憂色透明
憂々とし 夢現 筒抜で ウェア アム アイ 強引

2002年10月29日(火) メイプルソープ展

東京駅の大丸でやっているロバート・メイプルソープ展へ行った。

彼の作品(主に写真)は「エイズ・アート」と呼ばれている。エイズ・アートというものは、一般的に流布している「エイズ=怖い=隠すべき烙印」という誤った記号を覆すもので、ゲイムーブメントやドラァグクィーンがノンケに「おしゃれなもの」としての新しい認識を与えた様に、なんとなくおしゃれで、輝いていて、それをひとつの個性としてアーティスト自身が発表しているものが多い。しかしなぜそれが一般ウケするかといえば、それは別にエイズという一見他人事のように思われている「奇抜な」看板だけが物を言っているわけではなく、自然自然に、「セクシュアリティ・生と死・幸せに生きるとはどういうことか」というテーマがよりにじみ出やすいからだと思う。
しかし、メイプルソープはエイズ・アートの代表格だといわれると書いたものの、彼自身が単なる写真家としての称号を嫌ったように、その枠にはめてしまうのはいささか疑問を感じる。黒人男性のヌードと、リサ・ライオンという肉体派女性パフォーマーのふたつをテーマにした作品が多いが、それは決して、ある種の押し付けがましいイデオロギーを外界に向かってアピールしているようには感じられない。写真家の性的欲望がどちらに沸いているか、という事は、被写体のヌードを撮らずとも薄々伝わってくるものだが、どちらにしても彼が撮る男女の肉体は、セクシーでありながらも淡白で、純粋に美というもの(と言うと陳腐だが)を、一人間を構成する蛋白質と水分に要求しているような緊迫感すらある。
強そうな筋肉体が強そうなポーズを取っていても、それはなぜか儚く、豆腐の様に崩れやすく、永遠には続かないんだ、という風に思えてくるのは自分だけだろうか。理由はなんであれ人間誰しもいつかは朽ち果ててゆく。

「ポジティブ・ライブス・エイジア」という、アジア各国のHIVキャリアを被写体にした写真展が今年一杯国内で開かれていて、春夏にちょこっとお手伝い(今は忙しくなってやめてしまった・・フガイない)していたが、被写体の一人であった長谷川さん(JaNP+
代表←クリック)というアクティビストおじさんを知る機会があった。そしてふた月ほど前に2丁目のクラブの入り口で再会したが、その時笑顔でハグしてくれたのが非常に印象的だった。ハグなんて、日本でされたことないです。ちょっとしか会った事ないぼくの事なんてたぶんもう忘れてただろうけども、やっぱりそういう日常の小さい事の中で、幸せなくらしって何だろうみたいなキッカケを与えてくれる人は確実にいる。今までの、自分の経験であれ友達を振り返ってみて、思い出に耽る事が多い「過去振り向き型」の自分だが、やっぱり友達や出会いは大切だと思った。
理由はなんであれ人間誰しもいつかは朽ち果ててゆくのだから、攻めの姿勢で生きたいものだ。




2002年10月24日(木) あらら

今日、前にアポ取っておいた、バーテン見習いのバイトの面接があった。
果たして道は厳しいのであろう。でもやりたいし、酒の中に可能性を感じたし、トムクルーズの『カクテル』はカッコよかったしいいや、と思い、終業後3時間も待って歌舞伎ちょーへ。
店内にはどう見てもホスト崩れの兄ちゃんが、一人掃除機で網戸のホコリをガコガコ吸いとっていた。すいませんと声をかけて、言われるまま座り、とりあえず一服し、見つめあう。ヲイ。

まぁいろいろあって、結局その店の求人の対象には最初から自分は入らないことが判明し、3時間も変な喫茶店で時間を潰していた自分にむしょーに腹が立った。「だってそんな事書いてなかったじゃないすか」
するとそのホスト崩れの兄ちゃんはカウンターの奥に引っ込んで、お約束の茶封筒を持ってきた。少ないですが今夜はこれで帰ってください。ハイわかりました。ありがとうございます。今夜の飲み代にでもします。ってそんな訳ねぇーだろ。どーしょもない世界だにゃぁワリャ。
あまりに腹立たしいのでやっぱりそれは今夜の飲み代に消えた。どうしょもないねおれわ。
また(またでもないが)たぶんフラれたし、いい事ないなぁ。こんなときは笑うしかありません。


さてここまで書いて、
『自分はいったい「いい事」とは何事だと思っているんだ?』
と改めて問う事にした。


�々イ�な子にモテる
�∩郎遒任Δ泙�自分を表現でき、かつそれが他人との関わりの接点になる
�E陲鵑瀬丱ぅ�で走り出す




� Г海譴枠鷯錣砲錣�りやすいけど、普段自分が口に出すその手の話題はほぼ冗談です。自分は周りに隠さない一方である意味勝手に投げやりです。ノンケの男友達と「あぁー可愛い子いねぇかな」と鼻くそをほじくって(ほじりませんが)みるものの、それは気楽で楽しい反面、単なる「変わった話題提供者」としての自分も垣間見ます。中途半端ね。だいたい当たり前だけどそれを当の本人が聞いたら、きっといい思いはしないどころかマジで気持ち悪がられそうなので、マゾの自分はますます暴走します。タチ悪いですね。ってもちろん嘘です。本気にしないように。




�◆А屬覆鵑砲盻侏茲襪海箸�ないから、こいつはとにかく走ったんだ」と、わせだのだいがく講師が、若手のゲストスピーカー(講師の友達らしい)を褒めていた。走ったり話したり歌ったり絵描いたり写真とったり文章書いたり料理つくったり笑ったり人に優しくできたり席を譲れたり話し相手になったりキスしたりセックスしたり家族養ったりヒッチハイクしたり詩を書いたり立ったり座ったり、人はなんかわからないけどある種の衝動にかられてそれらの事をする。ぜんぶそれが他の世界とつながっているからだろう。自分には「自分のからだ」しかないんだなぁ、とたまに感じるときがある。からだなんてなくなればいいとも感じる。愛しい人と、遠く遠く隔てる皮膚を突き破るが如く、走ったり話したり歌ったり絵描いたり写真とったり文章書いたり料理つくったり笑ったり人に優しくできたり席を譲れたり話し相手になったりキスしたりセックスしたり家族養ったりヒッチハイクしたり詩を書いたり立ったり座ったりするのだろう。そしてそれは何もかも自己の為である。


��:当然��です。��ですとも。今は。(盗んでないけど)
憂さ晴らしにショーナンの海を日の出と共に走ります!
大切なマイバイク(YB-1)で。








2002年10月21日(月) ミート・ミー・アンド・イート・マイ・ミート



アナタのお肉の値段計ってみませんか





ちなみにワタシのお肉は:100gあたり103円


あなたの肉は並です。肉汁は乏しく、やや臭いです。でも、うまく調理すれば十分食べられます。


あなたの肉を食べる運命の人★蒲田で一日中ボウリングをしている、32才 の、わきがの強い男性です。



2002年10月20日(日) 握手してください


「(握手してください)」 





16の頃、小田急線(上り)に乗っていたら、
隣に座っていたオッサンに突然そう言われた事がある。




自分:「ハイ。ってはい?」



「(握手)」



自分:「ああ、ハイ」






見つめ合う自分と見知らぬオッサン



(片手握手)




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



































自分:「はっ、離してください」




















「(こっちの手もお願いします)」







自分:「え?え?ええ。いいですよ」








(両手握手)















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」































自分:「はっ、離してください。」




























ってな思い出を思い出してしまう様な勧誘が10年ぶりに今日来たのYO。

てか厳密に言うとしつこい勧誘ではなく嬉しい誘惑なのだ。





















だから次にもし逢ったら、今度はこっちから勇気を出してきみに言おう。
















「僕と握手してください!!!」
(そして歩いてデートに連れてってくださいそしてあんなことやこんなことをしましょう)←嘘





2002年10月14日(月) オチまで長ったらしいニッキ

そうそう山ね。

9月に利尻島に行ったとき、海抜0mから計6時間かけて利尻富士に登ったんだが、感動したと同時にあれは自分的にはかなりキツイものであった。
頂上から、かのサハリンが展望できるとの事だったのに、曇りどころかアラレまで降ってきてちょー寒くて、凍えておっ死ぬかと思った。
4時間かけて下山できた時は足がガクガクだった。
すると、



「利尻富士・公共温泉」



自分「よっしゃああーーーー」



温泉なんてもう何十年も(嘘)入ってませんが入らないと死にそうでした。
さっさと入って出よう。


ガラッ。


自分「(オバハンしかいない。ホッ)」

リラックスモード全開(でもない)のおれは、隣に居たばあさんに話しかけた。


自分「はぁ〜いいお湯っすね〜」

ばあさん「えぇそうだがやー」

するとそのばあさんの孫だという小娘(3歳)がやってきた。ばあさんはシワシワのおっぱいを引きずりながら身体を洗いに浴槽を出てしまった。



娘:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ジー(観察」

自分:「?なにかなー?」
























娘:「ホントにオンナ?」










自分:「ガッ!?
(・・・・・・・・・・・・・ああ、髪見てんのか適当にあしらおう)そうよ?おほほ・・・」













娘:「ホントにー?」











自分:「えへへ。そうだよ?」










娘:「ホントにー?」









自分:「うふふー。そ、そうだよ?」










娘:「ホントにー?」










自分:「・・・・・・チ、チミはどう思う?」






その娘と共に、黙り込む事約5分。熱い。
なんともいえない視線と熱すぎる湯で、おれはのぼせそうだった。






自分:「もう出るよ?バイバイ」



娘:「あ、マッテ!」




自分:「ん?」













娘:「男と女どっちが好き?」
















おまえは本当に3歳児か。













自分:「どっっ

ど、ドボシテそんなコト聞くのかな??」













娘:「ねぇどっち?」












自分:「お、オトコだよ」












娘:「ねぇどっち?」











自分:「オトコだってば」













娘:「ねぇどっち?」













自分:「・・・・・オンナ・・・・かな?どっちもかな?・・・ハハハ・・・(没」














満足そうなガキの顔は今でも忘れない。
なんてフシギな3歳児であろう、とおれは感心した。(要するに負けた。)

そもそもなんでそんなに観察力、というか、猜疑心を持ち備えているかというと、

娘:「あのねー、〇〇ちゃん(娘自身)はねー、きんじょのねー、△△ちゃんの事がすきなのー。男の子じゃないのー。でもねー、それを言うとねー、おかあさんがねー、さみしそうな顔するのー。だからねー、言わないノォー」




だそうだ。おかあさんが寒い顔をするとかいっておれはマジウケた。
その娘にはどうかこれからがんばって(?)もらいたいの一心である。




でもひとつの疑問は未だ晴れない。















本日の一句




利尻島・ほかに居るのか・セクシャルマイノリティ


(字余り) 




(総人口8900人ほとんどお年寄り)












(くだらんオチでスマソ)





 < 怒涛の過去  もくじじい  世捨て未来 >


あく [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加