パンドラの袋 - 2003年09月07日(日) 片づけが進み、綺麗になっていく部屋の中で、 手のつけられていない袋が一個あった。 僕はその中に何が入っているのかだいたい知っている。 でも、今まで手をつけることができなかった。 それには親が最後の入院のときに病室にあった荷物がはいっていた。 僕は上から順番に荷物を出していく。 コップ・らくのみ・めがね・財布・電卓・ペン・便箋・封筒・領収書etc・・・ 便箋や領収書の一枚一枚に目を通す。 コンビニで買ったお弁当の領収書が毎日あることがわかる。 入院費の領収書や給料明細を一通り確認してからゴミ箱に捨てる。 小さな手帳を見つけた。 僕は親がその手帳にたまにメモっていたことを知っていたけども、 今まで見る機会がなかった。というより、見ようとはしなかった。 はじめて見た手帳には思ったほど多くのことは書かれていなかった。 でも、「淋しい」とか「ありがとう」という文字を読み取ることは出来る。 そうだ。親の字はこんなんだったなぁと胸が苦しくなる。 その手帳を見ていて、ちょっと思ったことがある。 僕が未だにこうやって考え続けているのは、親が最後に何も言葉を残さなかったからだと思う。 親は昏睡状態のまま逝ってしまった。 最後の2、3日は会話ができなかった。 いわゆる遺言と呼ばれるものはなにもなかった。 元気なときに話をしていた、半分冗談みたいな話に僕はすがるしかない。 小さな骨壷にしたのも、富士山に行ったのも、僕が親の意思だと思って行動しているだけで、 本当のところは誰もわからない。 こんなことなら、もっと話をしておくんだったと思う。 といいながら、そのときは話しづらかったんだよね。 逝く前に、何か一言でもあれば、僕はあまり悩む必要もなかったのかなぁと思った。 まぁ、単に僕が楽かどうかって話なわけだけど・・・。 僕は、本当はど〜でもいいようなことを掘り返して、 勝手に1人であ〜だこ〜だ悩んでいるんだと思う。 時々、自分がとても不器用な人間だと思うことがある もっと上手に言えば、争いは起こらないし、 物事はもっと丸く収まると思うんだけど、どうしてもそれができない。 別に何かポリシーがあるわけじゃないけど、 なんか納得がいかないと、譲らなかったりしてしまって、 それがどの時、どの場面で表れるかわからないからやっかいだ。 親の手帳に、 親の都合につき合わせてしまってごめんなさい。 と書かれていた。 黒髪にして、イライラすることが増えてしまった。 ダメじゃん・・・ ...
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