umityanの日記
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雨乞いを止めた途端に雨が降った。自然は何と意地悪をするのだろう。それでも救いの雨だ。ほんのお湿り程度だったが、水に飢えていた早苗や植物達が、ひと時の安らぎを得た。きっと、自然に感謝しているだろう。もちろん、この僕も。
日常生活の中においても、色々と、ちぐはぐな事というか、思いがけない事というか、すれ違いと言うか、不思議なことが起きる。最近、こんな事があった。スーパーでスイカを買って帰ったら、その日の夕方に、もっとでかいスイカを頂いた。最初から予知できていれば、スイカを買わなくてすんだ。これは、よくあることだ。
以前、何かの本で読んだことがある。「自分が欲している時は人も欲している 」と。自分が今、欲しいものは人も欲しいわけだ。スイカが食べたいと思ったら、人も食べたいと思っている。喜ばれるプレゼントとは、そういうものかもしれない。従って、プレゼントの中身が重なることはよくある。
プレゼントで思い出した。そろそろ、お中元の時期だ。いつも、何をあげようかと迷うことが多い。意を決して、「これに決めた」と、差し上げると、めぐりめぐって、自分が上げたやつが、また自分の所へ戻ってくる。不思議なことだ。コーヒーを上げれば、又コーヒーが戻ってくるし、油を上げればまた、油が戻ってくる。メロンならメロンが。ビールならビールが。あげればきりが無い。まあ、お中元等で差し上げるものは、ある程度、限定されるから、商品がダブルことは仕方がないと言えば仕方がないか?。いずれにしても、思いやりが循環して円滑な輪が出来たことの証明になる。日本的特徴の一つである。
男女間のプレゼントと言えば、やはり、自分が一番大切にしているものを相手に上げたいものだ。古い話だが、女性ならその黒髪を、男性なら、黒髪に刺す櫛を・・・・・。うんんん、江戸時代ならそういうのもいいだろう。
とか何とか言いながら、僕は現代版で、それを実行している。よく、知り合いの女性に言っている。「君の長い黒髪はとても美しい。髪を切ることがあったら僕にくれないか?。君の髪で、鬘をこしらえ、風前の灯火となった、僕の頭にかぶせよう」と。反応はいまいちだ。従って、いまだに、黒髪を手にしていない。それでも、僕はまだ期待してる。思いがけないことはきっとある。必ずや、黒髪が手に入ると。恐らく、その頃は、僕は全つるりんの、スキンヘッドになっているかもしれないが・・・・・。
本題からずれてしまったので、ここいらで、この書面を閉じよう。
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