武ニュースDiary


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2010年02月24日(水) GQ取材記��

コメディ

「金城武は相当面白い人ですね」
日本映画「死神の精度」の監督、筧昌也は、
70年代以降の人間に特有のクールなユーモアをただよわせて言った。
「ちょっとでもおかしみのある場面になると、それをもっと面白くしようとするんです。
お笑いの才能がありますね。
ぼくら70年代以降の世代と、笑いのツボがそっくりです」

「撮影現場では、金城君は即興的なコメディのアイディアが豊富で、
最後の生きるか死ぬかの闘いにまで笑いの要素を入れようとしてました」
「K-20 怪人二十面相・伝」の佐藤嗣麻子監督も語っている。

金城武が話すのを聞いていると、確かにコメディ映画を見る快感がある。
生のショーのような生き生きとした活気があって、
体験が悲惨であるほど、面白さあふれる話は語れるようだ。
彼の言葉によれば、1991年に出演した初めてのテレビドラマ「草地状元」は、
「思い出すとおかしくなる」し、「全く何もわかっていませんでした」。

台北から3時間バスに乗り、南部の撮影地まで行ってみると、
その日、自分の出番のないことがわかる。
そのときの現場は、「出番があれば出る、なければ明日まで待つ」という風だった。
帰りのバスはもうなく、夜は小さな食堂でで20〜30元で腹を満たし、
四方が鏡のホテルの部屋で眠ったが、1人は「とても怖かった」。

「あのころは面白かったですよ。3時間以上かかるバスの中で眠りました」
「出番のない出演者たちと一緒に、馬場や、農地を見に行ったり。
南部を旅行に来たみたいでした。
「最初にしゃべった台詞は『そんなことないよ』だったんですけど、
何度も何度もNGになるので、監督は台本をたたきつけて、
不真面目だ、と怒るんです。
そんなことない、不真面目なんかじゃないですよ。
ね、ドラマの外でも中でも『そんなことない』なので、
うまく説明できなくて、わかってもらえないんですよ」

Lico(方莉) 自分では、コメディ要素の多い映画の方が向いていると思います?


金城武 わかりません。もし演じるのが好きなのはどちらかと聞かれれば、
コメディの方が自分も楽しめると思います。
初めてコメディの撮影をしたとき、リハーサルのときから、みんな笑いっぱなしだったから。
でも、現場で笑っちゃうのは危険もあります。
できてみたら必ずしもおかしくない可能性がある。
それはおかしな場面で自分たちが面白さに浸ってしまうからです。
だから監督の腕と、それにタイミング次第になんです。
コメディは非常に難しいと思います。

Lico  その難しさは何と比べて?

金城武 ほかのジャンルの映画と比べて、難しい。
人を泣かせるのは比較すればやさしい(難しいけれども)けど、
笑わせることは難しいです。
それにその笑いというものが、簡単に言えば、多分台湾と香港では
ユーモアがそれぞれちょっと違うんです。香港と中国もそうでしょう。
北京となるとまた違いますよね。北京の漫才は違うし、笑うところもまた違います。
だから、コメディは難しいと思うんです。
撮影のとき、とてもおかしいと感じたものは、観客も笑う。
ところが別の都市に持っていくと、だあれも笑わない。
だからとても難しいと思う。
それに、その難しさは精神的なプレッシャーじゃなくて、
アイデア面でののプレッシャーなんです。

Lico アイデア面とは?

金城武 心理映画の感情の話なら、そのプレッシャーというのは、
監督が「アクション!」と言ったら、すぐ泣かなくちゃいけない、
どんな風に泣いたらいいだろう――
それが心理的な映画のときに感じるプレッシャーのあり方です。
喜劇のときのプレッシャーは、「こんなふうにやって、一体おかしいだろうか?」
ということから来るものです。
そして映画は、写る大きさや角度がいろいろ変わる。
本来すごくおかしいものが、こちらから撮ったことで、そのユーモアが出なかったりする。
だから、実はすごく難しいと思うんですよ。

Lico 今まで出演したコメディ映画の中で、一番難しかったもの、
あるいは一番印象に残っているのはどれですか?


金城武 実際、全部印象に残っているけど、
一番は、最初に台湾で出演し始めた朱延平の映画ですね。
あの頃の印象はものすごく強い。多分あの頃はたくさんコメディに出ていて、
監督がとてもユーモア感覚があったので、
撮影のたびに現場ではみんな笑いっぱなしでしたよ。
そして監督が「とてもいいよ」と言うんです。
撮影は実はいろいろきちんと決まってなくて、
いろんなことを試してみるというふうだったと思います。

あの頃はスケジュールが一杯で、コメディ映画にたくさん出て、
後になると、どちらかというと、こう考えてしまうようになりました
――「どうやったらもっと面白くなるだろうか?」と。
気持のあり方が違ってしまっている。
初めの頃はどちらかというと――多分、気軽で自由だったんでしょう。
どうせ、お笑いスターなのだからと、ずっと笑っていましたよ。
監督もとてもおかしくて、人を噴き出させてたし。
あの頃は要するにおかしかった――おかしくないこともあったけど、
でも、面白かったですね。  (続く)


やっと半分超えたかな。
後から、ちょこちょこ間違いを直しています。



 BBS   ネタバレDiary   22:50


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