今日もよくダレてます
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気持ちと言葉と

2009年10月18日(日)
ストレートに言えばいいって問題じゃない。
誰かにそう意見されて、ああ、そうだなって思った。

浮気された妻の話。

お墓まで持って行ってほしいなんて意見もあった。

その中で非常に感銘を受けた言葉。




嘘をつくと、その嘘を守るためにたくさんの嘘をつかなくちゃいけなくなる。
たった一つの嘘が、さらにまた沢山の嘘を生み出す。
そして、そのうちにボロが出て最初の嘘がばれる。みたいな感じでしょうか?

でも、深くないですか?
嘘がそのうち、自分の思惑と違って違う感情を持つ生き物に変化していって、
自分のもとに帰ってくるんですよ。大きくなってね。

だけど、あながちそれも、おきうることなんですよね。


テキストに保存していてよかった。
荒れたスレッドは壊滅、消えてしまった。
でもステキな知り合いができたことでよしとする。




うそは苦手だ。
つけばバレると思ってるので自分ではつけない。
見抜けるウソを責めるのは簡単だけれど
見逃してあげるのはとても難しい。

いろんな人がいろんなウソをついて生きていて
それが有効であったり、誰か犠牲になったり、いろいろだ。

黙認、寛容。

これはすごく難しいけれど、社会的生活の営みでは必要悪なのかもしれない。

でもやっぱりつくのはもちろんのこと、つかれるのも大嫌いだし
どうせつくなら、とことん騙して信じきれるぐらいのほうがいいのではないだろうか。それとも頭を単純にしてなんでもホイホイ飲み込める素直さがいいのだろうか。会社で傍を見ていても見苦しいものもあれば、そりやあしょうがないよ、立場もあるしと共感するものもある。

気持ちと言葉は一体でない。

が、一生懸命気持ちを話せばむくわれることもあるのだと今日思った。
そして許容する心も広くありたいと思った。

やはり、私はウソをつくのも、つかれるのも、大嫌いであることは確か。


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