セクサロイドは眠らない
MAIL
My追加
All Rights Reserved
※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →
[エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう
俺はさ、男の子だから
愛人業
DiaryINDEX|past
2013年08月14日(水) |
そんな僕がふとした拍子に彼女のことを思い出したのは、僕があの頃の彼女の年齢を超えた頃だった。 |
僕はまだその時は大学生であまりにも世の中のことを知らなくて、彼女は40歳を少し過ぎたぐらいで離婚して小学生の娘さんを一人で育てていた。バイト先で知り合って、おしゃべりしていたら楽しくて、いつの間にか僕たちは頻繁に会って抱き合うようになった。それはあまりにも自然な流れで、だから僕は年齢のこととか彼女の置かれている状況なんていうものが僕らの関係において障害になるなんて思ってもみなかった。
ただ、彼女には年の近い恋人がいて、だから彼女が僕のものにならないことだけは知っていた。それでもかまわなかった。
彼女は、僕と抱き合った後、時々泣くことがあった。30分ぐらい泣いて、それから急に涙を拭いて笑顔になる。 「排泄行為みたいなものなの。汗をかいたり、おしっこしたり。私ぐらいの年齢になると、泣くことも必要になるのよ」 と言う。 僕は彼女が泣いている間、どうしたらいいか分からなくて、彼女の髪を撫でたり、彼女を抱きしめたり、キスをしたり、もう一度彼女の服を脱がせたりして、彼女が泣き止むのを待った。
本当に何も分かっていなかったのだ。
彼女が泣いている理由とは無関係に、僕は欲望のままに彼女に寄り添った。
そんな彼女との関係が終わったきっかけは、もう思い出せない。僕が就職して間がないくらいに、僕らは自然消滅のような形で会わなくなった。
それから僕は、年相応の恋をして、しかるべき年齢になった時点で結婚をした。子供が二人とマイホーム。平凡なサラリーマンだ。彼女のことなんかすっかり忘れていた。
--
そんな僕がふとした拍子に彼女のことを思い出したのは、僕があの頃の彼女の年齢を超えた頃だった。
僕が40過ぎの冴えない中年になった頃に会社に入ってきた新入社員の女の子と、いつしか二人で会うようになった。
最初は女の子があんまり不器用で仕事の飲み込みが悪いものだから、指導係として手伝ってやっていた。周囲から怒られても腐ったりせずに、ただひたむきに仕事に取り組む姿勢に好感を持った。
なんとなく、なのだ。
なんとなく、仕事帰りに誘い、最初は焼き鳥とビールを挟んで女の子の愚痴を聞いていただけだった。いつの間にか彼女のアパートに寄るようになった。
--
「どうして泣いてるの?」 そう訊かれるまで、僕は女の子の前で泣いていることに自分でも気付いてなかった。
「ああ。どうしてかな。疲れてるのかもね」 僕は女の子を不安にさせないように手を握った。
それから、あの人のことを思い出した。若かった僕の前でいつも泣いていたあの人のことを。
あの人の泣いていた理由が少し分かった気がした。 中年である自分の前に無邪気に差し出された若さに、なぜか泣けてくるのだ。
物事には終わりがあるということを知っている僕に無邪気に差し出されたその若さに泣けてくるのだ。
2013年08月12日(月) |
しかし、妻は弱々しく首を振る。「今のままがいいの。あなたと喧嘩なんかしたくないの。こうしていたいの」 |
いつ頃からだったのか。彼女が彼女でなくなったのは。いや。違う。彼女は彼女だ。ただ、なんというか、彼女の一部は失われてしまったというか・・・。
--
「じゃあ、行ってくるよ」 「ええ。行ってらっしゃい」
妻が満面の笑みで僕を玄関まで見送りに来る。
変だ。 変だよな。
落ち着かない気持ちで出勤するようになって、もう一ヶ月。
前は・・・。そうだ。いつも彼女は怒っていて・・・。そう。朝っぱらから喧嘩していた。なのに、今はどうだ。従順で家庭的な妻。
--
「ただいま」 「お帰りなさい!」
駆け寄ってくる、妻。
「ごめん。今日は同僚と呑んじゃって」 「あら。いいのよ」
おかしい。 以前なら、連絡もなしに遅い帰宅になった時の妻といったら、大変だった。
「怒らないの?」 「なぜ?」 「だって。ほら。食卓には僕の好きな唐揚げ」 「いいのよ。だって、同僚の人とのコミュニケーションもあなたの大切なお仕事なんでしょう?」 「ああ・・・」
妻の顔色を伺うが、まるで怒っていない。
酔った勢いで妻に抱き着いてみる。
「ふふふ」 と笑って、優しく抱き返してくる。 以前なら・・・。そう。以前なら、怒った妻は僕の手の甲をピシャリと叩いたっけ。酔っ払いは嫌いだってね。
--
不安が抑えきれなくなって、ある晩、僕は妻に訊ねた。 「どうしたんだ?」
妻は最初は答えようとしなかった。私は私よ。ってね。
だが、僕はしつこく問い質した。
あの気性の激しい女はどこに行ったんだい?僕が右に行こうと言えば、左に行くと言う。僕が白と言えば、きみは黒という。
仕事だって。前は出張にも行ってたのに、最近は出張は断っているそうじゃないか。
妻は微笑みを崩さないまま、答える。 「あなたが望んだようになりたかったの」 「だって。そんな。きみはそんな女だったかな・・・?」 「あのね。私は、私の心を預けたの」 「どこに?」 「心を預かってくれる銀行があるのよ」 「なんだよ。それ」 「ずっと、仲良くしたかった。あなたの言うことに反対意見なんか言いたくなかった。ねえ。今の私がいいでしょう?仕事に夢中になる女は嫌いだったでしょう?魚料理が好きなあなたに肉料理ばかりの女だった私って、なんて駄目な妻だったのかしら。小説だって。ほら。何度も落選してたから、いい加減やめとけって言われてたわよね。夕飯も作らずに小説を書いていた女。ひどいものよね」
僕は絶句した。 だからって、心を手放すだろうか? あの燃え盛るような心を持っていた女はどこに行った?
「きみの心を取り戻そう」
しかし、妻は弱々しく首を振る。 「今のままがいいの。あなたと喧嘩なんかしたくないの。こうしていたいの」
だが、僕は、「きみの心を取り戻すよ」と妻を抱きしめた。
--
朝、何かおかしかった。 妻は・・・?妻は。いなかった。マンションの屋上から身を投げてしまったのだ。
どうして?
--
「妻の心を返してくれ」 と、僕はその、心を預かる銀行とやらに駆け込んだ。
「残念ですが」 と、黒いスーツの男は言う。 「肉体が失われると同時に、心も消滅します」
がっくりと膝を落とす僕に、その男は言った。 「奥様の心が燃え尽きた時の灰を集めたものです。あのかたの心はひときわ激しく燃えてました。あんなに美しい魂を見たことはない」
僕は小瓶に入った、その粉末を受け取って、よろよろとその店を出た。
背後から男が声をかけてきた。 「近いうちにあなたの心もお預けになられたほうがいいかもしれません」
うるさい。
うるさい。
うるさい。
--
しかし、男が言ったことは当たっていた。僕は僕の心を持て余す。妻をただの人形のようにしてしまったのは僕だ。泣いても泣いても、妻は戻ってこない。
なんど、心を手放そうかと思った。
しかし、それは駄目なのだ。僕は僕の心と向かい合い、対話する。いや。妻の心と。
いつか、僕らのことを小説に書こうと思う。なんで、きみがあんなに夢中になっていたのか、知りたいと思う。自分が自分であることに情熱を燃やした女のことを書きたい。
|