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私は東京城南川崎支部に9年所属していました。極真会館と支部長協議会派(現新極真会)の分裂までの2年間と極真会館と極真館の分裂までの7年間の9年間でした。やはり最初の2年間が1番楽しかったです。私も1生徒として道場に通っていたので、自分の稽古に没頭出来ましたし、凄い先輩方に囲まれて稽古をしていました。私は蒲田道場所属でしたので蒲田道場所属の先輩方や蒲田道場を指導する先輩方や蒲田道場が東京城南川崎支部の本部道場だったので帯研や朝練が行われているので、廣重師範を始め、師範代や分支部長の先輩方や指導員の先輩方など、ほぼほぼ黒帯の先輩方とは接する機会がありました。私が良く稽古させて頂いた先輩は川原先輩、佐伯先輩、木浪先輩、阪田先輩、小井先輩、数見先輩、高久先輩、塚本先輩、鈴木先輩、錦城先輩、志田さん、矢島さん、佐々木さん、井上さん、後輩では進藤さん、馬埼、久保と良く稽古させて頂きました。川原先輩には肋骨を三本折られました。佐伯先輩の上段回し蹴り、上段前蹴り、後ろ蹴りは全然見えなくて道場を逃げ回る事しか出来ませんでした。小井先輩には右の上段回し蹴りのカウンターで意識を飛ばされました。木浪先輩には怖くて思い切り向かって行く事が出来ませんでした。とんでもない道場に来てしまったと思いました。本当に天才の集まりでした。地方大会のチャンピオンクラスが移籍して来ても、みんな自信を失って居なくなってしまうほどでした。ですが私が何故この道場で長く空手を続ける事が出来たかと言えば、それは稽古中は先輩方は怖くても、稽古が終われば友達や優しい兄貴のように後輩に接してくれたからです。くだらないイジメやシゴキはいっさいない道場でした。それでも先輩方が偉大でカッコ良かったので、先輩をなめる後輩なんて1人もいませんでした。皆が伸び伸びと稽古していて、いい具合にピリッと緊張がある本当に素晴らしい道場でした。やはりそれは廣重師範が素晴らしい指導者だったからだと思います。廣重毅師範に出会えた事は私の人生で本当に本当に本当に幸運な事でした。今の自分がいるのは廣重師範のおかげだと思っています。
kanno
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