| 2002年07月16日(火) |
合弁会社の業務本部長に会ってきたが |
ウチの会社と米国企業との合弁(50:50)で設立した会社があります。 そこは、ある装置の日本市場におけるシェア1位の会社です。 そこへウチの上司とともに訪問して、その会社が買うとか買わないとか 言っているウチの装置のことについてヒアリングをしに行くことになり ました。
ってか、その装置はなぜだかほとんどでき上がった状態で、いつ出荷するか といった会話も流れているほど。その装置の日本における取り扱いはウチの 会社が行うことになっているんですが、それを無視するかのような行動を 相手の米国企業とその会社が行ってきたわけです。つまりウチの会社は その会社の親でありながら、情報は全くと言っていいほど入ってこず、 動きを取る前に、すでに勝負は決まっているといった情けない状態。 これではイカンという意味合いで上司とともに向かったわけです。
装置は米国から出荷されます。 日本における輸入と販売はウチの会社が保有しています。 ウチの会社が知らないままことが進んでしまうと問題は複雑で、契約違反で 国際法廷に訴えることになります。そんなリスクも省みない行動を起こした 背景はある程度分かっています。ここで言うことではありませんが。
そんなことにはならないように調整するのが自分と上司の役割なんですが、 その会社の業務本部長たるや、なかなかしたたかなタヌキでありまして、 一枚岩では突破できません。あれこれ言っても、あーだこーだ言って のらりくらりと会話をすり抜けていきます。
この時期は、来年度以降に今の事業を続けるかどうかの態度を決めなければ いけない時期。ですから余計に敏感になっています。下手をすると関係が 崩壊してしまう危険もはらんでいます。そうなると一番迷惑を蒙るのは 客先であり、次にウチの社員です。一時の感情で社員を路頭に迷わせるのは まったくもってよろしくないので、ぐっと感情をかみ殺して話し合いを 進めなくてはなりません。ストレスは溜まりますが、これも仕事です。
理性を持って、知的に対応する。相手の弱みを突きながら。 通常の客先と対応するのとはちと違いますから自分が指名されたのかも。 ま、そんなところで三遊間ゴロを拾っています。少し荒れそうです。
はい。今日は曇りのち台風のち曇り。(東京地方)
県政会のアホ(失礼)な高齢者達はいまだに田中氏を野次っておりますが、 自分達の行ったことに対する反省のひとつも見せない。
あの強面の下崎とかいう団長の言うことには、どうも胡散臭さが漂います。 いつ見てもいつ聞いても、彼の言動は変化を求める田中氏に抵抗している としか見えない。既得権を脅かす悪者だと決めつけているとしか見えない。
ただ冷静を装っていても、焦りを隠すことはできませんね。 頼みの対抗馬が出てこないんですから。
しかも県政会のアピールとして田中県政の失政は、 「ダム作りをしないことによる財政難」 だと言うのですから、何ともまぁフトコロのことを分かっていないというか いい加減というか、よくもそんな新聞広告を出すことを県政会のブレーンが 許したなと、あるいみ感心しています。というかあきれています。
減税をするより公共事業を行う方が経済効果が高いのは明らかです。 でも県政だけを見た場合はそうではありません。それは公共事業の収益は その多くが県外に逃げていくからです。その意味で入札の方法を変えていく ところから変えていくことが、まずは必要になるのです。公共事業がすべて 悪いのではなくて、そのやり方が問題だと田中氏は言っているのです。 それなのに、話をすりかえて保身に走る老骸が多すぎます。長野県は。
田中氏の退任の挨拶の時に反応を示さなかった長野県庁の職員も問題です。 ねぎらいの拍手のひとつもしてあげればいいところなのに、何にもしない。 というか、復帰することが明白だからあえて今しなくてもいいかなといった 冷めた態度が気に入らない。そんだけですけど。
長野県に限ったことではないんでしょうが、おかしいですね。やはり。
はい。今日は晴れのち曇り。(東京地方)
第�恐鷁別椹邯海瞭�程が過ぎていました。 ってか、悠長に考えていたので申し込みすらしていなかったんですが。 レポートの提出をしなくても英語だけはいきなり試験を受けられるんです。 他の科目は全部テキストに従ってレポートの提出が義務付けられています。
で、さっさと単位を取りたかったので英語は早々に試験を受けるつもり だったのに・・・。うっかりしてました。次回にきちんとね。
スケジュールが今ひとつ良く分かっていないことと、手続きの流れを あまり把握していないことが不安ではありますが、初年度は少々の落ち度は まぁ、ご愛嬌ということで。業務優先ですから大学のことばかりは考えて いられないのが正直なところ。
今年の重点科目は経済原論と統計学、経済数学。 これら3つをしっかりやることです。英語は2の次。 ここをしっかりやっておかないと専門科目で苦労するのが分かっていますから、 焦らず落ち着いてきちんとやることです。そう決めました。
目標のひとつに卒業もありますが、それよりも仕事に役立つ何かを極める ことが入学の動機ですから、それが何かを見つけることが当面の目標です。
それよりも何よりも、今月後半から夏期スクーリングが始まります。 来月6日には会社でウチの職場の社長診断があります。 資料の作成やらプレゼンの打ち合わせやら、時間が少なくなってきました。 同僚には迷惑をかけることになりますが、スクーリングが始まる前に少しでも 多くの準備をしておかなきゃ。
いやぁ、昼間に事業の今後に関するレポートを書いていたら、頭が痛くなって きました。机がないから寝っ転がってやってたからかな。机欲しい・・・。
はい。今日は晴れのち曇り。(東京地方)
実家が福岡県の久留米市。現在の住まいは東京。 帰省するときにいつも気になるのは交通費のこと。
現実的なところで選択肢は3つ。 1)JRで帰る 2)飛行機で帰る 3)車で帰る
片道だけ考えてみると(あくまで目安)、 1)の場合、 a)のぞみ利用 約24千円 b)ひかり利用 約23千円 c)寝台利用 約28千円
2)の場合で空港から久留米市内まで高速バス利用(繁忙期) a)普通料金 約33千円 b)特割 約26千円 c)往復割引 約29千円
3)高速道路(東京〜久留米)利用の場合、 高速・ガソリン代(23+12) 約35千円 盆正月であれば地元での足が必要になります。 JR/飛行機での帰省時はレンタカーが欲しくなります。(なにせ田舎なもんで) それを考えると、少々時間に余裕を持たせれば、車での帰省が一番、安上がり。
野暮用なんかでプチ帰省の場合は、時間の関係で特割利用の飛行機利用。 早起きすれば日帰りができますから。
2人以上の移動であれば、圧倒的に車の方が安い。 だからでしょうか、長期休暇のときは高速道路がいつも渋滞します。 大半が家族連れですから。自分のようにひとりで帰省している人は少ないです。
来週の週末はプチ帰省する予定です。 当日のうちに戻ってくるか、前日から帰省するか、前日にちょっと立ち寄りを してから帰省するか迷っていますが、恐らく日帰りすることになるでしょう。 ってか、遊びにいく約束を取りつけなきゃ。(笑)
はい。今日は曇り一時雨。(東京地方)
そんな打ち合わせが始まりました。 というのも、今の職場は装置の輸入をし、国内で販売しているところ。 装置がおかれている市場がどうなるかということもありますが、今後の 為替の推移に縛られるところが大きいと考えています。(自分はね)
今年は事業を立ち上げて3年目。 為替はその間に¥130/$〜¥105/$の間を推移しておりました から、まだ輸入する立場としてはそんなに変動リスクがあったとは言い 難いところがありましたが、この後5〜10年後を考えると、自分は 円安方向へ動いて行くと考えています。(現在の円高とは逆に)
政府はどうやら¥120/$〜¥140/$のレンジ±¥5/$あたりで 考えているフシが見受けられます。政府・日銀の介入が言いか悪いかは 別にして、市場のダイナミックな流れは止めることのできないこと。 貨幣が流動化しない(硬直している)こと、つまり消費が増えないこと、 高齢化がより一層進み増税が避けられないこと、製造業の国際競争力が 落ちて輸出が減少すること、それから何より構造改革が進まず財政難が 解消できないことが予想されており、日本の信用が落ちるであろうこと。
これだけ円の通貨価値が落ちる要素が揃っておりますから、よほど強力な 改革が行われない限り、円が安定して今の水準を維持することは困難だと 思います。
そう考えると、日本で安定した商売をするためには為替に影響されない 作り込み、つまり日本で生産することを考えなければならない。為替の 影響は、機種戦略の域を越えて大きいものとなりますから、いくら強い 機種構成としたところで、為替の変化を販売価格に転嫁するということを 認めるだけ寛容な客先はほとんどおりません。生産プロセスに必要な 装置でかつ市場ではそこしか作っていないようなものであれば、売り手 市場ですから強く出ることもできるでしょうが、そんな装置が目の前に あるわけではありませんから、それも見込めません。
半導体市場は、そのアプリケーションの市場に左右されます。 新しいアプリケーションの展開が見込まれない内は、今のアプリケーション で今後どうなっていくかを考えるしかありませんから、そうなると半導体の 需要は必然的に頭打ちになることが容易に想像できます。
過去の半導体サイクルというのはアプリケーションの発展に対する半導体 メーカの攻撃の歴史とその反動である在庫調整の歴史の繰り返しです。 アプリケーションが増えてきている段階ではそれに伴って半導体市場も 右上がりになりますが、そのアプリケーションが停滞してしまうと、同様に 半導体市場も停滞してしまいます。小さな波としては生産増と在庫調整の 繰り返しですが、大きな波としてはアプリケーションの増加に伴い、小さな 波を飲み込んで、右上がりの波となってきました。つまり全体の量的な 変化はずっと右上がりなのです。これからはこのアプリケーションの増加に 大きな期待が持てなくなっているのです。
全てを信用しているわけではありませんが、野村総研のレポートでは、 10年後の半導体関連企業あるいは半導体事業を保有する企業は業態の 変化を強いられるとも言いきっています。つまり成長業種ではなくなると言って いるのです。
ではどうするのか。 この話題は、来週をかけてブレーンストーミングをしつつ議論をしていく ことになります。さてどうなるやら。
はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)
1936年に出版された「一般理論」の中で、個人の貯蓄の動機について ケインズは次のような分類で述べています。
1)Precaution(予備的動機) ⇒将来何かあるかもしれないから貯めておこう 2)Foresight(深慮) ⇒将来予測される事象(結婚とか出産とか)に備えて貯めておこう 3)Calculation(打算) ⇒利子や資産価値の上昇を目論んで貯めておこう 4)Improvement(向上) ⇒支出水準が将来にわたって徐々に上がるように貯めておこう 5)Independence(独立) ⇒貯蓄をもとに他に頼らず(自立して)何かやれるように貯めておこう 6)Enterprise(企業)→起業? ⇒投機や事業を行えるように貯めておこう 7)Pride(名誉心) ⇒財産を世のため社会のために役に立ててもらえるように貯めておこう 8)Avarice(貪欲) ⇒ただひたすらケチをして貯めておこう ※訳は宇沢東大名誉教授
一方、中央および地方官庁、公共機関、営利企業の貯蓄を次のように分類 します。
1)企業の動機 ⇒負債発行、株式発行に頼らず自己資金で資本投資をするため 2)流動性の動機 ⇒緊急事態に対応するため 3)向上の動機 ⇒労働者の収入が徐々に増加するようにして経営に対する批判をかわすため 4)金融的慎重さの動機 ⇒設備費用、生産費用、労働者費用、補足的費用を上回る積立金を用意するため
これだけ見ても分かったような分からないような・・・。ですよね。(笑)
この貯蓄の議論は、現在の所得をなぜすべて使ってしまわないで貯蓄をする のか、という問いに対しての推考と理由付けです。しかしながら結論としては 実際の貯蓄は上記の分類で言われる項目に左右されず、利子率と投資との関係に 依存することになると言います。なぜでしょうか?
詳しくはケインズの「一般理論」を読んでください。(笑)
古典派の世界では、”投資=貯蓄”という論理が成り立ちます。前提は完全雇用。 そんなことは現実としてはありえないとしたのがケインズ。非自発的失業、つまり 意図的に失業するのではない人が存在すると言うのです。 意図しない失業。仕事をしたいのにできない人がいるということ。より現実的です。
例えば、現在の日本は1400兆円の貯蓄があるといわれています。 その貯蓄が出まわらないということは、その分が所得の再分配になっていないこと。 つまりダウンサイジングです。所得を増やすためには政府による財政支出が必要。 それでも貯蓄に吸収される(消費が増えない)ということは、やはり将来の不安に 拠るところが大きいでしょう。
所得が増えるためには消費が伸びなくてはならない。逆にいうと、消費が伸びな ければ、所得は増えない。でも所得っちゅ−ものは年を取れば増える仕組みに なっています。そこで収支のギャップが生まれるわけです。その谷間を政府が 一生懸命埋めてきた訳ですが、それが財政赤字となって表れているんです。 短絡的にいうと、巨大な貯蓄が崩れない限り、つまり消費が増えない限り財政赤字は 解消できないことになります。企業も収入の拡大ではなく、ダウンサイズの中で 収益の上がる事業に絞り込むことになります。生き残りをかけて。そうなると そこにはいわゆるリストラが発生してきて非自発的失業者が発生することになります。 そこを埋め合わせるのが福祉政策になります。これも財政支出です。
というわけで、景気の悪いときや将来の見通しに不安があるときには心理的に 支出を控える動きになりますから、余計に景気は下向きになります。これが景気の デフレスパイラルです。どこかで明るい兆しが出る、あるいは兆しを作ることで 上向きな心理を促すことが必要です。これを民間が作り出すか国家や地方自治体が 作り出すかは別にして、景気を良くするためのきっかけというか、しかけを考える ことが必要なのかな、と思います。
そんな巨大な貯蓄を利用して利益を出すような金融商品を作り出す人の口車に 乗せられないように、しっかり勉強しましょうね。というか、投資は余り金でね。 儲けを目論んでいる人をターゲットにしている金融商品もありますから。 クロウト気取りの知ったかぶりを狙っているということです。 相手は工学のプロですから、よほど気を引き締めないと大変なことに・・・。 自分には縁遠い話ですけどね。正真証明のシロウトですから。(苦笑) あー、とりとめのない話になってしまった・・・。
はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)
ショム2が始まりました。 この中の秘書課の社長秘書である戸田菜穂。 彼女を見てるとなんだか思い出してしまいます。 なーんだかね。
そんなわけで、いろいろとやってます。>文脈無視(笑) なかなか結果が出ませんが、とにかく数をこなすことが一番。 変に妥協するのはイヤな性格ですから、たくさんこなして いいものを見つけ出す。
結論を先延ばししても時間の無駄だというのが先の学習事項。
さぁ、何のことでしょうか?あはは。 分かる人にしか分からない話。それでいいんです。この話は。
さて台風が近づいてきて、主に太平洋側の地域に被害が出てきています。 当該地にお住まいの方々、お見舞い申し上げます。 こちら東京は今のところ大丈夫です。
はい。今日はくもりのち雨。(東京地方)
いわずもがな、田中康夫長野県知事です。 いまだかつてない県知事の不信任案が県議会において可決されました。 (過去には収賄容疑で書類送検された岐阜県議会以来2度目)
ダム問題以外は知事の県政には県議会も賛成しています。 ダム問題についてのみ反対しているこの事実の中での不信任案可決。 でも県治水・利水ダム等検討委員会からはダムによらない対策を知事に 答申していました。保守派には期待ハズレの答申だったのでしょうか。
田中知事の支持率は60%を越えており、一方では県議会では孤立状態。 これは民主主義の歪かと思われます。4年間の任期のうちまだ1年8ヶ月です。 いまだかつてない行動を取ってきた田中知事に対する反抗が保守派には あるようです。今までの権益を守りたい人があまりにも多いことを意味します。
議会の中で、そのトップとスタッフがケンカしているようなもんです。 どちらも県民から選挙で選ばれた人たち。それなのにその選ばれた県議から 失格の烙印を押されました。これもまた民意を表していることになります。
国政と県政の大きな違いは、その長を国民が直接投票できるか否かの違い。 地方を預かる身と国を預かる身の違いです。やってる中身が違うんです。 それだけ県知事の方が国民に近い存在なワケです。市長や町長はもっとです。
ではこの状況に関してどう思うかっていうことなんですが、これは行き過ぎた 議会の抵抗とでもいいましょうか。全ての人が同じ方向性を持つことは危険。 一方ではその均衡があまりに崩れてしまうのは良くありません。
小泉首相も同じ状況だと思います。 抵抗勢力をあらわにすることで、その抵抗勢力に対する民意を問う。 これもまた構造改革のひとつだと自分は考えます。
国民が、県民が信任するその長が苦悩しているんです。 必要な改革を推し進めるのに、その行動を否定し、邪魔する勢力が存在する。 信任したその長が実行できないでいる状況に対して批判することは簡単であり、 諦めることは簡単ですが、その抵抗勢力に対して我々が何の行動も起こさないで、 つまり見て見ぬ振りをしている自分たちを差し置いて、信任した長を批判する のはいかがなもんかと思います。なんで抵抗勢力が存在するのか、彼らを 生かしておいていいのかということを真剣に考えれば、おのずと攻撃の矛先は 決まってくるんじゃないかと思います。そうでなければ、我々はただのお気楽。 きっと誰かがやってくれるだろうとのんびり構えているお気楽平和ボケ国民。 そうです。国民の目が腐っているんです。
ま、いつの時代でも国民というのは勝手なもんですから、国民の総意という のは本当に正しいのかどうかという議論になれば、必ずしもそうでないという ことになります。老いも若きも男も女も、しっかりした人もそうでない人も、 定職のある人もそうでない人も、お金持ちな人もそうでない人も、政治に興味の ある人も無い人も。いろんな人がいるわけです。育ちも違うし、教育の受け方も 違うだろうし、もちろん考え方も違うわけです。そういう人の集合体が国民 なんですから、その総意というのが正しいかどうかというのは統計でいう 「分布」に拠るところが大きいかもしれませんが、民主主義では数の論理。 数の中身は問われません。そこが問題といえば問題なんですが・・・。
さて長野県の場合はどうかといえば、どうやら政策としての県知事の方向性は 間違っていないようです。とかいったチェック機能が県議会に求められているの ですが、彼のポリシーである「脱ダム」のショックが大きかったんでしょうか。 ダムの議論になると声を荒立てて反抗する姿勢をする議員が大半です。それだけ ダムに対する県議の期待が大きかったことを表していますが、その期待という のは、自分に対する見返りの大きさを期待していたからに他ならない。 「オレ」は地域を支配している偉い人だという自負心と地域への約束を守るべし という曲がった思想から来ていると思われます。
地域の一部の人間の利益をその地域の声だと称して自分の利益へ転化していく 彼らのえげつない行動に対して、県民は異論を唱える時期に来ているのでは ないでしょうか。そんなえげつなさがまかり通る県であるのかそうでないのか。
周囲を高い山で囲まれた閉鎖的な県である特殊事情はあるものの、その閉鎖性を 利用していたのは議員達。県政の停滞に異論を唱えた田中康夫氏を県知事に 選んだ県民の意識は、それらの議員達に一矢を報いたい県民の「総意」でしょう。 聡明な長野県民のことです。田中県知事は来週失職するでしょうから、その後も 彼を県知事に選ぶでしょう。反田中派(そんな派閥があったのか(笑))は 対抗馬を選んでる最中とのことですが、これぞという人はいないでしょう。
カネが動くということは、そこには必ず利権が存在します。 そこで儲けている人が存在しているということです。 その儲けは県民の税金であるし、交付金という形で支給される国庫金は国民の 税金であるし、国の借金の一部です。少なくともこの税金が潤っている時代でも ないし、将来潤うことが見込まれているわけでもありません。ここに所得の分配 を期待するのはあるべき姿でないことは明白です。
というわけで、田中県知事にはこれからもがんばってもらいたいという期待を しているわけです。アホな姿は彼の演出。こんなつまんないことを問題にする ぐらいならば、もっと本質的なことを問題にすべきです。>関係者へ。
はい。今日は晴れのち雨。(東京地方)
テレビ朝日の「ニュースステーション」に出演している上山千穂アナウンサー。 なぜだか、あの細い目に惹かれています。かといってアナフェチではないです。
テレビアナウンサーは人前に出てくる人達ですから、基本的には見た目が良い。 自分の場合、いいなぁと思う人が多いのは日本テレビ。馬場典子アナがお勧め。 一方、そうではないのがテレビ東京。どちらかというと線が細い感じで印象が 薄い感じ。アナウンサーの位置付けの違いですか。視聴率にも関わりますから。
アナウンサーをアイドル的に仕立て上げることは悪いこととは思いません。 テレビはその内容で勝負しろとも言いません。スポンサーじゃないしね。 以前ほど局ごとのカラーの違いが無くなってきたことも悪いとは思いません。
視聴率に縛られた番組制作と編成の回転の早さをどうにかしてくれないかと 思う今日この頃です。特にドラマはそう思います。3ヶ月で終了が定番です。 脚本に限界があると思われるんですが、当たろうが当たるまいが、一律に 当初から組まれた番組編成のために終わってしまうのはいかがなもんか。
なーんてウダウダ言っていますが、そんなこたぁ、どうでもいいんです。 ニュースステーションに上山千穂アナが出つづけてくれれば。(笑)
はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)
今日から始まりました「太陽の季節」。 原作は立ち読み程度しか見ていませんから、ってか、かなーり 昔に読んだので記憶のかなたにあります。ほとんど忘れました。 そもそも文学嫌いな自分ですから、意味も無く読んだだけなんですが、 大学の図書館で友人を待っていたとき(涼しんでいた)に、たまたま 目に入ったのがこの本。ちょっと古ぼけたこの本が芥川賞受賞作品とは。 田原総一郎氏がサンデープロジェクトの中で自分も作家になりたかったが、 この作品に打ちのめされたということを言っていたのを聞いて初めて知り ました。(芥川賞の重みは自分にはわかりません。)
ドラマは原作を脚本化する際に、往々にして脚色されるもんです。 役者と演出がうまくかみ合えば上等。そうでなかったら最悪。
”交差点ですれ違うだけの・・・・” 45年前の作品であることを考えると、ドラマの設定にはちと無理が。 それを今風にアレンジしていることは分かるんですが、原作の イメージがかなり変えられた気がします。ほとんど忘れているので そのイメージも曖昧なものなんですが、原作には爽やかさのかけらも なかったように記憶しています。まったくもっていい加減な記憶だっ たらスミマセン。
このドラマにはある意味、注目しています。 それは、タッキーと千鶴ちゃんの絡みが見たいから。 どう考えてもドロドロとした演技ができる役者ではありません。その 彼らがどのような役柄を演じてくれるのか。そのあたりが注目です。 (千鶴ちゃんも三井のリハウスの頃に比べて大人になりましたね。)
演出や監督の言うことを聞かずに自分のやりたいようにやれと、原作者の 石原慎太郎氏はタッキーにエールを送っていましたが、タッキーがこの 作品をどのように解釈していくのか。単に台本に書いてある文面だけから 読み取るのではなく、原作の臨場感をどう噛み締めていくか。 そのあたりも見ものです。
さて、ちょっと昔に「ロード・オブ・ザ・リ○グ」が映画化されましたが、 もしかするとこれはかなり脚色されているかもしれません。翻訳本に しても、映画の字幕にしても。かの戸○○子氏が噛んでいますから。 正しいかどうかは別にすれば、氏の翻訳は好きではありませんしね。
映画やテレビは日本人用に字幕とか音声吹き替えとかしますが、そのときに エンディングで翻訳者の名前が出てきますが、当然のことながら翻訳は ひとりでやっているわけでなく、多くのスタッフが関与しています。 これもビジネスですから、有名な翻訳家の名前が出た方が信用されます。 でもね〜。なんだかね〜。影響されてるっていうか・・・。(謎)
ま、批判なんかしたら執拗な圧力がかかるようですから、やめときましょ。 そういう人を知っていますからなおさらです。 あっしには関わりの無いことですから圧力はかかんないでしょうけど。(笑)
はい。今日は七夕。曇りのちときどき晴れ。(東京地方)
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