武ニュースDiary

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| 2004年01月11日(日) |
デビュー前夜の金城武�� |
金城武の歌手デビュー――つまり、芸能界への本格的デビューの直前に 台湾の雑誌に載った「金城武は1つの例にすぎない」と題する記事があります。 誌名は不詳なのですが、 人気が出た後から書かれたものではない、ということが貴重なので、 ご紹介してみます。1992年の前半でしょう。 多分3回で。
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ここでは、金城武はほんの1つの例である。 身長178センチ、体重65キロ、1973年生まれ、19歳にもならず、 十分な若さと十分な長身の外形はこの芸能界でやっていくことができる。 彼は3年前「奇異果香檳汽水」のCMで見出され、 その後、何本かCMを撮っている。 CDを出すのは、綿密に計画された彼の芸能人生の 正式なスタートというににすぎない。
その外形、美貌から、彼がいわゆるアイドル歌手として 位置づけられるのは避けられない。 金城武の所属事務所は、彼を世間一般の流行歌手にはしたくないと考えて、 良いスタートが切れるようにと、 陳昇(ボビー・チェン)と仲間の黄連��が所属する「新楽団」に声をかけ、 この少年の初めてのアルバムのプロデューサーになってくれるよう頼んだ。
アルバムの録音中、陳昇は私に、 金城武のプロデューサーを引き受けた主な理由は、 この少年に、彼の心を揺さぶるような特質を 多く見出したからだと語った。
金城武は非常に聡明で、敏感でもあり、彼自身、 いわゆるアイドルにはなりたいと思っていなかったし、 流れ星のように瞬間だけきらめいて消えたくもなかった。 彼は典型的な今の台湾少年で、言いたいことをいっぱい持ち、 意見も自分なりの考え方もたくさんあった。 ただ、表現の仕方を知らないだけだった。
その年頃のこと、そのような青春に覚える感動は、 陳昇自身、かつて経験したことだったが、すでに記憶から去り始めていた。 だから、陳昇はこの少年が、心の内を語り、 この時代の若者の発想を伝えるのを手助けしてやり、 そのことで、彼を、自身が経験した 往時の記憶を補うものとしたいと思ったのである。 (続く)
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