てくてくミーハー道場
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| 2018年04月30日(月) |
『1984』(新国立劇場 小劇場) |
前半は1本、とか言っといてコレだ。だって急遽行けることになったんだもん(しょっぱなから言い訳)
さて、本作に関しては、悲しいけれどどうしても書いとかなきゃいけないことがあります。
ご存じのように、2月21日にこの作品に出演予定だった大杉漣さんが亡くなりまして、まだエントリしてないんだけど(多分今後もしないと思うが)、この日ぼくはオーチャードホールにいました。
club三銃士『Mon STARS Concert〜Again〜』に行ってました。
奇しくもその日のゲストが井上芳雄君。
開演中は全く知らずにいて、終演後にロビーでスマホを見ていた方が、お連れの方に「大杉漣さん、亡くなったって!」と話していて、周囲の人たちもびっくりして各自確認し始めたあの空気感を、未だに重苦しく思い出します。
芳雄君は開演前に知っていたのだろうか、それとも・・・と、心が痛んだことも思い出します。
その後、漣さんの代役が決まったことが発表され、まさにShow Must Go Onの精神で今作は開演しました。
さて、漣さんの件はまた後述することにして、この作品の概要についてのぼくの個人的な印象から。
「1984」というタイトルからして自明なように、原作の小説『1984』は、それまでにもSFの名作として読み継がれていましたが、1984年に改めて世界中でバカ売れしました。人類って、ミーハーですよね(他人のこと言えるか?)
ぼくはそれより数年前の大学生時代に買ってたんだけど(一応文学部だったんで)、全部読まないうちに挫折しました(情けない)
で、1984年になって再び読み直したんだけど、やっぱり途中で挫折しました(よくそんなんで文学部入れたな)
確か映画も作られたんじゃなかったかな。ぼくは観なかったけど(おい)
で、当時、現実の1984年には『1984』みたいな世界は実現しなくてほっとしたけども、未だにそこへの人類の危険な歩みは続いているみたいな危機感。アメリカでは去年トランプ政権が誕生したのを機に、再びこの小説がバカ売れしたんだって。なんか心配になりますよね。
さて今回の戯曲は、原作小説をまんまストーリーにしたというよりも、原作者オーウェルが描いた1984年がはるか昔に平穏(かな?)に過ぎ去った21世紀の現在から、この作品の世界を俯瞰したような作りになっている。
まだまだ危機は終わってないぞ、という現代人の不安を表してるようだ。
主人公ウィンストン・スミス(井上芳雄)の視点で話は進むんだけど、彼本人の精神状態がまともかどうかが保証されてないので、観客の認知も常時不安定な状態に置かれている。
話が進むにつれ、最初の方の意味不明だったセリフが「あっ、あれってこれのことか」と判る仕組みになっているので、確実に2回観たくなるという、お見事な(感じ悪い褒め方すんな)作劇であった。
2回目・・・行きたいけど・・・(こら)
WOWOWさん・・・お願い(収録してないみたいだなあ・・・)
原作をこれっぱかしも覚えてなかったおかげで(自慢にならん)、ぼくはジュリア(ともさかりえ)も懐疑心満々で観ておりました。あ、ネタばれ。
そらそうとともさか、相変わらずワリバシのように細い。それは別にいいんだが、こんな変な(おい)声だっけか?まあ、主に『金田一少年の事件簿』の記憶しかないんで。あれから何年経ってるんだっつう話だわな。
で、話は冒頭に戻りますが、大杉漣さんが演るはずだったオブライエンを演じた、もともとチャリントン役にキャスティングされていた神農直隆氏。
漣さんよりずっと若い役者さんです。どころか、芳雄君より若いです!
貫禄に感服。
ただ、声(とくに低音)が漣さんに似ていたせいで、「れ、漣さん・・・(涙)」みたいな感情を客に抱かせる結果になったのはいかがなものかと。
無駄に永井一郎さんに声が似ている茶風林さんの波平みたいな。
似ているからこそ受け入れられる、という気持ちと、変に想起させるのって良くないんじゃない?という疑問の間で観ておりました。
神農さん自身の力で素晴らしいオブライエンだっただけに、その辺のモヤモヤが残ったなあ。
他のキャストさんたちに関しては、演技に対してどうこう言えるほどぼくが知識を持っていないので、省きます。
そうそう、子ども役の子、上手でした。プログラム見たらトリプルキャストで、今日は誰だったのか確認してこず、失敗。
それにしてもな、自分は冷静なんだ、他人に思考を制御されてなんかいないんだ、と信じているウィンストンが兄弟愛同盟への忠誠を誓うシーン、ぞっとしますね。
「正しい」って何?と改めて突き付けられた気がします。
すごい名作です。今度こそ挫折せず最後まで読んでみよう(ほんとかあ?)
| 2018年04月28日(土) |
ミュージカル『リトル・ナイト・ミュージック』(日生劇場) |
4月に入ると同時に朝の通勤電車の混雑が増し、新年度が始まったことを実感しておりましたが、あっという間にゴールデンウィーク。
この連休が終わると、なぜか朝のラッシュも若干の緩和を見せるのが例年の現象。
不思議ですよね。ラッシュの原因となった新社会人たちは、この連休後にどこに消えるんでしょうね?(失言)
いやひと月経つうちに、通勤形態も各自変わってくるんでしょう。
そういうのとは関係なく、例年より早めのサクラ満開の時期も4月上旬の気温変動もあんまりぼくの生活には影響しませんで(今年は桜の開花が早すぎたので、吉野山ツアーに行きそびれた/涙)、早速この週末からは劇場通いの毎日になりそうです。
・・・いやそうでもないか。←
甚だしい年は連日マチソワマチソワを繰り返して全くエントリせずに終わってしまうこともあるのですが、今年は前半の三連休ではこの公演1本、後半の四連休は1日おきに2本と、かなり緩いスケジュールになっております(今のところ)
どうでも良い前置きが長い悪いクセ。本題に入りましょう。
例によって大竹しのぶ丈と風間杜夫丈以外のキャストを頭に入れずに観劇。ただしこれは、先入観なしにキャストの力量を判断したいという意図もあります。今回もそれは良い効果を生んだのではないかと自画自賛。
『リトル・ナイト・ミュージック』を観ること自体はぼく2回目で、前回は1999年に青山劇場で上演されたバージョンである。
本棚に収まりきらないプログラムが行方不明になっているせいでこの公演の資料が今見つからない情けない状態なのだが、ぼくの頼りない記憶だけで羅列すると、デジレがターコさん(麻実れい)、シャーロットがヤンさん(安寿ミラ)、ペトラが池田有希子さん、フリートが三谷六九さんというキャストだった。
なんでペトラ(女中)とフリート(執事)を覚えていてもっと大きい役のフレデリックやアン、ヘンリック、カールマグナス、マダム・アームフェルト、フレデリカを覚えてないのかというと、要するにそれらを演じた役者さんたちがぼくの記憶に残るような何かを(以下失礼すぎるので省略)
その記憶によると、ぼくは当時この作品を観てターコさんよりもヤンさんの方がすごく印象に残っていて、シャーロットってすごい面白い役だなあと思っていた。
そのシャーロットを今回は誰が演じるのかも知らずに()行ったら、とうこ(安蘭けい)だったので嬉しくなってしまった。
そしてさらに言うなら、とうこのシャーロットもすごく素敵だった。
前回観た時もなぜかそこだけくっきりと覚えていた、シャーロットとアンがアームフェルト家の別荘に着いて、他の連中に気づかれないように、
「いらしてたのね、お話はあとで」
と耳打ちし合うセリフがまんま残ってたのも嬉しかった。
そしてもう一か所、ぼくがとても好印象で覚えていたのがペトラのソロ「粉屋の息子」
この曲、ほんと不思議なナンバーで、メインキャストとアンサンブルの中間ぐらいの役に過ぎないペトラに、なぜか唐突にソロナンバーが与えられる。しかもストーリーとほとんど関係ない内容の歌なのだ。これ、どういう意図があるんでしょうね?未だに分らん。
もしかしたら、初演でペトラを演じた女優さんが、“ごちそう”の大女優だったとか?勉強不足で知らないですが。
で、当時池田さん(彼女のことは正直あんまり知らなかった)のこのナンバーを聴いて、もうすごい歌唱力で大喝采だった(いわゆるショーストッパー)ことをずっと覚えてた。てか、そのことしか覚えてなかったぐらいだ。
なので、今回もこのナンバーを聴くことを期待していたのだが・・・。
(おなじみの行空け)
瀬戸カトリーヌ改め瀬戸たかのさんが今回ペトラに配役され、前半の芝居部分は持ち前のコメディエンヌぶりをいかんなく発揮していたのですが、歌は少々・・・いや、かなり・・・。
ショーストッパーどころか、拍手すらない状況でした。ミューオタって残酷だよね。でも、これにめげず精進してほしいです。残酷な分、でかした時には惜しみなく称賛するのもミューオタなんで。
で、これ以外の部分は前回公演をすっかり忘却していたので(お前に舞台観せるのって、ほんとに金の無駄! byつれあい)、初めて観る気分で楽しみました。
名曲「Send In The Clowns」まで覚えてないのかよ?!と責められると心苦しいのですが、正直覚えてません(うわっ・・・/呆)
ていうか、実はぼく、この曲は一路真輝さんがCDで歌っているバージョンをずっと聴いていて、そっちで覚えちゃってたので、ターコさん歌唱をあんまり記憶に留められなかったのである。
んで、今回の大竹しのぶ丈の歌唱。
これがまた紛うことなき名唱で。
やっぱ大竹しのぶってすごい女優だ。と再確認。
とにかくピッチとかの問題じゃないのである。正直、ピッチはかなり怪しい(コラ)
ピッチが怪しいと言えば、風間さんもかなり怪しい(おいこらこら)
だけど、この二人の場面の濃密さったら他の比じゃない。
「これぞ演劇(ミュージカル、じゃなくてごめんなのだが)だ!」と感謝の気持ちが迸る事態であった。
盛りを過ぎた中年の男女の滑稽さ、そこはかとないもの悲しさが味わい深くて、愛しくてたまらなかった。
今になって考えてみると、ターコさんのデジレには、こういう哀れさがなかったんだよなあ。ターコさんゴージャスすぎて(言外に大竹しのぶをディスってないか?大丈夫か?)
でもターコさんも結構諧謔味のある女優さんなので、デジレの滑稽さは演技力で出してたと思う。ただ、この「Send In The Clowns」を歌うシーンで一番よく覚えているのが、歌うシーンそのものじゃなくて、歌い終わった後舞台からはけずに、「粉屋の息子」の間、ずっとあずまやに座っているデジレのシルエットが観客に見えているという演出だったこと。この演出の意図はなんだったのかニブいぼくには未だに分らないのですが、かなり印象に残りました。
感想が全然ストーリーの流れに沿ってなくてとっ散らかっていて申し訳ございません。
全体的なふんわりした感想を書くと、まずナンバーが「めっちゃソンドハイムやな」(←)
ソンドハイムの曲って、実にキャッチーじゃないんだよね。なんであんなに難しいのか。役者いじめだろっつうくらい覚えにくくて難しい。
だけど、とっても美しい。ここが憎たらしい。
キャッチーじゃないと今書いたが、かろうじて観客が一回で覚えて口ずさめるのは「田舎でウィークエンド」ぐらいだろうか。それもこのフレーズのみ。
そんな難しさの極致ともいうべきソンドハイムメロディを楽々歌いこなしていてひれ伏さざるを得んな、と瞠目したのが、栗原英雄(カールマグナス)&木野花(マダム・アームフェルト)のお二人。
『不信〜彼女が嘘をつく理由〜』でぼくは初めて栗原さんを知ったんだけども(遅い!)、以来、数本のミュージカルで彼の本領的歌声を耳にしまして、すっかり好きな俳優さんになっていましたので、今回も出てきた瞬間(出てるのを事前に知らなかったってとこが我ながらすごい←)嬉しさ満点。
そんな栗原さんはともかく、木野花さんの歌唱力がこんなすごいと知らなかったので感服してしまいました。
正直言って、最初マダム・アームフェルトを目にしたとき、木野さんによく似た声楽界からの刺客()なのかと思い込んだくらい。
大変な収穫だったと申せます。
ヘンリック役のウエンツ瑛士。はまり役。うまいなあこういう役。歌も普通に上手だし。
ただ、これ以上の感想は、ごめん、あんまりない。←
そのヘンリックの相手役(フレデリックの“妻”なのに?)のアン役が、しばらく見てても全く誰か分らなくて。
歌は「ボイトレを頑張ったのね」というレベルで、もちろん下手ではなかったんだが、どうにも(演技も含めて)たどたどしい印象。
かといってド新人ていう風にも見えない。
誰なんだ?と思って幕間にプログラム観たら、蓮佛美沙子ちゃんだった。
あのー・・・良い女優さんだとは思ってますよ?映像畑では(また始まった、舞台オタの偏見が)
うーんあのね、映像畑での俳優さんによくある、舞台に立つと、客席から全然顔が見えなくなる(物理的な意味じゃなくて、心理的な意味で)タイプの人のようでした。
存在感が消えるというか。
でも、そういう人でも、何度か舞台に立ってるうちにどんどん存在感が出てくる人も少なからずいるので、侮らず今後も拝見していこうと思う。
今回の作品とは全然関係ないけど、映画『白ゆき姫殺人事件』の彼女はとても素晴らしかった。あの役好きでした。
執事フリートは安崎求さん。彼の舞台もこれまで何回も拝見してますが、今回の役は出番が少なすぎるねえ。もったいない。でも安心して見ていられる俳優さんです。
大人びた少女フレデリカのトミタ栞ちゃん。しっかりした子役プラスアルファという印象。このぐらいの年齢の子はまだ先がわからん。今後を見守ることにいたしましょう。
で、使用人役を兼ねつつ歌唱で場面転換などをつかさどるリーベスリーダーの5人(ひのあらた、中山昇、家塚敦子、飯野めぐみ、彩橋みゆ)が、めっちゃ素晴らしい。
色々なミュージカル作品でよく名前を拝見する方々ですが、本当に歌唱力抜群。信頼と安心のメンバーという感じでした。特に中山さんのハイ・テナーが美しかったなあ。
といった感想。正味、ベテラン(て、どの人以上を指すの?って感じだけど)の安定感に助けられたウェルメイドな作品という印象でした。19年前に同じ作品を観たぼくも、年齢とともに抱く感想が変わってきたのかも知れません。次回上演があるとしたら、どんな俳優さんたちが演じるのか、ぼくがどんな感想を抱くのか、実に楽しみであります。
ぼくは自称(おい)きんきっずイチオシとして26年以上生きてきていますが、2002年にブログを始めて以来、4月10日を彼のBDネタで埋めたことはさほど多くありません。
愛に差はないつもりなんですが(むしろ彼らが十代のころは、圧倒的に彼の方が好きでした)、やっぱ1月1日って「忙しさにかまけてるうちに過ぎちゃった」てな日ではないので、どうしても気が付いちゃいますからね。しかも彼らは、毎年この日に招集()かけますしね。忘れようっても忘れられないようになってます。
してみると、4月10日は、ちょっと忘れちゃいますよね(だからそれが愛が足りない証拠だっつの)
で、今年も羽生君に夢中で(けしからん!)忘れちゃいましたね。
「明日は池袋行って、そのあと日本橋行って・・・」みたいにワクワクしてるうちに10日は終わっちゃいましたからね(なんかもう、お前不愉快!)
10日遅れましたが、堂本剛さん、39歳におなりになり、おめでとうございます。
お耳の具合はいかがでしょうか。久しぶりにソロアルバムをリリースされ、5月にはライブの予定も。順調に回復されているようで何よりです。
直近でぼくが確認できた歌うつよっさんというと、先日7日にオンエアされた『CDTV祝25周年SP』でしたが、その時は相変わらずヘッドホン装着でした。ライブ大丈夫なんかな・・・?
つうか、お耳の調子とかよりも、そして、例によって中居君との泣けてくる愛溢れるMCよりも、
その(髪の)分け目、大丈夫っすか?!(黙れ!)
の方が如実に気になりましてですね。
いや決して○ゲたんではない。そういうカットだ。だが正直かなりドキッとしました。
相変わらず容姿に関して斬新すぎるふるまい。
どんくらい伸ばしていたのかあんまり覚えてないんですが、気づけばだいぶ長髪になってたよね。
いつごろ切ったんだろう?『ブンブブーン』が日曜だったころはまだ長かったから、3月末頃だろうか。
と、記憶が定かでないぼくが先週初めて気がついたのが、GYAO!で毎週金曜日に配信されている『堂本剛の素』
「どうもとつよしのモト」と読んでいたら、「素」は「す」と読むのだった。←
ああ、「素顔」の「素」なのね(恥)
これによると、先月末に和歌山へクマノザクラを見に行ってる時点でもう髪を切っている。
で、髪のことはこれ以上言及するのはやめて()「す」を2回見た時点での感想を、ハピBDメッセージの代わりに記したいと思います。
ノープラン(?)で進行してるあたりは、ゲストなしの『正直しんどい』カムバック、て感じですが、あれよりももっと緩いかな。本人が全く緊張してる様子がないからね。
ただ、その緊張しなさ具合も、アラフォーになって精神的に余裕が出てきたからなんじゃないかなという感じでもある。
で、今回は桜が咲いている山に着いたとたんに目的のクマノザクラが見つかってしまい、テレビだったら企画変更で会議になるところ、さすがハバヒロクムリョウのGYAO!の配信(深い意味はない)
そのまんま企画続行で、クマノザクラを芸能人で初めて見た喜び()を歌に詠むつよっさん
著作権が発生してると思うので、公開された歌詞はここに転記しませんけども、普通につよっさんらしい詞でした。
本日のエントリのタイトルはその歌のタイトルです。
東京に戻って曲を乗せたらまた色々変わっちゃうだろうと本人もおっしゃっていましたが、古語とかをちりばめたいなら「ピンクの羽」の「ピンク」は、日本語にしてほしいかな。
この詞が楽曲になって発表されるのはいつごろになるかわからないし、ずっと眠ってるかもしれないけども、いつか耳にする日を楽しみにしています。
で、もう一つこの配信を見ながらずっと気になっていたのが、つよっさんが着ているセンスの良いニット。
あからさまに()「ENDRECHERI」と書いてあって、モチーフの三角形がデザインされているので、てっきり公式グッズかと思ったら、それどころかもっとデカいプロジェクト(デザイナー中島篤氏とのコラボコレクション)のものでした。
中島氏の公式サイトによると、文字ロゴが入っているのはショーピースで非売品、販売されている同型のニットはお値段30,240円とべらぼうに高いわけではない。
むしろロゴがない方が汎用性が高い(黙れこの野郎)
・・・あ、予約受付終了みたいですね(なぜか安心するぼく)
いや、ケリーさんのグッズにしては渋くてセンスが良(黙れ黙れ無礼者)と思ったので、お値段によっては購入しようかなと思っちゃったので(本当だよ!)
ちなみにむかーし買わせていただいたサンカク君マグカップは、未だ箱入りのまま(なぜか)本棚に飾ってあります。2011年の地震の時にも、本にぎっちぎちに挟まれていたせいで落下せず無事でした。まあ、ぼくんちは食器棚も無事だったんですが。
話がどんどんとっ散らかってきたな。
とにかく、活動再開安心しましたケリーちゃん。平日18時開演のライブって殺生やな。ぼく行けへんやないの(熱量の問題では?!←)
まあ・・・順調な活動をお喜び申し上げます。『ブンブブーン』を何回かまだ視てないので、連休にまとめて録画を視ようと思っております。
| 2018年04月18日(水) |
『クソ野郎と美しき世界』(TOHOシネマズ日比谷) |
テレビ業界からは完全に黙殺されている(ハッキリ断言)元国民的スターの5分の3さんたちですが、築いてきたものはそう簡単には崩れず、マスメディアでの宣伝が全くされていないというのに、そこそこ(オイ)ヒットしちゃってる感じです。
ぼく自身、SMAPさんの主演映画を必ず観るような人生は送ってこなかったのですが、今回はなんか気になって観に行きました(2週間限定公開という点も、「限定品」に弱いスノッブな性格に響いた)
テレビを視ているとよく挟み込まれる「〇〇、サイコー〜!」「大ヒット!御礼!!」みたいなしらける(こら)CMに出くわさないのが、逆にめっちゃ好印象。
世の中、ひねくれものがたーくさんいるんだな(いい加減に黙りなさい)と実感させられるレディースデイの映画館は、平日昼間なのに8〜9割が埋まっていました。おみそれ新しい地図。
さて、映画の話。
ご存じだとは思いますが、今作、3人がそれぞれ主人公を務めるショートフィルム方式のオムニバスで、最後にその3つの世界が合体するという形になっています。
正直、そこにとてつもないカタルシスはありませんでした(あらま)
多分意図してやってるんだと思うからぼくは穏やかな気持ちで観ていたのですが、はっきり言ってすごくやぼったい世界観です。
なんか、『ファンタスティポ』を思い出したなあ。
あの映画にも、はっきりと「堂本剛と国分太一のファン以外には1ミリも面白くない」という徹底した信念()があったので、そんでぼくは堂本剛が好きだったので、「それでいいですよ」という気持ちで観させていただきました。
映画としてはク〇でした(こらっ!/汗)
今回のもはっきり言ってそんな感じです(えっ)
〇ソです。発信者が明言してるくらいだから、間違いなくクソ(伏字なし)でした。
それでいいんでしょ?だって。ぼくはそう思って観たので、何ら不愉快な気はしませんでした。
それほど感動もしなかったけど。(おいおい・・・)
ほんのちょっとだけ要望を言うなら、エピソード4では、せっかく3人が一か所に同時に存在したんだから、会話を交わす場面が欲しかった。あの3人の間に何らかの関係があるっていうオチが欲しかった。
例えば、ピアニストゴローが作った曲を慎吾ちゃんが歌ってたとか、オサム(なぜかツヨぽんの役だけ本人の名前でない)の小指がゴローに移植されてるとか。
エピソード1とエピソード3のつながりが浅野忠信君っていうのは、ちょっと寂しかった(ストーリー上はきれいにつながってたんだけど、この映画を観る主客層が望んでる“つながり”は、別の人同士でしょ?わかるでしょ?)
とまあ、映画観た人にしかわからん感想ですみません。
各エピソードの監督は、名前は知ってるが実はどなたの作品もこれまで観たことがありません。なので、先入観がなくて良かったな、と思ったのと、いわゆる「〇〇組を知ってるからこそ味わえる面白さ」が味わえなかった寂しさがありました。
Episode 1「ピアニストを撃つな!」
(良い意味でも悪い意味でも)バカ映画。
ある意味映画にすらなってない。嫌いな人は嫌いだろうな、でも、ぼくは観てて楽しかったです。
バカ方面に振り切った吾郎ちゃんが好きなので。
それにしてもピアノ弾いてるふりが、めっさド下手やったな。あれわざとかしら?わざとじゃないんなら絶望的だぞってくらい下手だった。コントだよあれ。
(なんか、言いたい放題ですね)
もう、登場人物全員に意味がない。←
なので逆に面白かったです。
終始全速力で走ってるのにフジコは汗一つかかないし。
園子温といえば、木村拓哉をめぐってSMAPとひと悶着あった人物という印象が強いのですが(わ、忘れろ!)、稲垣吾郎を使ってこれかよ、とディスられること請け合い(こ、こら・・・)
人生って、ほんと何が起こるかわかりませんね。
次回は本気でやってください(本気でやってないという決めつけ!)
Episode 2「慎吾ちゃんと歌喰いの巻」
香取慎吾っていう人には、不思議にこういう世界観が似合いますな。
彼自身がアイドルサイボーグというか、実在してることが不思議な人っぽさを持ってるからかもしれない。
慎吾ちゃんが生きてる世界では、こんな変な出来事が平気で起きてるって納得してしまう。
ポップさと病的さが同居している彼の画を見ると、確実にそう思う。
ちなみに、慎吾ちゃんが歌おうとして歌えなかった歌その1「あ・・・」はすぐ判ったんだけど、驚いたことにその2「せ・・・」がしばらく判らなかった。
ぼく、正直言って「せ・・・」があんまり好きじゃないのだろうな。
あんなにヒットしたのに、なんかあの曲ってSMAPに100%ふさわしいと思えないというか。SMAPってもっとぎこちなくてひねくれてる部分があって、だからこそ好きになれたって部分があるので。
もちろんあの時期のSMAP以外に「せ・・・」を歌う資格のある国民的歌手なんて他にいなかった、というのも事実なんだろうけど。
■後日追記■
よーくよく考えてみたら、アノ歌の歌い出しは「せ・・・」ではなくて「ナ・・・」じゃなかった?だから判らなかったんだよ。ぼくの愛のせいじゃないよ。と一人納得。
だって、「あ・・・」もタイトルの頭文字は「よ」だもん。
ん?てことは、「せ・・・」は違う歌なのか?何だろう?・・・(余計に迷路に)
おっとっと、余計なことを書いちまった。
監督の山内ケンジ氏のことは名前を見てもピンと来なかったんだけど、慎吾ちゃんと以前仕事してるんですね。
山内組常連の古舘寛治さんが思いっきり儲け役でした。
Episode 3「光へ、航る」
急に正統派映画が始まってびっくり(←)
ちゃんとストーリーがあり(んっ?)俳優が芝居している、まともなターンの開始()
脚本・監督は太田光。
草��剛と尾野真千子が普通に演技していて、あまりにもちゃんとしすぎていて、今までのおふざけは何だったんだ?(こらこらこら!)と。
いやーーーーーーーーーーー(長いな)つくづく草��剛って俳優はすげえ。
かっこよすぎてゾクゾクしました。
ストーリー自体はご都合主義で若干破綻していたけれども()そんなことどうでもよくなった。
明らかに現実世界から浮いてる見た目の浅野忠信と普通の感動芝居をしてるのが衝撃だった。
ツヨぽんといえば、この春からサントリー伊右衛門のCMに出ていますね。
ぼくもこれまで2パターンばかり目撃したんですが、江戸時代の京都にいるはずのモックン(本木雅弘)と(宮沢)りえちゃんの夫婦の前に、間違いなく現代人なのに違和感なく現れてるクサナギツヨシさんの存在感はあまりにも見事。
この人の「違和感のなさ」って何なんだろう?と改めて唸ってしまったことであります。
「帰れますか?」
「地図がありますから」
とかいうセリフはちょっとやりすぎかなと思いましたが(いいじゃないですか!)
今回のエピソードではオサム(あくまでもツヨシではないのよね)は女房の裕子に「おめえ、男のくせに地図も読めねえのかよ!」と罵倒されていますが(笑)
ツヨぽん、地図読めなさそうだなあ・・・いや知らないけど。
まあ、新しい地図はあんまり正確に東西南北を指してない気もするんでね(こら)
かまわないから、自由自在に行きたい方へ行ってください。その方が面白いから。
取り返しのつかない方に行きさえしなければ(ノーコメント!)ぼくらは安心して見てますから。
ぜひその点だけは気を付けてお願いします。
まあ、この半年間ほど彼らを眺めてきて一番強く感じたことは、やっぱ飯島三智って、ほんとすごい人だなってこと(そ、そこ?!)
いやいや、これにつきます、本当に。
今後も注目せざるを得ません。はい。
| 2018年04月15日(日) |
「応援ありがとうございます!羽生結弦展」(日本橋�眦膕亜烹臆麑� |
人混みと行列が受動喫煙より嫌いなくせに(いや、同じぐらいかな?)、また来てしまいました。
っつうのは、こないだ来た時に情報弱者ゆえ貰い損ねた「羽生結弦展全8面広告讀賣新聞」を貰うためです。
で、なんで今日この日に?日曜日とかてきめんに混んでると思われる日に?
と疑問を抱かれるのはドしろうと(暴言)
はにゅオタの皆さんなら、もうお分かりですよね?
そです。今日という日は、『Continues 〜with Wings〜』3日目すなわち羽生君の感謝の凱旋報告会が東京都調布市の武蔵野の森総合スポーツプラザで開催されているのみならず、全国66館の映画館でのライブビューおよびCSテレビ朝日チャンネル2でも放送されているという、かつての『ロンバケ』オンエア時(月曜9時)みたいな状況なのです。
街ナカからはにゅオタが消えるのです。
女湯がカラの状態なのです(←古い!)
カラの隙に行っちゃおうというひねくれ者ぶりを発揮して、レコーダの容量を何度も確認して留守録セットも確認して、ぼくは日本橋へと向かいました。
ちょっと時間帯を間違えると、逆に地方からおいでになったCiONTU客の皆さんがドドドと押し寄せてくるんではないかと気が気ではありませんでした。
てなわけで、武蔵野の森がめっさ盛り上がっているその時間帯ぴったり(午後1時過ぎ)に�眦膕阿愿�着。

おーし、着いた。

また来たよ、羽生君(本人は調布市にいるんだけど)
さて、混雑具合はどうだろう。
1階正面入り口から入ると、右側にしつらえてあるショップは先日とはうって変わって行列なし。
皆さんなごやかに商品を選び(大人気のグッズが品切れ状態だったてのもあるかな)、たいして待たずにお会計しておりました。うん、普通。
あの2時間はなんだったんだろう?と考えつつ、エレベータでスムーズに8階へ。
ここも行列らしい行列はなく、すぐ入場。
とはいえやはり休日ですから、中に入ってみたらいい感じの混み具合。
入り口の巨大パネルは撮影OKなので、ここでしばし渋滞が起きます。
あんまりガランとしてても悲しいなと思ってたのですが、普通に混んでました。初日が異常に混みすぎてたんだよな。というわけで、今日はちょうど良い人口密度。こないだは後ろの人に遠慮して早歩きしてしまった展示を、思う存分じっくりと眺めることができました。
ゆっくり気の済むまで展示品を見て、出たら売店・・・と思ってたら、なぜかショップが移動していて出口で整理券を渡され。
むしろショップの方が混雑していて規制入場状態。
グッズの方に熱が行き過ぎてんのか。例のキューピーハニュー(キューティーハニーのもじりらしい)は既に売り切れだっつうのに、ショップは連日大混雑らしい(まあ、狭いってのもあるが)
それと、これは腹立たしいことだが、転売目当てのヤカラに目を光らせるためにも、ショップに入る人数を制限しているらしい。
ぼくは正直ほしいグッズはもうなかったんだけど(新ロミジュリで氷上に正座してる写真のマグネットが欲しかったんだが、家に帰って写真集を開いたら、その写真が載ってたので、もういいかなと思ってしまったのだ)、讀賣新聞をもらうためには何か買わなければならない。
なんか、プロ野球カードを手に入れるためにあんまり食べたくもないスナックを買うみたいな感じで気が引けたのだが(言っとくけど、どっちも羽生君グッズだからね!)、ぼくにとって一番役に立つもの・・・と考えて、結局書籍を買いました。
讀賣新聞も無事ゲット。
店員さんがショッピングバッグに入れてくれる時に「ゆるく折っていいですか?」と訊いてこられたのにびっくり。
お客さんによっては「羽生君に折り目をつけないで!」とか言う人がいるんでしょうか。
いちいち勉強になりました(感じ悪いぞお前)
帰ってきて早速CSの録画をチェック。
予定よりも1時間も長く録画されてることにまずびっくり。
残量大丈夫?!(そっちかよ)
大丈夫だった。良かった(´∀`; )
早速再生。
もーう、とにかく素晴らしい内容でした。全編素敵でした。
羽生君“も”滑ったことは前日のスポーツニュースで報道されていたので事前に知っていたんですが、それでも実際に滑っている姿を見て胸が熱くなりました。
なにせ、カッコいい!羽生君(*≧∇≦*)
とてつもなくカッコいい!!!
来月の全日放送がとにかく楽しみです。
(詳しい放送内容については、来月通して視てからエントリします。時間があれば←)
展は、あと1回ぐらい行ってこようかなあ。
| 2018年04月11日(水) |
「応援ありがとうございます!羽生結弦展」(日本橋�眦膕亜� |
人混みと行列がウニ丼と同じくらい嫌いな(信じられないですか?すみません。だって嫌いなんだもん)くせに、150%大混雑が読める初日の今日にやってまいったのは、仕事が休みだったからです。
初日といえど、平日だし、そうでもないんじゃない?なんて甘い読みは、午前中のSNS状況で打ち砕かれました。
もとより早起きする気は全くなかった(愛が薄いぞ!)ので、(だってせっかくの休みだもん。寝坊したかった←怠け者)昼過ぎてからだるだるとまず池袋へ。
方向音痴のせいではありません。
ここに行ったんです。

ここで、コレを買ってきたんです。
前日までの情報では、本日朝8時に購入整理券を配るということだったので、昼過ぎになんて行ったらすっかり売り切れてるかと覚悟していたんですが、そこまでの狂騒はなかったみたい。若干拍子抜けしました。
まあ、ぼくは当日のパレードは自宅で視るつもりなので(仙台以外の地域でテレビ放送があるってのがすごいわ)、ぼくが払った5千円が、当日の仙台市内の安全のためにお役立ていただけるのであれば幸甚です。
警備員さんのお弁当代ぐらいにはなるでしょう。
さて、Tシャツはあったんだけど、牛タンランチが売り切れていたので()悲しい思いをしながら日本橋へ。
宮城ふるさとプラザが沈静化していたのでナメてたら、こっちは午後3時現在、とんでもねえ混雑でした。
�眦膕阿寮橘牝�り口から入ったら早速長蛇の行列。これ何の行列?と店員さんに訊いたら、
「羽生展のグッズのお会計の行列でございます。今からですと約1時間ほどお並びいただきます」
とのこと。
「羽生展自体の方はどんな感じですか?」
と訊くと、
「2時間以上お待ちいただいている感じです」
とのこと(朝よりはだいぶマシになってたってことね)
何となく上との連係がとれていない感じの店員さん。グッズは写真集だけしか買わないつもりで来たので(小物とかあんまり欲しくないタチ)、上階の混雑に想像だけでびびってしまい、1階のショップ(棚周り自体は混んでなかった)にまず並びました。
写真集・・・めっちゃ重かった()

中身はお値打ちですので、買ったこと自体は後悔してませんが。
これを持って1時間半(予定より長かった!)会計の列に並んだことを後悔。
まあ、並んでる間は、周りの同士()たちと羽生君情報を交換しつつ和気藹々と時間をつぶせたので(おばちゃん社交スキル万歳)楽しかったです。
17時過ぎ、やっとのことで目的地へ。
この時間帯になるとさすがに階段での行列はなくなっていて、8階までストレートにエレベータで上り、15分ぐらい入り口付近で行列して入場できました。
むしろ入場前に通過した「LinkRay」(コマ送りで羽生君のジャンプが見れるやつ)パネル前で操作をあたふたしてるうちに列がどんどん進んで「ま、待ってくれー!」な状態でした。
さて入場。
会場内は羽生君のこれまでの選手生活の歴史に合わせて過去から現在への流れで構成されており、しょっぱな『覚醒の時』で視たことがある草競馬プログラムの衣装が展示してあり「かわいいー!」と気分が高揚。
お母さんが手縫いで作られたんだろうなあ。手芸が上手なお母さんで良かったなあ(感心するところ、そこ?)
写真パネルはほとんど何となく見たことがあるものでしたが、ぼく自身、ずっと昔から羽生君を熱烈応援していたわけではないので、新鮮な気持ちでかみ締めながら見たかったのですが、ちょっと立ち止まると後ろがつかえてくるので(そんなに急ぎはしなかったが)歩みを止めずに見て歩きました。
衣装展示二つ目はホワイトレジェンドで、この時点ですっかり背が伸びていたんだなあとプチ感動。
そして、衣装を見た人全員が必ずもらす「ほそっ!」の言葉。
うん。わかってた。わかってたけど口に出さずにはいられない。
ホワイトレジェンドぐらいならそうでしょう、とぼくは頑固に驚かずに見進めたんですが、パリの散歩道衣装も、SEIMEI-1衣装も、Hope & Legacy衣装も、全部見事に細かった。既製品で言ったらレディースMサイズ。
バストウエストはまあ分かるんですが、あの見事なフトモモはどうやって収納してるんだろう?と思うほどボトムも細くてですね(特にヒップが!←)
多分収縮性のある生地を使ってるんだろうなとは思うんだけど、それにしても・・・ああ・・・(←邪心を捨てろ!)
で、羽生君の衣装ってほぼボトムは黒だから、全部使いまわしてんのかと思ったら(んなわけねーだろ)違ってた。すみません。貧乏人の思考で。
とまあ、何か他人様と違うところに注目するぼくが、心奪われたというか、思わず立ち止まって長時間眺めてしまった写真ベスト3をご紹介します。
1.能登直さんが撮ったニースワールドのエキシビション滑走前のショット
エキシビションなので会場の照明が薄暗く幻想的で、華奢な羽生君のシルエットとあいまって、映画のワンシーンみたいだった。
2.武藤要さんが撮った平昌五輪でのフリー当日の公式練習時のショット
上を向いて滑ってる瞬間の羽生君を捉えてるんだが、不安気でもなく、闘志満々でもなく、実に何とも言えない表情をしている。決戦直前の羽生君がどんな気持ちだったんだろうと想像を掻き立てます。
3.篠山紀信が撮った東北高校の制服姿の羽生君
さすが紀信!と唸らざるを得ないショット。
田中宣明氏にしろ能登直氏にしろ、そして讀賣新聞写真部のカメラマンの皆さんにしろ、やはり無意識に「スポーツ選手を撮っている」「報道写真を撮っている」という意識がシャッターを切る手に宿っているように思う。
でも紀信は違う。
被写体をカテゴライズしてない。
あえていうなら、「篠山紀信の被写体」というカテゴライズをしている。
これはもうどっちが正しいとか良い悪いじゃなくて(だから、「羽生君をアイドルみたいに撮りやがって」「アスリートとしてリスペクトしてない」とお怒りのお客さんもいて当然だと思うんですよ)、全く別のベクトルへ向かって仕事しているんだとしか言えない。
紀信にとっては、羽生結弦という少年は、日本フィギュア界のホープ(写真撮った当時)でもなく、未来の金メダリストでもなく、ただの可愛い男の子だった。
可愛い男の子を可愛く撮る。これが篠山紀信なんだなあと瞠目した。
さて、いきなり熱弁してしまったが、写真についてはこんな感じで(田中さんの写真にぐっと来るものがなかったってわけじゃないのですみません。とにかく捻くれてるんでぼく)次に注目したというか印象的だったのが、四連覇したグランプリファイナルのメダルのコーナーでした。
2013年福岡、2014年&2015年バルセロナ、2016年マルセイユと各大会の金メダルが並べてあったのですが、まーあの、
マルセイユ大会のメダルが○ョボい! (−−;)ウン・・・
テレビで視てた時も如実に思っていたんですが、実際に実物を目にして改めて実感。
コースターかよ!ってぐらいショ○い。
なにせ、成分的にプラスティック95%、金5%て感じです。これでは金メダルじゃなくプラメダルです。仏スケート連盟はすごく貧乏という噂を耳にするのですが、それも事実かと思っちゃうレベルでした。
とはいえ、羽生君が精一杯戦い勝ち取ったメダルなのですから、あんまりディスったら申し訳ない。
さすがに平昌のメダルは、現在いろんな場所に帯同してるであろうから展示してなかったんだけど、ソチ五輪のは見たかったなと思いました。
てな感じで展示を見終えると、すぐグッズ売り場に入ることができます。
下で写真集を買っちゃったのでぼくはもう何も買うつもりはありませんで(ここでぼくの情報弱者ぶりが露呈。ここでグッズを買うと、前日にごく一部のご家庭にだけ配達された羽生君関連広告が4面に掲載された讀賣新聞広告版を貰えるのだった。それを知ってたら、ここで買ったのに!!!!先に教えといてよ!/怒)、大人気のキューピーストラップ売り切れに咆哮する皆さんを尻目に、そそくさと退場してまいりました。
・・・広告貰うためにまた行こうかしらん。・・・悩む(物欲と混雑嫌いのハザマで揺れ動くココロ)
こんな感じで始まった羽生君凱旋月間。週末は凱旋ショー、来週22日はパレード。すべての行事が滞りなく楽しく執り行われますようにと、心からお祈りしております。
| 2018年04月08日(日) |
『Romale−ロマを生き抜いた女 カルメン−』(東京芸術劇場プレイハウス) |
謝珠栄先生−花總まり−カルメンときたら、伝説の舞台『激情−ホセとカルメン−』を抜きには語れない。
近年(つっても初演はもう20年近く前の1999年だが)のタカラヅカの娘役が演じるにしては、あまりにも強烈なキャラクターだったカルメン。
低い地声でしゃべり、大股で歩き、乱暴で喧嘩っ早く、あろうことか舞台上でSEXシーンまで演じた、スミレコードが冥王星の彼方まで吹っ飛ぶ勢いのヒロイン像。
だが、作品自体はある意味とてもタカラヅカらしかった。
みんな大好き()スパニッシュ、徹頭徹尾愛憎劇。
いろんなタイプの男役が綺羅星のごとくカルメンという女の周りを飛び交った。
融通が利かない堅物かと思えば直情的なドン・ホセ、セクハラ&パワハラの権化スニガ中尉、野獣と支配の男ガルシア、地位と豊かさのモテメンエスカミリオ。男役の百花繚乱。
それでもやはり、観客の記憶に刻まれたのは、カルメンというヒロインの鮮烈さだった。
それは、脚本の柴田侑宏先生の筆力、そして演出の謝先生のセンスとパッションももちろん大きかったのだが、ひとえに花總まりという稀代の娘役の存在なくしては初演の成功はなかったと断言できる。
というのも、再演の夢咲ねね、三演目の愛希れいかもしっかりと観た後で、「・・・やはり花總!」と唸ったぼくがいたからだ(異論はかまいませんが)
そんな花總が、紆余曲折を経た19年後の今、再びカルメンを演じた。
この間の紆余曲折のごく一部しかぼくは知らないけれど、そして前にも書いた気がするけれど、花總には、「よくぞ舞台に帰ってきてくれてありがとう!」としか言えないのである。
カルメンを、ただ蓮っ葉で移り気な女として演じるなら、肉感的な肢体を持つ女優なら、だれでもできそうな気がする。
だが、今回の舞台で謝先生が標榜したであろう「ロマという民族に生まれた宿命を背負った女」という深い内面までを、全身の細胞から滲み出せるのは、今んとこ花總ぐらいしかいないのではないか。特に歌とダンスがある舞台では。
実はぼくは見逃しているのだが、謝先生は10年前の2008年にやはりカルメンものを上演されていて(『Cali−炎の女カルメン−』というタイトル)主演はコムちゃん(朝海ひかる)だった。
当時、日本のシアター界隈においては、元“男役”でなければカルメンという“炎の女”を演じるのは無理だったのではないだろうか、と簡単に推測される。
ちなみに花總は2006年に歌劇団を退団した後、2010年に再登場するまで、4年間も女優業をせずに沈黙()を守っていたのである(その理由はゴシップ風味になるから軽々しくは書かない)
それにしても、この、謝先生のカルメンへのこだわり。
カルメンの一体どこが、こんなに謝先生を引き付けるのであろうか。
その辺のヒントはプログラムに書いてある()のでここには書かずに一人で納得することにして(おい)、今回の出演者たちのお話に移る。
花總については散々書いたからもういいかと思うが、ぜひ書き加えたいことがある。年齢を考えると(余計なお世話です!)あの身のこなし、ダンス力は瞠目に値するということだ。
それも、「ダンス上手でしょ」という動きではなくて、(これは謝先生の「振付」へのこだわりとも言えるが)人物の感情表現としての動きとして、非常に洗練されているのだ。
衛兵隊士たちにちやほやされて蝶のように舞う動き、男に乱暴に扱われて抵抗する動き、逆に自分から男にツタのように絡んでいく動き。体幹の強さしなやかさに圧倒される。
それゆえの、立ち姿の美しさ。もともと抜群のスタイルを持っているということもあるが、近年の彼女の舞台を見ていて、「やっぱ、昔より歳とったか?(当たり前だけど)」と悲しく思うことも若干あったので、今回の舞台での脊椎のまっすぐさ(ほめ方変だよ?)には、心から嬉しかった。
その花總とガップリ組めるのか?大丈夫か?と若さを心配したホセ役・松下優也君。
以前はちょいちょい舞台でお目にかかったが、最近はご無沙汰してました。
この若さは正解だった。まあ、ホセがカルメンよりずっと年下に見える(実際年下なんだけど)ことは是か非かわかんないですけど、翻弄されまくりな感じは素でできていたと思う。
身のこなしは素晴らしい(謝先生の舞台では、男はホントめっちゃくちゃ動きまくらされるからねえ)
歌は、まあまあでしたか。あの、下手ではないんですよもちろん。これはローレンス役の太田基裕君にも言えることなんですが、下手じゃないんです基本。だけど、ほかの出演者に圧倒的に上手い人がいると、ちょっと残念な気持ちになるのは仕方ない。
てなわけで、圧倒的に上手かったのが、福井晶一さん。
美声の上に、楽譜に書いてある以上のモノを乗せている歌声。涙絞らさせていただきました。
涙絞るといえば(なんか連想ゲームみたいだな)団時朗さんの“謎の老人”
実際最初の方で、もう「この爺さんがホセその人なんだな」って客にはバレてるんです(身も蓋もないぞ!)
でも、分かってても、ホセがカルメンを殺そうと決意して追いかけていく場面で、老人が「“俺は”カルメンを追った!」と、初めて自分がホセであることを告白するセリフが、ぼくの涙腺を決壊させた。
この脚本の力。そしてそのセリフを話す役者の力。
こういう瞬間に出会うために劇場通いしてるようなもんです。
さて、今回の舞台ではホセの他にスニガ、ガルシア、とカルメンを巡る男キャラが出てきて、今まで聞いたことのない()ローレンスとかいうイギリス貴族まで出てくるんだけど、オペラでは超儲け役のエスカミリオが出てこない。
なんで他の舞台では省かれるローレンスが出てくるのかは、最後の方で種明かしがあるんだけども、エスカミリオが出てこないのも、その種明かしに関わっているのかもしれない。
単純に、上演時間の関係かもしれない(おい)
役者が見つからなかったのかもしれないが(それは・・・ないと思うぞ?)
そして今回、カルメンの他に“女”は一人も登場しない。
11人の男の中に、女は一人きり。
なんだか、つか芝居っぽいな。
カーテンコールのラインナップを見たら、みなさんめっちゃ長身でビビりました(男性はほとんど180センチ前後だったんじゃないかな)
何役もやってた5人のパフォーマーの皆さんは、謝先生舞台のみならず日本ミュージカル界ではちょくちょくお目にかかる面々。その身体能力にはいつも驚愕させられます。
その中のお一人を理由あって本日は特筆いたします。
千田(真司)さん、プレ誕生日おめでとうございます。
そして、特別養子縁組成立おめでとうございます。ここに至るまでにはさまざまな逡巡があったことと思いますが、その決断をたたえます。どうかご家族皆さんがいつまでもお幸せでありますように。
なんかいつも不思議なんだけど、謝先生の舞台を観た後って、なぜか真面目なこと言いたくなるんだよな。
謝先生ご自身が真面目(というか真摯)な方だからなのかしら。
客の心情にまでこういう影響を与えるもんなんですなあ演出家って。
勉強(何の?)になりました。
| 2018年04月07日(土) |
宝塚歌劇団月組公演『カンパニー』『BADDY』(東京宝塚劇場) |
花組公演の興奮もさめやらぬうち、今日しかチケットが獲れなかったのでやってまいりました。
ミュージカル・プレイ『カンパニー−努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)−』
今回はマンガではなく現代小説が原作。
事前に読んでおきたいと思っていたのだが、思いのほか早い時期の観劇になってしまったので間に合わなかった。
なので、どの辺まで原作通りか、どこら辺が宝塚独自の脚色なのかは分からないで観ました。
「努力、情熱、そして仲間たち」という副題は、日本の老若男男の約100%の生き方に影響を与えたであろう『週刊少年ジャンプ』のキャッチコピー「努力、友情、勝利」を思わせる。が、これは同時に宝塚歌劇団に代表されるような、「メンバー間が濃密な関係を築いている集団」(そして日本人はこれが大好き)をズバリ表現しているように思われる。
これをダーイシではなく、原作者の伊吹有喜センセイがつけたというのが意外な驚きだった。
というのも、カリスマ性抜群のトップに組子たちが「ついていく」のではなくて、若いトップを組子たちが支え、一緒に走ってる感じがする今の月組によく似合うコピーだからだ。
お話の内容は、大枠はリーマンものだが、題材がバックステージもの風味なので、タカラヅカの客として「生徒に言ってほしいこと」がセリフとして出てくる(後述)という嬉しい出来になっていた。
原作の主人公・青柳誠一(劇中では「誠二」)は、実は四十代のしょぼくれた中年男で、妻も、最期まで夫を愛したまま病いでこの世を去ったのではなく、“子供を連れて逃げてった”らしい。
さすがにそこを忠実にやれるほどスミレコードはゆるくなかったようだ。
本人も、何のとりえもない事なかれ主義の男ではなく、柔道空手書道合わせて十段、というイケメン。
原作通りなら滝藤賢一が演りそうな主人公だが(こら)、ヅカ版をテレビドラマか映画にリメイクするなら、坂口憲二などが演りそうだ(坂口さんのご病気が治癒しますことを心よりお祈りいたします)
そんな頼りがいのありそうな主人公なので、彼が崖っぷちからスタートする、という危機感は冒頭シーンからは感じられなかったので、エンディングでも「こんな人間でも諦めなければこんな大きなことができるんだ!」といったカタルシスはなかったのだが、その代わりに、タカラヅカならではの甘々しい建前(口が悪いですよ!ておどるさん)が、人生に疲れたおばさんのカッサカサに乾いた心にじんわりと沁みてきたのであった。
たいして打ちひしがれてなさそうな青柳は、どちらかというとマンガ『いいひと。』の北野優二のイメージである(あくまで、テレビドラマではなく原作漫画の方の)
主人公だけでなく、登場人物たちはそれぞれに「思い通りにいかない現実」を抱えているのだが、全体的にどの人のその現実もあまりきつく感じなかったのは、やはりタカラヅカという空気感のせいなのかもしれない。
いや、それでも過去に「現代モノ」があって、今のぼくたちと同じような悩みの中でもがいている登場人物たちを描いてきた作品はあった。
たいてい正塚先生とか、正塚先生とかの()作品であった。
それに比べると、なんか今回の登場人物たちは、みんな「のほほん」としてるように見える。
ずばり言っちゃって、それが今の月組、のほほんとした生徒代表と言えるたまきち(珠城りょう)の個性のせいなのではないかと思う(カケルところのダーイシの作劇)
いやもちろんたまきちだって、今の地位に上り詰めるまでは、悔しい思いもしたであろう、人知れず泣いた日々もなくはなかったであろう。いや知らないけど。←
だけど、いや、だからこそ、そういうのを感じさせない明るい個性の若いトップがいる今の月組の存在は、とても貴重だと思う。
時に、どの組も同じような感じになってしまうことがある昨今のタカラヅカなので、今の月組の個性は本当に良いなあと思う。
頼れる大輪の花・ちゃぴ(愛希れいか)がいなくなったらどうなるのかという不安はあるが、(おそらく次のトップ娘役に完全内定)くらげちゃん(海乃美月)がしっかりしているので(なんか既視感というか、今回のミヤ様(美弥るりか)とくらげちゃんのカップル芝居は、かつてのノンちゃん(久世星佳)と優子ちゃん(風花舞)を彷彿とさせた。ほっこり優しい大人の関係。それぞれの雰囲気は全然違うのにね)大丈夫であろう。
ちゃぴについては、本編よりもむしろショーでその存在感、頼りがいをひしひしと感じて逆に寂しい気持ちになってしまった(今からめそめそすんな)
本編でも、原作ではたぶんそんな関係にならないであろう青柳と美波(読んでないから分からんが)に、「今夜は月がきれいですね」(ここでも「月」をかけていて、タカラヅカって本当にこういうところ、ズルいですね。でも好き←)のセリフを当てたりして、イヤになるくらい(イヤになるなよ!)のキザさにノックアウトされましたよおばさんは。
ミヤ様演じる高野悠は、設定が熊川哲也で()キャラ造形はYOSHIKIみたいな感じでした。
登場人物中一番てっぺんを極めた人間。だけどその人生も、下り坂に差し掛かっているという苦しみを抱えている。世界に認められた舞台人という設定なので、前述した「観客が舞台人に言ってほしいセリフ」を言う。
「スポンサーのために踊るんじゃない、お客のために踊るんだ」「舞台は観客の拍手があって初めて完成する。観客も仲間、カンパニーなんだ」「不完全なものを見せるぐらいならやらないほうがましだ」
こういうことをジェンヌに言われちゃったら、お客はキュンキュンせざるを得んでしょうが!(なぜ怒る?)
ほんとに、そういう気持ちで作品を作ってくださいよね、先生方(あれ?生徒には言わないのね?)
そりゃねえ、建前だってのは分かってんですよ。生徒にだっていろんな子がいることぐらい察してるんですよ。でも、夢を見させてくださいよ。夢を見に行ってるんだからこっちは(それ以上やさぐれないで!)
ダーイシらしく、さらっと「このご時世、何かあったらSNSでたたかれて一巻の終わりですし」とかいうセリフも出てきましたし、夢の花園タカラヅカだってSNSの攻撃から無傷でないことも痛いほど実感されていることだろうと思いますが!()
ここではそういうこと言いっこなしにしましょうや(誰だよアンタ)
いつ見てもイケメン(←贔屓100%)のれいこ(月城かなと)は人気パフォーマンスグループのナンバーワン水上那由多という、ガンちゃん(岩田剛典)みたいな()青年の役。
見た目よりまじめな青年という役どころも、劇中劇(バレエですが)の王子衣装もお似合いで、ファン冥利につきました。
だが、なぜタカラヅカでのああいう(エグ・・・いやバーバリアンでしたすんません)グループの楽曲は実在するものとかなりセンスがかけ離れてるんだろう?永遠の謎だ(_ _;)
(早乙女)わかばちゃん演じる社長令嬢でバレエ団のプリマという有明紗良は、明らかにモデルがいそうな(ゴホゴホ)・・・まあ、あの方も実際お父さんがどうこうなんて関係ないほど素晴らしい実力でプリマの地位に駆け上がった方ですからね。
紗良は劇中の『白鳥の湖』で引退するという設定でしたが、わかばちゃんも今回の公演がサヨナラ。ここらへんのダブルミーニングは宝塚のお手の物。紗良が那由多を励ますシーンも、きゅんとくるものがありました。退団はちょっともったいない感じがしますねえ。
そしてもう一人、バーバリアンのリーダー(つまりHIROさん?←違うわ!)阿久津仁を演じたとしさん(宇月颯)も今回がサヨナラ公演。高野とはまた違った意味で芸能人としてのプライドをしっかりと持った渋い男。としさんにぴったりの素敵な役でした。
ううう、寂しい。
あと大きな役でいうと、バレエ団の若手ダンサー蒼太君を演じたアリちゃん(暁千星)。元気な男の子、という“まんま”役どころはともかく、バレエの実力で目を惹きました。まあとにかくめっちゃ可愛い。これからどんな男役に育っていくのか、楽しみでしょうがないですよねえ奥様(誰なんだオマエpart2)
とまあ、本編はほっこりじんわりとした良作でした。
覚悟してたほどしょーもないオヤジギャグもなかったし(余計な事書くな)
ショー・テント・タカラヅカ『BADDY−悪党(ヤツ)は月からやって来る−』
月組は、かつてマミ(真琴つばさ)トップ時代に『LUNA』『BLUE・MOON・BLUE』という、「どこまで“月”にこだわるねん!」という作品を上演したことがあるが、今回も月にかわって・・・じゃなかった、月にこだわった作品がお目見えしました。
作・演出は、泣かせるメロドラマの名手・上田久美子先生。ショーの演出はお初ということで、どんなものを作るのか期待と興味でいっぱいでの観劇とあいなりました。
(おなじみの行空けシリーズ)
アンタって、天才?!(◎_◎;)めっちゃ誉め言葉
うぬー、すごいですウエクミちゃん。オギー(荻田浩一)以来の鬼才ですな。
ショーというか、名作『ノバ・ボサ・ノバ』を彷彿とさせる、世界観がしっかりと構築されたストーリーショーで、もー全編たのしたのし(≧∇≦)
サイコーだわあ、ウエクミちゃん。
そして、ダーイシもびっくりの攻めた()内容。
「清く、正しく、美しい」世界なんてくだらねえ!壊しちまえ!みたいな開き直りには思いきり脱帽しました。
数年前から、映像作品は無論のこと、舞台作品でも喫煙シーンが排除されるという異常な(とあえて書きます)最近の世の中。
実はぼくは生まれてこの方ずっと非喫煙者で、態度には出しませんが嫌煙家でもあります。
だけど、今日のこのショーにはめっちゃスッキリしました。
一種、偽善の塊のようなこの劇団(こ、こ、こ、こ、こらあっ!!/大汗)がこういうことを率先してやっちゃうてのが面白い。
路線の生徒に着ぐるみかぶらせるダサさがすごい(誉めてるんです!)
ミヤ様はゲイが似合いすぎて(ただし女装は普通に「美女」になってしまい、妖しさはむしろ男でいるときの方が出てる)恐ろしい(ほ、ほめてるんです!/汗)
ミヤ様で『ドリアングレイの肖像』を再演してくれないだろうか。
れいこが三枚目、路線らしくて楽しい(何やってもれいこに甘いな・・・)
こっちでも元気いっぱいのアリちゃん。体はデカいが(ゲホゴホ)少年らしさ満点。
としさんのキザさが愛しい。としさんの貴重な置き土産を、月組の男役たちが受け継いでくれることを心から望みます。
そして、トップコンビの大階段のデュエットダンスが、「対決しながら」というものすごさ。
攻めてます(2回目)ウエクミちゃん。
長身の娘役であるちゃぴを軽々と振り回す(リフトと言って!)たまきち。拍手喝采です。
娘役を軽々とリフトする男役って、やっぱ惚れるわ。これからもブンブン娘役を振り回してね、たまきち(一体何を期待してるんだ?)
あー面白かった。正直「タカラヅカって、こんなんで良いの?」って感じだけど、そういうところが月組らしいような気がして(振り返れば、スミレコードをはみ出すのが月組の伝統って気がしてきた。大地真央さんあたりから・・・いや、榛名由梨さんあたりから。てか、その前のタカラヅカをぼくは知らん)
次回作はドル箱『エリザベート』
これはさすがに「ノーブル」「退廃」「耽美」でいかなきゃならん。はっちゃけ月組は今回の公演で出し切って、美麗にちゃぴを見送ろう。
ううう、なんか今から寂しくなってきた(涙)←気が早いなあもう
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