武ニュースDiary

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| 2003年02月20日(木) |
「プラダ」イメージキャラクターの仕事 |
�犖�出された�瓮轡蝓璽此福�)として、 1998年のプラダ春・夏キャンペーンの仕事があります。 デザイナー、ミウッチャ・プラダがカーウァイの映画の金城武を気に入って、 起用につながったと言われています。 これは具体的な仕事に即、展開するものではありませんが、 武にとっては大きなステータス、イメージ形成に多大な影響を与えたでしょう。 「金城武個人網站」に、この仕事に関しての記事が載っていましたが、 このサイトは消滅してしまったようなので、ちょっと紹介しても……いいかと。
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優雅でシンプル、国際的で都会的センスのブランド、プラダは、 ずっと西洋人モデルをキャラクターとしてきた。 なぜ今年、わざわざアジア人をイメージ広告に起用したのか? 名デザイナー、ミウッチャ・プラダは、 注目を引くためでも、金城武の東洋的イメージを狙ったわけでもないと言う。 「プラダのイメージは国際性を持っており、国境を越えるものです。 重要だったのは、金城武には一種の非常に今日的な気質が備わっていて、 しかも品の良さが感じられること。 プラダのブランド精神にぴったり合っていたからです」
金城武のマネージャーであるヤウ・イーチュンは、 プラダはかなり以前から映画や資料を通して金城武を気に入っていたが、 直接連絡はなかった。 去年(1997)の9月になって初めて接触があり、すぐ話が成立したと語る。 「プラダは、心の内面の情緒まで表現できる『俳優』を使いたいと思っていたんです。 金城武が美形のアジア人顔だからというわけではなくて」
慎重を期するため、10月の準備段階で、カメラマンがわざわざアジアの地にやってきた。 金城武と会い、じかに彼を観察して、 どのような仕上がりにするか、よく検討するため、写真を撮って帰った。 武がローマに着くやいなや、カメラマン、ライティング、ヘアメイク、スタイリングの 国境を越えたプロのチームが直ちに集合、撮影にとりかかった。 そして7日間ぶっつづけの撮影の後、ようやく完成を見たのである。 「撮影の全プロセスは非常に印象深かった。 スタッフは大変なプロで完全な美を追求していました」 ヤウ・イーチュンはそう語る。
彼らはある閉鎖された工場を撮影場所に選んだ。 そして、廃棄され、湿気を含んで寒く、暗い感じを出すために すべての窓を黒幕でおおった。床に霧を吹き、 スモークをたいてぼんやりとした雰囲気を作り出した。
「今私たちが見る、どの広告も、すべて、100枚以上試し取りをして構図を決めていた」 とヤウは次のように説明する。 金城武が1つのポーズをとり、それを10数枚から20枚、まず撮ってみる。 現像ができると全員が集まり、構図や色調や光の具合、印象等々について意見をたたかわす。 絶えず修正を加え、どの要素もOKとなると、いよいよ本番だ。 1日に1、2シーンの撮影が1週間続いた。 そうしてついに、国際版ファッション誌で見られる、 あの8ページのイメージ広告が完成したのである。
現在日本で映画撮影中の金城武本人は、事務所を通してこう述べた。 「プラダのイメージキャラクターを務めたことは、ぼくにとっては大変面白い仕事だった。 俳優は生まれ持ったものだけでは演じられない。 絶えず様々な生活をしてみて経験を積み、 違う監督と仕事をして、そこから吸収することが必要だ」 「ぼくは必ずしもとんとん拍子に成功しなくたって構わないし、 特別大きなことを考えているわけでもない。仕事の過程が面白ければそれでいい。 人々が一緒になって1つの作品を作り上げるのは、実に達成感がある」

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