2007年12月31日(月) |
実家恒例の紅白談義。 |
いろんな新手の魅力ある番組があるなか、古畑家ではやはり昭和からつづくベーシックなおおみそか。紅白歌合戦をみる。
『そして・・・神戸』(前川清)でまず上機嫌になり。 ♪誰っかうまい〜〜嘘をつっける〜っての決まってました。『相手』のはいり、いつもと違ってたけどそれもかっこよかったな〜(自分しかわかんない話しだ)。 『そして・・』は私のトランペットの松田次史師匠がカラオケで愛唱されているもので弟子の私は暗記しております。めちゃくちゃうまいんだな〜、これが。 絶好調な大塚愛の明るさにリラックス。 スキマスイッチ『奏』では話し掛けられても聞こえない状態(笑)になり、ひとりの世界にはいって一緒に歌ってしまったりなど・・。 八月にはじまったスキマスイッチブームによって歌詞をまる暗記しているせいです。 久しぶりの『夜桜お七』もよかったです。 敬愛する師匠が他界されてからの紅白のなかでは今回が一番のっていたと思うよ(冬美マニア)。 私は歌詞を勘違いしており、 ♪2度とあえなくなる人と、いなくなったは同じこと〜さくらーさくらー♪←都合わるいとすぐサビにとぶ などとふがふが復唱して歌っていたら母と妹に 『いつまでたっても、こない人は、死んだのと同じとかそういう歌詞のはずだよ』 と、年末にも関わらず鋭く訂正される。 ・・・覚えていたのよりややキビシめな心境の歌詞だったのね(笑)。
聞いてみたかった今年のヒット曲『われもこう』。 途中までは泣きながら聞いていたが、最後になにやら『離婚することにして、自分の生き方をする』みたいな告白をふくめたストーリーだったことがわかり私はなにかが急にさめる。 『いろんな結果は仕方がないかも知れないけど、なんでここで離婚になるんだよ〜、想定外だよ。そういう歌なのかこれは。自分らしくなかっただなんて相手に失礼だ!』とか言っていたら、母に 『昔は特にね、自分では選べない結婚をした人もいるんだよ。いろんな人がいるんだよ』 とさとされる・・・。ん〜。。そういうもんですか(笑)
昨日の大賞とってるときのは見られなかったコブクロの『蕾』。 実はちゃんと聞いたのははじめてだったのだが・・・うぐ・・・・いい歌だった。 『聞こえないがんばれ』が手のひらから伝わってどうこうきたとこでもれなく号泣。 そうか、がんばれって聞こえないこともあるんだね、とかいろいろ考えてたらせつなくなってきて。 ここで古畑家はようやく全会一致モードになったのでした。
最後は、画像だけではなく実際歌う沢田研二に会いたかったけど。
(そんなわけで年末最後に自分しかわかんない文章でもうしわけないです。)
本年もありがとうございました。 みなさまが、あたたかくして良い新年をお迎えくださいますようお祈りもうしあげます。
2007年12月30日(日) |
仕事おさめ&今年の漢字『偽』 |
本日は今年の仕事おさめでした〜!!がんばった!おおみそかまでお仕事されてるかた、すでにおさめられた方、1年おつかれさまです。
すっきりとした開放感♪ これからお掃除。ゆっくりやろうっと。←ゆっくりやってたら年内に終わらないけど(笑)。
ばたばたしていたが相変わらず勘は冴えている(勘というか予感)。 なんとなく、『たぶんこれは・・・・なのでは・・・』みたいなのが、実際のところであたってしまってちょっと・・少しびびってくるというか、予感がおりてくるのが怖かったりして(笑)。
ほんとにめまぐるしい1年だった。とくに今月は想定外な嵐のようだった。。 くいつきのんびりしているとどんどん後回しになっていく。 いったん後回しボックスにはいるとそれはいつになるのかわからなくなり・・・
今年の漢字が公募によって1位の『偽』だったそうですね。 いくら刹那的な事件がおおいとしだったからって、みんなそんな字をお坊さんに大きな筆で書かせることまでは考えたのか〜? お坊さんは、こんな字を書くのが情けないと言っていたそうです。
たとえば『一流のものにふれなさい。』という教育の形があって、それもいいと思うけど。 たくさんの『偽(ダミー)』にもふれることで、むしろ『偽』ではないものの大切さ、貴重さ、繊細さを見分ける技術が習得できると思います。 ダミーにもレベルとかグレードの違いありますしね(笑)。
ダミーじゃないものだけを求めるならば、どちらも知っておく方が安全じゃないかな?って思った。 安易に真偽で二分するのも、危険だとも思う。 生きた人間である限り、完全に真っ黒な人も真っ白な人もいないんじゃないかと思うからです。
先日、とある駅の階段途中で体をななめにして倒れている方がいた。 よっていたのか、めまいがしたのかわからないけど、起き上がれないし気を失っている様子。
駅員さんを呼びにいく人、人が倒れているからといってほかの通行者を手前でブロックする人、自分の手荷物をそっと体の下にはさむ人、救急車を携帯で呼ぶ人。
みんなが知らない人なのになぜかあっという間の連携プレー!!
斜めにたおれていたから、下の平らなところに移そうと、数人でもちあげようとぐるりと囲んでいたとき、私は言いました。 「動かさないほうがいいと思うっ!待って、動かさないで!!」 って。持ち前のおっきな声で(笑)←本能的なレベルであせっていたので音質なんてケアできません☆ そしたら、もちあげ移動は中止。駅員さんが毛布をもってきたころその人は意識をとりもどしてきて・・・あとは救急車手配したから大丈夫ですとのこと。
なんとなく、それ以上はできることもないし、意識をとりもどされた以上は人に囲まれているのもいやかなとおもって改札を抜け歩いていたら、そっと私の腕をふわっとつかんで 「あのね・・・」 と話かけてきた60代くらいの女性の方がいた。 「あのね、ありがとう。」
「え?」 「あのね、ありがとう。私も動かしちゃいけないと思ったけど、声がでなかったの。私の兄がね、同じようにね、こうやって駅で急に倒れてね。ほんとは動かしちゃいけなかったのに、動かしちゃったことが原因で、救急車はこばれたけど、亡くなったの。動かさないでおいてくれたら違ってたらしいのよ。自分の兄がね、動かされてなくなったからね。」 「え・・はい。」 「あなたが言ってくれて、動かされなかったからよかったわ。ほんと、あなた、ありがとう。」 なんでそれでありがとうになるんだ?とそのとき一瞬意味がわからなかったんだけど、小柄なその女性が私をみあげる瞳が本当に感謝しているような、きれいな泉みたいに見えたのです。 ぺらぺら勢いでしゃべり返すような気になれず。
「いや、なんかもう必死で何も考えてなくて・・ただ言っちゃっただけです・」
と答えてぽかんとしていると、その方はやさしげなクリーム色のコートをふわっとさせながら人ごみに消えていきました。
私は、見ず知らずの私に、自分の経験と感謝を伝えてくれたその人に「ありがとう」を言いそびれてしまったのでした。 それ以来、その人が同じコートを着ているとは限らないのに同じ駅を通るとまた偶然通らないだろうかと探してしまう自分がいます・・。 今年は、わたくしすごくがんばってきたつもりです。 でも、かんじんなことがまだまだ未熟者です。
感謝を行動で示せる人になりたい。本当にそう思いました。
さて、くしゃみがとまらないままクリスマスをむかえました♪ くしゃみをすると誰かが噂しているとか聞いた事有りませんか? でも、このいっそがしいときに人の噂をしてる人は、とりあえず私のまわりには見受けられない(笑)。
はー・・・もう少しで一段落するはず。 年末まであとちょっと、がんばるぞ!!
かえたんと、イブだってのに選曲メールやりとりしたり(笑)・・・。 こんなときじゃないと、リアルタイム交換ができないのでした!?
みなさんも暖かくしておすごしくださいね。 メリークリスマス。
2007年12月13日(木) |
勘もばかにできない☆ |
みなさんお忙しくお過ごしのことと存じます。
なんか、最近ちょっと勘がさえてる。 よいにつけ悪いにつけ、ぼんやりとではあるけどわくわくしたり(ざわざわしたり)の予測があたるのです・・・からぶりなしというか私も多少のサバイバル経験で勘がさえてきたのかもしれません(笑)。
裏切らないものは、やはり裏切らないものだなーと。 しっかりしていてデリカシーが満たされる。 デリカシーというのは、枝葉の先端ではなくもっとプリミティブなものなので、一見細部のようだがあなどると、それはそれはやばいことに!ふっとばしてはいかん。←自分にいいきかせてる。 デリカシーって形状記憶の心の繊維みたいだなと思うよ。 この形状記憶が勘につながってるような気がする。 形状記憶、たまたま最近『はずれなし絶好調』!?勘だけに頼る気はないけどね。記憶というのはすべて過去だからとらわれたくない気もする。
今年はいろいろ勉強になったなあ(しみじみ語ってるわりにたいした指向性のない文だな・・)。
自分も人から見たら、時と場所と相性とかによってどちらかに見えるんだろうなあ。いつも自分がまっさきにうすら軽いならやだな!!
・・・都合よいことも悪い事も、あてこまず、かといってハスにかまえず素直に♪ 最近朝型なので、迷いがあると、なんでも太陽をみてから(私にとっておひさまはいつも正解だから)答をだしてます。 迷っている時間は今はないからね☆さくさく、じわじわ、めりめり、そんで『ちょっとゆるく』いきたいものです。
外は寒いけど、ヒューマニズムとユーモアを忘れずに♪ お肉いっぱい食べて力つけて、後半より豊かに表現していきたいと思います。
さて、・・・余裕ぶって日記書いてみたり(笑)。
風邪もひかず、さして体調不良のおびえもなく、多少(?)てんぱりはしたけどそれなりに乗り越えてきた今年の秋冬。 今日、とうとう頭痛になった〜〜!!おめでとう、私も人間だった。 風邪をひかないので自分は人間と細胞が違うのではと少し不安だったし(笑)
楽器を吹いたら忘れるかも。 とおもってあたりまえだけど今日しか日程とれなかった超大量新譜音だしと練習を敢行。 吹きながら、もう文章になってない独り言をいう私。
『これが、片手でさ、こんなのやってみたけどどう?って、 さらっとできる人はいいよ。私はさ、もう地味にずうっ とやってやっと、できるかできないかだから。こういう のってせつなくなるわけ。せつないのって、いやだよね』 とか(笑)。ぐちるなよ。 どうレスポンスしたらいいかわかんないよね(苦笑)。 よくわかんないけど、気分転換と称してバッハのインベンションもピアノとあわせる。 まばたきをしている暇がなく、コンタクトが真っ白でぼやけてきた・・。
頭痛は、とびました。 意外にバイタル強めかも。 しかしそれがデリカシーにいたるには、まだしぶとくないといけないです。 強いだけでは優しくないのだ〜。 明るく、しぶとく、美しく!! ・・・年末はまだ前半すら終わってないことに気付いてびっくりしています。 すっごいたくさん乗り越えた気がしてたんだけどね。 今週も引き続き『いつも本気』でがんばります。
2007年12月04日(火) |
でも・・。感謝してる。 |
そして翌日の今日。
・ヴィオラの名手である今井信子氏のコンサートのチケットをTさんから送っていただいて機嫌よし(単純)楽しみだなあ!
・おともだちが結婚する告知メール☆そく電話。 ハッピーなつやつやボイスの声をきけてうれしいです♪
ノーモアおまえ事件から一日たち、あらためて思うのは。 ノーモアは、依頼ではなく強い拒否ですから(笑)やんわりとくり返し依頼はしてきたけど、忘れたみたいだからさくっと今回はお伝えし。 (ちなみに『おまえ』はとある機関の指定するハラスメント用語ガイドにはいってるから、読んでみたらとコピーしようかと思ったけど、私その人の先生じゃないから、さしでがましいのでやめました)
最初からおまえとか絶対使わないのが普通の感覚の方々ももちろんたくさんいらっしゃるわけです。 それどころか大事にして下さる方もいるわけです。
横柄なのがノーマルな人と関わると、そうじゃない人のすばらしさがよりいっそうすばらしいと思える。 また、ぞんざいがノーマルと思って扱ってくる人よりも、自分を大切にしてくれる人たちの貴重さを見失わず、力を発揮していきたいとも思います。 イライラして、気力すり減らしてなんていられないよ! 普段は素敵な人に囲まれて暮らしているため、いきなりお前言われて絶句しましたけど。最近あまりやなコト言われてなかったし(笑)。
自然とあったかい毎日を過ごさせてくれているみなさんに、感謝の気持ちになりました。幸せに気付く事ができた。ありがとう。
2007年12月03日(月) |
エセ近親2人称『おまえ』についての巻♪ |
さって、久々の更新。 充実した毎日をあらわしたいところだが今日は毒舌です(笑)のでご容赦くださいませ♪ 知人からとあるお願いごと系業務連絡をうけたおり、しょうこりもなく『おまえ』と書いてあった。
結論からいっとくけど、
『あなた様にお前とよばれる筋合いはない』
ですから〜!! 私は、音楽以外のアルバイトも経験したんだけど、勤労社会ではたまにいる→女性を『おまえ』と呼ぶ男性は影でかならず悪口いわれるし、いやがられてます。まあ札幌はリベラルだから、あんまりそういう男性いないけどね。 上司だったりすると、めんどくさいから面とむかっていわないだけで。 受け入れてるんじゃなくて、無視してるか我慢してるかのどちらかなんです。 百歩ゆずって、衣食住すべてにおいて自分が守り抜くことのできる家族とかに父親が使うならまだ時代の違いなどを考慮して受け止められるけど。 まるで保護してやってるかのように錯覚させるには便利な言葉なのかも。 そういう人に限って、保護どころか案外がっつり吸い取っていくけどね(毒舌)。 うちの父は使いません。
自分はこれまでに何度もま夜中におくってきてるくせに、こちらが夜中に返信したら『すごい時間だね』だって。 自分してきたことは忘れるのね〜。 非常識の指摘には非常識の指摘でなにげ〜に応戦かい。
いやなんですけど。 といったら、『そんなつもりはなかった。』だって。 そんなつもりがないの、すごくわかってます。 こちらだって不愉快を伝えるにあたり『エネルギーと、伝える勇気』を消費してるのだから、一度嫌悪感を示したことを、あっさり忘れないでほしいわ。 こちらは勝手な考えだけど仲良くいたいから、ほんとにやめてほしいことはがんばって伝えてみているわけです。言ってみて、だめならしかたないし、言わないで勝手に嫌いになるのももったいないと思うから。 私だって、ただ自分のいきおいを相手に飲み込ませたいんじゃないんだけど。 前も言ったのにまたか〜?と正直思った。
なにか、ものを頼む相手に『お前』って言ってくる人、また言われてるひとがいたら、その人間関係についてみなさんはどう思いますか。 私個人は、上下のはっきりしている言葉と思いますけど。 高圧的なつもりは、ないんだって〜(笑)うけるよまったく。 言ってる人って、一番気付かないみたいね。 お前とよんだひとにお前って呼び返したら喧嘩になるでしょう。 つまり、どちらかが劣位を飲み込むことでなりたつ関係なんですよね。
気分がいいかどうか。 自分の母親でも奥様でも、恋人でも妹でもいい。 近親者が、他人の男性に『おまえさ〜』と呼ばれているのを聴いて、気持ちいいかどうか考えたら簡単だよね。 やけに親し気ではあるけど、けして親身な責任をともなうものではない『おまえ』よび。 私のこと、その『エセ近親2人称』でよんでくれなくていいのよ。
どんなに芸術的度量があっても、あるいはもしくはどんなに経済力があっても、イヤだと伝えた響きを、無邪気にくり返してくる人、寛大につつみこめる私じゃなくちゃ私が器小さいことになるのかしら。。ま、それでもいいけど。 人にはケアレスミスというものがあるから、一秒即発なつもりもないよ。 自分も『悪気なく言っちゃった』失敗は相当いっぱいあるから。 でも、あらためて人の呼び方にはその人の生きる慣習、文化、敬意のほどがあらわれると思います。
私の為に御自分の習慣を変えなくていいけど、ナチュラルに『おまえ』おしつけないでいただきたいのですが? このさい異文化の旧時代的外国語だから変換できませんフォルダーはいっちゃって、聞こえないし読み取れないからお返事できないかも。 『おまえ』ってひとのことよんで物たのんできて、偉そうなつもりない、悪気はないとおっしゃるのよね。いつも頭さげられるのが普通だっていってるのと同じだよ〜苦笑。 同じ日本ごでも異文化コミュニケーションです。 悪気ないのを、信じることにしたよ。だって『普通』が違うんだもん。
聞こえないわたしがお返事しなくなっても、おまえよびしてくる方に対して『悪気は、ないよ』っての、信じてくださるのかな。
”ノーモアおまえ、ノーモアおまえら” いかなるおまえよびにも協力、附随しないと同時に、誠実に平和を希求する古畑からの年末初頭メッセージでした。
なおかつ、より深く、寛大な博愛精神をミにつけるべく精進していきます♪
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