2005年06月19日(日) |
弱音を吐いても時間は進む |
もう疲れた。
金なんてやっと暮らせるほどあればいい、もっと楽しく生きられればな。 また、月曜日が始まる。 先の見えない日、いや先は見えてる。
自分がこの社会に、あと他人に、なんの役に立つのかいっさい分からない。
自分の価値は雑草なのに、コンクリートを割って生える雑草みたいに強くなくて、毎日水をもらっていい土がないと育たないような人間だ。
「機会の平等」は、社会発展のためには役に立つけど、能力のない人間には生きる意味を奪ってしまう。 昔のように農家の子は農家、商店の子は商店を継ぐだったら、そこまで競争原理は働かないから、自分にとっては生きやすそうだ。
|