umityanの日記
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| 2005年04月14日(木) |
団塊の世代人の第二の人生は?。 |
今日もつつがなく過ぎた。これにまさるご馳走はないだろう。天気は快晴。朝は、やや肌寒かったが、午後は夏の兆し。桜はあっけなく、葉桜となりにけり。花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき。僕は花より団子だが、じっと手を見てため息をつく。まさにそんな今日この頃。
娑婆世界では、入学式、卒業式も終わり、企業も歓送迎会をほぼ終えたようだ。涙と笑いが渦巻いた。毎年繰り広げられる光景だ。こんな日本的風情が好きである。
そんな世界とは裏腹に、我が世界ではこれと言った変化も無い。毎日淡々と身の回りのことをこなしている。ふと、手を休めて、昔は自分も、ああだったんだと思うと感慨深くなる。ただ、後悔はない。
おっと、ブルーハートにひたっている暇は無かった。最近、頻繁にボス(仕事の先輩)が我が家を訪れる。今日もその日である。ボスが来訪するには理由がある。こまめな仕事を手作業でするのが億劫になり、僕と一緒に仕事を完成したいという気持になっているからである。いずれ、自ら抱えるクライアントを僕に譲りたいと思っているようだ。僕として仕事の引継ぎみたいで、願ったりかなったりだ。
ただ、今のところ知恵だけは二人で考えるが、作業はボスにやってもらっている。何となれば、それがボスの老化やボケを遅らし、生きる張りを続行させる源であると思うからだ。手書きの字はうまいし、経験も豊富である。まだまだくたばっちゃなりませんぜ。
この頃、とみに思う。企業勤めの団塊世代の人たちが、あと数年で定年を迎えるようだ。巷にあふれる団塊世代人は、第二の人生をどうやって過ごすのだろうか?。何となく気がかりである。「もう仕事はごめん」と放棄して、旅行やバカンスに身を費やすには、年金もない。綾小路君麻呂さんの言葉ではないが、「退職金だって、分け前は女房や子供が決める」。これじゃああーーーやってられませんぜ。かと言って、何か、つぶしのきく仕事を探そうにも、融通の利かない頭では、それも難しい。一体どうすべっか?。
僕もいずれその仲間入りをすることになる。ただ幸いなことに、ボスや僕は超零細個人事業主。健康を保ち、贅沢しなければ、なんとかお飯が食えていくだろう。定年だって、自らのやる気で、延長するわけだ。団塊世代人も、一旦企業を離れれば、一個人事業主となる。「やったるでーー」という気持で、頑張って欲しいものだ。ボスももう、四分の三世紀を生きている。まだまだだ。五分の四世紀までは仕事をしなくちゃーーー。俺達に定年はないぜーと、今、発破をかけているところである。
運が悪けりゃ、ボスより僕が先におだぶつするかもしれない。人生は塞翁が馬。諸行無常。何はともあれ、女房に熟年離婚を迫られる前に、素直に謝る気持を持ち、やる気をもって第二の人生を歩むのが懸命だ。
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