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ラヂオスターの悲劇
トマーシ
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2003年10月30日(木)
Sensitive in D intimate in G

 二人は双子みたいなピアニストで、一方はビックバンド付き、もう一方はサラリとしたオニオンサラダで有名なレストランのハウスピアニストに納まっていた。
どちらも素敵な中指を持っている。たいがい二人はダンサーズという狭いショットバーで隣り合って飲んでいる。というのもビックバンドの時代は遠く過去に過ぎ去ってしまい、in Gの務めているレストランも二部構成のナイターを週二日こなせばそれで良かった。
 お高いご身分なのではない。in Gの他の日はタクシーの運転手だった。素敵な中指も白いお仕着せに隠される。in Dの方はバンドのマネージメントに忙殺されている始末。それでも全部で10人いる団員の食い扶持を維持するのは並々ならぬ努力が必要だった。
 その昔には、その素敵な中指でナイトクラブに集まるワイルドな貴婦人たちを魅了した二人。チグリスとユーフラテスみたいに二人はもてはやされたものだった。
 かさついた前日の新聞を開いて浮かない顔して溜め息をつく。インティメート インDの贔屓の野球チームは10年連続の負け越しが決定していた。
 In Gが ある曲の旋律を鼻で洩らす。それは二人の尊敬するバド・パウエルの「パリジャン・スルーフェア」二人はこの曲で勝負をしたこともあった。勿論、他にワンサといるピアニストを打ち負かして、それは何十年も昔のカッティング・コンテストでのこと。ギラギラとしたトランペットを持った聖ガブリエルが二人の勝負の行方を握っていた。ひとたびSensitive in Dが席について、16コーラスのソロを取る。ブレークしてガブリエルが跡を引き取る隙にIntimate in Gに交代、また16コーラスのソロが始まるのだった。勝負がつかず朝を迎えることがしばしばだったが、そのまま次の町に仕事に行くこともまたしばしばだった。景気が良かったのだ。
「ジャズに理解がないって、みんな言う。でも違うね。結局、ジャズが理解が無かったんだよ。」
intimate in Gは時々そんなことを言う。
「そうさ。おまえにはジャズしかないからな。」
と、Sensiteive in D
「バカ言うな。俺は車の運転、出来るぜ。」
「俺もソロバンの計算ならクタクタだ。」
「潮時なんていつかくるだろう?」
「今がそうかもよ、相棒。」
「じゃぁ やめるんだな、キッパリと。」
「だって、In G 辞めてどうするよ? おまえだって黙ってタクシー廻していてもしょうがあるまい?」
「そのうちまたいい目をみることもあるよ。」
「うん?ああ。あの子みたいにな」
「そう。あの子みたいに。」