てくてくミーハー道場
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| 2017年11月27日(月) |
ミュージカル『スカーレットピンパーネル』(TBS赤坂ACTシアター) |
ぼくは初演を観た作品が再演される場合、
「もう一度あれが観られるのね!」
とワクワク期待して観るケースと、
「前回とどこが変わってるんだろう?」
とドキドキ期待して観るケースがあります。
今回は、メイン三人以外のキャストが総(でもないか)とっかえということもあり(そしてメイン演出家も変更)、後者で臨んだつもりでした。
特に期待したのがデュハーストのヨーヘイ君(泉見洋平)です。もちろん初演のコーヘイ君(上口耕平)もカッコ良かっ・・・(ん?)
・・・ごめん。ほとんど覚えてない(こらーーーーっ!)
すみません。実にすみません。前回の上演ではぁ、とうこ(安蘭けい)を観ながら「この人がパーシーだったんだよなあ」とひたすら懐かしがってるうちに終わってしまった。全キャストに土下座したい。
それと、ヅカ版とストーリーも違うので(流れは同じなんだが、登場人物とかその成り行きが全然違うのである)、それを理解するのに手間取った。
「あれ?ルイ・シャルルいつ出てくんの?」みたいな。
なので、今回はどっちかっていうと、初めて観るみたいな気持ちで(けしからん!)
・・・反省しきり。
でも、初演では完全とうこ目線で観てたせいで(それもどうかと思うが)マルグリットの心の変化にはくっきりとシンクロ。タカラヅカでは主役といえど娘役ってあくまでも“その2”だから、こうやってヒロインの心理主体で観れるのもなかなか一興でした。
んで、今回。
ぼくは「普通の二枚目」がめっぽう苦手な客なので、初演ではパーシー・ブレイクニーへの共感ゼロというとんでもない客だったのですが、今回はじっくり石丸(幹二)さんの実力を味わうことができ(徹頭徹尾歌が上手←ほめ方が例によって変ですよ?)、
「まっさらな二枚目ってのも、なかなかよろしいな」
と開眼。
第一幕での、互いを信じ合えない夫婦のつらさにハラハラし、パーシーは単にカッコいいだけの主人公ではなく、心の弱さを持った善良な人間であることが迫ってきて、キューンとしました。多分に少女マンガ的ではあったが。
そしてやっぱりその多大な手助けをしたのが、御大(フランク・)ワイルドホーンの「これでもか」っつうあまーいメロディの数々。
なんでこんなにドまん中な曲を書いちゃうんでしょうねあのおっさん(コラ)は。
全曲ロマンチックでかっこ良くて爽快でたまらんです。
た だ (−−;)こ、ここでデカ字?!
カズ(石井一孝)の「あの日のきみはどこへ?」は、なんか、思ったほどエモーショナルじゃなくて・・・要するに、はっきり言っちゃえば、
まこっつぁん(礼真琴)のが今すぐ聴きたい!
という今の気持ち(失礼だぞお前)
うーん、実は今回カズのショーヴランを見てて思ったのは、彼がパーシーに翻弄されるところは面白かったんだけど(その前にコワモテ革命委員として思いっきりカッコつけてるからなおさら)、かつての“男”としてマルグリットへの色気をダダもれさせるところがいまいちで。
これはカズの声自体にも問題があるのじゃないか(良く言えばさっぱりしている。悪く言えば甘さが少ない)と思った。
・・・こっそり書いちゃうが、いつかショーヴランは(石川)禅ちゃんが演らないかなあと、今日観ながらずーっと思ってたでござるよ。
うわー絶対ぴったり(自画自賛)
さて、新キャストで面白かったのがリオ君(上原理生)
カズと二人で顔圧がすごい()フランス革命サイド・迫力のロベスピエール。
そして、早替わりでおとぼけプリンス・オブ・ウエールズ。二幕冒頭は拍手喝采でした。
良かったなーあの演出。早替わりがもうちょっと早ければもっと良かったんだけどな。歌舞伎の早替わりを観すぎて贅沢になっちゃってますな。
そして、ある意味大活躍する()アルマン・サン・ジュストも、初演とキャストが替わって松下洸平君。
初演では矢崎広君だったのだが、これまたあまり覚えてなくて・・・ごめんなあ。このへん(どのへん?)の男優さんたちって、案外良く観てるんだけど、はっきり印象に残ってる人が少ない。矢崎くんは『ロミオ&ジュリエット』のベンヴォーリオでやっと顔がわかるようになったくらいだし。
洸平君は、『愛と青春の宝塚』の再演でオサムを演ったときが初見だったので、印象は残ってた。ただ、「どういう顔」「どういう声」ってのがいまいち(こらあ)
今回のアルマンで、しっかり覚えましたぞ(遅いよ)
で、あんぐり唖然としたのが、洸平君とリオ君が同学年という事実!
まじか!( ̄□ ̄;)
であった(洸平君が若いのか、リオ君が貫禄ありすぎるのか。ちなみに現在洸平君は30歳、リオ君は31歳。・・・どう考えても後/略)
そんな豆知識も仕入れつつ(どんなんだ)の『スカピン』観劇でありました。
いつの間にか朝の気温がヒトケタになり、東京西川の羽生羽毛ふとんなんかを買ってこようかという気にさせられる今日この頃ですが、高いのでムリです。←
目覚まし時計とかがおまけとしてもらえるらしいんだけど、時計は38歳のおっさんたちがどんよりした声で起こしてくれるのを既に持ってますし(使ってないけど←)
今のところ、まだ気合で起きられる程度の寒さですので、しばらくは乗り切ろうと思っています。
さて、てくてくは盛んにしているのですが、感想を書こうと思っていても土日はいろいろやることの多い季節。
なんか、“たまってる”感じがモヤモヤする。
たまってるといえば、夏の間に「時間ができたら読もう」と思って買っといた本がこれまたたまってる。
1週間2冊のペース(土日がつぶれる)で読んでも今年中に読み切れないというやばい状態。
てくてくしてたらとても追いつかない。
でもてくてくはしたい。
てくてくしたら一応感想はアップしたい。
でもそれやってると本が読めない。
・・・・・・(悪循環)
今月行ったやつの備忘録。
『岩谷時子メモリアルコンサート〜Forever〜Vol.2』(7日 中野サンプラザ)
え? 何回も行った気がするんだけど、今回で2回目だったん?
ほかのやつは「メモリアルコンサート」ではなかったんかな。コーチャン(越路吹雪さん)トリビュートコンサートとかいろいろごっちゃになってるのかも。
ジェンヌOGが4人、ミュージカル男優が4人、レミゼ出演女優2人というラインナップだったんですが、OGの4分の3があまり歌がお上手じゃない(堂々と書くな!)といううむむな状態。
特に男優4人とレミゼ女優2人がめったくそ(下品)上手かったので、思いっきり対比されてしまってた。
そして、今さらですが岩谷さんの歌詞というか、昭和の歌謡曲の歌詞って今聞くとぶっとんでますな。
当時は平気で使われてた単語がふんだんに出てきてドキッとしっぱなしでした。
しかも、そういう歌を当時の小学生なんかもへーきで歌ってたりしたもんなあ。
昔のヒット曲って、本当に“ヒット”してたから、老若男女が同時に耳にしてたんだよね。
「いいじゃないの幸せならば」なんて、よくまあ大人の前で歌って怒られなかったもんだ。
あ、これ以上細かく書くんなら該当日に書けばよかった。あとで移動させときます。
『プライムたちの夜』(9日 新国立劇場小劇場)
AIとかシンギュラリティとか、SFの世界では何十年も前から普通にあったことがいよいよ現実化しそうな今の時代。
この作品の発想自体はSFとしてはそう新しくはないんだが、今上演されると、「もうじき本当に起きそう」な感じがしてぞわぞわする。
でも、身もふたもないこと言っちゃうと、この程度(作者に失礼ですよ!)の話、手塚治虫先生がとっくのとっくのとっくの昔に書かれてるし、しかももっとカタルシスがあったと思うなあ。
ごめん、ケチつけて。
出演者はわずか4人。全員お上手だった。たぁたん(香寿たつき)目当てだったんだけど、結果的に浅丘ルリ子さんに圧倒されました。
これについてもあとで追加して移動させときます。
宝塚歌劇団宙組公演『神々の土地〜ロマノフたちの黄昏〜』『クラシカルビジュー』(12日 東京宝塚劇場)
まぁくん(朝夏まなと)のサヨナラなんだけど、男女トップ同時退団じゃないといかにサヨナラ公演が盛り上がらないかというのを改めて実感するはめになった。
ぼくだけの思い込みかもしれませんが。
それに、今回の本編の主人公コンビは、「トップコンビ」ではなかったけれども一応二人とも今公演で揃って退団するし、伶美うららちゃんは1.5トップ娘役と言ってさしつかえない地位の人だったし、まぁくんと共にサヨナラ公演を務めるに不足はない子であったのは確かです。
なので本編の方はそんなに気にならなかったんだけど、ショーの方で、最後にトップコンビの大階段前のデュエットダンスがなかったのがいかにも寂しかったです。
とはいえみりおん(実咲凜音)以外の人とラストダンス踊るのもおかしな感じですしなあ・・・。
作品そのものの感想は後日詳しく・・・ごにょごにょ()
『24番地の桜の園』(17日 Bunkamuraシアターコクーン)
串田(和美)作品らしい実に幻想的な作品でした。
同じ『桜の園』(チェーホフ)を上演してるのに、三谷(幸喜)版とこんなに雰囲気が違うとは。
演出って、演劇にとってデカいんだなってことを改めて実感。
『レディ・ベス』(18日 帝国劇場)
初演の時は花總×山崎コンビしか観られなかったので、今回は平野×加藤コンビで観劇。
うん。この作品についてもちゃんと詳しく書きたいので、続きはまた後日。
あ、これだけは絶対忘れずに書いとこう。
たっちん(和音美桜)、最高。
『表に出ろいっ!−English Version“One Green Bottle”−』(18日 東京芸術劇場シアターイースト)
初演はそれこそ“伝説の”作品で、「観といて本当にでかしたオレ」って感じの作品だが、今回も大満足。
キャサリン・ハンターが本当に素敵で、かつてなかむら屋(勘三郎)が演ったこの役を再演して許される数少ない俳優であろうと思う。そして彼女の吹き替えをしたのが大竹しのぶであったところもこれまたにくい。
この「吹き替え」にも野田秀樹の才気煥発な仕掛けがしてあって、ぼくが思ってたのとちょっと違ってた。歌舞伎座に通いなれているお客はニヤニヤが止まんなかっただろうなーと思う。唯一残念なのは、ぼくがこの「イヤホンガイド」を一度も借りたことがないってことなのだが。←
スーパー歌舞伎�供悒錺鵐圈璽后�(19日 新橋演舞場)
ほらあ(?)3日間で4本て、いくら何でも詰め込みすぎなんだよ。だから消化不良起こしちゃうんだよ、と自分を叱ってはみるが、この病は治りそうもない。
もちろん初演も観たのだが、前回はなんと舞台の半分が見えない最悪の席だった(もちろん花道もゼロ視界)
内容に対しては、このテの作品の脚色をさせたら右に出るものがいない横内謙介さんの脚本だったので大満足だったのだが、とにかくもう一度ちゃんと観たかった。
そしたら猿之助の休演。
うわあトホホじゃん、と思ったのだが、これぞまさしく怪我の功名というのか、(尾上)右近がとても素晴らしかった。
なんつっても、ルフィらしい若さと元気いっぱい(猿之助にそれがないとはもちろん言わないが)
とにかく出演者全員がはつらつとしている。
それに、ちゃんと「カブキ」なのだ。ここがいい。
でもやっぱり最高殊勲賞は浅野和之さん(*^^*)
次点はもちろん巳之助(≧∇≦)
この2点は初演から変わりません。
で、初演では福士誠治くんが演ったエースを今回は平岳大。エースは歌舞伎俳優じゃない人がやるっていうルールみたいなのが面白いなと思った。
言われてみればこのエースってキャラは、そもそも“浮いてる”んだよね。他のキャラはものすごーくデフォルメされてるマンガマンガしたキャラなんだけど、エースはほぼ等身大の二枚目キャラ。だから実際に八頭身でイケメンの現代劇の俳優がやったほうがハマるんだなあ(何気に歌舞伎俳優をディスってるが、大丈夫か?)
あと、やっぱ言ってしまうが、(市川)右近のチョッパーは卑怯だ(エ)
可愛いに決まってるもん(^^ゞ
あ、いかん。ほっといたらいくらでも長くなる。これもまた後日。
『きらめく星座』(22日 紀伊国屋サザンシアター)
ぜえぜえ。詰め込みすぎ。
でも、前回休演してしまった万里生くんの正一。これはどうあっても観なくてはならん。
この作品自体はぼくは二度目でしたが、出演者がほぼ替わっていて(久保酎吉さんと木場勝己さんだけかな?同じだったのは)また全然違った感じで観れました。
・・・疲れた。←
12月はあの方たちへとマインドをシフトせねばならんので、少しは落ち着こう。
新譜はベストアルバムだから、新曲は覚えなくていいから楽だな(←バチあたりもの!)
毎土日はスキあらばてくてくするぼくにとって、フィギュア観戦てのはネットで検索して結果を知ってからテレビ録画をゆっくり観るというものなので、スポーツ観戦の醍醐味であるドキドキハラハラヤッター!(または「あぁ〜あ・・・」)というものは基本的にない。
純正スポーツ好きの皆さんには顔向けできないチキンな観戦志向なのであります。
ほんで、昨日(12日)おととい(11日)先おととい(10日)と、今回のNHK杯もその調子で観る予定で金曜日はお食事会、土日はてくてく(おとといの『ロズギル』はup済。昨日の宙組はいずれ・・・)入れていたので、今日ぐらいに(おい)録画をゆっくり観るつもりだったのですが、金曜日午後に予想もしなかったニュースが飛び込んできました。
そう、羽生結弦選手の欠場です。
えと、正確には9日木曜日の午後に、公式練習で負傷したらしいという情報をネットで知りまして、その時はまだ出場するか欠場するか発表されていませんでした。
羽生君と怪我といえば、思い出したくはないが忘れることもできない3年前の中国杯の事故を思い出します。端的に言って、今回よりもあの時の方がはるかに大きい負傷でした。
でも、羽生君は出場した。負傷の大きさという点ではむしろ今回よりもよっぽどでかかった。でも出た。なぜならばあの試合は「五輪翌シーズンのグランプリシリーズの初戦」だったからと聞きます。
そのシーズンのクライマックスの試合までにはまだ間があり、その前のシーズンで“世界一”の選手になっていた羽生君は、自分に「このシーズンを通してチャンピオンらしい選手でいること」を課していたそうで、その辺の意欲の高さがぼくなんかにはちょっとまぶしくて理解しづらいところなんですが、とにかく彼はそう考えて試合に臨んだそうです。
結果的には、いろいろあったけど「この人“持ってる”!」というドラマチックなシーズンになったわけですが(羽生君の強運に感謝!)
で、今回は「五輪シーズンの二戦目」です。
もちろん、日本選手である羽生君にとって、NHK杯は自国開催の“ホスト的役割”を担う大会。大会を盛り上げるという責任もある。
だけど、もっと大切な使命が今シーズンの羽生君にはあり、それは、
「平昌オリンピックに出場して金メダルをとること」
です。羽生君のこれまでの4年間の中で一番大事な使命です。
なので、自国のお客さんの前で演技するという使命も、ファイナルに出て五連覇を達成するという使命も、その一番大きな使命を果たすのに少しでも懸念を生むのであれば、涙を飲んで諦めるべきことです。
2014-15シーズンのような奇跡は、羽生君ならばまた起こせるかもしれない。ファンとしてはまたそういうドラマを期待してしまいがち。
が、世の中そんな上手い具合にはいかねえんだよ、という冷静なアタシもいるわけです。さすがの羽生君でも二兎や三兎を追うことはできないのです。運命はいくら羽生君でもそんなに甘やかしてくれないのです。
なので、彼が欠場を決心したことにぼくは安堵しました。
これは決して負け惜しみではありません。そりゃあ、今回のケガ(いわゆる捻挫だそうです。正確には小難しい診断名だったけど、要するに捻挫です)ぐらいなら痛み止め打って強行出場したとしたら、羽生君なら優勝は難しくても表彰台に乗ることはできたのではないかと(ほかの出場選手の皆さんには申し訳ないけど)容易に予想できます。
そしたらグランプリファイナル出場するでしょ?
そしたら、2014-15年シーズンみたいに、またもや奇跡が起きて五連覇の偉業を達成するかもしれない。
でも逆に、そんなぼくらの汚れた“欲”が負の気を呼んで、考えたくない事態が羽生君を待ち受けているかもしれない。
都合よく訪れるかもしれないハッピーエンドか、可能性として決して楽観できない事態か。天秤にかければ答えはおのずと明らか。
そんなわけで、NHK杯の録画は未だデッキの中でぼくに視られるのを静かに待機中です。
ただ、噂になってるエキシビションのアダム・リッポン選手の演技(?←)だけは視てみました(笑)
どこのライブ会場ですか?(^^ゞ
あまりにも上手なんでてっきり口パクかと。
リッポンポン・・・吹っ切れすぎですなあ。
たたずまいも既に「フィギュアスケート選手」というより「スケートが上手なヴォーグ系モデル」みたいになってるし。
この上歌まで歌えるとなったら、なんかもう無敵ですな。
まあ日本にも、現役のアマチュアアスリートなのに映画に出ちゃってる人もいますんで(自慢←)
とにかく、ぼくの11月下旬以降12月後半までのスケジュールに若干の変更がありました。
まあ、てくてく自体は例年と大して変わらんので、これで週末が暇になったわけでもない。
羽生君が出てなくても試合の放送は録画しているのでHDDの中も相変わらず満杯です。
でもキモチ的にはちょっとバランスが変化してます。
問題は、羽生君が出る試合のたびに1本ずつ噛んでいこうと思っていた金ピカ羽根舞うパッケージのキシリトールを、これからどういったタイミングで消費していこうかということ。
既に若干アゴに違和感がきてましたので、少しほっとしているような・・・(アホだお前は)
とりあえず全日本選手権まではアゴを休ませとこう。←
| 2017年11月11日(土) |
『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』(世田谷パブリックシアター) |
東京は世界一のエンゲキ都市だそうで今この瞬間でも大小合わせていくつの作品が上演されているか正確に数えるのは難しいらしいです。
そんな、不確かな中での統計(それもぼくの体感的統計)ではありますが、当公演は、
今、日本一「旬」な公演
ではないかと思って観てまいりました。
とにかく、主演の二人が強烈に旬
小栗くんでもないのに()めちゃくちゃ旬
もちろん、場内立ち見も含めてびっしり満員御礼。
消防署にはナイショにね☆(なら書くな)
当作品、ぼくは以前書いたことがあるが、生瀬勝久×古田新太バージョンを観たことがある。調べてみたらこのコンビで三演してるらしいが、ぼくが観たのは三演目だけ。当時(2000年)二人ともすでに“良い歳”になっていたので、若干人生の疲れがみえる(それも意図的だったような。全編大阪弁だったし)ロズギルだったように記憶している。
ハムレットの学生時代の親友が現時点でこんなおっさんなのはおかしいだろ!と突っ込まれそうな演出ではあったので、今回の正真正銘ピチピチした(といっても、斗真はもう33歳なんだが、やはりそこはジャニーズ)若い二人の俳優によるロズギルで、ようやく正当に観れた気がする(なんか、前回の二人に対して超失礼)
で、本作はよく『ゴドーを待ちながら』トリビュート作品だと評されるので、あの演劇史上最高の難解不条理劇の弟分みたいなものと覚悟して行ったが(しかも、昔観た『ロズギル』をほとんどよく覚えていない←)、予想よりずっと理解しやすかった。
確かに主役二人のセリフの量は半端なく、しかも脈絡があるようなないような、とにかく大変なシロモノであって、観てるこっちもついていくのが本当に大変なのだが、当時よりもぼく自身の『ハムレット』への知識量の蓄積(あれ以来、何度か観たから)が増えていたせいで、
「あ、この“時間帯”は、オモテではあの場面なんだな」
と直感できたせいもあるのだろう。
そして、そういう体感が、この作品が語ろうとしている「誰でも自分の人生に起きていることの原因すべてを知ることはできない」という達観を理解する助けになっている気がした。
座長(半海一晃さん、最高!)が語る言葉は、エンゲキ人にはめっちゃ刺さるセリフの数々だそうだが、別にエンゲキ人ではなく普通の生活人であるぼくらにもグサグサ刺さりまくった。
シェークスピア名言集としてよく取り上げられる言葉に、
「すべての世界は舞台で、男も女もみな役者に過ぎない。それぞれに登場し、そして役を演じて退場してゆく」
という『お気に召すまま』の中のセリフがあるが、今作の中で座長は「こちら側を退場して、あちら側に登場する」みたいなことを言う。
この『ロズギル』って作品は、みんながよく知っている『ハムレット』の世界の中で、観客が観ているオモテ側に出てないときのロズギル二人が、“自分たちにとっての表舞台”であるこっち側でうだうだ悩んでる様を見せてくれる、いわば平行世界の話なんだが、要するに、『ハムレット』のメインシーンはハムレットにとっての表舞台なのであって、ロズギルにはロズギルの表舞台が、「退場しているとき」に営まれている、という、人生は相対的なものだ、というのが作者の主張なんだろうな、とぼくは感じた。
もちろん、単にそんな『世にも奇妙な物語』みたいなオチで済むとはぼくも思っていない。
つまり、誰かの“人生”という舞台からの“退場”(つまり「死」)は、また別の舞台への登場でもあるのではないかという、ちょっとした希望も感じるのだ。
ただこの希望を若い人(いわゆる“精神的厨房”)がこじらせると、「ライセのフッカツを信じてスイサイド」(←軽い語感でごまかさないで!)みたいな目も当てられないことをやらかしかねないから、こういう解釈は老い先短くなった中高年の特権だと強く主張したい。
今まで言ってきたことと関係なくなるが、ぼくとしては常に(死ぬときまでも)ニコイチでいるロズギルがちょっとうらやましいな、とも感じる(え?)
これはやっぱ、今回のロズギルが若くてかわいい二人だったからかもしれないが決して腐的要素は含まれていないので誤解しないでください(←言い訳がましいが本当です)
つまり、人生に迷って迷って迷いまくっているときでも、この二人は二人でいるがゆえに“孤独”ではない。
どちら側から来てどちら側へ行ったら良いのかわからなくて恐怖に震えているときでも、軽口を叩き合いながら、コインゲームをしながら、いつも誰かが横にいる。
ときにはうざいと感じることもあるかもしれないが、心強さという意味では何物にも変えがたいのではないだろうか。
閑話休題。
前回の『ロズギル』を観た後は、本編の『ハムレット』を観るときに、ローゼンクランツとギルデンスターンが登場すると若干むにゅむにゅ可笑しくてならなかったのだが(で、例のセリフが出てくると思わず「出た」と笑ってしまっていた。非常にけしからん客である)、今後はちょっと違う感想になりそうだな。
あと、「なんでこんな風に死ななきゃならないんだよ!」と怒り心頭で死んでいったであろう彼らには、
「心配すんな。ハムレットもクローディアスも、それからその他もろもろの人たちも、直にみんな悲惨に死ぬから」
と教えてあげたい(←意味あるの?!)
人生は、平等にできている。(そ、そうかなあ?)
役者についてよりも、作品についてずいぶん語ってしまった。ぼくとしては珍しい感想になった。
でもそれは、演者がどうこうというひっかかりがなかったからとも言える。生田斗真、菅田将暉、林遣都(ハムレット役)と並べてみると、なんか若いお嬢ちゃん向け公演みたいだが(BBAの偏見)どうしてどうしてしっかりと密度の濃い演劇でした。
若いイケメン俳優といえば、たぶんぼくは全員初めて観る俳優たちだったと思うのだが、旅芸人を演じた俳優たちがみんなやたら上手かった(言い方が・・・)
嬉しいことです。
| 2017年11月05日(日) |
72時間ホンネテレビ |
この三連休、何度か「みなさん、72時間テレビ視てますか?」と記事をアップしようかと思っていたのですが、結局全部視終わるまでできませんでした。
ぼく自身、三連休なのに珍しく1コもてくてくの予定がなかったから時間はたっぷりありそうだったのですが、結局持ち帰り仕事もあり季節的に冬物開帳大会も始めてしまったので、リネンまみれになりながら時間を縫って仕事をしつつ、途切れ途切れにAbemaTVを開いておりました。
こうやって途切れ途切れに視聴すると、PVが増えるんだよね(おい)
おかげで放送終了時には台本に書いてあったかのように(毒)“7200”万視聴を突破。
もちろん最後の72曲メドレーのターンでは、新規視聴者の皆さんも続々とアクセスしたであろう感じにPVが増えていって、高揚感半端なかったです。
正直この放送が発表されたときには、Over40の三人が最初から最後まで本意気でやるのは体力的に無理(いや、よほど特異体質じゃない限り、若かろうが「三日三晩」の徹夜は無理)とわかっていたので、どんだけぬるい番組になるのか(だからこそインターネットテレビだったのだろう)とあんまり期待していなかった。
思ったとおり、ところどころに就寝時間であろうターンが入って、それが逆にこっちが見逃した時間帯の再配信だったりして良いあんばいだった。
ラストの2時間の盛り上げ方も上手かったし。
さすが、30年近くエンタメ界に身を置いてきた(誰が?とか訊かないで。わかってるくせに←)だけのことはあると感心。
そして、やっぱり最大の盛り上がりは「#森くん」のターンだったんですね。
このターンこそ、地上波テレビじゃとうていできない部分。
地上波だったら、森君が登場する前にしつこいくらいに煽り映像で埋め、彼が駆け寄ってくるところをCMをはさんで何度も何度も流して視聴者をうんざりさせていたことでしょう。
なんせ生配信だったわけだから、淡々と「現実に起きていること」をリアルタイムに流していて、視ているほうもそれが「これ、今起きていることだよね?」と実感できた。このリアルな体感が生配信の醍醐味。
まあ、実はぼく自身は昨日の夜中(三人は今日のラストスパートに向けてお寝み中)の再配信で視たんだけど←
妙なBGMもなし、編集もなし、ただただ森、稲垣、草��、香取が談笑する様子をだらだらと()流すだけ。
ヲタが一番味わいたいものを真っ正直に提供してくるその勇気。
すごい心の強さ(なんかいちいちカンに触る書き方ねぇ・・・)
なんとなく、小林幸子がニコニコデビューしたときのような、面白いんだけどこそばゆいような感触だった。
それと、ネットテレビってコメント入れられるじゃないですか。それを読んでると、皆受け取り方がさまざまなんだなあと新鮮な衝撃もありました。
森君がいた時代を知らない人がいたり(よく考えれば当たり前だけど)、ゲストへの感情もさまざまだったり。
ぼくが一番「へぇ〜」と思ったのは、番組が始まったころに見た、
「かつてないほどスポンサーが豪華」「AbemaTVでこんな大企業のCMを視るとは」
というコメントで、そこはやはりこの三人の出自()が、日本エンタメ界でも最高峰のメジャーどころだったということを「これでもか」と示した点だと思います。
ただ、これは逆に言えば、この三人(ユニット名は「新しい地図」で良いわけ?なんか「元SMAP」っていうの使いたくないんだよな。でも、実は別にユニットではないらしいんだよな)がまだまだネット界では新参者で、今回のこの盛り上がりは、言ってみれば「ご祝儀」みたいなものなのかもしれない、本当の勝負はこれからなんじゃないか、とも思っている。
もちろん三人は地上波にお別れしたわけではなく、これからも普通にバラエティやドラマに出続けるはずで(そうじゃなきゃ困る)、それにネットが加わっただけの話なのだが。
とりあえず、「一発かましたった」という意味で大成功だったと思います。ぼくがちゃんと視た量は総計10時間ぐらいかなあと思うんだけど(7分の1未満じゃないか!)
視れなかったところは、後日「Youtuber剛」氏のチャンネルで視ます(^^ゞ
それにしても、ラストの生ライブ、ぐっだぐだだったなあ(オイ/怒)
でも、衣裳めっちゃステキだった。ああいう衣裳をさらっと着こなせちゃうところは、やっぱダテに25年以上スターをやってないんだなあ。
ともあれ、無事完走おめでとう。ほとんど視ていたというガチ勢の皆様もお疲れ様でした。
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