カウントシープ
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ボクには子供は持てない。 それは同性愛者なので、どうしようもないことだし、自分で選んだ道だから、そのこと自体は受け止めているつもりで、多分子供がいない分、犬や猫を飼っているのだ。
だけれど、一方では、同性愛という言い訳でもって、子供を作る道を自ら閉じてしまっているともいえる。ボクは、自分と両親との間の問題を、「子供を育てる」中で、再現して向き合っていくことを避けているのだ。
誰もが、自分が育てられたことをベースに子供を育てるだろう。子供を見ながら、自分がかつて体験してきたことを思い出し、それに習ったり、また反面教師として、そうならないようにしたりする。けれど、どうしても、意識しないところで同じことをしてしまったりするのだ。
例えば怒り方がそうで、ついつい自分が怒られてきた口調と同じ口調で、子供を責めてしまう。あとで自分の中に、かつて自分が嫌だった親の影を見て落ち込んだりするものだが、そうすることで親の気持ちを推し量り、親の苦労が理解できたりもする。 子供を育てることは自分を育てることだとは言ったもので、子供を生み育てることでもって、人間として必要な心の成長は補完されていくのではないか、と考えたりする。
何時までも子供でいるわけにはいかないし、もう随分前から大人になっているのだけれど、どこかいつも不完全に感じるのは、それが人間だからだと思いながら、子を持たぬ者として、多少の負い目があるのだ。
ロビン
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