大 将 日 記
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| 2005年11月07日(月) |
罰則金を払いたく無いからではありません |
今日は休みだったので部屋の掃除をしたりして過ごしていました。 夕方になってホームセンターのジョイフル本田に買い物に向かいました。
その帰りに事件は起こりました。
なんと生涯で2度目のスピード違反で捕まってしまいました。 1度目は22歳くらいの時だった。千葉県柏市の県道を走行していて捕まったのだ が、確かこの時は20km/hオーバーくらいで捕まったような気がする。しかしもう 15年以上前の事なので詳しくは覚えていないが、その時は確かに私もスピードを 出し過ぎていたと自覚していたので素直に道路交通法違反を認めた。
しかし今回の私は違った。
一通りの説明を受けて、最後に違反切符と言われる物に捺印(印鑑の持ち合わせが 無い場合は拇印)をし、自分の違反を認める流れなのだが、私はこの捺印を拒否し ました。つまり私は千葉県警相手に法廷で戦う決心をしたのです。
事件が起こった場所は国道464号線。千葉県印西市草深。北総鉄道脇を片側2車 線ずつの見通しの良い真っ直ぐな道で、普段はそんなに混んで無いので深夜等では タクシーとかトラックとかが猛スピードで走って行くそんな場所でした。制限速度 は60km/h。警察の取締機械だと、私は85km/hで走行。25km/hオーバーだった との事。しかも私は赤い車を追い越そうとして車線変更をし、加速した時だったと 言うのです。 これには私は納得出来ませんでした。確かに追い越し車線を走ってはいましたが、 私はその赤い車を追い越した記憶が無い。しかも、いくらなんでも85km/hも出し て走っていないんです。だから車を止められた時、一体なんで俺が止められたのか が全然解らなかった。
これは私がダダをこねているんではありません。本当に85km/hもスピードを出し ていないのに捕まったので、やってもいない事を認める訳にはいかず、滅多に見せ ないプライドを賭けて警察官に立ち向かいました。
立ち向かう以上は不利にはならぬよう、一通りの手続きは踏みましたが、違反金の 振込用紙を受け取るのも拒否し、警察では無くこの問題を検察に預けました。 司法の場に行くのは初めてではありませんが、こんな理不尽な事を認めたく無いの です。
これから司法の場にこの問題は送られますので、これ以上詳しくは書けませんが、 結果が出次第、またこの場に書かせて頂きたいと思います。
10月24日の日記のつづきを書こうと思っているウチに日本シリーズが終わって しまった。しかももう11月に入っている。実は続きを書けなかったのには訳があ るんです・・・・
日本シリーズ第2戦の観戦模様を先日の日記に記しましたが、結局あの日も10対 0と言う大差で千葉ロッテが勝利した。その試合終了時点で今江選手がプロ野球日 本シリーズ新記録となる8打数連続安打を成し遂げた。これがもうマリーンズの神 懸り的な活躍であったのは言うまでもありません。 実はこの日、相部屋になった他の千葉ロッテファンととても親しくなり、次は日本 一に王手をかけたらこの店に集まろうと言って、メアド交換をして別れました。
しかしその約束の日はすぐに訪れてしまったのです。
日本シリーズ第4戦。日本一に王手をかけた千葉ロッテを応援しようと、私は会社 帰りに幕張本郷に向かった。しかし既に店は満員状態で、入場ストップ状態。あら かじめ予約をしていたので私はすんなり入れましたが、店内は物凄い熱気でした。
パ・リーグ優勝を決めた日も雨でしたが、この日も千葉は雨が降っていました。 31年振りの日本一は目前に迫っていた。 小林雅が最後の打者を三振に仕留めた直後、店内のボルテージは最高潮。そしてお 決まりのハイタッチが始まり、大いに盛り上がり、そのまま店の外に出て再び大騒 ぎ。汗をかいて熱くなっている身体に、季節を変えて行く雨が心地良いクールダウ ンになり、私はそのまま・・・
風邪をひきました!
で、ずっと寝込んでいたのですが、やっと11月4日に復活致しまして、Key Stat ionの稽古にも参加して来たんですが、その日に更新された『今週は動画な?』では まだ鼻声になってしまっていますよね。すみません。そして更にその動画ではチョッ トわかりづらいかもしれませんが、風邪と一緒に結膜炎になってしまいまして、あ のVTRでは私の目は真っ赤っかなんです。抗菌目薬のお陰で今はだいぶ良くなり ましたけど、そんな訳でずっと日記が書けなかったのですが、まだ続きを読みたい ですか?もういいですよね?
と言う訳で、千葉ロッテが日本一になった時の事はもう書きませんが、実はひとつ だけ驚いた事がありました。
あれは千葉ロッテがリーグ優勝を決めた夜です。海浜幕張駅周辺で、千葉マリンス タジアムで知り合った人達と喜びを分かち合っていた時、一人のサラリーマンが
「もし良かったら、来シーズンは私もスタジアムに一緒に連れて行って下さい」
と熱心に言って来たので、連絡先を教える為に私のメアドとかが書いてあるKey Station用の名刺を渡したんです。すると
「あっ!僕、貴方の事を知ってます!!」
と言うのです。
「嘘だぁ。俺はそんなに有名じゃ無いよ」
と笑っていたら
「いえ、本当に知っています。今年の夏に三越劇場に出てますよね?」
と言うんです。流石にこれには驚いてしまいまして、何で知っているのかを聞いて みたら、今年の6月頃に高木と一緒に西船橋駅近くの小さな居酒屋で呑んだ時に、 そこの店のママさんに『はなになったねこ』のチラシを何枚か置いていったら、そ の居酒屋のトイレの壁に貼られていて、それを見た人だったんです。『南風』と言 う名前が凄く印象に残っていて覚えていてくれたそうなんですよ。
そんな彼と出会えた事も神降臨のひとつなのかもしれませんが、それから彼から連 絡が来る事は一度も無く、酔った勢いで俺の連絡先を教えてくれって言ってただけ なのかなぁと思っていたら、千葉ロッテが日本一になって、私が風邪をひいた原因 となった雨の中で万歳三唱をやっていた時、遠くから「南風さ〜ん!!」と叫びな がらそいつが走って来るじゃないですか。しかも彼女まで連れて。 彼は酔ったまま家に帰宅すると、一緒に住んでるかどうかは不明ですが彼女に私の 事を熱い口調で語っていたそうです。しかし折角名刺を頂いたのに無くしてしまっ たと相当落ち込んでいたと彼女が教えてくれました。お蔭様で今では度々メールの やりとりをさせて頂いております。これも幕張に神が降りて来てくれたお陰かもし れませんね。
私は今年、本当に楽しく嬉しく、そして充実していました。 3月の『泣いた赤鬼』、5月の『第1回おっきな親子丼』、8月の『はなになった ねこ』、そして千葉ロッテ日本一。
実は今月、またひとつ大きな夢が実現するかもしれません。 その詳細はまた後日。
では最後に、千葉ロッテの中で私が一番好きな選手、陽気なハワイアンのベニー選 手と、地元千葉県習志野高校出身の福浦選手の応援歌。そして『キッスは目にして』 の千葉ロッテ応援バージョン。最後に、この歌が千葉ロッテマリーンズを強くした と言っても過言では無い、ライトスタンドオリジナルソング『俺達の誇り』をお聞 き下さい。
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