。キー的に、というかキャラ的に(^^)
リオ君がいろんな意味で一番良かった()です。
「And All That Jazz」(藤岡正明)
英語詞で。今回ね、アンサンブルがいなくて、こういう曲のコーラスだとかバックダンサーだとかも全部キャストの皆さんが分担したり総出演したりしてくれたのよ。
大盤振る舞いってやつですね。楽しかった。
「星よ」(姿月あさと)
次回はぜひ『レミゼ』を天地会で!(多分叶うかも)
で、今思ったんだけど、禅ちゃん、ソロコンでこの曲も歌ってなかったっけ? プログラムに載ってなかったので日記に書いてないんだけど、なんかごくごく最近禅ちゃんの「星よ」を聴いた記憶が蘇ってきたのだが。
なんか自信ないので当日の日記には書きませんが。
幻覚だったら怖い・・・。
「夢やぶれて」(石川禅)
天地会ではあるのだが、普通に「うまいわあ」と聴き惚れてしまいました。
『レミゼ』のナンバーって同じフレーズが何度も使い回されてるから、「夢やぶれて」の「夢を見てーたのねー♪」ってところと、「ワンデイモア」の「巡りあえーたのにー♪」が一緒なので、マリウスの声の人が歌っても違和感がないのよね。
「100万のキャンドル」(上口耕平)
耕平君のソロをまじまじと聴いたのは初めてだ。
もちろん上手なんですが、若い子の歌い方だなあと思った(あら、いけませんの?)
「ホープ(希望の唄)」(香寿たつき)
タイトルは英語ですが、Gypsy Kingsの原曲のタイトルはスペイン語で「SOY」となっています。この原曲もぼくは好きで、全編ジプキン曲だった『ZORRO The Musical』も大好きだったなあ。
そしてジプキンはタカラヅカとも親和性があって、たぁたんも「Bamboleo」なんかを歌ってたのを思い出す。しかし、何歌わせてもうまいなこの人は(またゾーン()に入ってきたので先を急ぐ)
「舞踏の間」(姿月あさと)
日本で、山祐センパイ以外にこれほどクロロックのナンバーが似合う歌手がずんこの他にいるだろうか。
いや、いない。
(えっ? それだけ?)
皆さんが客席降りしてバラを投げたり舞踏会にいざなったりしてくださり悪夢の時間でした(*^^*)
「Don't Break The Rules」(彩吹真央)
「舞踏の間」で一幕目終わったほうがキリが良かったんじゃないかなあ?(コラ)
まあ、これも好きな曲ですし。ただこれは、キーヨさんが“踊りながら”歌ったというところがミソであって(こらこら)
Act2
「悲しみの報い」(全員)
この曲って『1789』の曲なんだっけ?(覚えてないの?)・・・実は覚えてなかった。
でもこの作品のナンバーはどれも「ザ・ヒット曲」の趣があって、ミュージカルナンバーっていうよりその曲だけで成立してる感じがしますね。気のせいかもしれないけど。
「What You Own」(真琴つばさ&上口耕平)
『RENT』からのマークとロジャーが掛け合いで歌う曲。マミはロジャー演りたいのか?(前回公演の感想参照)
耕平君はてっきり日本版の『RENT』に出てるのかと思ったら、別にそうではないんだね。でもすごくピッタリな感じした。
「罪な遊戯」(姿月あさと&上原理生)
ずんこはよくこの歌を歌いたがるけど、正直に言わせてもらうが、ルーシーのキーが出てないし、本人のニンにも合ってません(辛辣!)
リオ君は良い声だった。
「夜を越えて」(涼風真世&石川禅)
ダンヴァーズ夫人が世界的規模で似合うかなめちゃん(何気に失礼)が“わたし”となり、本役はフランクの禅ちゃんのマキシムとデュエット。なかなか趣がありました。
「Suddenly」(彩吹真央&泉見洋平)
『トゥモロー・モーニング』って観た記憶がないのだが、日本版のキャストを調べてみたら、絶対ぼくが行かないはずがない豪華キャスト(石井一孝、島田歌穂、田代万里生、新妻聖子)なのだった。観たけど覚えてないのかもしれない(それは観てないのと同じだ!)し、上演期間が短かったので行きそびれたのかもしれない。
ゆみことヨーヘイ君のデュエットもなじんでた。
「You Are The Top」(香寿たつき&藤岡正明)
『エニシング・ゴーズ』のナンバーって手拍子強要(コラ)な曲が多いですよね。ところがコール・ポーターの時代っていうのは、基本的に裏拍子がメインだったのに、これがもー日本人は非常に苦手。
頭打ちの手拍子が主導権を握っちゃうと途端にダサさ満開になるので、出演者がリードしてほしいなといつも思っています。
って、全然歌と関係ない感想になっちゃった。
「Can't Take My Eyes Off You」(女性キャスト全員)
過去1年間に日本で上演されたミュージカルの中で、ぼくが観逃して1番後悔しているのが『ジャージー・ボーイズ』なのですが、来年再演されることが決定したそうで(大ヒットしたらしいから当然だ!)生きてて良かった(←大げさ)
待っててね、アッキー(←完全に私情。てかマサ君にも言及しろ)
一方この曲を聴くとぼくは、あのボーイタウンギャングの、“絶対笑ってはいけない”PVを思い出してしまい、サビでは思わずあのダンスをしてしまうという困った病気にかかってしまっているのです(≧∇≦)「何ソレ?」と思った方はググれ
「それは私だけ!」(上口耕平)
急にどした耕平君?!←
マイヤーリンク事件がらみでは、ルドルフとマリーばっかり美しい悲劇の恋人たちのように描かれていますが、冷静に考えれば、シュテファニー皇太子妃こそいい面の皮、ゲス不倫()の犠牲者ではありませんか(オイ)
ウィーンに行ったときに当然ルドルフの(というか、ハプスブルク家の皆さんが瞑る)霊廟も訪ねたんですが、そこにはマリーは勿論(『うたかたの恋』のエピローグで語られているとおり)シュテファニーもいないんだよね。このテのドラマでは言及されていませんが、シュテファニーはルドルフが死んだ後にハンガリー貴族と再婚して、こちらの結婚生活は幸せだったという。
立場が変われば、どちらが加害者でどちらが被害者か、というお話で・・・興ざめですみません。
「何者にも負けない」(石川禅)
さっきはマキシムだった禅ちゃん、かなめちゃんを差し置いて(コラ)ダンヴァーズ夫人の名曲を。
サビの「どんなぁーーー♪」の怖さがいまいち(エ?)
かなめちゃんの「どんなぁーーー♪」はもう怖くて笑っちゃいますんであはははは(し、しっかりしろ/汗)
「星から降る金」(上原理生)
たぁたんがいるのに。(←不機嫌)
ま、上手でしたけど。ただ、この曲はやっぱり高音が大事なので、男性が低いキーで楽々と歌っても今一つなのかな、と思いましたです。
「世界のどこに」(彩吹真央)
おー、エリック。そういえばゆみこはおさファントムの時にキャリエール演ったんだよなあ。歌劇団の「役の大きさ>年齢的バランス」の典型的な配役だった(今頃文句)
ところで、歌い上げ曲が続きますなあ(と、次の曲へのフリ)
「チョッピリ・オツムに・チョッピリ・ハートに」(香寿たつき)
うわー、歌詞が聴きとりやすい(こらっ、本役をディスるんじゃない!)
「ダンシング・フール」(真琴つばさ)
うわー、歌詞が(ヤメロ)
「美しき戦争」(上口耕平&上原理生)
天地会その2。ところで、このコンサートではなぜ同じ作品のナンバーをバラけさすのか疑問。同じ作品の曲には、それこそまったく雰囲気が違うシーンの曲でも、どことなく調和した匂いがあるじゃないですか。それをこうやって離してしまうと、聴いてる方はどことなく感情を細切れにされてしまう不安を感じてしまう。
逆にそういうのを狙ったのかな。よくわからんが。
「ひとかけらの勇気」(姿月あさと)
実は今、この曲を聴くと、以前この作品を観たときとは違うものを喚起してしまうのである。
何をかというと、先月金正男氏が殺されたじゃないですか。あの事件の後、行方不明になってる正男氏の息子キム・ハンソル氏がYOUTUBEを通して声明を出したとかいうニュースを見てたら、どうも彼を匿っている組織がその配信を仕切ってるらしく、これって現代のスカーレット・ピンパーネルみたいな人たちなのかな? と思ったからである。
まあもしかしたらそんなカッコいいものじゃなく、そんな正義からやってる人たちでもない(あくまで国間のパワーバランスのもとに、みたいな)のかもしれないが、現実はミュージカルみたいに甘々しいものじゃないんですよね。でも、だからこそぼくたちはエンゲキの中でぐらいは人間の理想を信じていたい。そんなことを考えてしまいました。
「Fly, Fly Away」(藤岡正明)
マサ君もヨーヘイ君と違う意味で「ちょっとミュージカルミュージカルしてない歌い方」をする人だなあと思った。
ちょっと昔のニューミュージック(←また古い!言い方が)のシンガーみたいな。リズムのとり方が独特なんです。
ともあれ、『ジャージー・ボーイズ』再演が楽しみだ(この曲は違う作品だけど)
「何故愛せないの?」(涼風真世)
かなめちゃんは歌い方に血が通ってない(ほめ言葉です!そうは聞こえないかもしれないが)ので、あんまりこういうパッショネイトな歌は合わないかな・・・。
「人生ひとりではない」(石川禅)
わあ本人だあ。
でも、ぼくは禅ちゃんバージョンの『回転木馬』は観てないんだよなあ。そのかけらを味わえて嬉しかったです。
「命をあげよう」(泉見洋平)
タムを殺そうとしたくせに!(トゥイだからね)というのは冗談で、こちらはまーエモーショナルでパッショネイト。
「明日への道」(香寿たつき)
おっ、なんと今回もこの曲この方の歌唱で締め。ありがとうオギー。
アンコール。
「ひとりは皆のために」(全員)
最初にこれを歌っておいてくれないと、パッケージ感が出ないじゃないか(なんか今回、構成に文句が多くてごめん。だって気になったんだもの)
というわけで、今回もヅカオタミューオタとしては出演者だけで満足しましたが、楽曲のチョイスと構成についてはちょっとだけ注文が付きました。
このテのコンサートでは、やっぱりぼくの中では梅田芸術劇場制作による『Golden Songs』(2015年2月)が一番だなあ。このコンサートも構成・演出はオギーだったので、今回の隔靴掻痒感は不思議であった(実は今回はオギーは構成だけで、演出は別の方だったんだよね・・・おっと名前は出さんぞ調べりゃ判っちゃうけど←)
よしっ、今度こそ『ジャージー・ボーイズ』を観逃さないぞ(それ?!)
| 2017年03月07日(火) |
『石川禅 3rd ソロコンサート』(よみうり大手町ホール) |
1stと2ndがいつだったか知りません。←
いやそれより、(話し逸れます)大手町の読売新聞東京本社ビルに何にも知らずに行って、びっくり!
ホールの1階下のオープンギャラリーで、「読売新聞・報知新聞『SHOCK』記事展2000〜2017」とかいうの()をやってたんです!!!
うわーーーー、時間が!時間がない!!!(←落ち着け)
もっと早い時刻に行けば良かった!
でも、仕事でギリギリだった!!
(コンサートが終わった後に15分だけ余裕があったので、駆け足で見ました。4月までやってるので、今度ゆっくり行こう)
さて、本題。
禅ちゃんはもちろん大好きな俳優さんですが、ソロコンサートとかの情報を敏感にキャッチできるほど注視してはいないので、今回はほんと偶然行くことができました。
そしてこれまた偶然にも、2日後には彼も出演する『THE Sparkling Voice �供�にも行きますので、ちょっとしたアペリティフ気分で臨みました。
アペリティフどころか、1ダースのアソートケーキを楽しむ前にホールケーキ1個食った気分(胃の弱い方はまねしないでください)
大満腹・・・いや、大満足でございます。
そしてやはりぼくの文章構築力が低下しておりますので、1曲1コメント形式でまいります。
「One Night Only」
ぼく、『ドリームガールズ』って来日版で1回、映画で1回しか観てないので、全部のナンバーをちゃんと覚えてないんだよね。この曲も耳には残ってたんだけど、『ドリームガールズ』の曲だ、と思い出せないまま聴いてた。
そして、「なんか昔の日本のポップスみたいだな」と思った。
70年代ごろに流行ってたポップス。
そうか、70年代の日本は、このテのブラックミュージックが大流行りだったんだよな。
そして、日本人が日本語で歌うと日本の流行歌に聞こえてしまうぼくの耳。
いや待て。ぼくだけか?(長くなるのでこの話はまた今度)
「ヘロデ王の歌」
作品自体は観たことがないくせに、「これはやっぱりいっちゃん(市村正親)の歌だよな」などと生意気言ってしまうごめんなさい(一応いっちゃんが歌うこの曲をナマで聴いたことはある)
「名前が売れて何よりだ」っていう歌詞がどういうわけか好き。このボキャブラリーの選び方というか。
今度上演されたら、まじめに観に行こう。
「こいつはサーカス」
うわー観てない作品が続くな。やっぱ「食わず四季」は改めた方が良いな。
一向に禅ちゃんの話になりませんが、この辺で4人のコーラスガールたちの歌の上手さに「ほぅ」となって、後で紹介された時に納得。柳本奈都子さんと七瀬りりこの歌ウマジェンヌOGと、ぼくがよく行くミュージカルでもちょいちょい出演されている女優さんお二人(お名前にはあんまり記憶がなかったごめんなさい)だったじゃないですか。
こういうコンサートによくいるアンサンブルの皆さんはいつでもだいたい実力派ですが、今日の4人は本当に歌が上手かった。虚心で聴いてそう思いました。
今度プログラムでお名前を発見したら、ぜひ注目しようと思いました。
「Sunset Boulevard」
ジョーにはちょいとトウが立ってる禅ちゃんですが(コラ)もうその声の麗しさにノックアウト。
関係ねえけど、「Boulevard」をちゃんと「ブールヴァール」って発音していたのに感心した。なぜか「ブールバード」って発音する人が多いんだよね。今はなくなってしまったけど、西武新宿線の新宿駅高架下の商店街の名前が「アメリカン・ブルバード」だった。昔の日本人には「通り=ブールヴァール」っていう発音が難しかったのかもな。「ブルーバード(青い鳥)」に引っ張られちゃったのかも(何故)
ほんとに関係ない話でした。すみません。
「As If We Never Said Goodbye」
いきなりノーマに性転換(違)
ついこないだ保坂知寿さんが歌うのを聴いたので思わず比べてしまったわけですが(性別違うしハンデがあるだろ!)、禅ちゃんは声がやわらかいので、こういう声を張り上げる系の歌もきつくなく聴こえた。
しかしやたら水飲んでたなあ。めっさ「乾燥する」言ってたけど、そうか?(え)
緊張してたんじゃろな。ふふふ。
「ジャズメドレー」
シナトラになったり(Luck Be A Lady)、ジーン・ケリーになったり(Singin' In The Rain)、タカラヅカのトップさんのようにダンスしまくりでした(*^^*)
「ディズニーメドレー」
禅ちゃん曰く、「アラン・メンケン トリビュートメドレー」だそうです。なるほど。
しかし、どの作品もぼくはしっかり全編観たことがないのに、なんで曲は知ってるのだろう。恐るべしディズニー(ジブリもそうだが)
そしてさすが俳優さん、ひょうきんなヤドカリ(アンダー・ザ・シー)からランプの魔人(フレンド・ライク・ミー)、陽気な燭台の精(ビー・アワ・ゲスト)、誠実な神の子(ゴー・ザ・ディスタンス)、可憐な人魚姫(パート・オブ・ユア・ワールド)、美女と野獣の一人二役(美女と野獣)、アラビアンナイトの正直な青年(ホール・ニュー・ワールド)と千変万化。
特にアリエルが可愛かったです(笑)
回替わり曲
本日は「ありのままの私」でした。
これもすまない。いっちゃん曲ですよなー。うん、こればっかりは。
ぼくとしては一番聴きたかったのは「君の歌をもう一度」でした。『ラブ・ネバー・ダイ』日本上演を観てないので、いっちゃんの呪縛(おい)にかかっておりません。
そしてわがままが許されるならば、もし今度日本で上演されるときには、ぜひ禅ちゃんのファントムで観たいものだ。
「私だけに」
うわーこれは(何?)
この曲はやっぱ女優さんでねえと。
エリザヲタのこだわりってことで許してつかぁさい。
(コーダの「わーたーしーにぃーーー!」ってとこで1オクターブ上げてたら絶賛してたんだが)←無理を言うな!
ぼくのわがままを言うと、『エリザベート』の曲ならばぜひフランツ・ヨーゼフが歌う「えーりーざべー♪」のフレーズが聴きたかった。
何十回と『エリザベート』を観ている中で、ぼくが一番心打ち震えたフレーズが、禅ちゃんのフランツが歌う「えーりーざべー♪」だったからなのである。
あの声の奥行き、艶、甘さ、どれをとっても奇跡であった。
「ワンス・アポン・ア・ディセンバー」
禅ちゃんにとって思い出深いレジェンド曲だそうですが、あいにく当時のことはぼくは知らないので。
でも、初めて聴いたけどステキな曲だった。この4月にブロードウェイで舞台化されるので、将来的に日本でも上演されるかもね。その際にはぜひ禅ちゃんにも出てほしいものだが、年齢的に(哀)役どころはアニメ映画封切時と同じというわけにはまいるまい。だが、レジェンドなので、それなりに良い役で出てほしいものだ(ニコライ二世とか)←勝手な希望
「カフェ・ソング」
やっと“ぼくにとってのザ・石川禅”が登場しました(T-T)
何度目かの『レミゼ』で、禅ちゃんのマリウスが歌うこの曲で信じられないほど涙腺崩壊したのがぼくの禅ちゃんとの出会いでありました。
いやこの曲で泣くのは条件反射だ。泣くまい。今日は平常心で聴いてやる。となぜかやせ我慢をして聴いていたのだが、あっけなく敗北。
「窓に映る影〜♪」あたりからもうダメでした。・゚゚・(T△T)・゚゚・。
なぜぼくはこの曲にこんなに弱いのか。
いや、『レミゼ』全般に弱いけど。
でも、「カフェ・ソング」で100%泣いてしまうとは限らない。
禅ちゃんマリウス時の確率が圧倒的に高い。
そんな“ぼくと禅ちゃんの思い出の曲”(一方的)なのであります。
「アンセム」
来たっ(←)
ミュージカル俳優(男子)がみなこぞって歌いたがる“圧倒曲”←
禅ちゃんも歌えて満足そうでした。
国と国同士の争いが決してなくなる気配のない世界情勢だからこそ、しみますなあ。
人類は、愚かで悲しい生き物です。
でも、希望は捨てないでいたい。
音楽の力で、少しでも変えられたらいいのになぁ。
「セイリング」
『ニュー・ブレイン』は観たことある作品なのに、全然覚えてないっていうぼくの悲しき記憶力。
うん、確かこんなだったな。(←悲)
てなわけで、『THE Sparkling Voice �供戮悗僚縞�な予習(こら失礼)ができた満足度100%の時間となりました。
最後に別の角度の話をしますと、こぢんまりとしたソロコンサートゆえにバンドはつかず、伴奏はすべて森俊雄さんという方がシンセサイザーでつけてたのですが、これがもうすばらしいアレンジ(まさに一人オーケストラ!)で、物足りなさをまったく感じさせず。
粋なジャズから壮大なクラシカルナンバーまで、楽曲の世界観をしっかり表現しておられました。
プログラムに載ってたプロフィールを見たら、長野オリンピックでも演奏していてキャンデロロのジャパンツアーにもついてたんだって!
ミュージカルとフィギュアの接点を持つ方だったのね。
変なところで嬉しくなっちゃったよ。
唯一の心残りは、物販で売ってた「禅まんじゅう」とやらを買う勇気がなかったこと。
最近の、食品をグッズにする傾向は誰が始めたんだろう?(ぼくが知ってる一番最初は米米クラブの「ダブルドリブルまんじゅう」なのだが)
けっこう割高なのであんまり手が出ないのよね。キエモノだし(変な話で終わるなよ・・・)
| 2017年03月04日(土) |
『コメディ・トゥナイト!』(新橋演舞場) |
うっかり(?)初日に行ってしまったことが吉だったのか凶だったのか・・・。
と書くと、「つまり『凶』だったんだろ?」と看破されそうですな。
まあ、それを最初に書くのはやめましょう(←書いてるようなもんだ)
副題が『ローマで起こったおかしな出来事《江戸版》』
これ、結構惹かれますよね?
絶対“変”(いい意味で)そうだもん。
でも、例によって映画『ローマで起こった奇妙な出来事』(監督は鬼才リチャード・レスター!“Funny”を“おかしな”ではなく“奇妙な”と訳されているところもミソ)は観ずに出かけました。
以前に観とくべきだったかも知れない。ミューオタならば。
すいません、勉強不足で。
そもそも、古代ローマを舞台にしたミュージカルっていう原作自体が“変”ぽいもんね。
それを日本の江戸時代にしたからって、おそらく「やんなきゃ良かった」という風にはならないだろうと。
その意味では、期待通りうまく改変してあって(男女関係や主従のありようとかが似てるし)楽しめた。
だが、今回一番強調したいのは、
愛之助の力にかなり頼ってた舞台だった(良くも悪くも)
ということ。
いやー、こういうときの歌舞伎俳優の底力(演技力&座長力)というんですか、毎度思い知らされますなあ。
いや歌舞伎俳優だからっていうより、ラブリンだからこその実力だったのかもしれないけど。
八面六臂の活躍とはこのことで、客層としては、「普段は歌舞伎を主に観ているラブリン贔屓」が半数ぐらい、4割が「ざっくりミューオタ」、残りの1割を、バラエティ豊かな出演者たちのファン、みたいな感じ(あくまでぼく調べ)だったんですが、一幕目が終わったころにはほぼ9割9分のお客さんが、ラブリンのポテンシャルに満足&驚愕していたと保証できます。
まずラブリン、あの超絶難しいソンドハイムのメロディを器用に歌いこなしていたことに、歌舞伎方面の見物はもとより、お客さんのほとんどがびっくりしていたと思います。
ぼくもびっくりしました(≧∇≦)←オイ
ラブリンに関しては、過去、劇団EXILE作品『影武者独眼竜』で本物のEXILEメンバーに交じって 「Rising Sun」を踊ったときから「ただもんじゃねえ」と瞠目していたわけですが、歌まで歌えるなんて、あんたすごいよ、と感動しきり。
奥さまもちょっと前からミュージカル方面へ活動の場を広げていましたが、ぶっちゃけこの夫婦、洋物(←語彙が年寄り)分野でもダンナの方が才能が(これ以上は言うまい)
そういや演舞場の次回公演に奥さまが出演するみたいでポスターが貼ってあった。お二人ともご活躍で何よりです(意地悪な意味にとらないでね)
というわけで、歌もダンスも(今回はたいしたダンスシーンはなかったが)できちゃう歌舞伎俳優・片岡愛之助、もちろん演技力も確かで、これがもうどんなに宮本亜門の助けになっていたことか。←?
というのも、テンポが肝のコメディ作品なのに、出演者の一部が(あ、コラ/汗)明らかに稽古不足を露呈していて、セリフのテンポや抑揚が適当だわ、入り出もちょっこら間違えるわ、いかに初日でもちょっと目に余るものがあったからだ。
演出家が一所懸命作劇しても、それをあっさりぶち壊してしまうのが演者の不出来。これには眉を顰めざるを得ない。
その不安なリズムをほぼ一人で軌道修正していたのがラブリンだったのだから、(歌舞伎オタと言わば言え)亜門はラブリンに未来永劫足を向けて寝られないと思ったことであるぞ。
というわけで、これからラブリン以外にも「良かったわこの人」と思った人を褒めますが、出てこなかった人は上記の“一部の人”だと思ってください(え? 問題にならない? 大丈夫?)
あ、出てこない人の中には、その「目に余った人」だけじゃなくて「特に印象に残らなかった人」もいますので(それも大概失礼ですが)お目こぼしをお願いします。
ラブリンの次に良かったのは、鈴木壮麻さん(関係ないけど、この変(コラ!)な字に改名したのが、ちょっと不満。売れた後に芸名を変えるのって、良かったためしがないのに、どうしてなんだろう? まあ、ソウマさんの場合は、そもそも「スズキソウマ」以前にも別の芸名だったわけだが)
ソンドハイムの個性的な曲をラブリンが歌いこなしていたことを上の方で感心していたぼくだが、壮麻さんが出てきてモリモリ歌い始めたとたん、ラブリンにはすまないが、
「歌が上手いって、こういうことですよね!」
と唸ってしまった。
あーなんて気持ちいい空間だろう。これを、これを待ってたのよ。(←)
東京公演では上山竜治君とのWキャストなのだが、申し訳ないがそっちは観に行けそうもない。がんばってください(←愛が薄いな?)
次に「おっ」と思ったのがお美津ちゃんの平野綾。
歌うまい。芝居もキュート。特に、コメディエンヌとしてイヤミがない。
彼女の実力は声優界では既に鉄板認識されているんだとは思うが、ぼくも何本か彼女が出ているミュージカル作品を観させてもらっているので、安心して観ることができたっていうのもあるのかもしれないが、いやー、感心しました。
草履をパシッととばすところなんて(←マニアック)最高だったなあ。
次に感心(上目線ですまぬ)したのが、ダイアモンド✡ユカイ氏。
これまたミューオタ意見で申し訳ないが、エンジニアをやった経験がきっと大きかったんだろうな。
「板に乗ってる人」として作品世界に馴染んでた。懸念していたような“ロックの人”っていう浮き方をしてなかったのが、すごく良かったです(あれ?・・・なんか、誰に感心しなかったのかバレてきた・・・?)
ちゃんとロッカーらしいカリスマ性もありながら、劇中の役になりきって存在していたところが立派だった。
「ギラッチ!」とか言ってごまかさないのも良かった(あれ?・・・誰が感心しなかったのか、だんだんばれてきてないか?)
え? 高橋ジョージさんも良かったよ。(←フェイント!)
いや、この人にはかつて『ロックオペラ モーツァルト』でがっかりさせられたからさあ(はっきり書くなよ!)
でも今回は、ちゃんと役に入ってたもの。
ただ、歌は自己流なんですねこの人。
以上。(←好き嫌いがはっきりしてるなあ)
今名前を呼ばれなかった方々、お疲れ様でした。(オーディションかよ)
いや、褒めてあげられないけど、一人だけ特記しよう。
内君。ここにいるということは、今月の帝劇には君は出ないのだね。
それが残念というわけではないが、少しずつ進むべき道が逸れてるような気がするのはぼくの気のせいであろうか。
いや、答えが判るのはまだまだ先かもしれない。
ぼくがその答えを知ることはないのかもしれない。
なにか、歯がゆさというかやるせなさを強く感じる内博貴のこれまでの道のりなのである。
舞台というフィールドをメインの生きる道に選んだのだから、小手先のかわいさを売りにしようなんて思わないでほしい(き、きつっ/汗)
将来のぼくを「すいませんでした」と言わせてほしい。
と、顔のいい子にはあくまでも甘いぼくであった。
まあ、初日ならではの酷さ(ひ、酷かったの?!)だったのかもしれないから、一週間ぐらいたてばこなれて良くなるような気がする。
これから行かれる方は、そんなに覚悟(?)しなくても良いかと。いや責任はとりませんが(オイ)
そうそう、初日の今日はラブリンの誕生日でもあったらしい。
カーテンコールでユカイさんが音頭をとって皆んなでハッピーバースデーを歌いました。
ほっこりほこほこ。
良いカンパニーなので、きっとこれから良くなるでしょう。
| 2017年03月01日(水) |
こんにちは喜矢武さん |
そうですカレンダーの話です(10か月前の日記参照)
今年のカレンダーは正直飾っててあんまり面白くない(何だと)
去年のやつ(ヴィジュアル系コスプレ)みたいに思いっきり変わったスタイルの方が金爆っぽいのにな。
あ、いや、そうか。こうやって人気アーティストっぽくシュッとした恰好していること自体が面白いのか?
でも、そういう「なりきり」に今や本人たちのスペックが近づいてきちゃってるから、別に面白くなくなってるんだよなあ。
さ、さびしいなんて、思ってないんだからねっ(←何デレ?)
誰しも、昔には戻れない。
一旦垢ぬけた人が元に戻ってしまったら、それは果てしなく悲しいだけだ。
リアル夜魔堕さんになってしまう。←
いや、今後ならない保証はな(コラ、他人の人生だと思って面白がるな!)
ゲイツ(「オールゲイズ〜二丁目のユウジ〜」ツアーを略して“ゲイズツアー”をさらに略した)のオーラスの日にたくさんの今後の予定が告知されまして、ツアーが終わったばかりなのに予定表とにらめっこしながらチケット抽選の申し込みを忘れないようにがんばっている今日この頃なのですが、早速キリソロ「ウィンウィンライブ」(正式名称長すぎるので略)の抽選外れました(T△T°)
くそーっ、チケキャ(略)
いや・・・ダメもとで一般発売に賭けよう。多分ダメだけど(←ネガティブ)
あと『犬夜叉』も先行はずれた。・゚゚・(T△T)・゚゚・。
これは、行ける土日が限られていたので最初から楽日しか申し込まなかったせいである。オフィシャル先行でリベンジを誓う。
ぶっちゃけて言うと、去年の『GOKÛ』があっさり買えたので、油断しておった。今年はコヤが変わったが、キャパはあんまり変わってないし(銀河劇場はシアターゴアーにはなじみのあるコヤだが、意外やキャパはAiiA Theater Tokyoよりちょっとだけ小さいのだ)。やっぱり楽日は甘くなかったのかな。
ぼくとミーハー対象が近い方はきっと共感していただけると思うが、この『犬夜叉』という作品には非常に思い入れがあるし、何としても観てみたいので、とにかく平日でもいいからチケットとろうと思ってる。
それからキャンバ記念イベント。これはもう最初から諦めておる(←潔いな)
これは幸いにしてニコ生があるので、そっちを視ることにする。なんかそっちの方が落ち着いて楽しめそうだし(負け惜しみ)
去年のキャンバライブは映画館のライブビューで観たんだけど、あれも意外に楽しかったんだよね。
そしてそして、これは多分チケット買えそうだなと思ってるのが、ファンクラブ限定ライブツアー「MUKASHINO KINBAKU」
関東住まいのぼくの狙いは市原と横浜なのだが、初日でキリの誕生日直前の市原はともかく、横浜アリーナ公演は大丈夫だろう(油断はできないが)と思ってる。
ただ、正直言って、“昔の金爆”を横アリサイズのハコで観て、果たして楽しいかどうかがとっても不安材料。
絶対にやってほしい「童貞が!」を果たしてやってくれるのか。
やったところで果たして面白いのか(オイ)
とってもとっても不安である。
予想は裏切っても期待は裏切らないのがゴールデンボンバーなので(このハードル、年々高くなってるんだよな・・・)、希望は持っていたいのだが・・・一抹の不安も拭いきれない。
その不安もコミで、ぜひ参戦したいと思っています。
というわけで、ボン婆(さすがに「ギャ」を名乗るのは図々しくて)としては金も時間も余裕がない(ツアーのDVDや新譜も固まって発売になるし)今日このごろ。
いっそすっぱり(←できないくせに)
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