坐骨神経痛&腰痛(BeBe)
日記の目次|過去へ|未来へ
| 2003年05月31日(土) |
身の回りで起こっている事を認めるだけ。 |
朝の目覚めが少し良かった気がする。寝起きの状態で脚も手も普通だった。 このまま一日続いてくれれば、、、、、。不思議な感情で一日が始まった。 神経科の医師から聞いた薬の事が、安心感につながったのか或いは、EFTや心の持ち方を心に言い聞かせている事かは分からない。眠剤を飲んでから寝てしまうまでがすごく短く朝まで寝ていた。 午前中はひどく眠気が襲ってきて、仕事中にも寝てしまう時があるほどだった。
急ぎでする仕事があって未完成ながら、報告に行くと全然違う事を言い出した上司。言い返す気力もなく受け入れて、今日、やり直していた。それが、あと一息の所まで出来た。来週はK取締役との仕事で、これもやりきれないものの一つ、退職者の人員確保もある。それなのに、今までと違い焦りや苛立ちにならない。 これは、無意識のストレスとなるか解決し始めているのか私には分からない。 分かっている事は、今の感情の事実と「手に痺れが」始まっている事だけ。
| 2003年05月30日(金) |
違う症状に「もしも・・・」と考えてしまう。 |
朝の目覚めが心地よくなるのはいつの事なのだろう。頻繁では無いけれどある事で目が覚める事がある。入院中は頻繁にあった。今朝はほんの少しだけだったので、あわてる事はなく、その後寝る事が出来た。 仕事中に痛みの事を忘れる事が出来る時間が少しあった。手が痺れてきて、痛みの事を思い出してしまう。そんな時間が夕刻まで続いた。いつもと違いを感じる日だった。 不安がつのっているのは、「手の甲の痺れ」これが脚の時と同じように次第に悪化して行って同じようになったらどうしよう? この気持ちに打ち消すように、これも脚と理由は同じで大丈夫だ。そう自分に言い聞かせている。
ある人からのメールを今日は何度も読み返していた。すごく似ていると感じた事や、TMSに対する取り組み方の違いなんかを感じていた。あって話を聞いてみたいと思う事がたくさんあった。でも、それはムリな事。 脚が痛くなる、手が痺れてくる。そんなときに『足や手が痺れているけれど、そんな自分を受け入れる』とか『この症状は酸素欠乏が原因で、大丈夫!!』などと自分に言い聞かせている。 弱音の部分には、身体の痛みと痺れが辛いのに睡眠がとれていないのが追い打ちを掛けているのが、とても辛い。 こんな風に気持ちが揺れる事は、やっぱり精神病なのかなぁと考えてしまう。
| 2003年05月29日(木) |
初めての「神経科」受診 |
今日も睡眠状態が良くない。そして、朝から左脚と左手が痺れていたい。 脚はいつもの事だから「仕方がない」くらいの気持ちだけれど、最近になって出てきた症状『左手の甲に痺れ』が出てきた事は、すごく気持ちが動揺している。 体の中に”痛いゼリー”がたまっていて、出口を探しているような気がする。脚がダメなら、手ではどうだと言っている様だ。 TMSなんだと信じようとしても、それだけでは痺れは引かない。
午前中、N病院へ行き始めて『精神神経科』の診察を受ける事になった。表看板は『神経科』になっていた。今でもいろいろある診療科目の違いが分からない。 初めてだったので、問診票にいろいろと書かされた。その中の一つが鬱病の判断材料とする問診票だった。50点以上は鬱病と判断されると説明があり、私は56点だった。だから、軽傷だけれど「鬱病」となった。 セロトニンがどうのこうのと説明があった。(名前は記憶違いかも知れない)
早速、HPで検索をしてみた。 その中の一つに、【睡眠とセロトニン】があり何となく納得してしまった。 ***************************** ※ふつう神経活動は睡眠中は抑えられ、セロトニン神経が、覚醒を引き起こす脳機能を刺激しないようになっています。うつ病でセロトニンが少ない時には日中のセロトニン神経が弱く、生体時計は規則性を失い、昼も意識レベルが低く、脳は活動的ではなく、夜は睡眠が浅く、目覚めやすいようになっていると考えられます。また生体時計をリセットする作用があるメラトニンは、セロトニンがさらに変化した物質であることから、セロトニンが睡眠の周期性に関係している事を示しています。 抗うつ剤でセロトニンの量を増やすと、覚醒が刺激されて睡眠時間が短くなることがあるようです。 ****************************** TMSのことは持ち出しても通じる気がしなかったので、話をしなかった。 但し、現在飲んでいる薬のことは全て話をした。眠剤以外は、薬の名前を覚えていないので症状と薬の形状で説明をした。
仕事では、先週の末に依頼された事を大急ぎで片づけて、今日話を出した。すると、内容をこともなげに変更してくる。「何という勝手なヤツだ」腹をたてる気にもならずバカバカしくなった。 退職希望者の退職届の事務処理に押印手続きをした。いよいよ、本格的に再び苦悩がはじまるような予感がした。
朝は驚くほど調子が良かった。久しぶりに痛みから解放されたようだった。 夢見が悪い、そう言うのだろう。とてもイヤな夢を見て耐えきれず、気がつくと早朝の5時だった。「ゆめか。。。。」そして、もう一度寝た。なかなか熟睡出来る日が来ない。 午前中は「そこそこ」の状態で仕事をしていた。ところが、昼くらいから窓が開けられて風が強く肌に感じ始める。脚の痛みは出来ないけれど、手が痛い。 たまらずに席を外して、廊下の陰に姿を隠す。そこでEFTを試みて、席にもどる。暫くすると痺れが出てきて、席を外す。その繰り返し。 私「すきま風くらいの冷えで、坐骨神経痛が悪化するわけがない。」 私の心「ほら、痺れが出てきてるでしょ」 私「分かっている、でも痺れている事をみとめましょう」 私の心「果たして、どこまで続くやら、、、、やってみればいい」 私「うるさい!!」 私の心「・・・・・」 目を閉じて自分とやりとりをしている。
夕刻に退職希望者の事で上司と人事に依頼と手配をした。昨年末に退職者がでて補充の無いままで来ている。 昨年は結婚で帰宅が遅くなる日があるので、両立が出来ないと言う理由。 今度は、出産が退職理由。それぞれ、生き方の違いから選択した事だからどうしようもない。仕事の事を考えるとこれ以上は、もうどうにもならない。話をしただけで、結果は分からない。期待ももてない。 これならいっそのこと「廃課」にして、必要性を感じて貰った方が良いのかもとさえ考えてしまう。 退社をして帰宅時には、脚も手も痺れ感が出てきて参ってしまった。
| 2003年05月27日(火) |
苛立ちが痛みを悪化させない?? |
睡眠状態は変化無く・・・・悪い。 仕事でも苛立ちが出るけれど、 K取締役とのこと。。。。どっちになっても仕方がないもこれ以上自説を伝える努力をするのをやめようと考えた。 課内の仕事の配分。。。。人の補充も聞き入れて貰えず、仕事量が変わらないから言うだけの事を言って後は自分で何とかしようと考えた。 K部長との会話が会話にならない。。。。じっとガマンするしか方法はないと、諦める。 こんな風に考えていた、しかし、「気持ち」を文字で書くのは難しい。 夕刻になって仕事でとんでもない事が発覚した。明日、説明予定の内容が無くなっている事に気づく。再度、作り直すには気力が起きない。原因をつくった相手に、不満を伝えても解決しないので苛立ちが頂点に達していたと思う。
いつ、脚の痛みが出てくるかと不安で一杯だった。感情をコントロールせずに、苛立ちを感じている自分を認める事にした。いらだつ自分を認める事にした。 そう言い聞かせる事にした。
| 2003年05月26日(月) |
不安感。何度経験をすれば、無くなる? |
不眠は相変わらずで、2時くらいから6時くらいまで。4時間も寝れば大丈夫という人はいるでしょう。熟睡して30分でしっかりしていると言う話も聞いた事がある。 昨日は、掲示板で意図しない方向へ話が行ってしまって何となく後味の悪い気持ちがした。人に尋ねるのは難しいと再度感じて、聞かずにガマンしていれば良かったと少し後悔をした。 文字だからではなく、会話をしていても通じない時があると思う。だから、職場でストレスがたまる人間関係があるのだと思う。ドンドンと引っ込んでしまう。 不思議なのは、こんな精神状態なのに疼痛は先週よりも悪くなっていない。手の痺れも今日は出ていない。
急ぎの仕事があって終日、その事に没頭していた。まだ済んではいないけれど、目処はついた。来週に控えている仕事の準備、人員配置の申請など頭の痛い事は多く残っている。 部下の一人が退職希望を出している。昨年末に一人が退職者が出て、補充の無い状態なので”これが限界”だと思う。補充をどのようにして伝えれば、分かって貰えるのか。。。。。
「坐骨神経痛」になってこれまでに何度も、”得体の知れない不安感”を感じている。今日もその不安感を感じている。この正体が見えない、お化けが分かれば治るような気がしてならない。
日曜日。私にとっては楽しくもあり、苦痛でもある日です。 今日はひるまにこれを書いている。 どうして苦痛なのか?『どうしてもしなくてはならない事がない』からだと思う。 平日は「あの本を読む時間が欲しい」とか「あの勉強をする時間がほしい」などと欲しがり病で6日間を過ごしている。不眠が続いているので、終日だるさや眠気と向かい合っているから、日曜日はダラダラと時間を使ってしまっている事が多い。
だいたいは家で一人でいる。今日も一人でパソコンに向かっていたり、本を読んだりして痛みが辛くなると横になる。脚の痛みはガマンするしか手はなくて、目を閉じると「どうしよう?」と考える。 昨夜は2時頃まで起きていたのに、朝は6時前には目が覚める。起きても仕方がない。。。。。ここから「穏やかな一日」ではなく、時計との闘いの一日がはじまる。適当な忙しさが一番良いように思う。
今日は朝から脚がひどく痛む。会社へ行き机につくと痛みが強くなる気がした。 なんども、EFTを試みたけれどダメ。
症状が出てくるからくりを理解している筈なのに、なぜ、こうもしつこく痛みが止まらずにいるのだろう? 午後からは「左手の甲まで、脚と同じ症状」が出てきた。パニック状態だった。
症状が強くなればなるほど、<抑圧されたストレス>と言う物について考えてしまう。何度も何度も数え切れないくらいに、考えてきた。 腹が立つ事やイライラする事は、意識しているから抑圧されたストレスじゃない、無意識の中でストレスが出て症状を起こしている。 しかし、これが何を考えようとして捜し物をしてしまう。見つかってしまえば楽かも知れない。でも、見つかればそれは無意識から意識下に変わってしまう。 なん何のだ。。。。。これでは、いつまで経っても解決しない。
考える時間があると、バカな事ばかり考えて余計にストレスをつくっている気がした。会社の医務室で紹介された「精神科」を受診した方が良いのだろうか? いよいよ精神病になってしまうのか。
寝る事の秘訣は、寝るための準備をしない事みたい。 パソコンを止めて、電気を消して、パジャマに着替えて、さあ今から寝るのですよ。などと、床につくとダメのようで何となく”どうしようか”と横になっていると、寝てしまう。(眠剤は飲んでいるけれど) 昨夜もそんな状況で、寝てしまっていた。朝から、痛みと脚に違和感があり歩く事が苦痛だった。 気が重いのは、職場での事。自己分析は仕事の取り組みに対して、自己の持ち味を出す事ができず、言われた事を消化する進め方に自分が拒絶している。 考えが違っていても、「意見を出す事も出来ず」「わかりましたとも言えない」自分に対して怒りを持っている。
取引先の人と話をする誘いが来ている。その人と会話をする事は、何も抵抗感は持っていない。避けたくなるのは、会話の内容が社内での意見の食い違いがあるために、取引先との会話で”その避けたい会話”に触れるからである。 これも、される事は出来ずに今日会って話をした。想像通り痛みが出てくる。 最初から「話をすると痛みが出てくる」と決めつけていた自分が会ったのだと思う。 「受け止める」・・・・自分がどう思う、どう考えるなどはそんな簡単には 変える事とは出来ない。 ”変える必要はなく”て「自分を受け止める」事だ と言う。 この事が出来そうで出来ない。
| 2003年05月22日(木) |
過去の日記を書き終えた。 |
メモが無かったり、記憶が全然ない日もあった。仕事の事で微妙な部分は、書く事が難しいと思った。会社の事が多いから、書き方や表現に随分と悩む事が多い事を再認識をした。 症状は激変することなく、ずーっと続いている事を改めて実感した。 この左脚下肢部疼痛は本当に治るのだろうか? 不眠は解消出来るのだろうか? これまでに幾度同じ気持ちになった事か、数え切れない。
これから先、この痛みとどのようにつき合えば・・・・・、こんな考えが頭から離れない。 今日、EFTの本を読み終えた。途中で何度かお手伝いをしてくれた人がいます。 手順がわかった時から実際にやっている。やってみると変化を感じる時があるけれど、効果が持続しない。脚はやはり痛い。 仕事でどうしようかと迷う事、苛つく事が小さな事でも直ぐに身体が反応しているように感じる。
| 2003年05月20日(火) |
社内で通じない事が原因のひとつ? |
昨夜はなかな眠れなくて、深夜の2時頃になった。こんな日は身体のだるさがとれず辛い1日になる事が多い。 新任の役員に振り回されている事の一つが今日だったので、余計に気が重い。これも物事を進める上での儀式と割り切って考えようとしている。EFTやTMSのトライでも、心のとらえ方を変えようと努力をしている。
意見・物の考え方の違いでも、会社の中では通用しない事がある。どんなに頑張っても、流れの中心にいる役員相手に論じても所詮は損するだけ。仕方がない物に勢力を使う事に、とても疲れが出ている。ついでに、今夜は泊まり勤務でこれも気が重い。
久しぶりにT常務が職場に現れて、雑談に誘われたが約束の時間だったので、断った。一時は耐えきれないほどの怒りの対象だったけれど、久しぶりに顔を合わすと違うように思えた。
夕刻に携帯のメールがなった。大して気にもとめず、暫くしてから内容を見た。 すると、珍しく長男からで無心のメールだった。あまりにも珍しい事だったので、近くまで来れるかと尋ねると来るという。苦しさはあったけれど、手持ちの中から少し手渡して、数分間の会話をした。思い出しても、外で二人であう事は一度も無かったので複雑な気持ちだった。振り返って見るのは、いてもいなくても複雑な気持ちになるから、まっすぐ会社へ戻った。
| 2003年05月18日(日) |
一歩も家を出なかった日 |
痛みはある。少しの散歩でも、本屋さんへ行く、何か考えても出かける気力にはならなくて、結局、一日中家にいた。 何かをしていたわけではなく、ボンヤリしていた。頭に浮かんでくる事と言えば、脚の痛みとその原因の事ばかりだった。 肉体的な事が原因で出ている痛みではない。それは、まったく疑いを持っていない。TMSのことを考えても本を開く気力が出てこない。EFTの本も鞄に入ったまま。会社の医務室で出された精神科の事を考えると、余計に憂鬱になる。
日曜日は休みだから、やろうとおもって用意していた事も気がつけば部屋の片隅に置いたままだった。
家を出た長男に「どうしているのか?」と携帯メールを出した。お金で苦労しているようだけれど、なんとか頑張っている様子で返事がきた。長男が高校生の時に、無断外泊をした翌日に、病院で治療のために休みだった事もあって高校まで行った事を思い出していた。これからどうなるのか分からないけれど、子供は子供で生きて行っているんだと感じた。
毎日が”苦痛”と感じていると、一週間が長く感じてやっと終わったという気持ちです。今週は目覚めは相変わらず早くて、普通なら早起きですがすがしいのでしょう。私には、苦痛で少しでも熟睡出来て気持ちの良い朝を迎えたい。 眠れないくせに、会社へ着いて午前中は眠くて仕事に集中出来ずボンヤリしている事が多かった。目の前に片づけなければならない仕事があるのに、手を付ける気力が出てこない。会議などの予定は殆ど何もない。勤務予定では土曜日は殆ど休みになっているけれど、形式だけで出勤していて当たり前という事になっている。流石に日曜日は休んでいる。
先週に受けたブロックのあと、疼痛とは違う痛みが左脚と股関節に出て治らない。疼痛は椅子に座ると出てくる。 まるちゃんの手助けも借りてEFTの本を読み、痛みを感じた時や起きた時に試している。脚の痛みが無くなる事はないけれど、呪文に問題があるのかななどとおもいながらも繰り返している。本は最後まで読み終えていない。半分くらい。 呪文は『あいつらと何があってもイヤにならない』って唱えている。
K部長より電話があり、 K部長「打ち合わせをしたいが予定は大丈夫か?」 私「了解しました」 言ってみると、K部長の配下にいる実務担当者がK部長の問いかけに返答が出来ない事で打ち合わせになった。おまけにその上司も分からないと言う。 私の心の中「あんたらがちゃんと理解して説明していりゃ済む話やんか!!」 2時間近く会話が続く、”呪文”を思い出してガマンガマン。
K役員から電話があり、 来週の○曜日の××時に、人を呼んでいるので予定に入れておくようにという。 いくら役員でも、日程を決めるのにこっちの予定くらい尋ねてから決めてもいいのじゃないか!! と、反発しながら”呪文”を思い出す。
脚が痛くなるのが悔しく思う。終日身体がすっきりとしている時間が全くない。
| 2003年05月16日(金) |
抑圧されたストレスってなに? |
坐骨神経痛の症状が自覚出来る度に、こそっと席を抜け出してEFTを実験していた。廊下の陰でしたり、トイレの中、人に見つからないところを探してやっていた。この時も<無意識のストレス>を見つけて解消方法を見つけなければならない。イライラする時、腹が立った時に症状が出ていると思える。
K部長から電話がかかってくる、もうその時点で不安感が出てくる。今度は、何を言い出すのだろうと考えるから。 K役員から呼び出しを受けただけでも同じ。会話をすると、会社の中だから所詮は上役の指示に従うしかない。それでも、言うだけは自説を説明してしまう。 すると、場合によっては衝突になり、言いたい事も言えなくなってしまう。
こんな出来事は、日常茶飯事の事。でも、腹が立つとか意識がある対象はストレスかもしれない。けれども、TMSでの<抑圧されたストレス>ではないし、自律神経の防衛機能を動かしている対象じゃ無いという。その考えもすごくよく分かる。 だからこそ、私には解消しなければならないストレスと対応方法を見いだせないでいるんだと思う。 なんとなくだけれど、そう言う人たちと話を避けて通れない事で、自分自身の中での信条を抑止している事がストレスになっているんだと思う。そのためには、どう対処すればいいのかを見いだす必要があると、つくづく感じた。
会社での健康診断が終わって検査結果の悪い人を対象にして、医務室からフォローのための呼び出しがあった。なにしろ、血糖値、肝機能、腎臓、消化器系統などなど精密検査が必要と判断された項目がずらりと並んでいた。 流石に「坐骨神経痛」は検査内容にない。 どれをとっても初めての事じゃないので、問診では既に治療のために継続して病院へ行っていますと返事をした。ついでに、坐骨神経痛の事で原因はストレスで会社にいるだけで、ダメになりそうですと話をした。 心療内科の話になり、精神科で良い先生がいるのでと言う事で「大阪医科大」の先生を紹介された。そして、もっと症状の悪化した鬱病の人もいますよという事で、医療相談は終わった。 参考までにTMSのことを持ち出したけれど、通じなかった。
この日は、仕事でどうしても納得が出来ない事があって自説を理解して貰おうと時間を掛けて話し合いをした。しかし、役員相手に了解を取り付けるのは至難の業でした。すると、その時から脚の疼痛が発生しだしたのです。この人間関係は、TMSの行っている<抑圧されたストレス>ではないと言う事だったが、知らず知らずの内に原因と思いこんで、イライラが出ると身体的な症状に出てくる条件がこの身に染みついている気がした。 「大丈夫、大丈夫」と念仏を唱えるようにして、廊下の陰に隠れてEFTを試してみた。でも、まだ実践が出来ないのか”ピリピリ”は止まらずに焦りも出た。 激痛にかわるまでは進まずにホッとしたけれど、驚きは隠せない。
気持ちを伝える事が出来る人がいれば、ローンや生活の事を忘れる事が出来るのなら、とっくに辞表を書いていると思うと話をしていた。
神経根ブロックを受けてから続いていた痛み、左臀部から股関節と太股の裏側。この痛みがまだとれない。歩くと何かの拍子で痛みが走る。それで、歩き方が妙になって余計に長引いている気がする。たまに、席を外してEFTを試してみるけれどダメである。この痛みもTMSなのだろうか? またしても訳が分からず、イライラする一日だった。
いつまで経っても完治しない左脚、本当に疲れてしまう。仕事にも身が入らない。 子供の事や家のローンの事など身にまとっているしがらみがとれるのなら、休んで治療に専念したいという気持ちが沸いてくる。
午後から社内講習会があった。椅子は堅くて小さく、自由はきかない。 会場へ行く前から少し違和感があった。ブロックを受けると暫くの間、注射の後が痛い事と、股関節に痛みが出てくるのでこの事は暫くのガマンと割り切っていた。 ところが、会場の椅子に座ったとたんにピクピクと痙攣が始まった。もう必死だった、左脚の下肢部分をマッサージしたり、読みかけのタッピングを思い出してやっていた。実際に声を出したり大きな動作は出来ないので、隠れるように2〜2度繰り返した。
一時間半の講習会だったので、どうにか乗り越える事が出来てホッとした。その反面、何が条件でこのように身体がが反応してしまったのかと、そちらの方が不安をかき立てられた。
ブロックの効果の判断は出来なくなっている。痺れがある事は変わっていない、けれども痛みは薄れていると思う。今回も注射の跡が痛い事と、股関節から臀部にかけて痛みがある。仕事もほったらかしで毎日、この日記を書き続けている。今までの出来事や気持ちの整理になっている気がする。 TMSの考えでは症状から意識を外す必要があるみたいだから、過ぎた事の症状などを思い出して書き出すのはいけないか?
昨日、加茂先生からのメールで『病名は「疼痛性障害」で夏樹静子さんと同じではないか?』とのこと。 「椅子がこわい」を読んだときのことを思い出した。痛みの部分が変化するとか、検査結果に異常はない、など共通点を書き出せばいくらでも出てきそうだった。 治療の方法で驚きだった事は『絶食療法』の効果だった。空腹と退屈に耐えるだけと思っていたがそうではなかった。という下りと、脳が素直に受け入れる事が出来るようになる。こんな事が印象深かった。 仕事に対して過酷さとプレッシャーは当時と比較にならないけれど、人間関係のストレスは殆ど変わっていない。なんとか避けるのではなくて、認めた上で受け入れるための行動をする必要があると感じている。感じていても実践となると、そう簡単には出来ない。
昨夜は2ヶ月ぶりのブロックと効果が薄いと感じたので、精神的に疲れていた。 寝たのが、何時頃か全くおぼえていない。(眠剤は飲んでいた) 朝も普段よりも気がついたのは遅く、出勤時間ギリギリだった。痛みは薄れていたけれど、痺れは残っている。ブロックのためか、3連休が終わったからか、何が理由で少し楽になったのか分からない。悪くなければいいんのだけれど、どうしてなのかが分からないのが釈然としない。
仕事もたまっていた。少し楽な間に考える必要な事は進めておきたかったので、半日くらいは集中する事ができた。結論を出すところまでは行っていないが、この事も原因になって痛みが再発する不安が一杯になっている。あまりにも、初期の頃に似ているから、、、、、いろんな意味で。
気分を変える気で小説を見つけて読んでいる。最初のページに乗鞍岳から鹿島槍ヶ岳までの山の地図が出ている。小説のストーリーとは関係なしで乗鞍岳に行ったときのこと、猿倉荘から白馬の大雪渓へ行った時、いろんな事を思い出した。 立ち読みで、 ********************* 八方池を越えた。右手前方に突然、不帰ノ嶮が容を現した。唐松岳寄りの�景�は雪面に黒い縞をつくっていた。悪相の岩肌が雪の上に現れたのだ。 ・・・・・ 不帰ノ嶮とは、ここにきたら帰る事は不可能と言うほどの峻険な岩峰であることから、その名が付いた。 ********************* 地図を見ながら、この文面で買ってしまった。
挫折をした本も気になっているし、読みかけの本もあるのに、また一冊増えてしまった。脚の痺れが今以上強くならない事を祈っている。 激痛の時は考える暇もなく症状を言える。ところが、じわ〜〜とした痛み(疼痛)の時は、痛みを伝えるために痛みを考えてしまう。ブロックをするのだから「痛くてはいけない」と考えてしまう。そして、その痛みが緩和されるかどうで再び痛みの状態に意識を集中してしまう。TMSで言えば、一番悪い思考パターンになっている気がする。 医師は良くなっている筈だから、これで様子を見るようにと言う。痛みの度合いを数字で表している場合があるけれど、私にはそれが出来ない。
午後から「神経根ブロック」を受けるために、仕事は午前中のみとして昼から一度家に帰り支度をして時間前に病院に着いた。 受付を済ませてレントゲン室(いつもと同じところ)の前で、医師が来るのを待つ事、約30分。手順はいつもと同じ、しかし、ブロック針は痛みの感じる左脚の親指から脛にかけてヒットしない。何度も何度も、この辺の筈なんだが・・・・、と言いながらやり直しの繰り返し。 やっと、あたりが出た。しかし、微妙に痛みが出ている場所とは位置が違う。 脚の裏側に電気が走った、普段痛みがあるのは脛の前から脚の親指にかけてが辛い。とにかく、返事も出来ないくらいの注射の痛みで神経にあたっているのは違いがない。そこに、薬剤の注入をした。その後、もう少し下をしてみるという事で治療を続けたがヒットなしで、この辺の筈だという事で薬剤の注入をして終わった。
多分、過去の経験から効果は無いと感じた。
外来の診察室で約1時間休憩して、精算の窓口に行った。脚はまだ痺れていて普通に歩くのは辛かった。それにまして、針の刺した後とお尻が異常に痛くて歩くのが辛かった。外来は既にしまっていて、待合室には誰もいない。勤務の終わった看護婦さんたちがおしゃべりをしながら通り過ぎてゆくだけだった。 辛くて誰もいない待合室で横になっていた。通り過ぎてゆく看護婦さんたちを見ていて、なぜか空しくなってきた。少し楽になるまでそこで寝ていて、帰路についた。麻酔が切れれば何とか運転が出来るので、車で行った。
こうして、日記を書いている今の状態は治療前と大差はない。今までも、このような雰囲気の時は何の効果も出なかった事が多かった。 ブロックもダメ、TMSも今ひとつ効果が出ない、鍼もダメ、アドラーの本は挫折、結局何をしても完治はしないような気分になってきた。TMSの掲示板にはショックな書き込みがあった。 自分の場合は、職場での人間関係と仕事に対する無気力感が原因な気がする。
TMSに取り組みはじめてものの、なかなか光が見えない。掲示板でも多くの意見も貰ったし、試した事もあるけれどまだダメだ。 3月の初めから辞退をしていた神経根ブロック。2ヶ月間しなかったけれど、毎月痛みに対して耐えながら続けていた時とたいした変化はない。 今日、診察のために言った時の雰囲気は『もう一度、入院して検査からやり直すか』とか『フロックはどうする』など独り言のように言って、これまでの検査のMRIやミエロの写真を見ていた。何も、説明は無く、どう見ても異常はないしと言う。 予約診療を採用しているけれど、1時間に8人。日によっては予定人数を超えて予約を入れている。どう見ても1人に対して10分もない。その貴重な時間にも、電話があったりして別の患者の事をしている。
問いかけがあった入院して、これも過去に入院した時と違う事をするんならば、何かがあるかも知れない。そんな気がするけれど同じ検査をしても、結果は同じだと思う。その点は、TMSの方が説得力があると感じている。
見つける事が出来ないのは、今の自覚症状としての疼痛をどうすれば緩和出来るのかと言う事だ。ブロックの効果も期待出来ないけれど、TMSの治療方法もよく分からない。特に、この世の中の連休中に症状が悪化して今も辛い事である。 状況としては、入院を決意した時と同じくらいと思っている。 それでも、何もしない日々が耐えられずに明日、再度、神経根ブロックを受ける事にした。あのブロックの痛みも2ヶ月の間に忘れてしまっているかも知れない。 とてつもなく痛い事はおぼえている。ただ、前回までの医師なら素早くヒットしてくれるので10分程度のガマンと、1時間程度の麻痺のとれる間のガマンと思っている。今までの経験と、TMSに取り組んでいる今、この痛みが緩和される気はしない。無駄な痛みと費用を枯れるだけかも知れない。
土日の2日連続で休みになる事も珍しいのに、今回は3連休。 仕事の事を考えると今まではこんな事はなかった。土曜日でも遠慮気味で休む事が多いから、今回のように祭日とはいえ3連休は勇気のいる行動だった。 休む限りは、今まで休みが無くて出来なかった事を一つでもやってみようと考えていた。なのに、少し前から徐々に脚の具合が悪くなり、この休み中は最悪と言える状態だった。今もそうです。 左脚は、下肢部分に麻酔でもして貰い感覚のない状態にした欲しいと思うくらいに 辛い。
休む事にストレスを感じて痛みに出ているのだったら、こんな悲しい事はない。 理由はどうであれ、歩く事も辛い状態だったし、それよりも何かをしようとする気力が無かった。眠剤を飲んでも不眠で寝付けず早く目覚めてしまう。 起きても脚が痛くて何も出来ない。毎日がそんな日の繰り返しで、あっという間の3日間だった。 これで全てが終わるわけではないけれど、明日からは気の重い状態になってしまった職場へ行かなければならない。
早く何でも良いから楽しみを見つけなければ、このまま死んでしまうような気分。
今日で2日目のやすみ。連続の休みは滅多にないので、休み前はいろいろと考えもあったけれど、終わってみれば脚の症状がひどくて何もできなかった。
こんなに痺れがきつく出てきたのは、一年ぶりかもしれない。この状態はそろそろ1週間近く続いている。気のせいか、日に日に悪くなっていると思う。 試すつもりで午前中に散歩をしてみる事にした。普段は歩いている時は、ほぼ何もないくらいの状態だったのに歩いている時も痛みと痺れでガマンしながらの状態だった。 やすみやすみで、40〜50分で家に戻った。 家で横になっても痺れ感が強くて寝る事も出来なかった。何も出来ないから、余計にイライラしてくる。気分を変えようとして車で近くのスーパーまで出かけた。 車で10分程度、この運転の間も今にも引きつりそうで不安で一杯だった。 必死で何事もない様子を装いながらも、意識は左脚からひとときも離れる事は無かった。 普段通院している病院の救急へ行こうかと思うほどだった。行く事をとどまったのは今までの経験では、行っても何も処置はして貰えないと分かっているから。 もしも、脚に麻酔でもして貰う事が出来るのなら行っているかもしれない。
TMSで言えば、イライラする事を押さえざる得ない事で症状が悪化しているという事になるのでしょう。精神状態が安定していない事は、自分自身でもわかる。 どうすればいいのだろう?
今日、ある事がきっかけで日記を書く事にした。 中心となる内容は『坐骨神経痛』で苦しんでいるので、これが内容になるとおもう。今日がこの日記の登録日だから、初日としている。 坐骨神経痛の前は腰痛で、長い間いろんな通院治療もしたので関係があるように思っているので、思い出して過去の事も書いてみたいと思う。
HPはあるけれど趣旨が違うから、そことは別に書き込んでゆこうと考えている。
|