日常些細事
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2003年10月28日(火) 中年ホームページ

 ホームページを手直しに山口氏が来る。
 最初にトップページの一番下にある「日常些細事」のボタンが、クリックしてもつながらなくなっていたのを直してもらう。
 山口氏、あっという間に作業完了。プロとはいえたいしたものである。これですべてのボタンが正常に動くようになった。
 その後打ち合わせ。画像を掲載するページを新設することにし、レイアウトを決める。リンクの追加や名刺の制作などもお願いする。
 ところが山口氏の帰ったあと、自分で「11月の占い」「11月の施術可能日」を更新したら、今度はトップページ左側にある「日常些細事」のボタンが接続できなくなってしまった。
 なんたることであろうか。
 ひとつ直せばひとつ壊れる。まるで中年男の体みたいなホームページであるなあ。


2003年10月23日(木) 続・すあまをさがして

 『ごんどらデパート岡山店(仮名)』へ、すあまを捜しに行く。ここは東京が本店なので、きっと関東地方のお菓子も沢山扱っているはずである。
 開店するなり他の商品には目もくれず、地下のお菓子売り場に向かう。
「いらっしゃいませ」
 さっそく50歳ぐらいの女子店員が声をかけてきた。「秋の新作和菓子、いかがですか」
 なかなか積極的な販売姿勢である。
 この人に頼もう。
 私は彼女の正面に立ち、
「すあまはありませんか」
と訊ねた。
 その女子店員、名札には『徳山』とある。
 徳山さんは年齢のわりには可愛らしく首をかしげ、
「それはどのようなお菓子でしょう?」
と言う。
 すかさず答える。
「素甘。 菓子の名。イ・「すはま」に同じ。ロ・粳米の粉に白砂糖を混ぜ、搗いた餅状の菓子、です」
 私は広辞苑の『すあま』項を暗記しているのだ。
 さらに、すあまについて理解を深めてもらおうと言葉を続けた。
「すあまは、たれぱんだも食べてます」
「たれぱんだ、ですか」
「公園にすあまを入れた瓶を置いておくと、たれぱんだが獲れるのです」
 徳山さんが妙な顔をして私を見ている。 
 なんだこの女、たれぱんだも知らんのか。
 私はかけていたメガネを胸ポケットにしまい、両方の手でにゅううっと目尻を下げてみせた。
「こんなふうに眼の垂れたパンダなんですよ」
「あのう。ぬいぐるみかなんかの、パンダでしょ」
「そうですそうです」
「ぬいぐるみのエサは、ちょっとここには」
「いやいや。すあまは関東地方で食べられているお菓子なんですよ。」
「はあ」
「くらげさんも大好きだそうです」
「は。くらげ?」
「くらげさんは神奈川県に住んでいます」
 徳山さんは両手を前に重ねた接客姿勢のまま、じわじわと後ずさりをはじめた。
 そして
「少々お待ちください」
と早口で言うなり逃げるようにどこかへ行ってしまった。
 あれ。
 どうしたのかな。
 まだ説明の途中なのに。
 なんとなく不完全燃焼の、宙ぶらりんの気持ちでしばらくその場に立っていると、
「お待たせいたしました」
 やがて現れたのは徳山さんではなく、スーツ姿のがっちりした男性。
「お客様のご所望なさっておられます品物でございますが、まことに申し訳ないのですが」
 すあまは無いという。
 なんたることであろうか。
 私は悄然と、ごんどらデパートを後にした。
 いったい、すあまはどこにあるのだろう。
 ところで徳山さんに代わって出てきた男の人、『防犯』と書いた腕章を付けていたけどあれは何だったのかな。


2003年10月17日(金) すあまをさがして

 美人ひとづま佐藤りえさんのホームページ(http://www.ne.jp/asahi/sato/dolcevita/)
で『すあま』談義が盛んである。
 知り合いの「くらげ」さん(ペンネーム・神奈川県在住)が隠れすあま党であることも判明した。
『すあま』というのは

<素甘>(スハマ・州浜の転) 菓子の名。イ・「すはま」に同じ。ロ・粳米の粉に白砂糖を混ぜ、搗いた餅状の菓子
                                  広辞苑 
なのだそうだ。関東では結構知られたお菓子だという。
 掲示板に書き込まれた「すあま好き」のコメントを読むと、みなさんとてもこのお菓子を愛してることがわかる。
 なにしろ普段は無口でおとなしくて、世間となるべく関らないで生きていこう、という人生哲学の見え隠れする「くらげ」さんが、
「わたしはすあまがすき!」
とインターネットを通じて全世界に宣言してしまうほどなのだ。
 よほどおいしいものに違いない。
 ところがこの「すあま」、私の周囲ではまったく見当たらないのである。
 友人知人に聞いて回っても
「すあま?なにそれ」
逆に質問される始末。
 西日本では超マイナーなお菓子らしい。
 そうなるとますます欲しくなるのが人情というもの。
 いったいどこに売っているのだろう。
 いろいろ訊ねているうち、ある人に
「百貨店にあるんじゃないの」
と言われた。
 そうだ百貨店だ!
 百貨店には何でもあるのだ!
 私はむかし百貨店で恋人を見つけたことがある。
 恋人が見つかるならすあまだって見つかるはずである。
 実は私は自宅で整体院を営んでいるのだがあんまりお客が来ないので(悲)、山田山百貨店(仮名)のガードマンもやっているのだ。
 灯台下暗しとはこのことだ。
 さっそく食品部の事務所に問い合わせてみた。
すると
「ないです」
けんもほろろの回答である。
ううむ。
 無いのはないで仕様がないが、もう少し愛想よう言えんかのう。
 まあこの日は食品関係で大きなクレームがあったらしく、閉店後も部長以下遅くまで残ってあちこちに電話をかけていたが。
 すあまどころではなかったのだろうなあ。


2003年10月13日(月) 必殺募金人��

 お客が来ないので昼寝していたら、玄関のチャイムが
 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
とけたたましく鳴りだした。
 寝ぼけまなこで出ていくと浜崎あゆみさん(仮名・推定年齢68歳)である。
「あら。居たわ」
私の顔を見るなり浜崎さんはそう言った。
 あれだけ派手にチャイムを鳴らしておいて「居たわ」もないものだが、近頃『猟奇的な彼女』なる映画を見て
「男には耐えねばならんことが多いのだ」
という教訓を得ていた私はここで怒りをぐっとこらえ、
「えへへ。居たんですよお」
と愛想笑いをしておいた(ちなみに『千と千尋の神隠し』のときには主人公千尋の両親の振る舞いから
「いい年をして店の物を勝手に食べるような意地汚い大人になってはならない」という教訓を得た)。
 「よかったわ。おたくなかなか家に居ないから」
浜崎さんは肩から掛けた大きなバッグをよっこらしょ、と下ろし、中から取り出したのはなんと
 赤い羽根。
「一口500円なんですけどね」
「あ。それでしたらもう駅前で募金しましたけど」
 ううむ10月1日の悪夢を思い出す。私はやんわりとしかし断固として断ろうとしたのだが
「まあ偉いわねえ」
浜崎さんは少しも動じない。
「でもこれは町内会で集めてるものなんですよ」
 彼女は町内会の世話役をやっているのだ。
「もちろん募金するしないはその方の御自由なんですけど、みなさんとても協力的でしてねえ。あと、おたくがしてくださったら町内全世帯が募金したことになるんです」
「はあ。そうですか」
「ほかの町内会ではなかなかこうはいかないんですよ。わたしゃ嫌だ、なんてへそ曲がりがどこでも一人はいますからねえ」
「はあ」
 私はしぶしぶ返事をする。だってもう2度も募金してるんだもん。
 すると浜崎さん、がらりと話題を変えた。
「ところで20日に八幡様のお掃除があるんですけど、参加できないんですか?」
「ええ。その日は仕事で出かけるものですから。申し訳ないんですけど」
「そうですかあ。町内総出でやるんですけどね」
「どうもすみません」
「先月の運動会も来られなかったですね」
「はあ。仕事だったもので」
「先々月のどぶ掃除も」
「すいません。仕事で」
「2月の廃品回収の当番は」
「忘れてました・・・」
 いかん。これでは引っ越してきた10年前まで遡って不義理を責められそうである。私はあわてて財布を取り出した。
「嬉しいわあ。これでうちの町内会はパーフェクト」
 私の胸に赤い羽根を付けながら浜崎さんはとても満足そうである。
「お独りで暮らしてれば何かと不便でしょう。困ったことがあったら遠慮なく相談してくださいね」
 そう言うと足どりも軽く帰っていった。
 いや、ほんといい人なんですよ仕事熱心で面倒見が良くて。


2003年10月09日(木) 展示会で

 金時食品(仮名)の展示会で足裏の整体をする。
 県内有数の卸問屋が開催するとあってなかなかの盛況である。
 お客さんはみな小売店の店主やバイヤーで、職業柄立っていることが多く足が疲れるのだろう、整体コーナーも大繁盛だった。メンタル整体師会からは私を含め5人が参加していたのだが、ひっきりなしに来るお客さんに休む暇もない。
 お客さんの間を縫って金時食品の社員もやって来る。
 営業部長の馬汁健太郎氏(仮名)の施術をしていると、二十代半ばぐらいの女子社員がブースに入って来た。席は一杯である。
 待とうかどうしようか、女の子は迷っているようだった。
 それに気付いた馬汁部長、椅子に座って足を出したまま振り返り、まわり中に聞こえるような大声で、
「満員じゃの。あとでわしが揉んでやるわ」
「どこ揉むつもりですか」
 女子社員が言い返すと、
「乳とかいろいろじゃ。うわはははははっ」
豪快に笑う。
 つられて当の女の子もまわりのお客さんたちも笑いだした。
 物凄いこと言ってるなー。
 手を動かしながら私も半ば感心して聞いていた。相手の受け取りようによっては完璧なセクハラである。
 気まずい雰囲気になってもおかしくないのだが、部長の発言があまりにあっけらかんとしているので怒りようがない。
 小柄で丸顔、眼がくりくりと大きい馬汁部長は頭も少々寂しくなっていて、なかなか愛嬌のある顔立ちをしている。そばにいるだけでなんとなく楽しい気分になる人なのだ。
 私など普通に立っているだけで
「いま怒ってますか」
「気分が悪いんですか」
「お茶でもいれましょうか」
と周囲をピリピリさせてしまうのに羨ましいかぎりである。
 営業の仕事でもそのキャラクターでずいぶん得をしているんじゃなかろうか。
「部長って元気でしょう」
 女の子が私に向かって言う。
「悪いところなんかないでしょう」
「そうですねえ。腰の反射区が固いみたいですが」
 すると部長、
「おお。当たっとる。夜使いすぎたんじゃ。」
そしてうわはははははっと笑った。
 彼女も笑いながら、
「力一杯揉んであげてくださいね。当分口が利けなくなるぐらい」
 上司の体を気づかう部下の要望に答えて、馬汁部長には強めの施術をさせていただきました。


2003年10月04日(土) はは死んだ

 庭に昆虫の死骸が落ちていた。
 体長およそ3センチ。全身が黒い。羽根をぴったり体に貼りつけ、6本の足が凍えるように縮かんで、大きからぬ体が一層小さく見える。
 うちの庭で幼虫を育てていた母親蜂である。
 この種の蜂の寿命がどれほどなのか、私はまったくわからない。
 おのれの使命を終えて命をまっとうしたのだろうか。
 それとも朝夕肌寒くなった10月の季候に耐え切れず、子育て半ばに倒れてしまったのだろうか。
 庭の主である私としてはそのほうが有難いのだが。蜂の子供らに、春になって敷地内をブンブン飛びまわられてはたまらない。
 けれど虫の本能とはいえ、しばしも休まずエサの芋虫を捕まえては巣に運んでいた、あの努力が報われないとすれば不憫であるなあ。
 骸のまわりをもう蟻がうろついている。
 かつて巣の存続をめぐり攻防をくりひろげた好敵手。それが蟻たちにたかられる姿を見るのは忍びないぞ。
 母親蜂をひろってビニール袋に入れた。
 かわりに『蟻の巣コロリ』を置いておく。

 ひら仮名は凄まじきかなはははははははははははは母死んだ

                        仙波龍英


2003年10月01日(水) 必殺募金人

 お客が来ないので昼から遊びに行く。
 駅前を歩いていたら多勢の人が箱をぶら下げて立っていた。
『赤い羽根共同募金にご協力を』
とある。
 ああ。今日からだっけ。
 毎年10月1日からの赤い羽根募金。これが始まると秋になったな、と思う。
平成15年も残り3ヶ月である。
 そういえば今年もロクなことしてないなー。
 反省した私は少々の寄付をすることにした。
 近くの募金箱にお金を投入すると、
「ありがとうございます」
 お礼を言われ胸に赤い羽根を留めてくれる。
 歩きながらその羽根を取ってゴミ箱に捨てた。
 こいつを付けたまま人前を歩くのが、どうも恥ずかしくて仕方がない。
「ワタシは恵まれない人のためにお金を使ったぞ。ほれ証拠の赤い羽根」
と宣伝しているようで嫌なのだ。
 寄付金だってわずかコーヒー1杯程度だし、世間の人に知らせるほどのことでもないと思うのだが。
 もちろんこれは私の個人的な考えで、他の人の行為をどうこういうものではありません。
 しかしまあ。
 善行は人知れずやるものだよ。
 どこか大企業の重役か地方の議員かといった恰幅のいい男たちが、そろって背広の襟に赤い羽根をつけて歩いて来るのとすれ違いながら、私は声に出さず独りごちた。
 駅前を過ぎて商店街に向かう。
 ここにも募金箱を下げたグループが、あちこちでお願いしますの声をはりあげている。
 その中を私は、
「もうしたもんね」
と、無視してどんどん歩いて行った。
 商店街の終るあたりに差し掛かったときだ。
 やはり男女の一団が道行く人に募金を募っていた。
 ひとりリーダーらしい女性いて、この人がなんというのか、実に只者ではない雰囲気を発散させているのである。
 年のころは50代半ば。がっちりした体格で、体の中からふつふつとエネルギーが溢れているような感じ、と言えば分かってくれるだろうか。
 彼女の視線は私の胸元に注がれていた。
 赤い羽根を捨てた私の胸には当然何も付いていない。
 女性と目が合った。射るような鋭い眼差しである。
 あ。マズイ。
 思った時には遅かった。
 彼女にしっかりと視線を絡め取られて身動き出来なくなってしまったのである。
『あなた、募金していませんね』
とその目は責めていた。
 おどおどしながら私も目で反論する。
『ぼ、ぼく、駅前でちゃんと募金しました。羽根は捨てたんです〜』
『わかってますよ。みんなそう言って逃げようとするのです。私にはお見通しです』
『ほんとなんですよ〜』
『募金しましょうね』
 有無を言わさぬ迫力で私を見据えると、一転、彼女はにっこり笑って頭を下げ、
「ご協力おねがいします」
 まわりにいた10数人も一斉に
「おねがいしまーす」
「はあ・・・」
 抵抗のすべもなく、私はポケットから財布を取り出すしかなかった。
 この間、わずか2,3秒の出来事である。
 なんたることであろうか。
 2度も募金してしまったではないか。
 それにしてもすごい眼力の持ち主であったな。
 むかし私も上目遣いにばちばちとガンを飛ばしながら街を歩いていて、同じようにばちばちやっている連中とボカボカ殴り合いをしたこともあったけど、あれほど
  『強烈な意志』
を感じた目はなかった。
 赤い羽根募金を集めてるのは皆ボランティアだそうだが、一体普段は何をしている人なんだろうか。『必殺募金集め人』という名がふさわしい人だったが。
 


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