umityanの日記
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2004年07月25日(日) もう僕にはない夏休み。

もう僕にはない夏休み。
at 2004 07/25 09:51 編集

海の日がおわり、学校は夏休みに突入した。少子化のなかで、子ども達は何をして、夏休みを消化するるのだろうか?。とんと、見えない。恐らくは、塾通い、補習、インターネット、ゲーム、時たまの外出等で、せわしく過ごしていることだろう?。父親のわずかな休暇を利用した、盆等の里帰りに同行することもあるだろう。昔ながらに変わらぬ風景といいたいが、実態はかなり変化しているように見える。

僕の場合は、夏休みのほとんどが、外での遊びだった。家にいても、何もする事がなかったからだ。草野球、海水浴、ちゃんばら、缶けり、野山の散策。肝試し等、日々が遊びの連続。合間に、ちょっくらと、嫌な勉強。なんとか、乗り切れてきた。
まず、変わったのは、遊びの種類かもしれない。

時代の変化と共に、いろいろと変わっていくことは仕方がない。
ただ、ゲームセンターやパソコンを使って高度なゲームに興じるのは、僕にいわせれば遊びの範疇に入らない。むしろ、勉強の連続みたいで、かえって、ストレスがたまる。本人は気ずいていないかもしれないが。

やはり、野や山を駆けてこそ、ストレスのない遊びといえる。都会のコンクリートジャングルにあっては、まず、土がない。思いっきり遊べる野山がない。コンクリートには温かみがないが、土や森には、それがたっぷりあるのだ。
ここが一番大きな問題だろう。

最近、都会の喧騒を離れて、田舎に移り住む家族や人が増えているという。空気も旨いが、なによりも、土や森があるのだ。きれいな小川もある。土をちょっと、ほじると、色んな生物がごそごそとうごめいている。新しい発見と同時に、小さな虫達の生命力に驚かざるを得ない。知らず、生命の尊さを学ぶわけだ。これこそ、本当の生きた勉強ということになる。

生きた勉強を教えるのは、学校の先生のみならず、親の努めである。そつなく、子どもを育てたつもりが、子どもは頭でっかちの遊びを知らない子ども達。親も遊びを知らず、子ども時代をすごしたのだろう。その反動かどうか分からないが、中高年の皆様は、今はヨン様に夢中。結構なことである。

自分のことを棚にあげて、批判的なことを書くことをよしとしない。ただ、僕が一番言いたいことは、「子ども達よ大いに遊びなはれ」ということである。もう、二度と同じ日々は戻ってこないのだから・・・・。
かくて、よき社会の牽引者となるのは、この遊びを充分に満喫してきた人であるような気がする。

遊ぼうにも、すでに、僕には夏休みがないが。悲しいぜ・・・・・・・。


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