umityanの日記
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| 2005年11月06日(日) |
静かに降る秋雨もいいものだ。 |
静かに降る雨もいいものだ。まさに今日はそんな日。秋雨かあーーー。僕の汚れた心も、この雨と共に、洗い流されたらいい。合掌・・・・。
11月はじめの日曜日。恐らく行楽地は子供連れの家族達で、賑わっていることだろう。悲しいかな、僕はそんな日曜日も仕事だ。嬉しくて涙がチョチョぎれるぜー。個人事業主は365日が仕事だ。
クライアントやその親戚と会って、いろんな話をした。後は食事を誘われて、焼酎に舌鼓をうった。すっかり酩酊と言いたいところだが、さすがに昼間の酒は自重しないと、「のんべー」というレッテルを貼られてしまう。理性をとどめているうちに退散した次第である。
思うに、皆、健康だ。老いも若きも、屈託の無い笑顔で、杯をかわす。これは人生を懸命に生きていると言う証である。そそういう証に触れると、ついつい嬉しくなる。僕も負けてはいられない。今日の食事会はまさにそうであった。
話は変わるが、昨晩、ある作家の対談をラジオで聞いていた。面白いことを言っていた。昨今、地球温暖化、温暖化と叫ばれているが、温暖化という表現は正しくないと言う。むしろ、いま、地球は当たり前の姿に戻りつつあるというのだ。昔は、もっともっと寒かった。そのことがむしろ異常で、今が正常化へ向かっている途中だそうな?。
「へえーーー、そうかなーーー?」と訝しく思ったが、表面の現象に惑わされることなく、物事の本質を見極めることが大事であると警鐘を鳴らしていた。
確かにそうかもしれない。宇宙と言う絶対神によって生かされている我々。我々は色んな神を想像したが、やはり本質・根本は一つだろう。絶対神は一つである。そのことを認識した時、我々の生き方も、もっと違ったものになり、世の中だってもっと平和になるはずだ。今の世の中、絶対神が多すぎるのでは?。物事の本質を追求したところの中にしか、真実は見えないのかもしれない。
酩酊寸前にある頭で、ふと、そんなことを考えた。おっと、山の神が買い物に僕を召請している。ちょっくら出かけるか。酔いもさめたことだし。
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