| 2004年09月30日(木) |
青田恵一『書店ルネッサンス』青田コーポレーション出版部 |
青田恵一『書店ルネッサンス』(青田コーポレーション出版部)は副題の「進化・視察・未来/出版営業・電子ペーパー」でも明らかなように現代日本の書店の問題・課題に総花的または総合的に分析し、少しでもプラスの方向への道を見いだそうとする姿勢のうかがえる本である。 佐野眞一の『誰が本を殺すのか』を読んでから「本屋」「書店」「図書館」「古書店」などのテーマを扱う本に目を奪われるようになった。 書店の現在と未来を考えている人のための基礎資料となる、見通しの良い本である。書店復興のためには常識は通用しないことを言外に説く。
2004年8月発行 発売=八潮出版社
| 2004年09月29日(水) |
能村庸一『実録テレビ時代劇史(ちゃんばらクロニクル1953-1998)』東京新聞出版局 |
能村庸一『実録テレビ時代劇史(ちゃんばらクロニクル1953-1998)』(東京新聞出版局)はオールスター忠臣蔵のごときの大作だが、四八五頁中一頁もゆるみのない充実度で勝負。 好きなジャンルの文章はどんなに長くても集中していつまでも読める。 内容と文章が良いと尚更時を忘れる。
目次の紹介(大見出しのみ) はじめに PART��(昭和二十八年〜昭和三十九年)草創期のテレビ時代劇 PART��(昭和四十年〜昭和四十九年)テレビ時代劇の黄金時代 PART��(昭和五十年〜昭和六十三年)テレビ時代劇の曲がり角 PART��(平成元年〜平成十年)テレビ時代劇に試練の時 <昭和二十八年〜平成十年>テレビ時代劇放送記録 参考文献 写真資料提供・協力 企画協力 あとがき 装幀 川畑博昭
好きだった時代劇の話題には特に食いつきがよくなる。大瀬康一の「隠密剣士」栗塚旭の「用心棒」シリーズや「風」を見ていた記憶が甦る。やはり昭和四十年代には一口に時代劇とはいってもさまざまな切り口の時代劇が見ることができた。 暗殺シーンがリアルなせいで怖くて見たくなかったのが「幕末」という時代劇。「三匹の侍」のリアルさは殺陣の迫力を生み出すためにあったが、「幕末」の方はまじリアルで「痛さ」や切られたり突かれたりする「恐怖」がそのまま伝わってきていやだった。 巻末の「放送記録」の批評はできないが、まずこれは眺めて楽しいものである。 先の「幕末」が昭和三十九年で制作が記憶通りTBSだったことを確認できたし、スカパーでの放送を願っている昭和四十四年TBS日曜日午後七時放映の「妖術武芸帳」(佐々木功・月形龍之介)も再確認することができた。 1999年1月発行から遅れること5年にごめんなさいという気分。 このテレビ時代劇大長編評論はすばらしい。
| 2004年09月28日(火) |
メイ・サートン(中村輝子=訳)『回復まで』(みすず書房) |
メイ・サートン(中村輝子=訳)『回復まで』(みすず書房)を読んだ。 作家の66歳から67歳時の日記である。安穏と生きているわけではない独り暮らしの女性作家・詩人はシビアな現実に直面して心がうちひしがれた状態にあった。そのどん底から朝日のようにじょじょに明るく強くなっていく自己のこころを凝視し、語り、伝える作家の貴重な日記による記録である。 残念なのはメイ・サートンはすでに亡くなっていることと、この66歳日記の時が1978年から1979年という遠い過去であることである。 メイ・サートンは1995年に83歳で亡くなっているし、1978年といえば26年前ではないか。 日本では1991年に最初の『独り居の日記』が出て以来、1999年にやっと次の日記『海辺の家』が続き、2002年に今回の『回復まで』という順番で邦訳出版が実現しているのだから、もっと早くに知っていたかったというのは単なるわがままにすぎないのだが、知らなかったことが恥ずかしい。
「だれか作家仲間が階下で仕事をしている、と思う気分はいい。」(204頁)
これと同じような言い方は終盤にもあらわれ、詩人の孤独な魂が、いわば強くなりながら柔らかく平らかなものを獲得しつつあることを示している。 この文学は古いようで新しい。未来の文学である。
最近、最後の日記『八二歳の日記』(みすず書房)が出たが、訳者のあとがきによると『回復まで』のあと、『七〇歳にて』『発作のあと』『エンドゲーム』『アンコール』と書き続けての『八二歳の日記』だそうである。 読もうか読むまいか実に迷う。
夕刊で「海洋歴史小説・直木賞作家 白石一郎さん死去」を知る。72歳。 2002年に食道ガンの宣告があり、闘病していた。 私にとっては伝奇時代小説『黒い炎の戦士』シリーズの作家である。 徳間書店から発行されていたSF専門誌「SFアドベンチャー」に連載。その後、徳間ノヴェルス、徳間文庫で出版。残念ながら未完である。 山田風太郎の系列風の奇想天外で抜群に面白い一種の娯楽忍者小説としてその完結編の登場を長い間待ち続けていたので、そういう意味でも気になっていた作家の一人だった。 長男の一文さんと二男の文郎さん、ともに作家であることは今回はじめて知った。 双方に共通する白石という姓を結びつけて考えたことがなかったので驚き、少し興味がわいた。
| 2004年09月23日(木) |
吉田精一『日本近代詩鑑賞ー大正篇ー』(新潮文庫)を少し。 |
吉田精一『日本近代詩鑑賞ー大正篇ー』(新潮文庫)の佐藤春夫の章を読む。 初めの詩は「秋刀魚の歌」。過去に何回か読んでいるはずの有名な代表作だが、一体何をよんでいたのか。 一連目のみ読んで全体を読んだつもりになっていたのだろうか。 三連目にある 「あはれ、人に捨てられんとする人妻と 妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、 愛うすき父を持ちし女の児は 」 など詩の背景の物語にまったく気づいていなかった。
谷崎潤一郎との友情、その妻との関係について、これを読んで初めて知った。
ほかには、 木下杢太郎、高村光太郎、室生犀星、萩原朔太郎、日夏耿之介、西条八十、芥川龍之介、佐藤惣之助の八詩人とその代表的作品を取り上げている。
(昭和二十八年六月五日発行、昭和五十一年七月三十日三十一刷)
| 2004年09月22日(水) |
マイク・アシュリー『SF雑誌の歴史(パルプマガジンの饗宴)』を少し。 |
マイク・アシュリー『SF雑誌の歴史(パルプマガジンの饗宴)』(牧眞司=訳・東京創元社4500円)を少し覗く。
東京創元社創立50周年記念出版、野田昌宏推薦
はじめの方の「アメリカの曙」の章で、エドガー・アラン・ポオを「SF短編の父の称号がふさわしい作家」とあるのを目にして「そうだった。」と最近その存在を忘れていたことを反省した。 ポオを的確に最大限に評価している部分を新鮮な気持ちで読むことができた。 本書は、20年代から50年代までのSF雑誌の歴史を詳述。続編はすでに出来上がっているという。その日本語訳の出版も待ち遠しい。
この本を読むことは、わがSF読書遍歴をたどること。この本は自分を映し出す鏡となる。
| 2004年09月21日(火) |
草思社の『草思 二〇〇四年十月号』の目次 |
充実した内容に驚く。草の思いと書く草思社が毎月発行している宣伝誌『草思 二〇〇四年十月号』の目次はそのホームページ上でも確認できるの間違いないにしてもここで念のため書いて残しておこう。
特集 日本のマンガはどこへ行く 「哀しきマンガ生産工場」長谷川裕 「マンガにはなんだか見えない階級があるみたい」ヤマダトモコ ○「マンガ家はなぜ『狂う』のか」大泉実成 「マンガ家が失ったもの」奥村勝彦(編集部インタビュー) 読み切り ○「働くということ(3)」立石泰則 「日本史の教科書を読んで思ったこと」永栄潔 「中国人の正体ーアジア杯反日サポーターに見る阿Qの姿」綾瀬隆 「ヨーロッパ難民事情ー地中海を漂うアフリカ人“不法入国者”」M・ブラツケ
連載 「東京ポルカ 8」鬼海弘雄 ○「お母さんはしつけをしないで 10」長谷川博一 「外交官の仕事 4」 河東哲夫 「身近な野菜のおもしろ観察記 6」文・蝗田草歩 絵・三上修
編集後記
編集長 藤田博 発行人 木谷東男
注ー題名の頭のほうに○が付いているのが読みごたえのあった文章です。わずか百頁にも満たない小さな雑誌、おそるべし。
| 2004年09月20日(月) |
益田勝実・編『南方熊楠随筆集』(ちくま文庫)、読み終わった。 |
益田勝実・編『南方熊楠随筆集』(ちくま文庫)、読み終わった。
矢吹義夫・日本郵船会社大阪支店副長宛の書簡「履歴書」と松村任三・東京帝国大学植物学教授宛の書簡「神社合祀問題関係書簡」の間に十二編の民俗学論文・エッセイをはさんだ豪華な熊楠アンソロジーである。
今回、特に最後の「神社合祀問題関係書簡」が強かった。 その舞台である熊野といえば最近世界遺産に選ばれたばかりだが、人にも土地にも歴史あり、と改めて実感した。
その原初のままを思わせる風景が実は神社合祀による樹木伐採や自然破壊の果ての姿かもしれないのだ。
官やら役人やら、はたまたそれらの寄生虫的やからが跋扈して自然や森林・幽山さらに前時代から残る各地の神社を「合祀」という大義名分のもと破壊尽くした、あるいは破壊し尽くそうとした。
熊楠の怒りや困惑、無念の気持ちがよく伝わる刺激的な文章だった。 明治の末に書かれたものが現代的な意義を持ち得ていると思う。
いまだによく似たことが近所でも遠所でも行われている。
ところでこの文庫は、表紙を折った裏に熊楠の写真と著者紹介文がせっかく載っているのに、熊楠が「1967年和歌山県生まれ」に誤植されている版です。 (一九九四年一月十日 第一刷発行)
| 2004年09月19日(日) |
『小説トリッパー AUTUMN2004』(朝日新聞社)をつい読む。 |
『小説トリッパー AUTUMN2004(週刊朝日別冊)』(朝日新聞社)をつい読んでしまった。 あざとい特集名「本と書店をめぐる冒険」と表紙の出演者、佐野眞一、橋本治、中島梓、永江朗、鹿島茂、山形浩生にごまかされてしまった。 テレビのワイドショーのごとし。 読むまでもなかった。別の、たとえば創元推理文庫の新刊を買えばよかった。 全404頁のこの雑誌、中ほどにある書評欄を足しても80頁程度しか特集にあてていない。仮にも「冒険」と称するならば、日曜の新聞書評欄に毛の生えた程度以上の力の入れ具合というものを見せてほしかった。 どこが冒険なのか、どこに冒険があるのか、 と夜中に書く文章はつい暴走を始める。そうだ。 最近出た単行本と似た特集名でなくどうせつけるなら「本と本屋に関わる重要な暴走」とか「村上春樹に助けられたい冒険」あるいは「ハリー・ポッターを囲む冒険」などとか。 天下のノンフィクション作家にインタビューして終わりなんて逆の展開。もっと深く掘り下げて拡げてくれないと困る。 これでは『本コロ』文庫版の巻末解説のおまけにではないか。 以上、問題の大きさのわりに随分読みごたえのない内容だったので残念でした。 この私の文章の拙さについてはもっと無念。
| 2004年09月18日(土) |
中条省平『クリント・イーストウッド』(朝日新聞社)を読む。 |
中条省平『クリント・イーストウッド』(朝日新聞社)を読む。 副題「アメリカ映画史を再生する男」の通り、映画監督かつ俳優としてのイーストウッドの歩みがアメリカ映画の歴史的展開と重なることを好意的に実証している。 アメリカ映画が大作主義に走り内容面で行き詰まった後も、イーストウッドの進化は続き、その存在感は薄れることがない。すでに重要な映画監督の一人である。
彼の映画を見たくなる刺激にあふれている。 私は『ダーティ・ハリー』シリーズの三作目で、新米婦人警官(タイン・デリー)と組んだハリーが好きで二回も見てしまった。
| 2004年09月17日(金) |
山崎まどか『ブック・イン・ピンク』(晶文社)を読んだ。 |
山崎まどか『ブック・イン・ピンク』(晶文社)を読んだ。 今年2004年2月初版のこの本を読むきっかけは何かで読んだ書評または紹介である。晶文社の本はそのことだけで点検の心が向くから得だが、ピンクとイエローの表紙からは遠ざかりたいものだ。表題の下に「おしゃれ古本ガイド」の「古本」の二文字がなければ素通りしてしまうところだ。 題名はいわゆる素人っぽいが、中身はれっきとした玄人の仕事である。 ピンク、レッド、ブルー、ブラウン、グレーの五部構成で、さらに乙女御用達風テーマ別「本棚」が配置されている。各本棚の本については平均四百五十文字前後のコメントがつき、著者が相当の読み上手、紹介上手であることがわかる。 「スラプスティックな本棚」などというものまであり、守備範囲の広さというか攻撃力の確かさというか、とてもかなわないなと思う今日この頃である。 こういう本を空想したことがないわけではないので、感心するのみ。 別の本棚には、アイリス・マードックの「ユニコーン」まで並んでいる。
| 2004年09月16日(木) |
『季刊 本とコンピュータ 2004秋号(第二期13) 』トランスアート |
『季刊 本とコンピュータ 2004秋号(第二期13) 』(トランスアート)を通読。真摯な議論や文章は娯楽に近づく。一気に最後まで読んでしまう面白さである。「『本』のために『コンピュータ』はなにができたか」という特集テーマのもと、梁山泊のごとく有能な執筆者たちの熱心な文章、インタビュー、対談、議論が集まった。 第一部の討論には、北田暁大、清水徹、永江朗、荻野正昭が登場。 第二部は、次の通り。 ルポ「マンガ電子化、その『夢』の行方」栗原裕一郎 鼎談「雑誌と百科事典と新聞が、電子化の大波を受け止めた」元木昌彦、矢野直明、龍沢武 座談会「戯曲の『版木』を残したい」佐藤信、和久田頼男、津野海太郎 「技術よりも人が見えてきたー電子テキストの八年」廣瀬克哉
ほかにも、小熊英二、東浩紀、山之口洋、仁木麻里などの文章も良い。 これからも折に触れて読み直すためのきっかけとなる魅力ある内容になっている。 あと三回で終わりとは残念だ。まだまだ読み続けていたい。
| 2004年09月15日(水) |
未來社『未来』2004年9月号、入手 |
未來社『未来』2004年9月号には書店の話題が三つ。 向井透史の連載「開店まで 早稲田古書店街外史4 ブックス・アルト」(P12〜13) 新連載「書店のABC 1」は 和泉仁士の「うれしい接客」(P30〜31) 西谷能英の連載「未来の窓90 青山BCは再生できるのか」(P42〜43)
異なる視点からの書店論として注目。別段、特集しているわけではないのに良い感じ。
大宮勘一郎の連載「大学の余白/余白の大学 4」の今回の題名「魂は二つか、一つか?」を見て思い出したのは、萩原朔太郎の詩「こころ」の一節である。
「 こころは二人の旅びと されど道づれのたえて物言ふことのなければ わがこころはいつもかくさびしきなり。 」
この連載の内容とはほとんど関わらないが。
| 2004年09月14日(火) |
大西巨人『神聖喜劇 第二巻』(光文社文庫)読了 |
大西巨人『神聖喜劇 第二巻』(光文社文庫)をやっと読んだ。 第三部 運命の章 第一 神神の罠 第二 十一月の夜の媾曳 第三 「匹夫モ志ヲ奪フ可カラズ」 第四部 伝承の章 第一 暗影 第二 道 第三 縮図 第四 対馬風流滑稽譚 解説 阿部和重
第一巻の第一部、第二部が重厚さで売ったに対して、この巻は意外にも軽い。 作中の大前田軍曹の言葉ではないが、軍隊と女の関係はないとは言わせないぞ、とばかりにそちら方面の話題満載である。
読み終えるまで一ヶ月以上かかり遅々として進まずというあせりも多少はあったが、主人公の東堂以外の人物の不可思議な人間的魅力のおかげもあり、挫折せずに読むことができた。
第一巻の冒頭の文章を初めて読んだときにはとうていうまくつきあえそうもないと中断・挫折を予感していたのに、著者の文章・表現力の充実と多彩さに脱帽した。
『本の雑誌』今月号(2004年10月号)に津野海太郎が「サブカルチャー創世記ー本と演劇の20年」という連載の中で今回は「新日本文学会にはいる」の見出しで4頁の回想録を書いている。その4頁目(P73上段)に大西巨人と『神聖喜劇』について次のような言及がある。 「『神聖喜劇』連載はやっと三十回をこえたあたり。したがって、もう三年近くつづいている勘定になるが、一回の枚数が極端にすくなく、しかもあいだに休載がはさまるので、なかなか先にすすまない。」
この「なかなか先にすすまない。」というのは大西巨人の執筆姿勢につながるだけでなく、読み手の姿勢や意欲、感性にも強く関わる重要な特色である。
阿部和重の解説は簡にして要を得た紹介文でうまい。
| 2004年09月13日(月) |
益田勝実・編『南方熊楠随筆集』ちくま文庫 |
益田勝実・編『南方熊楠随筆集』(ちくま学芸文庫)を読んでいるところ。 「履歴書」「人柱の話」「巨樹の翁の話」「今昔物語の研究」「西暦9世紀の支那書に載せたるシンダレラ物語」「伝吉お六の話」「猫一疋の力に憑って大富となりし人の話」「虎に関する史話と伝説民俗」「俵藤太龍宮入りの話」「ダイダラホウシの足跡」「涅歯(でっし)に就て」「無言貿易」「針売の事」「神社合祀問題関係書簡」「解説 野の遺賢 益田勝実」(というラインアップは目次から) 上記のような話や事についての掘り下げた解説話なので時に眠りを催すことありしも、著者の肉声のような言葉が時々はさみこまれるとぐっと読む気になる。 「予もそんな孝行をしてみたいが子孝ならんと欲すれども父母俟たずで、海外留学中に双親とも冥土に往かれたから今さらなんともならぬ。」(232頁から引用) ほかにも面白い言いぐさがあったが、今は見つけることができず断念。 紹介される話そのものがそもそも面白いからかつい読みふけるということも多々あり。
結局のところ、そもそもの話なので、読んでいる最中に、 「あ、これは大西巨人の『神聖喜劇』を読んでいるのだったかな。」と錯覚することが、しばしばあった。熊楠の文章が『神聖喜劇』中で引用・紹介される可能性はゼロとは言えないから、あながち無茶な連想ともいえないのでは。
| 2004年09月12日(日) |
スタジオジブリ『熱風』2004年9月号入手。 |
スタジオジブリ『熱風』2004年9月号入手。 特集「翻訳の楽しさと恐怖」は、高畑勲監督の翻訳書出版を記念しての好企画。 執筆陣は、清水真砂子、中井久夫、アレッサンドロ・G・ジェレヴィーニ、大貫美佐子の四人。 その翻訳書とは、何かというと、フランスの詩人ジャック・プレヴェールの『ことばたち』である。「訳および注解」と「解説と注解」の二冊仕立てで3360円、透明ソフトケース入り。9月29日発売とある。 ジブリといえば宮崎駿監督の新作アニメ『ハウルの動く城』ばかりが注目を浴びている昨今だが、それだけがジブリではないようだ。 堀田善衛の作品を3冊新たに編んで出版している。 『熱風』の表紙右上の「スタジオジブリの好奇心」というフレーズが、たのもしい。
| 2004年09月11日(土) |
マーヴィン・ピーク『ゴーメン・ガースト』(創元推理文庫)購入 |
マーヴィン・ピーク『ゴーメン・ガースト』(創元推理文庫) 結局、書店で購入。『タイラス・グローン』読了後、本棚から物置まで必死で捜索するも見つからず、しびれを切らして、もう一度買うことにした。 不安だったのは、大西巨人の『神聖喜劇』以上に在庫切れ当然の本ということだった。 しかし、杞憂に終わった。最初の書店でなんなく発見。発見と大げさに言うほどのこともなし、だった。後ろを頁を見ると、今年の七月末に印刷・発行になっている。 東京創元社が黒っぽい表紙のホラー系列の作品のフェアを始めたらしい。 腰巻きにはあの『銀河英雄伝』や『創竜伝』の作者の田中芳樹推薦の文字。 最近のファンタジー・ブームに便乗した企画といえないこともないと思うが、残念ながらやや中途半端。田中芳樹の知名度を借りるなら、もっとさくっとやってほしい。 表紙は登場人物を描いたコミック的な明るいものにする。たとえばグローン家の長女フューシャとその叔母にあたる不気味な双子の姉妹などを配して人物の魅力とファンタジックなストーリー展開を暗示する。とにかく今の玄人向けするような表紙をやめにする必要がある。せっかくゴーメン・ガースト三部作がどっと世の中に出たのに売れないで読まれないのはもったいない。 『指輪物語』はこの物語の子供版にすぎなかったと大いに宣伝してほしい。
そういうわけで『ゴーメン・ガースト』は楽に入手できた。
| 2004年09月08日(水) |
『ミステリーズ!(vol.01SUMMER2003)』東京創元社 |
『ミステリーズ!(vol.01SUMMER2003)』東京創元社
この東京創元社発行の雑誌も7号を数えたのでそろそろきちんと読みたくなってきたので、創刊号を手に取った。
表紙の怖い写真は誰の好みなのか。あまり好かない。人形作成=原千恵、 協力:PuppetHouseでタイトルは「Mr.Hyde]でとる。表紙デザインとロゴ=岩郷重力、WONDER WORKZ。
この調子ではなかなか先に進めない。
表紙の裏も有効活用の頁で、ひらいたかこの「ミステリーギャラリー」開幕である。夜中に一人きりで広い家の螺旋階段に取り残された子供の恐怖を描いた、題名「夜の足音」というモノクロのイラストがあり、その下に「マザーグース」の一節が横書きの引用。 「ほら 首切りの斧が・・・・・」 創刊号の栄えある第一頁は定番の「私の一冊」を『新宿鮫』の大沢在昌がゲット。 チャンドラー短編全集3『待っている』(創元推理文庫)を紹介している。
で、次が目次。
と時間切れ。最初はどうしても細かくなるのは人間の性というものでしょうか。 このあと、ビッグ・ネームが続くのですが。
| 2004年09月07日(火) |
グレアム・グリーンの本 |
グレアム・グリーンの本が買えない。普通の書店になくてもBOOKOFFなどにはあるはずという思い込みは幻だった。 かつて三、四年前にBOOKOFFで山本周五郎を新潮文庫で揃えようとして失敗。地域的な要因もあると思うが、ほとんど出回っていなかった。今はいつのまにかどこででもよく見かけるようになったのが不思議なくらい。 ほしいと思ったときに意外に出払っているのが昔のスタンダードなのかもしれない。 生誕百年記念と映画化のおかげなのか、早川書房がepi文庫でグレアム・グリーン選集を作るのはありがたいが。 今『ハバナの男』(早川書房の「グレアム・グリーン全集」の第15巻、翻訳者は田中西二郎)を少しずつ読んでいるところ。読み終わったら新潮文庫のものを読みたい。早川文庫のグリーンは全集版だけでよいような気もするが、新潮文庫版も絶版になっているわけではないのだろうか。
| 2004年09月06日(月) |
幸田文『月の塵』講談社文庫 |
幸田文『月の塵(幸田文随筆集)』(講談社文庫1997年5月15日第1刷発行)読み終える。読み始めたのが8月18日。ほとんど毎日少しずつ読んできた。 一気に読むのではわからない味わいというか面白さが見えてくるような気がする。 だらだらつきあうこともよい場合がある。 幸田文入門編としても応用編としても推薦できる充実した随筆集である。
表題の「月の塵」は花鳥風月の「月」を表しているのは当然として、あのアポロが着陸したという「月」も意味している。
「月には、親の代、そのまた親の、ずっとずっと前の代から、いろんな事柄を埋めてきたようだ。アポロは記念板を置いてきたというけれど、それは今日のはなし、私たちは昔々から、あそこへさまざまな無形の記念をうめている。たぶんそれらは古びて、塵になって積もっているのだろうーーいくとせ散らぬという月の塵に。 だから、アポロだといっても、そう急にかえた思いかたはできないのである。」 (71頁「月の塵」の終わりの部分を引用) 生前の単行本未収録の文章をいわば落ち穂拾い集。まさしく随筆集と呼ぶにふさわしくテーマが多岐にわたっていて、読みごたえは十分である。 1961年から1986年までに発表された五十八篇の文章から成る。
巻末の解説は「五官の教え」と題して森まゆみが大絶賛の文章を書いている。 「そして幸田文に限って、残っていた物に福があった。」 (365頁から引用。)
カバーデザインは菊地信義。カバーは幸田文の着物から。 巻頭写真2頁。「1964年11月、東京・小石川の自宅書斎で」と「1964年11月、ふたりの孫と庭で」のモノクロ写真が2枚。 (単行本は1994年4月講談社刊)
筆者「幸田文」について
1904年(明治37年)生まれ。1990年(平成2年)没。 小説家であり随筆家である。 1947年父幸田露伴没。
奈良法輪寺三重塔再建に積極的に協力した。
(*今回はとりあえずこれだけ)
| 2004年09月05日(日) |
中野孝次・編『清貧の生きかた』ちくま文庫 |
中野孝次・編『清貧の生きかた』はアンソロジーである。誰のどういう文章を選んだかに興味が移る。 水上勉、坂村真民、小崎登明、高橋延清、志村ふくみ、幸田文、今西錦司、山尾三省、吉野せい、空中斎光甫、鴨長明、吉田兼好、解良栄重、三木卓、安岡章太郎、鈴木大拙、中村達也の十七人の文章が収めてある。 幸田文は『崩れ』の文章である。 他の方の文章の出典はもちろん巻末に記載あり、だがそれはまた徐々に後日。 巻末の解説は、松下竜一。題は「清貧には遠いビンボーながら」であった。 ちくま文庫、1997年1月23日第1刷発行。
| 2004年09月04日(土) |
マーヴィン・ピーク『タイタス・グローン』創元推理文庫 |
やっと読み終わった。およそ1ヶ月は読み継いできて最後の646頁に至った。「ゴーメン・ガースト」三部作の第一部はゴーメン・ガースト城を統べるグローン伯爵家に待望の世継ぎタイタスが誕生し、ある陰謀の予期せざる結果として七十七代城主となるまでの約一年間に起きたさまざまな出来事と関わった個性的な人物たちと鳥や猫をあますところなく描き尽くした。 視覚的に豊かなイメージ、つまり優れた映像の数々は超弩級である。 人工的な映像美を追い求める現代にこそふさわしい。 個性的というよりもいっそ異常ともいうべき登場人物たちが超巨大な断崖・巌のゴーメン・ガースト城の中と周辺でうごめく人間ドラマの方も禁断の味わいに満ちている。 『指輪物語』とは全く異なる次元の幻想物語はとんでもない幻想世界でのハードな物語はもちろん傑作だった。 1985年4月19日初版を何回かの引っ越しにも見失うことなく持ち歩き、今回やっと読み終えることができ、とてもうれしい。 最近気がついたのはこの『タイタス・グローン』をほかに三冊持っていることだった。長の年月の途中で迷宮にさまよい、第一部と第二部の題名の区別がつかなくなったのだろう。第二部の『ゴーメン・ガースト』のつもりで買ったのだ。 肝腎の次に読むべきその『ゴーメン・ガースト』が見当たらない。しばし物置をさまよったが発見できず。第三部の『タイタス・アローン』は二冊見つけた。 『ゴーメン・ガースト』を読むのはいつのことやら。
なお、巻末の解説は「ピークあるいは幻想からの目覚め」と題して当然のごとく、荒俣宏が書いている。 翻訳者はこれももちろん、浅羽莢子(あさばさやこ)である。
著者「マーヴィン・ピ−ク」について
1911年7月9日、中国の江西省に生まれる。1922年にイギリスに帰る。 1931年、20歳でロンドンの画廊で個展を開く。 1939年『スローターボード船長』1940年『木馬に騎って』を出版。 1946年『タイタス・グローン』執筆。出版のあてはなかったが、たまたま談話したグレアム・グリーンの仲介によって、グリーンが影響力を持つ出版社エール&スポッツウッドから刊行される。 1968年11月、病死。 1969年4月、『タイタス・グローン』のラジオドラマ放送。ピークと『ゴーメン・ガースト』は知られ始める。(*荒俣宏の解説に基づく。これでは簡単すぎるので徐々に補足していきたい。)
翻訳者「浅羽莢子」について
東京大学文学部卒業、英米文学翻訳家。アン・マキャフリィ、キャンプ&プラット、タニス・リー、ヴィンジなど翻訳書多数。(*本の訳者紹介に基づく。ここも徐々に補足したい。)
| 2004年09月03日(金) |
藤田紘一郎『水の健康学』新潮選書 |
水を飲んで健康になるための本。今の塩素入り水道水ではもちろんだめ。水を選んで飲んで老化や心筋梗塞などを予防できるという。 たとえば、目覚めに冷たい水を一杯飲むことで健康状態がわかる。その水がおいしく感じられれば健康だと言えるし、その水との相性もよいということになる。 自分の体に合う水を選んで飲むことが大事だと著者は考える。 積極的に作戦を立てて計画的に水を飲み、体を改善してゆくためのウォーター・レシピが19例もついて1000円(税別)はお徳用。 そういえば米のご飯も使う水によって味わいが大きく違ってくる。米の品種はもちろん、炊飯用の道具やとぎ方、水の量にも左右されるが何よりもどんな水を使うかが重要なのだ。 人間も米とたいして変わらないと考えれば人間の中身も飲む水の種類によって違ってくるとも言える。
著者「藤田紘一郎」について
1939年、中国・旧満州生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業、東京大学医学系大学修了。金沢医科大学教授、長崎大学教授を経て、1987年、東京医科歯科大学医学部教授。現在(2004年)は同大学院教授。専門は寄生虫学、熱帯医学、感染免疫学。『原始人健康学』『パラサイトの教え』(新潮社)『笑うカイチュウ』『ウッふん』(講談社)『ニッポン「亜熱帯」化宣言』(中央公論社)、『日本人の清潔がアブナイ』(小学館)など著者多数。(*『水の健康学』のカバー記述による**『パラサイトの教え』は新潮文庫に入りました。寄生虫学者としての面目躍如の傑作長編面白やがてかなしき警告本です。)
| 2004年09月02日(木) |
浦沢直樹『モンスター』小学館 |
職業・医師のキンブルと追跡者ジラード警部の物語『逃亡者』のサイコパス版。全18巻はあまりにも長い。長いところまで似ている。まさに終わりなき逃亡の旅である。長い道のりの途中で愛すべき相棒ができたり、心温まる人とのふれあいがあったりでほっと一息つくことができる。事件が起きると非情のライセンスとばかり感情移入無用で人命がうしなわれていく。 一気に読むしかなかったが、もう一度進んでは手にとることはないような気がする。忘れたころに読めばきっとまた最後まで読むだろうけれど。 煮え切らない結論。
| 2004年09月01日(水) |
新潮ドキュメント賞受賞、日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』 |
今最も気になる書き手の受賞に拍手。 さまざまなタブーに粘り強く取り組む姿勢はしたたかにも見えるが、同時に初々しくも見えるのが魅力。 この人のやっていることは、たとえば「書く人・取材する人の基本と応用」などとして認められていくにちがいない。 初期の著作はいまだに古びず、生きている。 それにしても、ほとんど出来上がっているという「部活動」についての本が待ち遠しい。『エコノミスト』の巻頭言第2弾も早く出してほしい。 今こちらの願望をすぐにかなえてくれる著者である。
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