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2016年06月08日(水) 自分が死んだら?

歳を重ねるごとに、自分が死んだら?それを考える時間が増えてきました。死はたぶん正確には誰も知り得ないものなので、それを考えると恐怖や不安や寂しさを感じます。死に対する考えはいろいろあるのだと思います。輪廻や天国など死後の事はいろいろな考えがあります。私個人の考えはその人がその考えを信じ、死に対する恐怖や不安や寂しさを克服できる事が幸せなのだと思います。それを踏まえ、誰の考えを否定する訳でもなく、あくまで私個人の考えを書きたいと思います。私はこの世の中は偶然とは思えないほど全てが上手く出来ていると思います。そう考えた時に人知では計り知れない大きなものを感じざるを得ません。この宇宙を原子のレベルで言えばこの世にある物はずっとあり続けるようです。増えもせず減りもせずあり続けるようです。ただ常に形を変えているので、その形で永遠に居続ける事は出来ません。そう考えると私の身体は私が生まれるはるか前から違う形ではあったという事ですし、この先も無くなりはしないという事なのでしょう。私はそれを信じます。また脳科学では人間は自分の意識でそれを決断する0・5秒前には脳はもうそれを決断しているそうです。自分が決断したと思っている事も、実は何か大きなものに動かされているのかも知れません。それも私は信じます。そしてこの世の物は全て輪廻転生を繰り返して、いろんなものに生まれ変わり続けていると言います。それも私は信じます。ですが、やはり私と言う人間は、今の私が菅野秀行だと思っている、私と言う人間は後にも先にも、私しかいないのかなと思います。この一回限りの人生が、私が私と思う菅野秀行の人生だと思っています。だからこそ私はこの人生で、この命を燃やし尽くしたいと思っています。もちろんできるなら、私も人並みに長く生きたいと思っています。でも私の望みは自分が死ぬ時までに、絶対に悔いが残らないように、自分のこの命を燃やし尽くすような生き方をしたいと思います。そしてしっかり前を見据えて自分の意思でアクセルを踏んで人生を突っ切って行きたいと思います。そんなに遠くない将来、いつか私は死にます。その時には私は私と思う事はなく、私の記憶も何もなくなるのだと思います。その時に私と言う価値観は、私に接して下さった方々の記憶の中や、また私が残したものの中にあるのだと思います。自分が本当に素晴らしいと思う事の為に、自分が心から愛する人やものの為に、この命を燃やし尽くしたいと思います。


kanno

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