DiaryINDEX|過去の日記
昨日、親友が無事に退院しました。本当に良かったです。親友がいなくなったら、どれほど寂しくなるかと考えると怖くなりました。私はこう見えて、なかなかの人見知りで、2人で飲んで間が持つと言う友達は少ないです。その少ない友達の1人なのでいなくなってしまったら、私はとてもとても寂しくなってしまいます。お盆休みには一緒に飲みたいと思います。それまでダイエット頑張ろうと思います。
体重が99.8キロになりました。久しぶりに100キロを切ったので嬉しいです。この勢いでもう少し頑張ります。大森道場に19歳の青年が入門しました。とても頑張って稽古しています。誰よりも大きな声で返事をし、誰よりも大きな声で気合を入れて、誰よりも大きな声で号令をかけています。その青年が稽古に来ると皆も負けられないと感化されて大きな声を出すようになるので、とても雰囲気のを良い稽古が出来ます。でも本当はそれは黒帯や先輩達がやらなければいけない事です。そしてその雰囲気を作るように指導出来なかった私にも責任はあります。皆が成長して来て、そこそこ上手くなり、私も大人扱いして子供の頃のように口煩い事を言わなくなってしまった事にも原因があると反省しています。そして1番はそのような責任感や義務感や自覚をを持って稽古するようになるまで成長していないのに昇段や昇級をさせてしまった私に責任があると反省しています。その青年が稽古している姿を見て、私が極真空手を始めた頃の生徒達はみんなこんな感じだったなととても懐かしく嬉しい気持になりました。昔の自分を見ているような気持になりました。これからは弱い強い上手い下手ではなく一生懸命に大きな声を出して稽古が出来る、大きな声で返事や挨拶が出来る、しっかりと黒帯の責任と義務を果たす自覚を持った人を黒帯にしたいと思います。それに気づかせてくれた、その青年には本当に感謝しています。私も一生懸命に指導ます。
体重が100kgぴったりになりました。お酒をやめて36日で5kg落としたので、なかなか頑張ったと思います。そしてほぼほぼ筋肉は落ちていないはずです。その証拠にトレーニングの記録も伸びています。まだまだ死ぬつもりなんて1ミリもありませんが、いつ死んでも悔いがないと思うぐらいに、毎日を頑張りたいと思っています。その気持ちで健康に長生きしたいと思っています。1人で長生きするのは絶対に嫌なので、妻にもトレーニングをさせて、私の飲んでいるサプリメントを忘れないように飲ませています。長生きして妻より少し早く死ぬのが私の目標です。
今日は8時に起きて身支度を済ませ、朝ご飯を食べて、家を出て大森道場へ向かいました。途中で次男の通う中学校の野球部が遠征に行くところに出くわし、私が手を振ると野球部の子供達が全員大きな声を出して挨拶してくれました。次男も私に手を振り、何人かの子は「マッシーのパパだー!」と手を振ってくれました。先生にも「お世話になってます!」と挨拶して通り過ぎました。そして大森道場に着き、柔軟体操で身体をほぐし、今日の個人レッスンで指導をする型を稽古しました。10時30分から1時間、廣田さんに最破と五十四歩を指導しました。ほぼ休みなしで稽古をしました。廣田さんは頑張って型を覚え上手になっていました。その後、ジムに移動しトレーニングをし、鷲神社に参拝し、榊󠄀を買いに行き、道場の神棚の榊󠄀、塩、米、酒、水を替えて道場の発展を祈願し今までの活動のお礼を言いました。その後、妻のトレーニングを1時間個人レッスンしました。帰宅したあとゆっくりと入浴して、夕食を取りました。次男の通う中学校の野球部は残念ながら試合に負けてしまったそうです。長男は今日もアルバイトでした。週4で1日5時間働いているので、良く頑張っているなと思います。夕食は家族全員揃って食べるのが習慣だったので、長男がいないのは少し寂しいです。まあ大人になって来たのだから仕方がないなと思います。長男はたぶん親離れも早いと思います。妻とはいろいろ話しているようですが、私には野球の事以外ではあまり話さなくなってしまいました。私も一昨年から野球を先になったので、本当に良かったと思います。
右膝には常に傷みと違和感があるのですが、久しぶりにそれが酷くなってしまいました。少し頑張り過ぎてしまいました。30代40代の自分だったら、やり過ぎどころか、甘いぐらいだけど53歳の私にはやり過ぎだったようです。この経験をしっかりと見つめて自分のトレーニングメニューを作って行きたいと思います。
昨日に脳の手術をした親友から、手術が無事成功し集中治療室を出て一般病棟に移ったと本日の昼前に連絡が来ました。その連絡が来るまでは、なんか気が気じゃなかったので、私の気持もやっと落ち着きました。昨日の13時に手術が始まったので、それから今日連絡が来るまで、無事終わっていてくれとずっと心の中で思っていました。親友の手術が無事に終わった事に感謝しています。また一緒に飲める日が待ち遠しいです。親友はなかなか波乱万丈な人生を生きているので、命が助かったのが何度目かだと思います。だからこそこれからは助けられた人生を健康に生きて少しでも長生き出来るように頑張って欲しいと思います。親友が私より先に亡くなられては、寂しくて仕方がありません。僕達、地元の仲間が繋がって来れたのも、その親友がいたからだと思っています。だからまだまだ長生きして欲しいと思います。
今日は新しい生徒が2人入門してくれました。新しい出会いに感謝しています。空手をやりたいと思い私の道場を選んでくれた事にも感謝しています。本当に感謝、感謝です。責任を持って一生懸命に指導したいと思います。
故郷が恋しくなるぐらい私も歳を取ってしまいました。この前、福島に帰郷した時にそれを思いました。年を取れば取るほど、故郷が恋しくて東京に帰るのが辛くなって来ています。東京に家族や生徒達がいると思うから頑張って帰って来れている感じです。でも子供達が成人するまでは絶対に福島に帰ることは出来ませんし、1人でも生徒がいる以上は道場を閉めるわけにも行きません。自分が好きでやり始めたのだから、責任を持って最後まで続けなければいけないと思っています。あとは自分が何処をゴールに決めるか?です。もうそんな事を考えなくてはいけない歳になったのだと思います。
今日と言う1日が終わりました。1日を終えて、今日も1日頑張ったと胸を張って言えると今、そう思っています。頑張った日は、ご飯がとても美味しく、お風呂に入った時にとても気持が良く、お風呂から上がると疲れがどーっと出て、その疲れも頑張った証拠なので、心地が良いものです。私なんか、自分の好きな事をやらせてもらっているだけで、そんなに大した事も出来ていないと思っています。だからこそ、最低でも一生懸命に頑張らなければ好きな事をやらせて頂いてお金をもらっている価値もないと思っています。そんな気持ちで毎日を頑張っています。少しでも人に役に立てていれば嬉しい事です。明日で6月の三分の一が終わってしまいます。うかうかしてはいられません。明日もまた今日と同じく当り前のように頑張ろうと思います。
私は強くなりたいと思って東京に出て来ました。気が付けば、もう33年も経ってしまいました。福島で過ごした時間より東京にいる時間の方がだいぶ長くなってしまいました。この前、福島に帰った時に母に「福島に帰ってくる気持ちはないのか?」と聞かれました。昔なら二つ返事で「福島には帰らない」と答えていたと思いますが、この前は少し考えてしまいました。少し考えたと言う事は、少々なりとも、その選択肢も自分の中に出来たと言う事なのかもしれません。やはり私も歳を取ったのでしょう。
kanno
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