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前橋さんの告別式に参列しました。今日も道場生、ご父兄様が参列してくれました。前橋さんは棺の中で極真空手の道着を着ていました。それは前橋さんが手術を終えた時に、私がいつか前橋さんと一緒に稽古出来る事を願って、前橋さんに贈ったものでした。そして私が前橋さんの余命を、前橋さんから聴き、前橋さんといろんな話をした時に昇段を決め渡した、私の初段の黒帯を前橋さんは締めていました。前橋さんは旦那様に「この帯は大切な物だから必ず菅野先生に返して下さい」とお願いしていたそうです。その話を聴き、私は前橋さんの旦那様に「彼女が身につけた物は残された人達にとって今後とても大切な物になります。だから是非、最後に私の帯を締めて旅立って欲しい」と話しました。出棺の時に私は前橋さんに帯を締めようと、最後の十字を切りました。いろんな思い出があふれるようによみがえってきます。思い出があふれるたびに、涙もあふれて来ます。どのぐらいの時間かは分かりませんが、私はあふれる涙を止めることが出来ずに立ち尽くしていました。前橋さんに黒帯を締めながら、またいろんな思い出があふれて行きます。私は帯を締め終わり、前橋さんの道着に触れ、別れの挨拶をしました。私の隣にいた長男も涙を流していました。私は前橋さんの帯を締めに行く時、長男に「一緒に前橋先輩のとこに行こう。先生が最後に前橋先輩に黒帯を締めるのを見ていてくれ」と言い私の隣でそれを見ていてもらいました。長男に空手家が生涯の修行を全うした生き様を覚えていて欲しいと思いそうしました。前橋さんは本当に素晴らしい空手家でした。旦那様が最後の挨拶でも言っていました。前橋さんは癌になり苦しい事も辛い事もたくさんあったと思います。でも前橋さんは苦しいとか、辛いとか、一切口にせず、いつも前向きに一生懸命、病気と闘って来ました。そして私が言った言葉をいつも口にしていたそうです。生涯の修行を空手の道に通じ極真の道を全うすると言っていたそうです。私はその旦那様の話を聴きながら、自分が言った言葉と自分が指導した事の責任の重さを噛み締め、前橋さんが愛した極真空手と東京城南京浜支部に私の命を捧げる事と必ず未来に繋げる事を誓いました。そして私自身、前橋さんに恥ずかしくない人生をおくらなくてはならない責任と義務を強く感じました。全ての葬儀を終えて私は家族と大森道場に行き、道場の清掃を約4時間しました。そのあと神前に黙祷をして約3時間稽古をしました。前橋さんが愛した極真空手を必ず先に進めて見せます。前橋さんが愛した道場を必ず発展させて見せます。そして私自身凄い先生になって見せます。
kanno
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