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2001年09月22日(土) 「戦争反対」はしません

さて、題目の通りです。

理由は、戦争一般に反対なのか、「アメリカの戦争」には反対なのか、
それとも個別、「今回のアメリカの戦争」に反対なのか、
はっきりしないからです。

確かに、一般的命題としての「戦争反対」には誰も文句をつけられません。
ただ、そうなると、「侵略に対する自衛のための戦争」も、
或いは「植民地支配からの独立戦争」も、
全ての戦争が否定される事になってしまいます。
でも、少なくも私は、侵略されてもすぐ降参するとか、
抵抗せずに大人しく殺されるとか言う主義には賛同致しかねます。
だから戦争一般を否定しません。

また、仮に戦争には上記のようにやむをえざる戦争もあるとして、
しかし「アメリカの戦争」には、彼らの自称するような「正義」なんか全くなく、
従ってそれには反対、という立場はあり得ます。
アメリカが正義だなんて到底思えませんよね。
しかし戦後50年近い間、世界は米ソ二極構造に支配されていました。
だから「アメリカの戦争」に反対することは結局、「ソ連の戦争」を認めることにしか
なりませんでした。
私は、まっぴらご免です、ソ連の支配なんか。
そもそも、反戦なんか唱えようものなら収容所送りだったでしょう。
二元論的世界構造とは所詮、「第三の道」の選択を許させないものでした。
と言うわけで、私は「アメリカの戦争」一般を否定し得ないのです。

では最後に、「今回の」アメリカの戦争にいかなる態度を取ればよいか。

これは、はっきり言ってよくわかりません。
キリスト教対イスラム教の宗教戦争なら、
非キリスト教国である日本がアメリカに加担しなければならない謂れは
何もありませんので、明確に「反対」です。
ただ、日本の「利害」と言う観点から見れば、
もしこれが不利益にしかならないなら、戦争には「反対」です。
でも今現在、浅学非才にして、まだ判断がつかない状態です。

結局、戦争には正義も不正義もありません。
あるのは自己生存本能だけです。

そういうものです。


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