カウントシープ
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2005年01月31日(月) モス

以前、ある人から植物を貰った。
それは、野球のボールくらいの大きさの丸い苔に、3種類の植物が植えてあるもので、時々水につけて面倒を見る、というものだった。その人は「私と御揃いです」と言ったので、そうかこれから別々の家で一緒の植物を育てていくのだな、と思った。

植物は可愛かった。
ボクは早速家に帰って、大きさに見合う受け皿を準備し、水につけてあげた。これからどんな風に育つのか、楽しみだった。

だが、ある天気の良い日曜日。
日光浴をさせていたらあっという間に、同じく日光浴に出した犬に食われてしまった。食ってはいないかもしれないが、ちりぢりバラバラになって、拾い集めてももう元には戻らず、残った葉を水に差しておいたがやがて枯れてしまった。

それ以来ボクは、その植物と似たものを探している。苔に何かが植えてあるものはよく見かけるが、3種類の取り合わせのものは見かけない。せめて2種類でも一致したものがないかと思うけれど、なかなか巡り会うことができない。


2005年01月30日(日) それぞれの時間

久しぶりに町へ出かけた。
目的は、

その一
熱田神宮に御参り。
ボクは神様の存在を信じているが、それは姿形を伴うものではないので、普段どこかに出向いて御参りしたりしない。それでも御参りという形をとったのはやっぱり何か形になることをしたかったのかな。
初めて神宮に入ったけれど、沢山の木々が立ち並んで、中に交番もあって、人も沢山いて、空気は冷たかった。何も知らないボク達のために、巫女の仕事をしたことがある友人に付き添ってもらったのだが、彼女の教えに従ってお祈りしてきた。

その二
時計を修理すること。
数年前に相方と御揃いで買った時計、一番気に入っているポール・スミスのクロノグラフが、癌告知を受けて二日後、パタリと電池が切れて動かなくなった。タイミングの良さになんとなく不吉な感じがしたし、それより以前に相方の時計のバンドも壊れていたので、2つとも修理に出すことにしたのだ。ボクの時計は10分で電池交換が終わって戻ってきたけれど、相方の時計は修理の為に入院になった。

いつも不思議なのだけれど、2人で時計を御揃いで買うと、必ず相方の時計の電池が先に止まる。個々で時間の進み方は違うってことなのかな。


2005年01月29日(土) 器

相方は表向き元気に振舞っている。
というか、元気そうに見える。仕事にも行くし、散歩だって一緒だし、入院まで今までの生活スタイルと変わるところはない。
表裏のない、喜怒哀楽のはっきりしたストレートタイプだ、と思われがちな奴だが、実は本心をあまり出さない奴だと、何年か付き合った後で解ってきたりして、知っているようで知らないものだなと思う。

ボクは何でもすぐに言語化して、理論でもって処理してしまうし、処理できない内容は無意識に閉じ込めて、時々体が弱って寝込んだりする。で、少し休養をとるとまた復活するのだけれど、このやり方がスマートだとは思わない。出来れば寝込むことなしに、恒常性をもって動き続けられたらと思うけれど、それは今のところのボクの課題だ。

相方は、いつも同じぐらい元気にしていて、ボクほど気分の波がない。感情はストレートなのに、きちんと安定していて、それがボクにとっては安心できるコンテイナーだ。こんなことがあると改めてそれを再認識するし、ボクもまた相方を包み込むコンテイナーになれるように、毎日を過ごしていこうと思う。


2005年01月28日(金) 困った野菜

健康を考えて、もっと沢山の種類の野菜を食べようと思った。

マーケットでいつも買う野菜は大概決まっている。料理は相方担当だが、買い物は大抵2人で行くし、沖縄料理を除けば、相方が作るものはボクが知っているレシピのことが多い。自然と偏りが出てしまうのだが、これでは良くないなと思いなおして色々買ってきた。

結果冷蔵庫の野菜室は満杯。早く何か作らなくちゃと思うのに、いつも使う野菜だけが消費されて、新顔が残っているのが現状。
この場合料理を作るのはボクの役目なのだ。一回作ったものは二回目から相方が作ってくれるけれど、一回実演してみせるのが暗黙のルールとして存在するのだ。(この法則は、ボクが好き嫌いが多いことに起因する)

困った困ったと言いながら、料理本の頁をめくるけれど、料理の作り方ってボクの頭にはちっとも入ってこない。

追記:困った野菜とは
�,譴鵑海鵝津敬慷紊靴�思いつかない
�▲乾椒Α弔�んぴらごぼうを作ったら異様に辛くなった
��カリフラワー…茹でる意外に食べ方があるのか
�ぅ縫鵐献鵝張�レーやシチュー以外にはどうするんだ

困りものは野菜じゃなくて作り手だね。


2005年01月27日(木) 心の天気

マグカップを5つ買った。天気をモチーフにしたもので、

ひとつは 晴れ 青空模様
ひとつは 曇り 少しどんより模様
ひとつは 雨  雨水しとしと模様
ひとつは 雷  稲妻ピカリ模様
ひとつは 雪  深々積もる模様

ボク達は2人暮らし、マグカップは2個あれば事足りる。このカップは大きくって、お客様に出すにはちょっと相応しくない。その上食器棚のスペースを占領するこのカップを、それでも5つ全部買ったのは、その日の気持ちをコップで顕せると思ったから。

自分の気持ちを表現豊かに言語化できない人のために、感情を示すカードがある。ニコニコカード、しょんぼりカード、ビックリカード、困ったカード、色々な表情が記号化されていて、そのときの気持ちをカードで表すことでコミニケーションをとる方法だ。自分が家の中でどんな顔しているか、鏡をずっと見ているわけじゃないから解らないけれど、こんな風にコップを選ぶことで、自分の気持ちを知るのも面白いんじゃないかな。

初めて使うこの日、ボクは雪、相方は雷を使ってみた。今度誰か遊びに来てくれたら、このカップを並べて出してみようっと。


2005年01月26日(水) ずっと一緒に

落ち込んだ理由は解っている。
ボクが、手術の同意書を書くことができないからだ。

ボク達は同性愛者だから、この結婚は法的には認められていない。籍も別だし、どんなに一緒にいても、社会的には他人なのだ。解っていることなのだけれど、そのことが心の中でもやもやして、上手く処理できないのだ。

癌は絶対治るし、手術も成功する率がずっと高い。おそらく完治して、元通りの生活に戻れるだろう。
けれど、想像してしまった。相方がもし死んじゃったら、相方の遺体はボクのところから離れて沖縄に帰ってしまう。葬式だって喪主になれないし、他人としてお通夜とかに参加しなくちゃいけない。ボクの伴侶なのに・・・
沖縄の大きなお墓に、一族と共に眠るとき、ボクはそこに入ることはできないし、骨になったらバラバラになっちゃうのだ。

そんなことは遠い話だと思っていたし、遺言で、「遺灰の一部を山に埋めてくれ」的発想で、粉になった骨をミックスして何処かに撒いてもらえないかと頼もうかとか話していたけれど、死んで離れ離れにはなりたくない。


2005年01月25日(火) ヘアカット

日曜日から何だか急に沈んでしまって、ずっと眠っている。仕事に行くのが精一杯で、後は体が重くてベッドに沈んでしまうのだ。普段不眠気味なのに、どれだけ眠っても体が重くて、手足がだるい・・・

朝も起きるのが億劫で、仕事にも行けないかもしれないと思うが、出勤するとワリと普通に仕事ができてホッとした。で、帰ってくるとまたダウン…本当は支える立場の自分がこんなじゃいけないと思いながら、身体は動かない。

日曜日、相方と2人で髪を切った。もうそろそろ切ろうと思っていた頃だったし、入院する前にさっぱりしていこうと思った。髪は、久しぶりにうんと短く切った。半分願掛けのつもりで、気合を入れるような気持ちだった。頭は軽くなって、風が冷たくなった。

再発の危険は3年以内、この後3年間髪をずっと切らないでいようかな、とか考えたり。ずっと短い髪できたから、3年も切らないでいたら今まで見たことがないような自分になっちゃうから、それはちょっと止めとこうかな。


2005年01月24日(月) 音潜

中学生の頃、音楽に逃避していた。
何も考えたくないときや、1人の空間が欲しい時、両耳にイヤホンを差し込んで好きな音楽をひたすら聴いたりした。これでウルサイ親ともキョウダイともオサラバ、このアルバム一枚分だけの逃避行。
多分、世界から逃避していた。何が嫌なのかも解らず、もやもやとした渦巻きを胸に抱えて転がっていた。みんなそんな頃だった。

今でも音楽に引き込まれる。引き込まれたい自分がいて、潜るような感じ。

世界を知覚するのに最も活躍するのは視覚のように思う。目で見て判断することこそ人間の得意とする情報処理だ。けれど世界を一時的に変化させる切り替えスイッチは、視覚よりも聴覚のほうが相応しいように思う−ボクにとっては。
物理的に、目の前にお気に入りの何かを繰り広げることは多少困難だ。晴れ渡った青空も花もお気に入りの絵だって直ぐには用意できないし(家族写真とかはその一種なのかな)、その点音は簡単に用意できる。音楽を携帯する機械が発達しているからだ。
目を閉じて好きな音楽を聴いている時、図らずも頭の中には何かしらのヴィジョンが浮かび、脳内のスクリーンに広がっていく。そうして聴覚と視覚の両方向からトリップしていくとき、少しだけ開放されたような感じがする。

人の作った音楽のいいところって曲が終わったら戻ってくるところで、終わらない音楽があったら大変。


2005年01月23日(日) 一対一

ボクは犬を3匹飼っている。猫もいるが犬は3匹だ。ボクが犬を飼ってから、まだ一匹も死んだことがないが、相方は子供の頃に飼い犬を失った経験がある。その犬が死んでから大人になるまで、次の犬を飼えないくらいに悲しんだらしい。

今いる犬が死んだらきっと悲しいだろう。それは他の2匹がいても悲しいだろうが、きっといなくなった犬を偲んで泣くとき、残った2匹を抱きしめたりして、犬がゼロよりは他の犬がいたほうが、悲しみは幾分和らぐような気がする。

では、人間は?
家族として人間が複数で集まって住んでいる場合もあるだろうが、ボクの文化圏では、伴侶としての愛する対象は1人に限定されている。
もし、特定の対象を選ぶことが無ければ、亡くした時の悲しみも、全てを失ったような感覚ではなくなるのではないだろうか。1人だけを愛した場合、二分の一の確率で残される側になるというのに、どうして1人だけを選び特別なものにしてしまうのだろう。

頭では解っている。
一対一の関係はおいておいて、失くすとき身を引き裂かれるような苦しみを味わうのは、それに値するくらい深く愛したからで、他者を深く愛することこそ生きている喜びであり、共に感じることこそ心を満たす行為なのだから、誰かを愛するということとそれを喪失する悲しみというものは常に一重だ。


2005年01月22日(土) 何を食べよう?

生きている者はみな、動くためのエネルギー補給を必要とする。ボクは人間で、およそ先人が試し食した物質−すなわち食物−を毎日摂取する。ボクが仕事をするのは、ボクが生きていくために必要な糧を得るためでもあり、仕事から帰ればまずは晩飯を作ることを考える。

一方、ボクの家には沢山の本がある。人形もいるし、犬も猫もいる。ステレオ、テレビ、カメラ・・・人間は広がりすぎて、生きることに直結しないものまで必要とする種族になったが、本来生き物にとって本質は生きながらえること、生きて自分を分かつこと−すなわち繁殖−を目的にしていたはずであり、食べることはあらゆる生きていくための手段の中でも、もっとも生に直結している。

食物は外から来る物である。人間の身体をも構成する分子を組み替えた代物、神の手によって生み出された有機物の集合体、それは人間のそれとも似通った分子の複合体、それを食物と呼んで外部から取り入れている。

1つの疑問は、免疫系が異物とみなせば直ちにアレルギー反応を起こし攻撃開始するのに対し、何故食物(と我々が呼ぶ物)はスルーすることができるのか。捕食する側が、本来の防壁−免疫力と呼べるような力を失いつつあれば、今まで侵襲なく取り入れていた異物に攻撃を受けうることもあるだろうが、それでは、全ての異物には多少の危険があり、その敷居は免疫力によって個人差があるのだろうか。

また、もう1つの疑問として、何故同属を食べてはいけないのか?
倫理的な観念はともかく、同じ分子の複合体なら、豚や牛の肉と人間の肉にどんな差が生み出されるのか?牛に牛の肉骨粉を食べさせたために狂牛病が起きたという説がある。人が人を食べる種族にも、同じように脳が海綿状に変化する現象が起きたという話を聞いたことがあるが、同種を食べると何故プリオンが発生するのだろうか。
同種を食べた結果脳にダメージを受けるという自戒的な現象を起こすのは、種の保存のための自然の法則なのかもしらないが、すでに自然の法則めいたものを破り続ける我々に、神の手はもう働かないのだろう。


2005年01月21日(金) 感触の保続

ボクはTシャツを、プラスチックケース1つを埋めるくらい持っている。正確には、ボクと相方の兼用のTシャツで、DOGDEPTのヤツが半分位、後はふらりと出歩いているときに買ってきたもの。

どれも気に入っているけれど、特別気に入っているのはたったの3枚。一枚は寝巻きとして着ているもので、あとの2枚は相方が沖縄から持ってきた(相方は沖縄からやってきた/現在の居住地は沖縄ではない)もの。
他に沢山あるのについそればかり手にしてしまうので、段々草臥れてきている。

身体に接触するモノには、どうしても心地よさを求めてしまう。もちろんここに一枚のTシャツしかなければそれを着るだろうけれど、選択肢があれば気にいったものに手が伸びる。
お気に入りのタオル、毛布、靴下、歯ブラシ…
かくして気がつけばいつも同じものを選んでいる。

感触において、多分ボクは多少固執傾向にあり、これは幼児性を含むように思う。ライナスの毛布よろしく、何か同一のもの、それも感触を主体とした物体に対する愛着。いつも抱いているヌイグルミ(これは少女より少年のほうに多いエピソードという印象)、口元に寄せているガーゼのハンカチ等。幼い子供達には、失いたくない何かの変わりに、安心を保障する何かの変わりに、手にする対象が必要なのだ。

しかし、水色の毛布もヌイグルミもまた、段々と草臥れ色褪せていく。ヌイグルミは汚れて耳や手がとれてしまう。そうしていつか対象と離れる日が来るのだ。それは新品の同じ製品では成り代わることができない、二度と戻らないもので、以後は手に触れられない記憶として、保続されていく。


2005年01月20日(木) 思うことの力

一晩立つと、腹も括れた。不思議なもので、昨日はもう死んでしまうような未来ばっかり考えていたのに、今日になったら、病気に立ち向かう気持ちがずっと強くなって、本当に治ると思えてきた。実際治る確率のほうが高いのだから、そうそう悲観的にばかりなることもないのだが、やはり時間の経過というものには不思議な力がある。

癌になったなどとあまり人に言えたものじゃないが、他に言いようもないので、色々考えた末、まずは友人に打ち明けた。このショックもきっと共有してくれると思ったし、共有して欲しいと思ったのだ。大切な友人だから、彼らからの力を貰ったら、きっと病気に立ち向かえると思った。

事実、友人から貰った気持ちは、思っていたよりもさらにずっと強い力だった。同じようにショックを受け、何ともいえない思い気持ちを抱えながら、一緒に応援してくれて、またこの日記を見た友人達からも今またメールを頂いたりして、そうしているうちにどんどん気持ちが強くなっていくのが解る。これならやれる、と確信していく自分達がいて、それは昨日と比べると不思議なくらいふっきれたような気持ちだ。

皆ありがとう、とても感謝しています。


2005年01月19日(水) 泣いてはいけない

一日明けて、少しショックが治まってきたので書こうと思う。

ボクには伴侶がいる。2年前に生涯を共にすることを誓ったのだが、そいつが癌に罹っていたことが昨日、解った。一週間前に組織検査をうけて結果を待っていたのだが、悪性だと聞いたときには目の前が真っ暗になった。

相方は、ボクの顔をみたらポタリと少しだけ涙を流した。自分のことでは滅多に泣かないヤツが泣いたので、ボクは間抜けにも『何とかなるさ』としか言えなかった。
まだそんな年齢でもないのに、なるときはなるのだ。

一緒にお昼ご飯を食べた後、ボクは仕事に戻ったけれど、それからは殆ど上の空だった。いつもより少しテンションは高かったかもしれないけれど、そうしないと涙が浮かんできそうだった。不謹慎だけれど、相方が死んでしまうことを想像した。突如一人ぼっちになってしまう想像をしたら、悲しかった。そんなはずは無い、手術をして治るんだ、と思いながら、悪い想像がどうしても浮かんできた。

家に帰ってからそのことを話したら、相方も自分が死ぬことを考えていたというので、色々話した。ボクを残しては死ねないというので、ボクはまた泣きたくなったが、今はコイツの前で泣いてはいけないと思ったので泣かなかった。

昼間、病院で泣いたのはどうしてか、後で聞いてみたら、(聞くのは心無いかとも思ったけれど、どういう涙だったのか知りたかった)ボクの顔を見たら安心したと言ったので、ボクは出来ることは全部してやろう、と思った。


2005年01月18日(火) 増殖する悪意

『増殖する悪意』という言葉を、[多重人格探偵サイコ]の帯で見た。

多くの人間には、共感するという能力がある。(多くの、と限定するのは、先天的に共感する力に欠けていたり不足している人達も存在しているから)楽しいことや悲しいこと、わくわくすることや不安に思うこと、幾つもの感情が、言葉やジェスチャーというコミュニケーションを介して伝わり共有されていく。

映画のように人間が創り出したものには、ある程度共感に偏りがあるだろうが、一定の感情的高まりを提供するだろう。
コンサート会場に集まったファン達の胸にこみ上げる高揚感は、会場全体に地響きを起こすほどだ。

津波や地震で何もかも崩れ去った光景は、より普遍的な恐怖や悲しみを胸に呼んでくるし、生まれたての赤ん坊(それは人間に限らない)に対する保護欲なども、生き物の心に備わっている普遍的無意識的な感情だろう。

怒りもまた、共感され伝わっていくことがある。凄惨な事件を前に、不誠実な発言を前に。目の前の、あるいは目の前にいない存在に対して怒りを抱くことがある。

悪意はどうだろうか?悪意に近い感情が胸の奥に湧き出てきたとしても、それはおいそれと晒されていようなものではなく、己の中心にすえておくには少し耐え難い、保ち続けるには苦しい感情に思う。

胸の奥に秘められた悪意は底辺で漂い、意識下に潜んでいる。それが、あるきっかけによって複数から浮上してくるとしたら?何が先導するのかはちょっと今想像つかないけれど、対象を見失った悪意が周囲と共有されることがあったとしたら。対象なき悪意の集団が、互いにそれを向け合い傷つけあうような光景が起こるのだろうか。
それを止めるものが存在しないくらい、集団を先導する悪意なるものが存在するとしたら、それは個々の中に内包されていたものに他ならず、それはすでにボク等の意識下に潜んでいるのだ。


2005年01月17日(月) 魂の往く場所

salvage:�ヽて餤濬���沈没船などの引上げ作業

魂と呼べる代物が存在するとして、それが肉体から放たれた時、一体何処に往くのかは、今魂を繋いでいるものには確かめる術がない。
臨死体験においては、溢れる光をみたり、川の流れのようなイメージを見てくることがあるそうだが、話し手は帰還者なので、向こう側に往ってしまった者の体験談は聴くことが出来ない。

魂が向かう場所として最も普遍的なイメージは、やはり天上であろうか。太陽に近い場所、闇のない場所、大地の制約を受けない場所として、空高いところに魂は昇るとイメージされている。

そして、魂が沈んでいる場所としてイメージされるもうひとつの場所に、水の底あるいは水に漂うもの、がある。其処は冷たく暗い。ボクの中ではツインピークスのビニール死体のイメージが強烈な為か、それは保存され生前の姿を保ち続けている。(実際の水死体とはかけ離れているのに、水死体に対する特別なイメージが確かに存在しているように思う)

それは、いまだ天上に向かうことの出来ない、未処理の存在であり、いつか救出されることを待っている、あるいは其処から出て行くことを前提とする状態なのだと思う。

もうひとつ、水に浮かび出て行く存在としては胎児を連想する。羊水の中のみ、人間は肺から呼吸をしなくても液体の中に浸されて存在できる。胎児はやがて誕生するが、それは水から引き上げる作業とは少しニュアンスが違うか。


2005年01月16日(日) サルベージ

もともと3つのサイトを運営していたけれど、突然のHDクラッシュによって儚くも散った。1ヶ月かけてイラストサイトだけ復活したけれど、今もてるエネルギーでは残り2つまでは手が伸びそうにない。
ので、思い切って他のサイトを閉鎖することにした。
このエンピツ日記もイラストサイトにサルベージするので、過去のログは全部消去。
今まで3年近く日記を書いてきたのだけれど、それまでずっと日記を書く習慣なんてなかったから何だか新鮮だった。読み返すと恥ずかしいけれど、結構真面目に考えてたんだ俺!みたいな。

過去の記憶って、みんな雑多にメモリーに放り込まれていて、時系列に並んでいるわけでもなく、表題がついているわけでもなく、それは記憶の断片の無秩序集合体でしかない。ふとした瞬間に蘇ってくるけれど、自分から拾い集めることが出来るとも限らない。手の届きそうで届かないような、見えそうで見えないようなモドカしい代物なのだ。

思い出せない夢にも似ているけれど、夢は時間の経過とともに完全にロストしていくのに対して、経験したことはいつかまた鮮明に蘇ってくるような印象がある。時間を失っていく悲しみを少しでも埋め合わせたくて、こうしてまたデータを残すのだ。


ロビン