しむちゃんのつれづれ日記
文字サイズは「中」が最適なようです。

2002年05月07日(火) 紳士服のチラシを見て

あ、こりゃ安いやと思い、セール期間中(改装前の店じまいセール)に
紳士服の○山へ行ってきました。

チラシを見ると、9〜5割引のオンパレード。
スーツの最安値が3900円という。特設コーナーがあるというから、
これは数に限定があると思い、早めに行かなきゃと思って、開店過ぎ頃に
お店に入りましたが、お客さんはマバラ。あれ?なんで?

とりあえずスーツのコーナーでウロウロしていたら店員が近づいてきて、
「サイズを測りましょうか?」
なんて言うから、きっと欲しそうな顔をしていたんでしょう。わたくし。

値札を見ていると、閉店セールの字は書いてありますが、ほとんどが
3万とか4万とか書いてある。あれ?セール期間中じゃないのか?
閉店セールの値札の下にある○山価格の値札を見ると、同じ値段じゃん。
もしかしてこれって・・・。

予算は決めずに行ったので、店員から
「予算はおいくらですか?」
って聞かれても、安いにこしたことは無いと答えるしかない。
心の中では5万円で5着なんて思っていたのですが、見ているとそんな
無謀なことはできそうにありませんでしたので作戦変更。複数のスーツを
買ったらいくらのなるかを聞きながら、体型に合うスーツを選んでいたの
ですが、どう見ても2着で5万円オーバー。

最初のうちはその店員(実はその店の店長だった)は値段のことを言い
出さなかったから怪しいなとは思っていましたが、欲しいことには変わり
ないので、値段次第では5着欲しい旨を伝えると、向こうから値下げの
言葉を言ってきました。その言葉は流しながら次のスーツを選んでいま
したが、どうしても値段の点が気になってきたので、4着目は特価品で
いいと言いますと、7千円の上下を持ってきました。これはこれで
良かったので候補に入れて5着目をどうしようかと悩んでおりまして、
そこまでの総額はいくらになるのかと尋ねましたら、
「はい。12万3千円です。(税抜き)」「はぁ?」

飛び出しそうになる心臓の動悸を押さえながら、次は交渉です。
1着は特価価格の7千円が含まれていることを考えても、残りは平均
3万円前後(全てツーパンツで、そのうち2着はそれなりにお高い品物)
ですが、普段でしたらそんなもんかというお値段の品物。
そんなに驚くことではありませんが、何せセール期間中ですから、
どれだけ安くしてくれるかを期待していたのに・・・。

結局、粘りに粘って、税込みで10万円まで下げさせました。
5着だとどうしても10万円を超えるというので、7千円の1着は諦める
ことにしました。手直し部分は1着あたり3万円未満だと実費がかかると
いうことなので、それは仕方の無い部分ということにしました。

安いやつを買いに行ったつもりが、普通に買ってしまいました。
自分はブランドものが好きなわけではないので、いいやつが安く買えれば
それでいいです。それにしても、5万円で買えるだけ買うつもりが10万円
かけて買ってしまった自分は浪費家?フトコロが寒いというのにね。

ま、でもサラリーマンにはスーツは仕事着。必要経費ということで考えれば
毎年買い替えるわけではないスーツに4着で10万かけてもいいでしょう。
少ないながらも収入があるわけだから、それぐらいはね。

1昨日の出来事でした。失礼。

はい。今日は雨ときどき曇り。(東京地方)



2002年05月06日(月) 期待していた「笑っていいとも」

宇多田ヒカルが出演するというので期待しておりましたが、体調不良の
心配があるので父親の照實(てるざね)さんが代理出演となりました。

本人が出てくれるのが一番良かったのですが、おとーさんの照實さんが
出てもらってもこれまた良かった。というのも、おとーさんがテレビの
画面に出てくるなんてことはめったに無いこと。

この日の午後のワイドショーやスポーツ紙で大きく扱われていました。
日テレが一番大きく扱っていたんじゃないでしょうか。治療薬の副作用が
大きいということのようです。まぁ、根掘り葉掘り詳しく知っても仕方が
ないので、彼女の精神的にも良くない大騒ぎはしないようにしましょう。
再入院ということらしいですからね。お仕事もしばらくキャンセル。

宇多田ヒカルで思い出すのは、メジャーになる前のデビューしたての頃
の人気。出だしでドカンと人気が出たのではなく、後からいろんな口伝い
で話題がでてきたこと。これって、同じような過去の例では中森明菜がそう。
(ちなみに「Automatic」は今まで255万枚が売れたらしいですが。)

明菜のデビューの頃を知っている人は、それなりに年を取っている人で
あることはちょっと置いといて(笑)、彼女があの「スター誕生」で落選
したことはあまりにも有名な話。その落選した彼女が後にあれほどメジャー
になるなんてことは審査員も予想していなかったんじゃないでしょうか。

とはいえ、彼女の売出し文句は「ちょっとエッチなミルキっ娘」。
覚えている人はどれだけいるのでしょうか?
それからデビュー曲「スローモーション」をすぐに思い出せる人はどれだけ
いるのでしょうか?

ファーストアルバム「プロローグ<序幕>」を高校2年の時に買ったときには、
周りの誰もが彼女のことを知らず、お前は変わったやつだなという目で
見られましたが、「少女A」「セカンドラブ」を出し、知名度が上がって
くるごとに周りの目も変わってきたことにうれしさやらなんやら。

とかなんとか、明菜のことを言いたかっただけ?あはは。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2002年05月05日(日) 不良債権処理の実態

今日のサンデープロジェクトで紹介されていましたが、不良債権の金額は、
処理が進んでいるのも関わらず増加をしております。

これは金融庁のマニュアルにある、いわゆる「貸し渋り」の増長とも取られ
かねない内容によって、銀行側がやむをえない処理として要注意先あるいは
要管理先債権に対する貸出しの中止をしていることにあるようです。

そもそも金融庁の検査マニュアルにある対象先は大企業であることからこの
4月には中小企業向けのマニュアルも追加作成もされたようです。

不良債権の中には潰していくだけではなくて、再生することも入っているの
ですが、かつての銀行は再生というより、支援という形で企業をサポートして
いたと思います。再生というのは、その形が変わっただけで、本来の銀行の
あるべき姿だと思います。その再生に力を入れていたのが広島銀行だったとは、
以前、会社の財務部門で借入れ先として当該銀行を担当していた自分は知りま
せんでした。99年から企業支援グループが発足していたなんて、東京支店の
担当君からは聞いていなかったし。
(ここの副支店長は人を大事にする人で個人的に良くしてもらっていました。)

自分の会社の決算説明をしに行ったときに、支店長からは特に地元の企業の
支援についての言葉が多かったと、今になって思えばそうだったなと。
当時も貸し渋りが社会問題化していたときであり、一律には回収できないと
おっしゃっていたことを思い出しました。

自分が担当していたのは、日本生命と住友生命を除く生保、証券各社および
広島銀行・中国銀行・阿波銀行・三重銀行の地銀4行でした。
生保からの融資は長期限定、証券はCPによる資金調達がメインの取引でした
が、証券は固定資産の流動化(証券化)などによる資金調達を推進しており
ましたが、中小企業は手数料の関係もあり、この手法は割に合わなかった。
よって、今回の記述では対象外とします。

地銀に関していうと、他の地銀の融資先も含めて融資スタイルが比較的緩やか
で一生懸命だったのが中国銀行。堅実だったのが広島銀行。担当外で言うと、
工場との取引関係で縮小を望まなかった伊予銀行。その他はそこそこやって
いる程度、といった評価をしています。その姿勢にはそれぞれの銀行の融資
姿勢や取り組み方が垣間見れるような気がします。もちろん、各支店の営業
実績がどうであるかなんてことは、昔ながらであることは言わずもがな。

地銀は地元の預金者から資金調達して、その資金を元に企業へ貸出しするのが
一般的なスタイル。だから市場から資金調達するまでもなく、というか、貸出
し規模がそんなに大きくないから、それだけで充分まかなえる。逆に企業への
貸出しが減ってしまうとそれが直接収益の減少に結びつきますから減らすわけ
にはいかないのが現実。そこへ金融庁からのしばりが下命されてきたもんです
から、これは否応なくやらなければならない。ここに地銀の宿命があるのです。

でも、他の金融機関に先んじて、不良債権処理で潰して行く方向ではなく、
再生させる方向を選んだのは、広島銀行が早かったと。これは本来の銀行業
に立ち戻ったという点で評価されることだと思います。しかも、いまだに
再生させる方向性を打ち出しているの銀行は少ないといいます。その意味で
他の金融機関も広島銀行に倣って、再生をさせる方向を出して欲しいと思います。

潰して失業者を発生させるのではなくて、苦しいい期間はあるものの、企業と
して再生させることで、将来また従業員が以前と同じ暮らしができるようになる
という社会貢献もできるのです。もちろん、必ずしも再生が成功するとは限り
ませんから、余程の心構えが金融機関側にも必要であるのは言うまでのことでは
ありません。いずれにしても、銀行を始めとする金融機関は社会的な根幹を
担っているわけですから、ここが企業の大半である中小企業を支えることで、
経済の沈没を救ってくれるのなら、使命としてやるべきではないでしょうか。
無駄に不良債権への引当金を積むぐらいなら、再生のための準備金を積んで
おいた方がどれだけいいことか。不良債権処理とは企業潰しだけではないことを、
しっかりと認識して欲しいもんです。

ただ、大小を問わず企業への貸出しをせざるを得なかった背景があることは
過去の日銀の貸出し政策を振り返れば、一概に銀行だけが悪かったのではない
ことは明白なんですけどね。(というか、日銀が諸悪の根源であるという思いは
自分の中にはあります。だからこんな時だからこそ印刷機をフル回転させろと
いうのは、極論かもしれませんがね。いろんな方面からお叱りをうけそうだ。
こんな時には笑ってごまかせ。あはは。(笑))

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2002年05月04日(土) 石油公団の議論から

政府内で対立していた石油公団廃止関連法に対し、経済産業省と行革推進
事務局との間で話し合いが持たれ、1日に合意が成立しました。
その合意内容は、

�\侈�公団は2004年3月末をめどに資産処分を主業務とする業務変更を
 実施し、2005年3月末までに廃止
�∋饂砂菠�は経産省が内閣と相談しながら実施
�8�団資産を引き継ぐ特殊会社の設置法案は石油公団廃止とは切り離し、
 公団が廃止される2005年3月末に間に合うように法案を再提出

方向性が出されたことは一歩前進です。具体的なルールなどはこの合意では
決められていないので、今回の合意だけで石油公団廃止に向かっての公団
内部の調整が進められるとは到底思えません。なぜなら、既得権を持った
人は、自分の権利を侵すようなことに対して強く抵抗するし、言葉に無い
ことは(つまり無くすと明言していないこと)これからも続けるでしょう。
しかも、2005年3月末に提出されるであろう法案の中身に付いては、
恐らくその時にまた問題が再燃するでしょうし、今回先送りにされた、
特殊会社設置法案についてもその運営についての考え方が違うために、
提出されたとしても、また論議をかもし出すことになるでしょう。

日本の国益の代表であった石油も、電力事業の変化(原子力発電の増大)に
伴い、かつてほどの必要性が無くなってきました。そうすると、採算を
度外視しても政府が石油を確保しなければならない理由が無くなります。
これも時代の変化でしょうが、電力を石油から原子力にシフトしていった
のも政府。そうなれば石油関係の省庁は小さくしていかなければならないのは
分かっていたはず。それを放置していたのは、官僚の既得権保持の典型。
自分の首を自分で切るようなことは絶対にしない。

大きな環境の変化の無い役所仕事は、平和な時代が続くと慢性化してきます。
10年前となんら変わらない仕事をしていることもよくあること。
全くもって時代の進歩についていっていないというか・・・。
目を見張るような仕事をするよりも、いかにマイナスポイントを取らないか
ということにばかり気が行って、前向きな仕事をしなくなります。
ここが役所仕事の問題なんです。そういった意味では、役所内の職場替えを
積極的に行って、「オレ」の仕事ができない仕組み作りが必要です。

これは政治家にも言えることですが、実力は能力で勝ち取るもの。
能力が無いのに実績(歴史)だけであたかも実力があるかのような振舞いを
するのはいかがなものか。少なくとも、公僕である連中は、いかに国民市民
に利益を提供していくかを常に考えるべき人。自分の利益は後からついて
くるもの。これが逆になってしまっては、何のための公僕なのか。

国民市民は目の前の問題ごとを解決してもらうために実力のある権力者を
頼ってしまいがちです。でもそのことに恩を着せて見返りを求めてしまう
実力者は実力者じゃない。そもそも誰のおかげでメシを食えるのかが
分かっていません。国民市民が結果的に苦しんでしまうような行動を
している公僕は辞めさせるように声を大にする我々の勇気も必要。
それほど苦しい生活をしている人がいなくなってきたことが、政治に
対する無関心を増長させていると思われます。

誰でも暮らしぶりを逆戻りさせることには抵抗します。少しでも今までより
いい生活をしたいと望んでいます。昔はこうだったといっても始まりません。
でも小泉さんを首相に選んだ我々国民は、いまさらですが、国の借金が
膨大でどうしようもないところに来ていることを直視し、つまらない仕事を
している官僚や政治家を批判し、自分自身を犠牲にし、国の台所が少しでも
楽になるような方向へ進めるように、利益が偏らないように、真剣に
見つめていける力を持つことが求められているのかもしれません。

はい。今日は晴れのち曇りところにより一時雨。(東京地方)



2002年05月03日(金) 企業の自衛隊体験入隊

夕方のニュースを見ておりましたら、題名のことを取り上げていました。
ニュースでは、とある銀行の女子新入社員が体験入隊しているさまを
紹介しておりました。なかには泣きべそをかいている人も。

自分の会社でも新入社員は実習期間中に富士学校へ体験入隊していました。
現在は実習期間が取られていないことや新入社員の数が少ないことから、
体験入隊は廃止されたと聞いています。

自分達が入社した頃は、ある工場で実習をしている本社採用の事務系・
技術系の新入社員と地区採用の2年目の社員が体験入隊することになって
いました。たまたま自分はその工場で実習をしていたので、同期入社の
連中とぶつくさ言いながら参加したものです。なぜこの工場だけだった
かというと、この工場では自衛隊使用の銃器を請け負っていたからです。
その関係で、その工場の人事課長がいらぬ世話を焼いてくれたというわけ。

自分らの同期にはひとりだけ女性社員がいましたが、宿泊施設の関係で
体験入隊には参加できませんでした。同期の中では一番男っぽいという
噂もあったのですが・・・・。(笑)

当時の体験入隊は3泊4日でした。
富士学校内を見学させてもらったり、戦車への体験乗車なんかもあり、
自衛隊シロウトの我々には面白い面もありましたが、その大半は規律の
ある生活と隊列歩行。朝の非常公集では、朝6時の起床のといわれていた
ところに、突然5時に呼び起こされる。これには参った。それから、
足柄山への登山では雨が降ってきて、かなり厳しい登山でしたが、下山
途中で健康ランドに立ち寄ってひとっ風呂浴びることができたのは、我々
への配慮だったのでしょうか。濡れながらの登山でしたからね。

最終日には、それまで培ってきた体力の測定ということで、グラウンドを
使って参加者全員での運動測定。走り幅跳び、3km走、懸垂、100m走、
50m俵運び、もうひとつ何かありましたが忘れました。あはは。
大卒の連中と高卒2年目の現場の連中が同じ土俵で運動測定。
がんばった記念として、測定値のいい者から1〜3位までは自衛隊から
表彰されることになっていました。記念品付きで。

現場のにーちゃんが体力的には我々学卒よりもいいことは明白だったの
ですが、そこはがんばりましたよ。わたくし。だてに大学時代に体育会に
入っておりません。ってか、陸上好き。現場のやつらに負けるわけには
いきませんでした。自分としては。

結果は、1位がわたくし。2〜10位が現場のにーちゃん。学卒は、
予想されていたこととはいえ、全くもって壊滅状態。
下手に頭のいいヤツはやってられなかったんでしょう。こんなこと。
でも、自分が1位を取ったことで2位以下の連中はどう思ったでしょうか。
きっと面白くなかったでしょうね。知ったこっちゃないけど。
こちらは高卒も学卒も関係無しにやった結果だと思ってたからね。
とにかく今いる連中の中で1番を取りたかった。そんだけ。

てなことを思ってたあの頃は若かった。(笑)

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2002年05月02日(木) 高菜漬けと言えばとんこつラーメンでしょ

どっちの料理ショーを見ておりまして、高菜漬けが福岡の特産で
あることを初めて知りました。しかも瀬高の松木さんちのやつが
博多ラーメンに多く使われているなんてことも。普段から何気なく
食べてた。(ちなみに久留米では高菜漬けをトッピングに入れるのは
マイナー。白ご飯のおともにするのが一般的。)

高菜漬けは長野の名産物だとばっかりおもっておりましたので、
今日の放映を見て改めて高菜漬けを食べたくなったりなんかして。(笑)
高菜チャーハンには勝って欲しかったな。田口のバカヤロウ。裏切り。

博多といえばとんこつラーメンなんですが、とんこつラーメンの
始まりは久留米だと聞いております。どこの誰が始めたのかは、
地元の自分も知りませんが、確かそういう風に言っておりました。
元祖とんこつラーメンと言えば久留米ラーメンのことになります。
博多の知名度が高いゆえに博多ラーメンの名が世に広まったのは
仕方の無いことです。

博多ラーメンは長浜ラーメンのことを指しますが、ここの麺は
いわゆる細麺。そうめんに近い細さの麺を使っています。
久留米で生まれ育った自分としては、その細さに違和感を覚えます。

初めて長浜ラーメンに出会ったのは予備校生の頃。
この予備校は天神から長浜方面に向かったところにある通り、
「親不孝通り」と呼ばれた(今は別の名前だったかな?)通りの奥に
突き当たったところにある(今はもう無いかも)予備校でして、そこ
から歩いて2〜3分のところに名前はそのまま「長浜ラーメン」が
ありまして、そこは魚市場の入口にあります。ここが本場。
いつもラーメン通でごった返しています。

友人と、この店に行ったのが長浜ラーメンと初めて出会ったとき。
うまかったんでしょうが、正直言って、あんまり記憶がありません。
恐らく食べていて違和感があったので強い印象が無かったんでしょう。
多分、お付き合いで2〜3回行っただけだと思います。
それ以来、足を運んでいません。

久留米に帰れば、おいしいラーメン屋を知っていたので、それほど
興味が沸かなかったのでしょう。でも、自分がおいしいと思っていた
ところは久留米にも数件しかありません。いわゆる「久留米ラーメン」
とうたっているお店は、名前だけであんまりおいしいとは思いません。
やっぱ、老舗と呼ばれてお客さんが途切れないお店。ということは、
誰でも知っているところなわけで、昼メシや晩メシ時はもちろん待ち。
だから、わざとそんな時間帯を外して行ってました。

東京に出てきておいしいとんこつラーメンに出会ったことはまだ無い。
どこもかしこも東京風にアレンジしてあって、地元の味の再現とは
言えない味やトッピングがしてある。商売だから売れなきゃ生きて
いけないんですが、それでも地元のこだわりを持って地元の味を
大事にしているお店があってもいいものと思うんですが、これって
自分の探し方が足りないんでしょか?

誰かいい店をご存知の方。ぜひ教えて下さい。できれば久留米の味で。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2002年05月01日(水) 同僚の行った先は

連休に入りまして、同僚から行き先を知らせるメールがきました。
最初は名寄(旭川の北部)からだと言っていたのですが、次に
よこしてきたメールには紋別と言ってきました。しかも国後島が
見えたというので、こりゃ北端ではなくて、東端に向かって進んで
行ったんだなと思いました。
(せっかく行ったんで、鈴木宗男後援会事務所を見てきたらしい)

彼はなんと1100ccのバイクを所有しており、そのバイクと
ともに北海道へ乗り込んでいたのです。初めてそのバイクの写真を
見ましたが、

「でかい・・・。」

さすがに750ccオーバーのバイクはでかいです。
聞くところによると、彼は年に2回しかそのバイクに乗らないらしい。
すっごくもったいないですよね。せっかくいいもの持っているのに。

1100ccともなると、峠を乗りまわすにはガタイがでかすぎ。
よってツーリングに使うのが最適。長距離でね。
長距離を乗るには連休しかありません。誰にも縛られずに自由な
時間を満喫できるのは、何と言ってもGWでしょう。だから彼は思い
きってこの時期にバイクとともに北海道に行ったみたいです。

そもそも彼は北海道が好きな男で、年に2〜3回は行っています。
ですから今回の北海道紀行には驚きませんでしたが、バイクと共に
行っているとはね。あー、羨ましいったらありゃしない。
いい季節に愛車とともに旅行できるなんてね。
自動車だったら、移動するだけでもお金がかかるので、余程のこと
がなければ持っていかないでしょうね。自分の場合は、盆正月に
帰省するときには車で帰省しているので、まぁ、もったいない使い方
をしているかもしれませんけどね。

はい。今日は曇りところにより一時雨。(東京地方)



2002年04月30日(火) 小泉さん頑張れ

内閣・首相は顕教、官僚・政党は密教だと政治学者で東大学長の佐々木
毅氏は言っています。現在の小泉首相における問題点の指摘において、
サポーターに有能な人間がいないと指摘しています。竹中担当大臣・石原
担当大臣なんかの有能な人や、福田官房長官みたいな懐刀がいるにも
かかわらずです。

これは何を言いたいのかというと、裏でゴチョゴチョやっている昔ながらの
永田町のやり方(つまり国民の目の届かない裏の世界で物事が決まって
いる)に首相が引っ張られている、政党のやり方に近づいているという
もの。小泉首相のリーダーシップが改めて問われているのかもしれません。

首相・内閣は建前主義で強く引っ張っていく力が無ければ、今までの古い
やり方に逆戻りしてしまう。その現実に小泉首相が直面している中で、その
周囲にいるサポーターがうまく調整して官僚や政党を巻き込むことができて
いないと言っているのです。そういう意味では、竹中さんや石原さんは、
担当大臣にするのではなくて、アドバイザイー的役割を与えた方が、もっと
何でも発言できたのではないでしょうか。今の状況では政府側の保守的な
発言の領域を越えられない。責任がありますから。同じように、小泉首相も
越えられない領域があるために、自身の主張を曲げなければ結論が導け
ない立場になっていると考えられます。彼の主張をうまく官僚や政党に了解
させるサポーターが必要だということです。

利害が発生する内容には、全てにおいて抵抗勢力が存在しますから、その
中に自身のサポーターを作っていくことが首相において必要です。それが
できて初めて改革なるものが実行できるのではないでしょうか。

中曽根元首相は内閣改造を求めておりますが、小泉首相は内閣改造は
行わないと言っております。中曽根氏の求めるのは実力者を内閣に据えろ
というもの。そうでなければ政治は動かせ無いという論理。
小泉内閣の掲げる目標を達成するためには、やはり強い人で周囲を固め
ることも必要でしょう。

内閣を変えることで小泉内閣の色があせるかもしれませんが、真紀子さん
が辞任させられた時点で小泉内閣が色あせたのも同然。であるならば、
ここは思いきって内閣改造を行って、自身の主張を遂行するために、強力
な人的資源を集めてみたらどうかなと思います。首相の言うことをハイハイ
と聞くだけの人は使い物にならないんだから、周囲を動かせる、かつ自身
の主張に同調してくれる人を見つけ出すことに力を注いでみたらどうか。
今のままでは、頑固な岩盤を爪で引っかいているようなもの。こちらの爪
が割れて痛んでしまいます。そんなことで自身が傷つくようなことになる
前に、掘削機やハンマーを持ってきて、即効性のある破壊活動をしてもら
いたい。あるいはドリルでガリガリと穴をあけて欲しい。それぐらいの
強い思いで目標を達成する姿勢を見せていかないと、本当に小泉内閣は
崩壊です。せっかく国民から圧倒的な信任を受け、今までの永田町論理を
崩してくれると期待を受けたのに、長いものに巻かれてしまっては、小泉
さんもただの永田町民として終わってしまいます。
そうならないように願ってやみません。

はい。今日は曇りのちときどき雨。(東京地方)



2002年04月29日(月) ご要望にお答えして(内輪で)

ウチの職場のサービス部長(元技術部長)が知りたがっていた、日米の
金利差を単純比較してはいけなことを文章で書いてみました。

それぞれの通貨にリンクした複数の金利が存在します。
(日本においては公定歩合とか短プラ、長プラなんかはその一例)
資金の移動する要因として、2国間の金利差が背景にあるのも確かです。

資金は金利が低い方から高い方へ流れます。でもこれは必ずしもそうなる
わけではなくて、それぞれの通貨に適した金利であれば、より高い金利の
方へ資金が動くわけではありません。なぜなら、その通貨に適した金利で
あることでバランスしているからです。つまり、それぞれの通貨に適した
金利であるということは、どちらの通貨を持っていても価値は変わらない
ということなのです。金利の発想は現在価値にあり、金利の価値が同じで
あるということは、それぞれの現在価値は同じということです。だから、
そのときのそれぞれの通貨の価値は同じなのです。
単純に金利比較するのは、この通貨の価値を無視した考えなのです。

円には円の、ドルにはドルの、それぞれ適した金利が付けられています。
それを交換したからといって、それぞれの価値には何ら影響しません。

その国の通貨当局の政策や市場の変動によって金利というものは常に
変動していますから、バランスしているとはいえ、その変動によってビジネス
チャンスを見出す人も出てくるのも事実です。この金利や為替、それから
株式の変動を利用して儲ける手法を考え出す「金融工学」なる学問が発達
してきているのをみれば、かつての古典的な手法では目先のビジネスは
成り立たなくなってきているのかもしれません。
あくまで短期的な目線ではね。

ま、そのあたりは言及せずに、契約先との話の流れで自分が金利差に
こだわったのかを述べていきましたけどね。

「現在価値」という言葉は、海外でビジネスをする人には必須ワードです。
ですから、この言葉を身近な人には理解してもらいたい気持ちです。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2002年04月28日(日) 今ごろ見つけるなんて

予定していた行事が明日行われるにもかかわらず、場所と時間が分からず
どこかに書かれていなかったかと郵便物を漁っておりましてたら、あった。
あったのは良かったのですが、そこに出席のためのハガキがありました。
ということは、その出席のハガキを出さなかったら出席できない。
あー、なんてのんきなヤツだったのでしょうか。情けない。

ま、それに出席しなかったからといって、その先に待っている出来事に
重大な支障は起きませんが、ひとつの儀式であるその行事は何と言うか、
ものごとの始まりに該当するもの。手続きがあったとは・・・。

仕方が無いので明日出席ができなかった代わりに事務局へ問い合わせを
入れたりして分からないことを聞いたりするしかない。自分だけではどう
しても分からないことが出てきそうです。計画的に先に進むためには、
手続きを知ること無しには進めません。ただやみくもにやっているだけでは
それが正しいのかどうかが自分では分かりません。
後になってそれは無駄なことになってしまっては、せっかくの志も水の泡。

とりあえずは、3年間の大日程と選択科目の予定を、この連休中に書き
出してみようかと思います。そうです。忘れていたのは大学の入学式です。
大学の通信教育課程ですが、一応入学式なるものがあるんです。自分は
学士入学ですから最低卒業期間は2年半。一般教養のほんの一部と専門
科目。仕事をしながらの学業ですから、最低年数で卒業できるとは思いま
せんが、できるだけ最短で卒業できるようにがんばるつもり。
それにしてもね〜(汗

一度は通りぬけた大学ですが、卒業したのはもう既に10数年前のこと。
どうやっていたかなんて忘れました。本業が学生でしたから、それだけを
考えていれば良かったのですが、今は仕事が本業。両立するためにはそれ
なりのやる気と根気が無ければ続きません。それが分かっているから少し
でも時間は使いたくない。というか、無駄に使いたくない。

とか、ウダウダ言っているヒマがあったら計画を始めろってか。
初っ端からこんなことでは先が思いやられますが、これを反省の材料にして
これからはきちんとやっていくつもりです。

この3月に大学を卒業した友人にオメデトウと言っておきながら、自分は
大学に入学するというのは、なんだかこっぱずかしい気持ちなんですが、
これもひとつの生き方だと思います。資格を取るために学業をするのでは
ないところがミソ。あくまで仕事に生かすために勉強するんです。

ダブルマスターという言葉はありますが、ダブルバチェラーという言葉は
ありませんね。世間的には何らメリットのある選択とは言えないかも。
でもこれは向学心のひとつの形。全うして卒業することに意義がある。
40才になる前に、何かやったという形が欲しいです。それが動機。
自分の専門(英語学)をより専門的に勉強するために、大学院という選択肢
もありましたが、より実学に近い、生活に近い専門といえば経済でしょう。
別の道でもう一度大学をやり直すことになりましたが、それもまたヨシ。
自分の入った大学の経済学部は商学部の専門科目も選択できます。
それも大学を選んだ理由のひとつでした。

4チャンの「おしゃれカンケイ」でゲストの大橋巨泉が、バブルを作った
諸悪の根源は銀行だと豪語しておりますが、これは日銀の間違い。
考えが浅はか。決めつけてそれが間違っているのを見ているだけでも、
なんか面白い。銀行は日銀の貸出し政策に操られていただけ。実行は銀行
でしたが、根は日銀なんです。そういったことを知っているだけでも政治
家の発言に反論出きる材料になったりして。
脳みその活性化にもなりますよ。あなたもどう?(笑)

はい。今日は曇りのち晴れ。(東京地方)


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