坐骨神経痛&腰痛(BeBe)
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2003年09月15日(月) |
すぐに忘れる、タイトル付け・・・・・ |
一日中寝ていた。寝ていたと言っても、本当に寝ていたわけではなく何もしてなくて、ごろごろとしていただけに過ぎない。 脚の痺れの強さや痛みの箇所、その他の症状があまりにも初期の頃に似ていた。 座っているときと、横になって寝ているときが一番つらい。
脚の痺れが強いからと言って、行動を制限する気持ちはなくて動こうとしている。気持ちの中で『神経症』になっているから、脚の痺れに症状が出ていると言う。ストレスや自律神経のことに思いを持つたびに、最近は長男のことを考えることが多い。子供はどこかで毎日を必死で生きていることだろう。大学を退学して違う生き方をすることに決心をするまでに、誰かと話をして決めたのだと思う。 その過程で私が役に立たなかったことに対して、やはり残念という気持ちで一杯になる。長男にとって一番よい方法だったのだろうか、こうなってしまっても未成年の長男を親元から引き裂いた、その相談相手と協力者には憎しみがある。 私の人生観からは、『親とも相談の上で』というフレーズが常識になっている。
ごろごろしている時にTVをみていたら、『座骨』に関する番組が始まった。正しい位置に座骨がないと、いろいろな症状につながるということを説明していた。 座骨の位置が正しくないと、背骨の位置が悪くなり併せて関連する筋力が正しい動きをしないなるというものだった。腰痛の原因を説明する番組ではなかったことで最後までみていた。それはそれで正しいと感じた。 ただ、矯正のためにする極わずかの運動が、自分にはできそうになかった。 TMS理論でも何にもせずに治るものではなくて、自分の努力が必要になる。このところ、何に対しても取り組む気力が出てこないから同じように感じた。
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