留学先での独り言

2009年11月23日(月) いわゆる文系、理系の話

日本では予算の仕分け作業やらで物議を醸していると聞く。
研究の大切さを知るべきだ、という話の一方で研究者は
政治家、官僚ら文系にその大切さを説明する義務がある
のに欠けている、という記事を見た。

自分のことを少し書くと、(あまりそう呼ばれるのは好きでない
のだが)日本なら典型的な理系に分類されると思う。高校では
物理、化学を選択し、日本の大学、大学院では化学を専攻し、
さらにアメリカの大学、大学院ではスポーツ医学と生理学、
細胞生物学を専攻してる。確かに面白いと思ってやってきた。

一方で小さい頃からエレクトーンを習い、今でもたまにピアノ
を弾き、普通の文学的な本も好んで読んだ。部活も小学校から
高校、大学、社会人までやってきた。よくはわからないけど、
絵だってバレエやミュージカルを見るのも大好きだ。日本で
働いていたときは営業だったし、今でも別にいわゆる文系の
学部、例えば経済経営や商学部にいても普通にやっていけ
たと思う。ましてや語学だったらもっと楽しんでたかも知れない。

別に自分が万能だとか言うつもりはない。むしろどれも中途半端
だなぁと思う。ここで自分が言いたいのは一般の人(残念ながら
圧倒的に文系の人が多いのだが)が言う理系な道、職業を自分
で選んだだけである、ということだ。

日本の状況で実に残念なのが、僕が感じるにいわゆる文系の
人は多くが高校時代に理系科目に挫折し、文系に進まざるを
得なかったのではないか、ということ。極論に走る人たちの話
を聞いていると、理系科目を理解出来る人は(自分の理解を
超えるから)思考回路が違い、(わからない自分らが普通だと言い
たいがために)変人だと決めつけているにしか聞こえてこない。
確かに内向的な、口下手な研究者もいるが、一方で例えば
文才やプレゼンに優れた人もたくさんいる。ところが僕が知らない
だけかもしれないが、サイエンスに興味を持つ政治家や経営者
をほとんど聞いたことがない。

問題は幅広い教養の欠如であると思う。受験者を集めるべく
迎合するあまり受験科目を減らし、学生は必要最低限の
科目だけ勉強すれば大学に合格出来るようになった。ゆとり
やら行き過ぎた個性の尊重やらのせいで、社会に出たときに
役立つ教養を得る場を(自分も含めて)失った。それで片方
しか得意でない人々の間に理解しあえず亀裂が出来た。
それが現状じゃないかな。

文系、理系と人を分別する風潮そのものが、日本の教育の
衰退を如実に物語っている気がします。まぁいろいろ批判を
受けそうですが、あえて今日は固い話を書きました。最後
までお付き合いいただきありがとうございました。


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