DiaryINDEX|過去の日記|未来の日記
2015年03月11日(水) 東日本大震災から4年

東日本大震災から4年経ちました。私も妻も福島出身です。地震の時、妻と長男は妻の実家にいました。私の両親も妻の実家にいて、母が長男を抱っこしていたそうです。地震が来た時、妻はこの世の終わりが来たのだと思ったそうです。地面が波打っているように見えたと言います。妻の実家は運良く井戸水なので水もあり、電気も止まりませんでした。福島市は電気も水道も止まり大変だったそうです。福島の寒さは半端じゃありません。それが大変だったとみんな言います。でも本当に大変な事が起きたのは次の日の12日でした。原子力発電所が爆発しました。その日の夜に私の母の兄である叔父が避難経路とガソリンと泊まる場所を手配してくれました。私の両親と母の姉である叔母と、私の妻と長男は新潟の方から長野をぬけ山梨の叔父の所に避難しました。本当にいろんな方々に助けて頂きました。私が妻と長男を山梨に迎えに行き、東京に戻り、菅野家の生活がスタートしました。当時の事を考えると、自分は本当に子供だった、一家の長としての自覚にかけていたと思います。福島では東日本大震災の影響はまだまだ終わっていません。ただ悲観的な事ばかりではありません。私のまわりにいる福島のみんなは、しっかり強く前に進んで生きているように感じます。私も彼らに負けないようしっかり頑張りたいと思います。


kanno

My追加