「にこにこばかりもしてられない。」
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去年暮れから1月初めまでのケータイ料金が出た。
げ。なにこの通話料。 家族でしか話すことがないからと、オプションの他社割引をはずしていたのがまずかった。 兄のドコモケータイとの通話が7000円を超えている。 他社通話ふだん300円以内なのに。
だからといって、 「もう電話しない〜」というわけにはいかない。
おにいちゃんは実家にぽつんとひとりきりだ。 毎日用事があってもなくてもたくさん話をしたい。 そのために電話があるんだもの。
子どもたちのケータイをひとつ奪って送るか、とも考えたけれど 一番取り上げられそうなマルたんが涙目になってきた。
マルたんが大事に持ってるケータイは 実は先月まで母が使っていたものだ。 大事に持ち歩いていてくれてこれで毎日電話していた。 電池パックに不具合が起きて、 わたしがこちらで修理をしてる間に母は亡くなった。 うん。このケータイは、手元に置いておきたいよわたしも。ね。
とりあえずソフトバンクショップに行ってみる。
まずは料金の確認。 このオプションは外せる? この料金単価の違いはなに? ここからまだ節約できる料金形態ある?
ひととおり、料金節約に納得できたので、 節約分で新しいケータイを1台契約した。
おにいちゃんの誕生日の入った電話番号にしてもらって、 24時間通話無料の電話ができた。 ソフトバンク同士の会話とメールだけなら、月々の支払いは1500円以内だ。
妹「おにいちゃん、ケータイ、1台送ったからね。 それで電話しよう。 ドコモは早く解約して。日割りで請求が来るから、その分節約しよう。」 兄「えー、でも、仕事の電話が来るかもしれへんやんけ。」 妹「番号変わったって通知出したらええやん。」 兄「えー、でも、受信しかせえへんからドコモたいしてはらってへんで。」 妹「それでも2000円くらいにはなるはずやん。」 兄「たいしたことないやん。」 妹「・・あのな。わたし、その2000円をおにいちゃんが食べるために使ってほしい。」 兄「2000円やで。」 妹「2000円あったら4日は食べられるで。無駄なものに使わんと、生きるために使ってよ。」 兄「そやけどなー。仕事がなー。」 妹「メインのメールアドレスさえ死んでなかったらええ。」 兄「そやけどなー・・・またかんがえ、」 妹「あかん。早く解約してきて。もったいない。 仕送りでけへんぶん、こんなふうに毎月助けよと思ってしてんから、はよ解約。」 兄「んー・・・んー、そうかなぁ」
イーーーーーーーーっ
兄「で、そのケータイはソフトバンク?」 妹「うん。」 兄「・・・・それって、iphon?(ウキウキウキウキ)」
・・・・・・いや。確かに一瞬考えた。 喜ぶだろうな。iphonだったらと。 だがな兄よ。 妹はそこまでアマくはないのだ。 どちらかというと今は鬼妹なのだ。
2年たって、契約更新時期になって、 おにいちゃんの人生が立ち直ってたら お祝いに買いかえてもいいよね。 それまでは 一番安いサムスンで充分じゃあ!
翌日届いたケータイは 意外にカッコよかったためか大変よろこんで 兄「ちゃんとホームページの問い合わせ番号も変えとくわ〜」と電話がかかってきた。
これでタダ友になったから、ゆっくりしゃべっても大丈夫。
ぬふふふ。 これから ゆっくり お説教できます。(鬼妹)
| 2010年01月30日(土) |
大阪のトップセールス |
査定サイトで見つけた業者に 土地の査定を依頼してみた。
大手6社 地元1社
その日のうちに電話がかかってきたのが ・みずほ ・UFJ ・住友 メールが来たのが ・東急リバブル 3日たっても連絡のないのが 近鉄と地元
査定フォームには、土地の住所しか記入していないのに 大手3社はいずれも地番を調べて 電子登記簿で土地の確認をしてから電話をかけて来た。 土地の名義、�嵜堯�建物の名義、建物の築年数を正しく把握してから 査定のために詳しい話を聞かせてくださいという電話だ。
【みずほのつかみ】 母が亡くなって相続した土地なんですが、というわたしの言葉に 「・・・・そうでしたか。いつごろおなくなりに?たいへんでございましたね。」とお悔やみ。
不動産屋にお悔やみ言われるとは思わなかったので「いい人じゃん。」とか思う。 土地の取引の話だけでなくて名義人の話を軸に親身に話を引き出す営業のおにいさん。
もちろん、どういう曰くの土地か、 売却連絡をした私がどういう関係人か、まともな人間かを確かめているんだろうが 「ご実家ですか。売主さんにとっては大切な土地ですから、 よく調べて査定をはじめさせていただきます。」なんてさらっと出てくるあたり 都会の営業はこなれてるよなー。
う、うまい。 ★★★★☆
【UFJのつかみ】 「ボク実は去年までご近所の銀行の不動産部にいたので、あのあたりの土地はわりとよく知ってるんです。」 土地勘あり宣言です。 登記された合計の�嵜瑤筍殻未�道路、駅徒歩1分てとこから、「まずはざっくりですけど、」と 相場の金額は坪20万〜25万てとこだと思うんですよね「ボクとしては。」
ボク個人としてはよい土地なので相場〜の値段だと思うとつかんでおいて、 「でも、広すぎるんです。」だから業者買い取りが近道です。と、方針を提案。
気さくなしゃべり方で、ポイントを押さえたリードです。
うまいなぁ。 ★★★★☆
【住友のつかみ】 「電子登記取り寄せて調べました!」と元気なおっちゃん。 登記簿上の不明点をいくつか質問した後、わたしの話になる。 名義人と性が違うわたしが何者か、ということだ。 居住人の妹で名義人の娘で相続人で、嫁ぎ先が建築と不動産屋だとなめらかに聞き出して 「いっぺん現地みてきますわ。それで、他社さんとの査定を比べてください。他社さんまだなんもいうてきてません?」 と、さりげなく専属契約の動向を確認です。
あっさりした言い方で必要なことはみんなさらえてゆく要領のよさよ。 うまい。
★★★★☆
不動産業界は波風がきつい。 資格がものを言う業界じゃなくて 度胸とセンスがあって渡ってゆける業界だもの。
都会の不動産業界で食える営業なんていうのは いい加減な奴なんかいやしない。 会社の看板役者のような営業さんたちでした。
のんびりしたいなかの建築会社の営業(それも専務待遇)に語って聞かせたら 「うえー、お悔やみ言うの!あぁ。そう。すごいなぁ。」 「ああ〜、さらーっと業者売りの話も出すんや〜。ちがうなぁ。」
・・・・いや、感心してんと、アンタもそういうキメの細かい営業を。
「そんなんな、大阪の大手不動産屋やで?トップクラスに決まってるやん!営業なんて!」 「会社の教育が行き届いてんねん!ていうかアカン奴はそこへ座らせてもらえへんねん!」
言いまつがいの多い、不思議な言葉のつなぎ方をしてしまうヒゲくん。 あなたの勉強のために、わたし、窓口を替わってあげてもいいのかも。 ものすごく勉強になるよなぁ。
なんていうの? 相手が安心してしまう引き出しをたくさん持った、緩急自在で軽快な心のないフリートーク? 大事よね〜。 がんばってね、ヒゲくん。営業の基本よね。
じゃ、ちょっとPTAに出かけてくるから。 と家を空けている間にまた不動産屋から電話があったらしい。
ヒ「おかえりー、不動産屋からでんわあったでー。」 わ「ありがとう。どこから?」 ヒ「んー、わからん。」 わ「は。」 ヒ「坪単価20万位ってゆうてたで〜。」 わ「・・・どこのだれが。」 ヒ「・・・・んー。わすれたー。」
・・・・・・・・・子どものおるすばんですかっ!
あやうし、ヒゲ建設。
どうしようおかあちゃん。 おにいちゃんはどうやら 怖くて動けなくなってるように思うんだよ。 そうだろうと思う。わたしだって怖いよ。 家を売ろうにも、知らない土地へ移ろうにも、 どこかへ働きに出ようにも、バイトを探すだけのことでも、 おにいちゃんは足がすくんでるんじゃないかと思うんだよ。
動き出すことができないから 動き出さない理由がどんどん増えてくの。
どうしよう。 どうしたらいい。
おかあちゃんの写真に朝のお水をあげながら相談したら 「あんた以外にだれがやんの。はよ動き。」と声がした。 人使いは昔から荒い母です。
兄だから。 男だから。 なんてジェンダーをわたしの逃げ口上にしてる場合じゃない。
おにいちゃんが これからの人生を幸せに生きてくために ワシがやらねば誰がやる。
妹、起動しました。
施設に暮らすおじさんのためにも 相続を済ませて土地の売却をすすめなくては。 と、いく度相談しても 「うーん、まだおちついてからでないと。」 「いやいや、実際相続が全部すんでから。」 などという兄。
土地なんて、簡単に売れるものではないよ。 とていねいに説明してみるが 「わしのすむとこがなくなるやんけ」という。
それは、あなたがどこに住むか決めて自分でするていうてたやんか。 関東へ行こうかとか、土地の処分が終わるまで市内で賃貸借りようとか。 ・・・あてが、ないのか。もしかして。
むむ?むむむ?とゆっくり尋ねた結果をまとめてみると
仕事の収入がない。 ややこしいことひとりでようせん。
ということらしい。
「そんでなぁ、京都の骨董屋に【柿右衛門の壺】売ろうと思ってメールしてんけどなぁ、 あれ、作家の作品ちゃうから、そういう骨董屋には売れへんねん。 どうしようかなぁ。」
「掛け軸もなぁ、いろいろ出して見てんけど、値打ちがわからんねん。 誰に見てもうたらええやろ。掛け軸屋、てあんのか。」
・・・・・・・・。 あ、そう。
ひとときでも、 「お兄ちゃんだって男だもの。大人だもの。いろいろ考えがあるに違いない。任せておこう。それも自立の第一歩よ。」 と思ったわたしが至りませんでした。
バイト探せ。 今すぐ働け。引っ越し代を稼げ。 ハローワークが態度悪いのは知ってる。 ハローワークが嫌ならコンビニの深夜バイト募集の張り紙を探せ。 駅の無料バイト誌もらってこい。
近所に賃貸を探すからここに来い。来て働け。 実家の中のものを勝手に売るな。 不動産の売却はわたしがする。 ドコモケータイも解約しなさい。ソフトバンクケータイを1台送る。以後の連絡はそれでしろ。
わたしから一切金の仕送りはないと思って自活するんだ兄よ。
ていうか あ ん た 兄 で す か っ
うへえ〜ん。(泣)
とはいっても やっぱりおにいちゃんだから、ほうっておけない。 あんなでも。
下は、苦労するぜ。
相続関係の書類が整った。 忌明けになる2月に手続きをしようと思う。
四十九日のお祀りごとはしないことになった。 お坊さんの読経のかわりにわたしが般若心経を読んでおくのでよしとしておくれ、おかあちゃん。
一事が万事、自己流だ。
毎日 朝おはようと声をかけて写真立ての前のお水を換える。 夕飯のときにはわたしのビールをおすそわけ。 切干大根がじょうずにできたら おいしいよ、といってお皿に盛る。 ハルさんのおやつタイムにいっしょのように、おかあちゃんにもあげよ、とおやつを供える 小さなガラスの花瓶を買った。仏花じゃない花を写真のそばにふんわり生ける。 お線香を立てる容器がないのでときどき短いお香を焚く。 ラベンダーやレモングラスやローズやコーヒーの香りで和む。
おかあちゃんの居る生活。
こんなお祀りでは、よくはないんだろうけれど これでいいのだ!とおかあちゃんはニヤニヤ笑っている気がする。
父の実家の親戚筋から電話をもらった。 従姉にあたるおねえさん。40年ぶりです。
父の兄夫婦が、父の実家に住んでいたが 二人揃って老人ホームに暮らしていて あの大きなお屋敷は空き家だそうだ。
実家がなくなるのは、娘にとってつらい。
63になったおねえさんは、3時間がかりで月一度実家の手入れに行くそうだ。
「実家がなくなるのって、つらいですよね。」というと 「そうなのよね。あっても仕方がないとも思うけど。やっぱりね。」となぐさめてくれる。
その父の実家も、そろそろ処分を、という話になってくるようです。
ああ。実家と呼べるところがどこにもなくなっちゃうんだなぁ。 時代ってそういうことなんだものしょうがない。 でも帰る場所がない嫁ってのはちょっとだけ心が折れるよ。
毎日兄に電話をしているが 「今日は古いシンセサイザーを売った。」 「ピアノを売った。」 「CD売った。」 「本売った。」 と、なんやかんやうちの中の処分をはじめてくれている。
と、思ってたんだけど。 「これが、結構金になる〜ぅ」
・・・・・待て。兄よ。 働く気が、失せてないか兄よ。
このまま家を漁って、即金の凄みに溺れてしまったら コイツの老後お先真っ暗やーーー・・・
「待てえぇぇいっ。売ってもいいけどそれは引っ越し代金ですっ」 「仕事で食えんのならハローワークにゆけい!」 「生活保護申請の手立ても考えていいかも、とか、心配してるのになんだそれはっ。」 と、50過ぎのおっさんに小説教しまして、 府民(県民)共済に入らせることと、借家探しを始めることを宣言しました。
実家を処分したお金で 一生遊んで暮らせる〜 なぁんて ユメのようなことを考えてたらどうしようあのバカ
おかあちゃん、ちゃんとこっちにも 宿題いうとかんと。
2009年6月19日(金) 毎日新聞夕刊の切り抜き。 「新幸福論」生き方再発見(インタビュー記事) 編集者 小宮山量平さん
赤線が引いてある。引いたのは母だ。
--- (編)現代も難しい時代です (小)労働体系の崩壊ですね。働くということがどういう意味を持つのか、あらゆる職場で労働者が派遣だニートだと、いつでも首にされ、放り出される。就職したからにはそこで一生懸命に根を育てて人間として職場と一緒に成長しようという健全な体制から放り出されてしまう人たちがいる。 年間に3万にもの自殺者を出し、それと並行して、男、女、共通して結婚に逃げ腰となる。本来ならば子どもという形で次の時代を作りだす希望の芽を自分でへし折ってしまっている。 こういう風な状態で、希望とか幸福とかを考えるのは非常に困難だと思います。
--- (小)93歳になってみますとね、ありがたいことにだんだん世の中の端末のごたごたは見えなくなるけど、動脈のような太い管が健康な状態かどうかは心に響く形で見えてきて、それが健康なら世の中捨てたもんじゃない、いつかはちゃんと良くなるという気がする。
--- (小)むちゃくちゃな労働体系をはね返す思想として今なにが大切か。僕は雇用や社会保障の立派な制度を作り直してくれということではないかと思う。逆に我々の中の出世する思想を根こそぎ取り去る。別の言葉ではニヒリズム。人間が素っ裸になる思想の一番太い動脈はなにかというと、幸徳秋水もそうですが、出発点はアナーキズムだった。今こそ「出世」というものを考えない本当の意味の無政府主義の思想の根源的な姿を見つめる必要があるのではないかと思うんです。
--- (小)絶望はまだ早すぎる。幸福論にしても時間をかけるということです。せっかちにならない。
---
母の手紙はびんせんに3枚。いきなり言いたいことから始まる。
--- ここまでアナーキーにならなくも良いけれど、竹中元長官の言っていることは、借金など重いものは極力整理して (追いつめられない先に)身軽になって、 自分と家族が食べるだけをゆとりを持って働きなさい、ということではないのかな。 貧乏はちっとも怖くないよ。 わたしは芋と切干大根にウマイ菜ばかりで月一度目刺しを食べたくらいだった。 けれど十七歳で一六三、体重は50kgを超えた。食べ物ではない。 といって精子が渡したDNAがすべてとも思えない。 不思議すぎる。素晴らしすぎる。 子どもたちがあんたに宿った時のことを思ってみてもそれは言えるよね。 わたしはどうやら宇宙の生命の循環はこんな風になっているんじゃないかと思うしかないよ。 それに乗ってゆけば良いんだよきっと
あたふた働いて僅かばかりの贅沢をして 腐敗臭漂う国に税金を納めるなんてバカバカしいよ 自分たちのためだけに楽しく働こう。 今日点滴を打ちながらテレビを見ていたら仲代達哉が色紙に 「人に優しく 自分に優しく ニヤニヤ笑って生きてゆきたい」と書いてニヤニヤ笑っていた。 がんばらなくていいんだよ。つつましく暮らしたら充分だ。
私はそれでも両親に守られ甘やかされて人生前半はバカなお嬢様だった。 後悔しても七十年取り返しがつかない。お嬢様に人間としての完成なんかないように思う。 私は後半の人生にかけたけれど、今もややバカだ。
あんたは違うようだけれど、それはまたそれで落とし穴もあることだろう。 人に優しく自分にも優しく ニヤニヤ笑って生きてゆくのがいいかもね クソマジメはいいことない 喘息になるよ
物や金に振り回される時代が終わりに近付いているのは先進国の一部で、 中近東なんかはこれからまだ荒れるかも 私は三菱兵器で学徒工やっててロクに勉強してないから大変だ。 あんたは私よりもっとよく理解できるでしょう 目配りして、かしこく進んでください。
取り越し苦労のお母ちゃんより
---
去年の七月に届いた手紙。 これが宿題。
| 2010年01月15日(金) |
新しいことも見えてくる |
実家を処分するには相続をしなければならない。 相続をするためには母の「生まれた時から亡くなるまでの」ひとつながりになった戸籍が必要だ。
大阪の実家をスタートしてさかのぼる。 従前戸籍のある本籍地の役所に電話をかけて事情を説明して郵便で小為替を送る繰り返し。 大阪→岡山→大阪→長崎→名古屋→東京 で、ゴール。
最初に法務局に相続の相談に行ったら 「行政書士に頼んだらどうですか。」と言われたが めんどくさいだけで、特に難しい作業でもないので 自分でやることにした。
こういう行政への提出書類だの手続きだのに、 ちょっとした法律知識を持った代書屋さんが重宝するんだ、と実感する。 たしかに手続きにいろんな横穴があって最短距離がわかりづらい。
なるほどなぁ。行政書士か。 勉強してみるかな。
ハルの保育園が突然、市の認可保育園になることが決まってしまい、 23年度からは就労届けがないと利用ができないはめになってしまった。
母の就労あるなしにかかわらず、就学前保育・教育の場としての保育園が必要なのに とうとう手近に専業主婦のおかあさんを応援してくれる園がなくなってしまう。 やな感じ。 これについてはちゃんと市と園にまっとうに働きかけちゃうつもりでいるけれども それはそれとして「母からの宿題」の時間がきたようにも思う。
母は個人事業主だった。 廃業届けを出しに行って、「え。こんな紙一枚で開業OKなのか。」と目からうろこだった。
できるなぁ。 こりゃあ、誰でもできるなぁ開業。と納得したのだ。 実際、兄は、母の廃業届を書いたあと、同じテーブルで自分の開業届けを書いていた。 事業の内容には「WEBデザイン」なんて書いていた。
んー。いいのかそれで。 税収の道さえ通ればそれでいいのか税務署的には。なんだかなぁ。
しかし、いろんな道が示されたようにも思う。 行政書士の資格をとって個人事業主になって、保育園に就労届けを出す。 ってビジョンを描いてみました。 できるとこまでやってみよう。
母の友だちからお悔やみの電話をちょうだいした。 弔問担当は長男の兄がわけがわからんというので、妹のわたしが引き受けている。
11月の歌会でおめにかかったときはおかわりなくお元気でしたのに、とおっしゃる。
アララギのみなさんは、歌づくりの幹が「現実を見据える」にあるので、 そういう生き方をされてる方が多い。 ひねらず、抑揚をつけず、素直に受け止めて、 思ったままをごまかさずに表現してこそだ、と心がけておられるわけだ。 (まあ、だからこそ、世の中を斜めに見がちな人ばっかりだともいえるわけですが:笑)
なので、屈託なく 「ありがとう、といって、すーっと眠って、息がなかったそうです。 母らしい見事な最後だと思いました。」 と伝えると 「ほんと!それはほんとに理想の死にかただわ!さすがだわ。」 と返ってきた。
そのあと、母と同じように短歌会の人間関係の愚痴を聞いたり(笑) それを母に言うようになぐさめて励ましてみたり。(笑)
どんなに年が離れていても 通じ合えるひとを遺していってくれたなぁ。おかあちゃん。
小正月が終わった。 寒中見舞いを発送しよう。 郵便局に切手を買いにゆく。 弔事用の切手を125枚買った。
幼児のためのプレイゾーンが充実していて 用事がすんでも帰れなくなってる親子連れが多いこの郵便局は、なにかと親切だ。 大量の切手の上手な貼り方もレクチャーしてくれた。
ハルさんがまったりとプレイゾーンで遊んでいる間に ソファーセットを借りて切手貼り。
弔事用の胡蝶蘭のハガキを買おうとしたら、インクジェット紙がない、というから 無地の私製ハガキを買ったんだけども どうせ白黒印刷ならインクジェット紙でなくても充分なんだよね。きっと。
そんなこと考えながら切手を貼り続けていると 年賀ハガキを束で抱えたおじさんが 「これを、喪中ハガキにかえてほしい。」とやってきた。 言葉少なく途方に暮れた感じのおじさんに 局員さんが、弔事用のハガキはこれですが、ああやって(→わたし)切手を貼る方法もあります。 全部弔事用に換えずに、普通ハガキにしておいたほうが便利かもしれませんよ。 今からだと寒中見舞いになりますよ。こんな文例を参考になさってくださいね。と 細かくレクチャー。
おじさんは500枚の年賀ハガキを書き損じとして 500枚の弔事用ハガキに換えてもらって帰ってゆきました。 あんたもかー。て顔をしてわたしを見るので わたしもですー。てほほえんで見送りました。
ね。おじさん。わかります。呆然としちゃいますよね。 年賀状、用意してあったのに。 でもこういう事務作業を間をおかずにできるのは 痛みが紛れてありがたいですよ。
さて、わたしも残りヒゲくん分の250枚は、胡蝶蘭ハガキ買うことにしようかな。 彼の住所録が、整理できてれば、の話だが。
おにいちゃんは早々とお線香を絶やしてしまったらしい。もう。 だって、出かけるときに火ぃついてたらあぶないやんけ。と言う。 そりゃそうかもしれないけども。
せめて毎日お水だけはあげたいよ。
大事な人を偲ぶのに お仏壇やお位牌もない。 それどころか写真もない。
せめて写真一枚あれば、よりどころになるのに。
せめて写真を一枚ください〜、と兄に頼んでみた。 なんだか昼ドラの愛人ぽいです。愛人てたいへんね。
ところが、ひとりで写ってる写真がない。 誰かと必ずいっしょ。 人気者だなあ。
WEBに上げてもらった写真をダウンロードして よさ気な角度の写真をトリミング。 やさしい色合いの背景もつけて、いい按配にお写真ができました。
リビングに写真を飾って、 夏にもらって帰ってきた九谷焼きのお煎茶茶碗にお水を注いであげたら、 おはよう、を言う場所ができました。
辛抱するクセが邪魔をして ときどきゆるんで泣き出しそうになるのを こらえてしまいながら暮らしていました。 胸骨が痛い。 痛い痛い。いたたた。どうしたらこんなとき。
泣いたらよい。 と ぼんやりわかっているのに なにか、どこかに鍵がかかっていて泣き出しそうになるたびに がちん、と涙にロックがかかる。
泣くには どうしたらよいの。
などと 少女でもあるまいに こんなことがわからない。
甘えたらよいのだよ。 と、灯りが見えた。
ああそうか。明快。 母に甘えればよいのだ。 おかあちゃんに。 子どものときに痛いようと泣きついたように。
悔むことがいっぱいあるよ。 聞きたいこともいっぱいあるよ。 おしゃべりしたいよ。 見せたいことがいっぱいあるよ。 見ててほしいこともいっぱいあるよ。 できなくて、痛いよう。おかあちゃん。
やっと 鍵が外れて 泣きだせました。 泣いていると ハルさんが必ずなでなでしてくれます。
母のおともだちを中心に寒中見舞いでお知らせをおくらねば。
年賀状なんてなくてもいい派の人に ぜひ、お知らせしたい。 「亡くなった時に、どんなに年賀状が遺された者に重宝するかを考えて、今からでもいいから出しておくことだ!」
住所録があっても、 最近のお付き合い状況がどうだったか、 住所が変更していないか、 喪中ハガキが当の本人からきてたりしてないか、 こんなによくわかるデータベースはほかにない。
重要。年賀状、重要。
とりあえず昨年の年賀状と喪中ハガキをリストアップ。 さらに短歌会の名簿に印のある人をリストアップ。 住所録は、ちゃんと 「短歌会A」「短歌会S」「野鳥の会」「歩こう会」「同級生」と見出しをつけて分類してくれてあったので 照合がしやすかった。
重要。分類ごとの住所録。五十音順など、意味がないです。
ざっとリストアップして約60人。 プリントアウトして この方と、よく遊びに行ってたなぁ。 この方は、歌ともだち。 この方は、野鳥の会の先生。 とわたしのわかる方にはお礼をひと言書き添えた。
すげいな。おかあちゃん。 わたしの年賀状より多いよー。
戒名と一緒にいただいた先生のお手紙に 「今は、写真から起こしてそのままお位牌を作るということもできるそうです。」 と書いてあった。
先生の直筆をそのまま位牌に彫る、ということかな。
位牌の注文なんて人生初だ。 どこで買えばいいのやら 相場がいくらなのやらサッパリだ。
こんなときに頼りになるのがヒゲくん母、おかあさまだ。 「おかあさん、お名前いただいたけど、お位牌どうしたらいいかわからへん。」 と相談して、いっしょに商店街の仏壇屋に行くことにした。
店主はおばあさん。 50がらみの息子兄弟がふたり、ばあさんの脇を固める。
ガラスケースの中から次々と塗りの位牌を出してきて並べるおばあさん。 値札には黒い文字で書かれた定価と、赤い文字で書かれた特価が上下に書いてある。 どの位牌も全部40%オフ以上の特価ですが、そういうもんなの?位牌って。
56,000円のと36,500円のと19,500円のと19,000円のを並べたところで 「どれにする?」とおばあさん。
わ。わからん。なにがどうなのか。 おかあさあ〜ん、どれがなに? 「待って、メガネがないとなんにも見えん」 早くメガネかけて〜〜
メガネをかけて位牌をひとつひとつ手にとって裏表じっくり観察したおかあさん、 「みんなたいしてかわれへんな。これ、なにがちがうの。」とおばあさんとやりあってくれました。
金キラが多いか少ないか、彫り物がちょっと違うか程度のちがいか、と見極めたおかあさん、 「19,500円で、ええんとちゃう。」と無難なところに着地してくれました。ありがとう。
で、これにですね、直筆で彫っていただきたいんですけども。とお願いしたら 「いやー、いまはみんなコンピューターで彫るから、そんなんできやん。」とおばあさん。
コンピューターが彫るわけないやろーwとか コンピューターで処理するからこそ転写が可能と違うんか〜いwwとか つっこみたい。
つっこみたいがつっこめないシチュエーションが商店街の仏壇屋。
「ちゃんとやっときます。」に、まかせるしかない。 おばあさんが文字数を数えて「一文字80円!」と叫ぶと 隣に控えた息子Aが文字数を数え始め、 奥に控えた息子Bが戒名のコピーを取りに行った。
とりあえず頼んで帰ってきた。
が、おかあさんもわたしも、なあんとなく腑に落ちない注文だったので ほかも当たることにしてみた。
翌日、あっさり 「直筆彫りのお位牌、ご注文承ります」というところが見つかって そっちにしました。
位牌の形にも意味があると教えてもらって、 「たくさんの人に慕われた人でした」の意味のお位牌にしました。
あぶなかった。 もうちょっとで 「春の日のようにほのぼのとした人生でした」のお位牌にするとこやった。 そんなわけないやん。な。おかあちゃん。
母の戒名をお願いした先生からお手紙が届いていた。 急ぎません、とお伝えしたのに1月2日に出していただいてある。 先生、せっかくのお正月を暗い気持ちでお迎えになったのではなかろうかと痛む。
達筆でかかれた、母の名前は 「明るくこだわりのない方でしたから」と明浄院 「アララギのアラの音をとって」安楽 こんなご縁は、母の徳だなぁ、と思っていたけれど 戒名にも徳の字が入った。
やっと、名前がついた。
先生に電話でお礼を申し上げる。 しっかりお礼を、と思うのに すてきな名前をつけていただいたご縁のありがたさに やっとこれで一区切りがついたと思う安堵に 次々と感情がこみあげてきてしまって声が詰まる。
情けないわたしを電話の向こう側で 待っていてくださる先生。 ゆったりと間をおいてかけてくださる言葉があたたかい。 電話を終えてから自然と合掌。 まことに徳の高いお坊さんて、すごいなぁ。
資源ごみの日だ。 役所が開く日だ。
ゴミを仕分けて捨てた。 このあともおにいちゃんが一人で仕分けしやすいように ゴミ置き場も整えた。
従前戸籍のある市役所に電話をかけて 戸籍の取り寄せの手続きを確認する。 郵便小為替を用意する。
法務局に行って 権利書と用意できたとこまでの戸籍を見せてこのあとの相続の相談をする。
昼過ぎに、だいたい、作業が終わった。
「このあとは、なにするの。」とヒゲくん。 きのうが仕事始めだったはずのヒゲくん。 奥さんが大変なんだからいいよ、喪中で神宮にお参りできないんだからいいよと 帰らなくてもよいことになって、今日は手持無沙汰です。
わたしはおかたづけをしたり、お花を生けかえたり、本棚の整理をしたり したいことがたくさんあるけれど。
「ボクだけ帰ってもいいけど、することないなら、もう帰ろうか?」 「することなにもないのに、おってもしゃあないやん。」 「もう今日帰ってもええのとちゃうの。」
作業がないから いなくていい っていうことじゃないんじゃないかなぁ。
電話やメールで出来る作業だから いなくていい っていうことじゃないんじゃないかなぁ。
「子どもらに勉強させなあかんのとちゃうの。」 「もう、今から帰ろう。」
泣き出しそうになるたびに がまんしてしまうくせがついています。
なんて言ったらわかってもらえるの。
にちじょう のことを考えたら 帰りたくない とは言えませんでした。
こころをおいてきたらこうなるのか 帰り道は眠っていて気がついたら雪でした。 この日がいちばん つらかった。
家の大掃除をする。 ソファーを動かし、絨毯を敷き直し、床の間を整える。 母が寝室と書斎にしていた部屋もしっかり掃除機をかける。 資源ごみに出せるようまとめられるものを次々と仕分けする。
作業場を片づけていたら トルソーに作りかけの春のコートがかかっている。 あとはボタンホールとボタンだけだ。 軽い生地。 あったかくなったらこれを着て金剛山に行くつもりだったんだろうな。
レースを縁どりにしたチュニックも作業台に残っていた。 流行をはずさないねぇ。
服の型紙は たぶん 古紙の資源ごみに出すんだろうけれど とても出せない。
帽子の台がたくさん整頓されて並べてある。 母は帽子を作って売っていたこともあった。 ベレーやキャスケットの台が一番手前においてある。 何十個も帽子が出てきたけれど 買った帽子はわたしがあげた麦わら帽子だけだった。
土地の権利所が見つからないーと言うので ヒゲ君と兄に次々と小引き出しを渡して中身の点検をまかせる。 古い古い書類がどんどん出てくる。 めずらしいコインやめずらしい勲章なんかも箱に入ったまま出てくる。
男の子ていうのはああいう宝探しみたいなことをしてるとおとなしいのね。
土地の権利書は、和紙に書かれた古いのが 小引き出しの底紙の下から出てきた。
「いやあ、よかったよかった。さあ、じゃあ、もう飲んでええなぁ。」 とおっさん二人は4時過ぎから飲み始めたので 八宝菜と餃子を作ってあてがっておいて 母子でお買い物に出かけた。
なんだかくたくた。
実家に着いたとたん、幼馴染くんがお線香をあげに現れる。 掃除まだやねんあとで来て、といいたいところを ま、あんたならかめへんわ、と上がってもらったら 幼馴染くんのおかんもやってきた。しまった。
自宅でコロリと旅立った母の最後を根掘り葉掘り聞こうとなさる。 彼女はご近所有数のスピーカー夫人なので、ここでぬかってはならじと、 おにいちゃんがとてもがんばってくれたのよ 最後にありがとうって言って眠るように亡くなったのよ、と いいことだけをやわらかーくお伝えしておかえり願う。
幼馴染くんはたまたま久しぶりに里帰りしてきたら 荷物置くなりちょっと行って様子見てこいと露払いをさせられたらしい。 ・・・・あんたとこのおかあさんも、あいかわらずやねぇ。 「そやからオレ、学校から帰ったらうち帰らんとここ来てたやないか。」 そやったなぁ。ランドセルしょってたなぁ。あんた。
お茶も出さずにお帰ししてしまった。
弔問、て、迎える側の準備がいるものなのだと、これでわかった。 これも準備リストに入れておかねば。 お悔やみ関係の引き出し、お参りされる側としてはからっぽに近い。
それにしてもほんとうに大阪の友だちには助けられた。 生命保険会社に勤める後輩からは 「死亡届を提出する前に銀行預金を全部引き出せ」とメールが来たり 市役所勤めの先輩からは 「年金手帳がなくても滅失届でOKだ。」と細かい手続きの指導メールが来たり よってたかって支えてくれたおかげでがんばれた。 おっさんは こころやさしい。
--- こころやさしいおっさんばかりではない。 3日に帰りたいと言ったら なにもすることがないのになんで帰るんだと言われた。
ただわたしは うちにかえりたいの。 おかあちゃんのそばにいてなきたいの。
どうして わかってもらえないのか 言葉を失う
人体の不思議。 味覚がビミョーにヘンです。味の加減に自信が持てない。 なので、ここはおでんだー!と、31日からおでんを大量に作りました。 おでんはいい。なぁんにもしなくていい。
人体の不思議。 生理がとびました。どういう仕組みか月末の貧血ウィークが免除されました。 へたってる場合じゃないので助かる。 よっぽどしんどいってことかねこれは。
とにかく「横たわる」か。 と、横たわりの仙人をやっていたら、 初日の出クルージングから帰ってきたヒゲくんが 「あれ?しんどいの?大丈夫?」とかいうので これは良い教育の機会だ、と思い
「あのね。大 丈 夫 じ ゃ な い ん で す よ 。」 と、教えておきました。
見りゃわかるだろう、というようなことがわからないという人が時々いますが たまたまそれがオットだった場合、 ハッキリ言ってさしあげる、というとこからつきあいを始めねばなりません。面倒です。 わからない、だけで、悪気がないので「もう撃つぞコラ。」というわけにもいきません。
あ、そうか。大丈夫じゃないんだ。とわかったようで、 「またおでんー」と言わなくなりました。エライエライ。
ヒゲくんご実家から、年賀においでよと言われたので孫の顔を見せに行くと 見なくたってわかる、というタイプのお義母さんがヒゲくん(実の二男)をじわじわとイビッてました。 さすが、おかあさん、エクセレントです。
効果があったのか、 大阪までボクが運転する。 ETCを買いに行こう。 と言いだしました。 おお。やさしさ発動か。やればできるこ。
「どうしても環状線沿いの三田屋(焼き肉屋)に行きたいし。」
んー、おでんに飽きたのね。 やさしさ値、なかなか基準値を超えないですなぁ。
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