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東日本大震災、それは私にとって自分の甘さやいたらなさを痛感させられた出来事でした。私の妻と生まれたばかりの長男はその時、福島の実家に居たので東日本大震災を直撃で体験しました。数日後には原子力発電所が事故を起こしました。私の叔父の力添えで私の両親の車に乗り、私の妻と長男は山梨県の甲府市に避難しました。東北自動車道や国道4号線が使えない為、新潟の方からぐるっと周り避難したそうです。妻は福島を離れる時、もう二度と自分の両親や家族に会えないと思ったそうです。なぜ自分の両親や家族をおいて避難したのか?それは生まれたばかりの長男を自分が守らなくてはならないと思ったからだそうです。私の妻はその時にしっかり母親だったのです。それにひきかえ私は東京で何も出来ずにいました。父親として不十分な人間でした。今でも何故、原子力発電所が事故を起した瞬間に家族を守る行動をおこさなかったのか?後悔しています。家族は苦楽を共にしなくてはダメです。特に父親はです。母親は子供が生まれた時には母親です。父親は家族と一緒に苦労をして父親になって行きます。私はそう思います。
kanno
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