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中国旅行の思い出 | 2003年11月24日(月) |
その昔、中国を旅した時のことです。 貧乏だった私は、外国人向けではなく、地元民向けの格安ツアーで少林寺見学に行きました。無論ガイドもなにもなく、周りは全員人民の皆様でした。 何がなんだかわからないけれど、とりあえず着いた先が少林寺なのだからと特に不安もなく、山道を走り続けるバスに揺られて、やがて目的地に到着しました。 ウキウキと高揚しながらその地に降り立ち、方向がわからないまま、少し離れた場所にたち並ぶ露店を見つけ、おそらくその向こうなのだろうと見当をつけました。 観光客目当ての物売りたちの、威勢の良い声が飛びかう露店を抜けたその先に細い登り道を見つけると、その上にあの少林寺があるのだと、私の胸は高鳴りました。はやる心を抑えつつ、小道を昇っていくと、お寺が見えてきました。 ところが、世界にその名が轟く少林寺にしては、あまりにも地味で質素で、まるで小学校の頃に写生に出かけた近所のどこにでもある寺に似た佇まいに、すっかり拍子抜けしました。参詣客や観光客も殆どなく、うち捨てられた廃寺のようで、おまけに人民服の爺様がはげちょろけの山門をペンキで塗っているのを見た時には、私の期待感はすっかり消え失せていました。 いかに有名とはいえ、案外実物はこんなものなのだろう、観光地というより実際は寺なのだから、日本風に言えばわびとかさびとかそんな感じ? などと自分を納得させようとしましたが、この旅行のメーンイベントの一つとも言える少林寺訪問だっただけに、失望感はぬぐえませんでした。 決められた見学時間も終わり、失意と共にバスに戻ると、運転手さんが朗らかな笑顔で話しかけてきました。中国語はさっぱりわかりませんでしたが、人民の方々とは、身振り手振りと漢字の筆記でどうにかコミュニケーションが取れますので、なんとなく帰り時間になるまでの、残り短い間を運転手さんとお話しすることにしました。 すると運転手さんは、嬉しそうに身振り手振りをするのです、拳法の型のようでした。そうですね、少林寺と言えば拳法発祥の地、私も見てみたかったなあ、というかそれが見られると思って一日つぶし、バスに揺られてここまで来たのに、拳法の訓練どころか坊主の一人も見あたらず、今はもう、わびしげな寺しかないなんてがっかりです。とは説明できないので、ただ寂しく首を横に振るだけでした。 そんな私に運転手さんは怪訝そうな顔をして首をひねります。「どうしだの? どうしたの?」と訊いているようでしたが、何のことだかわからないまま、私も首をひねるばかりです。 すると運転手さんは再び手を振り回し、拳法の型のようなものをやってみせたあと、指先を前後に小刻みに動かしながら左右に振り、どうやら「たくさん」ということを伝えているようでした。何がたくさんなのかと思っていると、運転手さんはもう一度拳法の型と「たくさんたくさん」の身振りを繰りかえしつつ、山の上を指さしました。 そこは、私が行った寺とはまったく反対の方角でした。そう言えば、先刻行った寺に、この少林寺見学ツアーのバスを満員にしていた人民の皆さんの姿はまったくなかったような気がするなと思いながら、笑顔の運転手さんが指さす方をぼんやりと見ていると、たくさんの少林寺僧たちが一斉に修行している様子を堪能してきたらしい人民の皆さんがわいわいと楽しげにバスに戻ってきたのでした。 いい思い出です。 |
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