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ラヂオスターの悲劇
トマーシ
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2004年02月10日(火)
悪夢たち

 うら明るい、湿り気のない、朝から耳を澄ましていたけれど、昼過ぎにはとても易しい日になった。近くの喫茶店で新聞を読んだり、歯医者にいったり、ついウトウトしてしまったり、図書館でSFマガジンの最新号を読んでみたり、全く春の蕾みたいにそれは易しい。
 それでいつものごとく近くの路地を迷っていたときに、沢山の悪夢たちが列を作って並んでいるのを見たときにはひどく驚いてしまった。
 それは清潔な日の光に霞むこともなくて、むしろ堂々と昨夜の悪夢の代価を請求しに来てるみたいだった。ある悪夢は二十代後半のスラリとした美人でコンパクトを覗き込んで目をパチクリさせている。と、思えばさらに若い二人組みの少年はピンク色の風船ガムを膨らませては破裂させている。もちろん取り立てて見かけに特徴のない他の悪夢たちも。
 その行列は途切れることもなくずっと大通りの方まで続いていた。その顔ぶれに僕は顔見知りがいたので声を掛ける。それは小さな悪魔で、おかげで僕は半年近く眠れない夜を過ごさねばならなかった。恋に関する悪魔で、こればかりはどうしようもないと誰もが匙を投げた。それがいつものごとくツンと鼻を高く澄まして携帯をいじくっていたりしている。
 声を掛けるとハッとした表情をみせて、しかしすぐにそれを固く強張らせる。僕にはつい先日のことのように思ったが、それは随分昔のことだったのだ。
「これは何の行列なの?」
そう訊くと
「大口の注文なの。強い分裂症の気配がある人みたいで。」
と、答える。
「取りあえずみんな見てみたいっていうから・・・わたし、気に入ってもらえるかしら?」
 
 悪夢の事情は全体的に言えば供給過多のデフレ状態だった。彼らの居場所は実は昔に比べると狭められている。僕を苦しめた悪夢は長い行列に厭気をさしてか、幾分打ち解けた気持ちでそんな話をはじめる。この前は色情狂の悪夢とヒステリーの悪夢と同じ夢に入れられて、目と耳を空けていられなかったとか、自分など及びもつかないひどい欲望にされた仕打ち、
「とてもここではいえないわ・・・」
と、しょげ返る。
「ここもすごい倍率じゃないか?」
 僕は幾分空恐ろしい気持ちで行列を眺める。何が恐ろしいって、彼らは僕の友達の家の前に並んでいた。彼は編プロ付きのコンピュータープログラミングの仕事に携わっている。眠れないことや、眠ることに関する一種の権威だ。睡眠薬を手放すことが出来ず、いつも青い顔をして、訪ねてみるといつも寝ていた。
「いま、わたし住むところがないの。」
 悪夢は悪夢らしからぬ凛とした声でそういう。
「だから是非気に入ってもらわなきゃいけないの。誰だって・・・」
ふっと空気が途切れたみたいに俯く。
「住むところは必要よね?」
僕は嫌な気配を察する。悪夢は病んだ気持ちにばかり巣食うわけじゃない。気持ちそのものに入ってくるのだ。だから気持ちを見せたら御終いだ。僕は出来るだけ最悪な思い出ばかりを思い出してやっとのことでこう言った。
「ここは僕の友達のところなんだ・・・」
「そう」
目を合わそうとしない。
「今、彼に君の事を推薦してくるよ。」
「うん」
「わるいふうにはなんないよ」
「うん」
一歩一歩あとずさる僕。
「待ってて。」
僕にはコクリと何か諦めたみたいに頷くのが見えた。

 僕はその長い行列の先に追いつこうと走り始める。一刻の猶予もならない。追いつかなければいけないし、追いつかれてもいけない。だが僕は彼の部屋を見て呆然とした。それはギュウギュウに捩れて凡人の近づくことすら許さないのだ。そこに一人づつ悪夢が入っていく。その捩れは彼らより危険なもののように見える。そこへお喋りしながら二人連れ、三人連れで、入っていく・・・脇で汗をかいて彼らを眺める僕を不審そうにパチクリしながら。

 僕は踵を返した。次にすることはたぶん悪夢を一つ増やすこと。でも不思議と腰は萎えないのだった。きっと抱き締めてしまうかもしれない。