しむちゃんのつれづれ日記
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2002年12月23日(月) 古き良き時代の政党?

保守党のHPにあります政策を見ていました。
一番新しいものに「高速道路の整備のあり方についての提言」という
政策がありましたのでのぞいてみましたが、保守党ってそうだったのか、
と改めて思いました。その具体的内容は次の通り。(引用します)

1.整備計画9,342キロメートルについては現在の整備スピードを
落とすことなく、早期に整備するべきであり、法定予定路線11,520
キロメートルの整備も国の責任で着実に進めるべきである。

2.高速道路の建設にあたっては、その早期整備を図るため、新たな組織
は有料道路方式におけるプール制度を最大限に活用し、料金収入を可能な
限り建設投資に振り向けるべきである。

3.2の原則で整備できない路線については、地方再生を推進するため、
新たに「直轄方式」等により国の責任において可及的速やかに整備を行い、
国民の期待に応えるべきである。この場合、地方の負担が増加しないよう
必要な措置を講ずるべきである。

4.高速道路ネットワークの早期整備を図るため、高速道路の構造・規格
の見直し、道路サービス機構、ハイウェイ交流センターをはじめとする
関連法人の抜本的改革などを通じ、コストダウン及びサービスの向上等を
積極的に進めるべきである。

5.高速道路の料金徴収方法の一つとして、ETC方式が導入されている
が、さらにこれを積極的に推進し、弾力的な通行料金の設定、無人料金
徴集所の拡大などを通じ、一層の利便性の向上、コスト削減、環境対策な
どに努めるべきである。

6.新組織は建設投資資金の確保、固定資産税等公租公課の非課税、円滑
な資金調達等を可能とするものでなければならない。また、地域分割につ
いては、プール制の活用を阻害するため、行うべきではない。

7.償還終了後の道路は、国への帰属が原則であり、私企業の営利事業と
して、永久有料とすることは不適切である。また、将来、私企業による
買い取りや、経営の中心が外国人の手に移ることなども論外である。
※一部加筆訂正


見ていて分かると思いますが、高速道路は国が行うもので、地方自治体に
その負担を強いるもので無い、国の所有であり、計画は必ず実行すべきで
ある、と明言しています。

どうですか。自民党の保守系と何ら変わりませんね。だから保守党か。(苦笑)
”携帯電話の「ワン切り」の法的規制を求める決議”といった身近な問題
から”国家安全保障の確立に関するアピール”といった国政に関する
(当たり前ですけどね)ことまで幅広くやっているんですが、一番興味の
あるのは経済政策。これを見ていると、抜けていると思われることがある。
それは需要の喚起に対して、国の関与を見せておきながら、民間へ国の
事業を引き渡すことが書いていない。書いていないということはやるつもり
が無いということ。公務員の仕事を減らしてしまうということを恐れている
のでしょうか。とはいえ扇千景が国交省をやっているうちは無理だね。

これは多くの人が言っているので目にした人も多いでしょうが、役所仕事を
民間にする目的は、なんといっても活力を取り戻すことです。やる気のある
人に任せて、知恵を出して、新しいことを考えて。同じ継続性を考えるに
しても、同じ仕事の繰り返しやおこぼれ頂戴では長続きしません。しかも
仕事に付加価値がつかないから、時間とともに価値が落ちますから競争力も
なくなるんです。お役所仕事だと、そのあたりの厳しさが問われないところ
が問題なんです。民間委譲の目的はこういうことです。

建前としてはこういうことなんですが、民間だからといって必ずしも成功
するとは限りませんけどね。役所仕事があまりにもの体たらくであるから。
長いこと同じ仕事をしている人には馴染みません。例え民間に委譲をしたと
しても、そのうち時間が人を変えてしまいます。だから人の入れ替えとか
配置転換は必要です。技術部門であっても技術の蓄積は必要なのでそう簡単
には人の入れ替えは出来ませんが、異動がないことを前提に仕事をして
いてはいけないので、期間限定ということにします。そのあたりの考えは
経営の判断ということになりますが、安定した仕事が出来るのと同じ仕事
を続けることとの区別は必要ですから、きっちりと言い渡しておくことも
欠かせてはならない。

いずれにしても現状の打破は現状を変えることしかないから、今の仕事の
やり方を変えることを考えなければなりません。需要が落ちているのなら、
その需要を上げる方法を、従来の産業を立ち直らせることを考えることが
大事なのですが、そのことを棚に上げて経済政策に頼ったり、サービス
産業に肩入れしたり、根幹的なところを無視して政策なんかありえないと
自分は考えます。

とはいえ、具体策を作ってしまうと官庁からも民間からも罵倒の嵐になり
かねませんので、もし作るとしたら政治家生命をかけるつもりでやらな
きゃならんでしょうね。それだけ大変な仕事なんです。

みーんな総論OKでも各論NOですからね。国民がね。
マジメな政治家もこれじゃやってられないと言いたいでしょう。

それはそうとして、保守党は自民党の片割れだし、古き良き時代の自民党
の残存ですから、ここには一票を投じるつもりはさらさらありません。
あくまでこれは自分のことですから、みなさんは自分で考えてね。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2002年12月22日(日) 甘えの構造

行き着くとこまで来ましたかね。
野党3党。(民主党 菅党首、自由党 小沢党首、社会党 土井党首)
野党第1党の民主党や社会党の体たらくは情けないものがありますし、
支持率の底這い状態は致し方ないところがありますが、自由党の支持率が
伸び悩んでいるのはいささか疑問。やはり小沢党首は表に出ないほうが
いいのかな。あの顔つきが怖がられているかも。

菅直人が党首になるような民主党は残念でならない。
優秀な政治家、特に経済問題に精通している議員が多い政党ですから、
自分としては期待している政党なんですが、いかんせん首脳部にまともな
人材が選出されないところが古い体質(特に旧民社党)を引きずっている。
体制としてダメなところはいくら個々に優秀な人が存在しているとしても
それを生かせない体質であることは明白なもんだから残念だと言うのです。

社会党は自民党に対する対抗政党としての地位を追いやられただけでなく、
世の流れについていけなくなった、つまり世の中が求める政策でなくなった
ということです。要するに資本主義に対する社会主義ですから、いわゆる
平等主義。お金持ちとそうでない人との差を無くす。社会政策も人によって
分け隔てなく受けることが出来る。かつての経済学者が理想とした世界で
あるわけですが、現実問題として旧ソ連や中国を見ても分かる通り、それら
の国々でも社会主義に限界を感じ、資本主義を取り入れる政策になったため、
いわば社会主義とは世界を見ても北朝鮮以外は資本主義になりつつあります。
日本においては戦後の資本主義経済が第一目標とされていた時代は、その
存在が必要とされていた社会主義の思想ですが、経済成長時代を過ぎた頃
からその意義が薄れてきました。対抗思想としての社会主義がね。

自由党については小沢党首と藤井幹事長だけっていう印象が拭えませんが、
優秀な政治家と優秀な参謀という関係だと思います。この党に必要なのは
やはり知名度のある政治家でしょう。表舞台で活躍する兵隊がいないのは
ある意味致命傷とも言えます。国民側から見えない党になってしまいます
からね。内容のある対案を小沢党首が発表しても、それを取り上げるマス
コミもいないのはいかがなもんか。おかげで彼の対案はきちんと中身を見
られないままマスコミのいい加減なでっちあげにより思慮不足と言われる
ようになる始末。中身を見ないで中身が無いと言われた小沢党首は無念で
しょうね。

ただ、野党3党の党首がサンデープロジェクトに出演して思ったんですが、
彼らが出ていても、小泉首相に比べれば器の大きさが違うかなと。
なんだかギスギス感が否めませんし、この人には任せたいという思いを
持たせてくれません。もしこの3党が協力するのなら、政治家として信頼して
いる小沢一郎氏がいる自由党も支持しません。所詮3党集まって支持率10%
にも満たない野党であり続ければいいんです。そういう存在で。(遠い目)

一方、与党の中には扇大臣が所属する保守党は支持率はほぼ0%であり、
逆の意味で目立ちます。公明党については・・・何も語るまい。

政党の主義主張よりも、そこに属する議員個人に対してどう思うかが
われわれが投票する評価だとすれば、どれだけ国民の心をつかむ議員が
多いかが、それぞれの党の存在を決定していると言えます。あるいは
地元にどれだけ貢献しているかで、地元民の信頼を得ているかです。

でも待て。市町村、県、国とそれぞれ議員を抱えているわけで、それぞれの
持ち場があるわけで、それを同じ土俵で見ているわれわれもおかしいわけで。
つまり地方の行政のことを国会議員に求めるわれわれの意識がおかしい。
こういった要求が続くから国会議員が地方に介入する隙を与えているわけで。

結局のところ、政治を変えるのは選挙民。政治家は当選しなければ仕事が
できないんだから、投票する側の意識を変えないことには政治はいつまで
たっても変わらないことになります。政治家のことをあれやこれや言っても
われわれが変わらなければ、世の中は何にも変わらないということを、
われわれ自身が覚えていなければならない。政治や政治家が変わらないの
ではなくて、われわれが変わっていないということなんです。

官僚主導ではなくて政治主導であるのが本来の姿。でもそうなっていない
のは強い政治家を、本来の政治家を選出してこなかったわれわれの責任。
政治家は選挙があるから、ある意味では弱い存在です。でも官僚はそうでは
ない。であるがために、政治家らしい政治家を世の中に送り出して、ある
べき姿に変えてもらう。これができるのは選挙民です。政治家のモラルが
低下したのは、選挙で落選する恐怖の無い議員が出てきたからです。その
背景にあるのは全て選挙民の要望であり、甘えの構造です。

国民が政治に甘えている限り、その積み上げである国政は良くなりません。
自身の生活がきつくなったのは誰のせいでもなく、自身の甘えです。
地方であればあるほどその傾向は強いと思えます。かく言う自分は不況都市
に指定された市の出身ですが、文句は他の都市に負けないほど多いです。
自身の生活を守るためには行政や政治に助けを求めるのではなく、自身で
苦しんで、その結果知恵を出して、そしてつかむものだと思います。その
努力を惜しんでいては、いつまでたっても民活は達成できません。

地方が一人立ちする時、その時は日本の景気が立ち直る時だと思います。
国の介入は最小限に。そのためには強い官庁の力を分散させなければなら
ない。分散させて地方に決定権を与えていかなければならない。中央の
エリートたちは強く反対するでしょうが、それを強固な意思で達成する
のは政治家です。だから強い政治家が必要なんです。

小泉首相が弱いとおっしゃる人は、他に官庁を壊せるような人がいるのか。
そういう視点で彼のことを見て欲しい。不良債権処理などという金融面だけ
では経済の活性化には限界があります。竹中大臣も辛い役目です。
そう簡単には官庁は崩れません。政治家とグルになって自分たちを守って
きましたから。しかも自分の狭い領域だけはとにかく守る。だから縦割りに。
国益よりも自分のテリトリーが大事な人たちだから政治家も動かしにくい。

本質的に腐った部分に対する議論を抜きにして現状への対処をとやかく
問題にしても、デフレの現状を解決することにはならない、と思います。
カネを何100兆円突っ込んでも景気が良くならないのは、それを吸収する
土壌、つまり甘えてムダ遣いするわれわれの体質があるからなんです。
それが改善されない限り、いつまでたっても景気回復はありえないと考えます。

でも政治家の口からそういうことは言い出せないだろうな。口が裂けても。
(官僚を敵に回したら政治家も生きていけないってこと。)

はい。今日は曇り。(東京地方)



2002年12月21日(土) 従来のやり方=安定=甘え?

休日に一日中部屋でゴロゴロとしていると、決まって下痢する。
たとえ健康な時であってもそうでなくてもそうなってしまう。
身体が動きを要求しているんでしょうね。ゴロゴロするなって。

とはいえ疲れた時は休むに限ります。
でないと疲れを引きずって翌週の仕事に影響してしまいます。
仕事の鬼ではないんですが、当たり前のことを当たり前のように
こなせないのは辛いです。ダラダラとやっていても効率悪い。
やるときには集中して一気にやり終えるようにしなきゃ。

前年の実績を元にして翌年の予算を決めていく、前回の実績を
元に次回の発注金額を決める、去年やってもらった道路工事は
今年もほかの場所でやってもらう、去年借りてた借金は今年も
継続して借りる、去年やった仕事を今年も引き続き行う。

継続性は大事なんですが、それでは去年以上、前回以上の仕事は
難しい。安定性を求めても世の中が安定していないのなら、いく
ら自分が安定的な仕事をしていても、全体としては安定しない。
というのも、安定的=同じ仕事という観念に陥っていないかと
振り返る作業が抜けているから、同じ仕事をしていれば前回と
同じレベルが達成できると勘違いしてしまう。これでは陳腐化
していくことを付加価値で補うことが出来ません。

貨幣に金利がつくように、仕事にも付加価値が付いてこそ始めて
給料をもらえると思えば、自分の給料は自分の付加価値であると
感じ取らなければならない。時間が経てば、以前の付加価値は
付加価値で無くなって、当たり前のことになってしまう。それを
補うには、更なる付加価値をつけること。だから本来は正しく
評価されるのならば、給料も年ごとに変化してしかるべき。でも
それを許さないのが年功序列の仕組みであり、予算制度の弊害
であると思う。なぜなら、年ごとに変化する給与システムであると
人件費に対する予算の設定が困難になる。振れるからね。

企業の予算設定は実行年度の2ヶ月前頃に設定されるところが
多いと思う。決算を年に2回行っているところは、2月と8月。
これまでに翌期の設定をしなければならないから、次期の評価を
終えていればいいんですけどね。でも業績に絡むことっていうのは
おおかた期末に偏る傾向があるから、その期の評定には間にあわ
ないことが多い。そうすると正しい評価がつけられないことになる。

システムに問題があることはあるんですが、でもこれは誤差範囲で
済まされることなので大したことではない。それよりも問題なのは
評価を下すその人に妥当性があるかどうか。管理者としての資質。
これがきちんとしていなければ、その下にいる人は辛いです。
あるいは広い観点でものごとを捕らえる目がなければ、個人の
領域だけで考えられてしまって、下の者を潰してしまうことも
考えられます。このあたりが管理者としての資質を問われる大きな
点。ただそういう観点だけを重視して、外から来てもらっている人
に仕事のしわ寄せをするのは本末転倒。内部で消化できないことを
サポートしてもらっているのが本来の姿だから、その人の資質に
頼って仕事の仕組みを作り上げるのは、別の人に代わったときに
辛い思いをするのは次の人であり、係わっている人たち全員です。

人が代わって仕事の消化が難しくなっていることを仕事の中身の
見直しと称して仕事量の分配を変えるだけにこだわるのも疑問。
そんなときは見方を変えて仕事の内容を見直す、つまりムダな
仕事をやっていないか、無くしてもいい作業は無いか、仕事量
自体を減らすことを考えるべきなのに、この人からこれこれの
仕事を他の人にシフトさせるという考えでは、余計に仕事が
増えてしまうことが予想される。それでも従来の仕事から頭が
切り替えられない人はそういう仕事の割り振りしか考えられない。

厳しい時代であればあるほど事業の変化が求められます。
そんな時に従来のやり方にこだわるのは限界があり、行き詰まって
どうしようもない、あるいは問題先送りになる可能性が大きい。
だから発想の転換が必要です。別の見方が必要です。そんなことも
考えられない管理職には退いてもらいたいんですが、なにせ相手は
今まで生き残ってきた人。それ相応に強い生き方をしています。

自分はそんな人たちに今まで考えたことも無い、あるいは考えた
くもないことを敢えて考えさせるように(年を取って頭がボケて
しまわないようにと言った方が正しい?)、自分を悪者にして
つっかかることがあります。そうでもしないと、失敗を恐れて
何もしない、つまり罰点がつかないように自分を出さなくなって
しまうんです。これは組織の硬直化につながります。そんな中では
よほど優秀な人でないと従来にない発想は生まれてきません。

従来にはなかったこと。それを引き出すためには上位者が率先して
従来の殻を破っていく姿勢が必要です。われわれは上位者に負け
ないように更に今までやっていなかった知恵を生み出す。そんな
姿勢の積み重ねが事業の底上げにつながっていくと思っている。

仕組みの改善を使命として今の職場に連れて来られた自分ですが、
いかんせん、部門のそれぞれが自覚して実行しようとする、他人
から言われたことだけではなくて、自分たちでどうしたらいいかを
考えて実行していくという当たり前のことをしてもらいたい。

それが実現できれば、自分は晴れて今の職場から必要の無い人材
となることができる。早くそうなって欲しいと願っているのですが、
どういうわけか、なかなか辞めさせてくれません。甘えの構造は
ここにも存在しています。

はい。今日は雨。(東京地方)



2002年12月20日(金) 仕事にかこつけて忘年会

いい気分で帰ってまいりました。
金沢文庫の居酒屋(家庭料理)で飲んできましたが、そこの
おかみさんが北九州の出身。お新香のことを「おここ」と
言っていたので北海道出身の人が「このおかみさんは北の
人に違いない。」と言いましたが、当てが外れました。

おかしいなぁ。久留米じゃお新香のことは「おここ」とは
言わないんだけどなぁ。おかみさんいわく、「北九州は
都会だから久留米じゃ言わないかもね。」

バカヤロウ。北九州は100万人都市でなくなたじゃん。
それでも政令都市でいられる不条理。どうでもいいけど、
都会とか田舎とか、そういう区別をするのはいかがなもんか。

ま、いいっすけど。飲みが続いて参っているので、ここいら
へんで寝ることにします。おやすみなさい。

金沢文庫から2時間半。つかれた。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2002年12月19日(木) 他人事

今日は不甲斐ないご老体(とはいえ50代)の発言につっかかって、
その反応をうかがっていましたが、案の定、反論を返してきました。

どうも自分の書く文章にはトゲがあるらしくて、その中の一部の
表現に納得できなくて半分怒りのメールでした。(半分は詫び)

この人は、一時期横須賀製造所に移設された愛媛のパーツ部門の
部門長を代行していて、その頃に引継ぎのことでひと悶着した結果
現在外から来てもらっている人にしわ寄せが来ている現状を、今は
本来の部門長に職務を戻したことで、あたかも他人事のように事を
見ている彼の発言に自分は憤りを感じてその思いをぶつけたわけです。

所詮憤りですから、穏やかな言葉遣いにはなりません。
上位者に対する言葉ではないとは思いながら言わずにはいられなかっ
たので、ぶつかる覚悟をして出しているわけですから、当然ながら
返ってくるメールは穏やかでない事は予想しておりました。
いやいや。これが予想よりも返ってくる時間が短かったのが意外。
というか、この人はヒマなのかなとも疑ってみたり。

さすが上位者は言葉遣いがうまいなと半分感心ですが、言っている
ことがまた冷めているんだな。これが。あきれて無視して帰りました。

こんなこと言っている人がウチの職場にいること自体が質の低下を
促しているんだと隣の同僚にグチを言って帰ったもんだから、同僚は
困っただろうな。すんません。いきなりワケ分からんこと言って。

そういうことがありながらも夜には約束していたことがあったので、
恵比寿で落ち合って比内鶏の焼き鳥やと茶店に行き、あれやこれやと
会話していましたが、もしかしたらその余波を感じていたかもしれ
ない。少々気分が高揚していたこともあって、目つきが厳しかった
かもしれない。そう思うと帰りの電車の中で寝ることも出来ず、もし
かしたら明日は寝不足で目が赤いかもしれない。そんときゃ・・・。

横須賀のライン長に午後時間を取ってもらって話し合いをすることに
しているので、その時にでもウサ晴らしをするかな。明日。

そうそう。コトウさんからありがとうメールを頂きました。
品物の宛先を「琴生結希」様で送ったから、本当に届くかどうか不安
でしたが、無事に届いたようですね。よかった。

はい。今日は曇り一時雨。(東京地方)



2002年12月18日(水) あやしい動き

今日は小千谷のお客さんを尋ねるために、以前は「あさひ」と言ってた
上越新幹線「とき」に乗って浦佐で乗り換え、在来線でおよそ30分。
小千谷へ降りた。ここで大阪から来ることになっていた担当部長と
落ち合うことになっていましたが、彼が到着するのは12:48。
自分が到着したのは11:47。とりあえず昼飯を食べながら待って、
時刻通りに電車が到着したので、それからタクシーに乗って客先へ。

営業担当の自分が東京から来ているのに、なんで大阪から担当部長が
来ることになったかというと、正直言いまして、自分にプレゼンの
能力が無いから。新機種の勉強をしていないので、とてもひとりで
プレゼンが出来ないんです。今日のプレゼンは新機種での訪問だった。

既存機種であれば現場の担当者も使い勝手から性能まで良くわかって
いるので、あんまり技術的なPRをする必要が無く、自分でも大丈夫
なんですが、客先が扱ったことの無い機種をPRするためには、それ
なりに製品説明からしていかなければ、聞いている方も何ができる
装置なのかがわからない。わからない人間同志が話をしても意味無し。
というわけで、わざわざ大阪くんだりからお越し頂いた。
(でもプレゼンのきっかけは担当部長が作ったんだけどね)

まぁ、それなりにいいことずくめのプレゼンでしたが、それが本当に
実現するのかは不安材料。それから一番の興味はお値段。ここで高い
という印象を受けた時点で土俵にすら上りません。競合機種は必ず
あるからね。独占機種であれば、そこそこ強気には出れるんだけど、
競合機種があれば、そういうわけにはいかないから、そこそこ興味を
引くぐらいのお値段提示をしなければならない。そこは顔色を見ながら。

一般的には、現場としてはいい装置を導入することには積極的ですが、
いかんせん予算的な制約があるから、そうそう簡単にはいきません。
ある新しいプロセスを導入するのに、どうしても必要な装置であることが
明確になり、その対象としてリストアップされることが前提条件。
今日の場合はどのような装置であるのかを説明しに行って、どのような
評価ができるのか、その評価をしてもらうためにデモをしてもらえないか
ということをお願いしに行ったわけですが、ターゲットとするプロセスが
そこではどうやら行っていないようなので、同社の他の事業所へ行って
欲しいと言われました。ただ、プレゼン資料は要求されましたけど。
(多分、今日打ち合わせに来てもらった担当君のための勉強用かな。)

打ち合わせ時間が早かったから、急いで帰れば東京の事務所へ戻れる
時間だったので、タクシーに急いでもらって小千谷駅へ行き、そこから
接続のいい新幹線に乗って戻りました。おかげで定時前に戻れました。

そこで待っていたのは同僚と上司です。
なにやらガヤガヤとしゃべっていたのですが、上司からひとこと。
「今年度は強気の業績を作ってくれているが、本当か?」

業績管理をしている自分の今年度の予測を見て質問してきました。
何を今更って感じでしたが、良く聞くとわからないでもないことを
上司が口走った。そうか。この人はこの職場を終わらせることを考えて
いたんだな。というのも、今年度までの累損と固定資産の簿価リストを
作成しろと言われて火曜日に提出していた。恐らく上(つまり社長ね)
には、この事業はこのまま続けていても会社には貢献しないと上申する
資料を作っているようだったし。でも後から同僚に聞いた話では、どうも
そうではなさそうだ。逆のことを言い出している模様。

そうなった裏は同僚から聞きましたが、どうも上の人たちの動きがおか
しい。部長職以上の人たちは、自分に任された事業を簡単には無くす
ことはしないとは思っていましたが(つまり自分が無能だったと評される)、
あっちの人は潰すと言って、こっちの人は続けると言っていたのが、ある
時からあっちの人が続けると言い出したもんだから、こっちの人は潰す
と言い出す。何やっているんだろうね。この人たちは。誰のために仕事を
やっているんだろうかと叱り付けてやりたいぐらい。

自分のことが大事で仕事をやっているのなら、この人たちは皆いらぬと
言い合っているのがわれわれ担当クラス。それを面と向かって言えないのが
つらいところ。辞めろと言えないから、事業の考え方にイチャモンつける
ことぐらいしかできない。せめてもの反抗ね。

帰ろうとしていた頃に米国メーカの日本担当マネージャーから電話が
かかってきて(東部時刻だからあちらの早朝ね)、向かいの席の同僚と
長話を始めました。どうやらこちらの動きが気になっている模様。
そりゃそうだよね。組んだ相手の動きがおかしかったら気になる。
しかも自分の担当エリアのことだから。さて今後どうなることやら。
自分にも分かりません。

はい。今日は晴れ。(上越地方)



2002年12月17日(火) 有事法制について

憲法9条には次のような記述があります。

日本国憲法 第2章 戦争の放棄
第9条【戦争の放棄,軍備及び交戦権の否認】
日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し,国権の
発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する
手段としては,永久にこれを放棄する。

前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。
国の交戦権は,これを認めない。

平和ボケしている日本国民の頭の中では、これをどう解釈していいのか
正直言って分からないと思います。かくいう自分もその一人です。

この文章を読まずに、昔習った教科書にある記述だけを記憶しているなら
ば、恐らく憲法9条とは一切の武力を放棄する、例え外国からの攻撃が
あったとしてもそれに応戦することは出来ず、ただ指を加えて攻撃を
受けるのを見ているだけだ。自衛隊は軍隊だからあんなものは違憲だ、
なんてことになる。

ただ、この憲法9条をよく読んだとしても、ある11文字があるために
解釈が分かれるという指摘もある。それは、

「前項の目的を達するため」

この11文字は後から挿入された、「芦田修正」と言われるもの。
この「芦田修正」によって日本の自衛権(国軍の保持と交戦権)は保証された
という人もいます。

※芦田氏とは、憲法改正小委員会の委員長で、芦田均氏のこと。

当時の歴史がそれを証明しているという人もいれば、それは定かでないと
言う人もいます。一般的には「芦田修正」と言われているようですが、明確に
そのことを証明している人はいないようです。

見方にもよるんですが、自民党衆議院議員である山崎拓議員の言葉を借りると、

”第二項に「前項の目的を達するため」とあります。前項は侵略戦争のことを
規定しておりますから、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」のは
侵略のための戦力である。したがって、自衛のための戦力を保持することは、
憲法に違反しない、ということです。”

ただ氏は憲法9条で自衛隊を合憲だとすること、自衛隊が認められることは、
解釈上難しいと思ってきた人。一方では国連に加盟したこと、それから
1951年に締結された通称サンフランシスコ講和条約の第5条において
掲げてある条文、それから日ソ共同宣言の第3項、最後に日米安全保証条約
の改定文を引き合いに出して、国際的な文書の中に集団的自衛権を明記した
文章があるということは、自他ともに認めていることだとも言っています。

権利はあるけど行使しない。同盟国が仮に攻撃を受けても黙ってそれを
見過ごすしかない、というのが今の憲法解釈の主流のようです。しかし、
氏はそれとは違う見解。

自国がなんら脅威を受けていなくても、国際社会の秩序の維持という一般的な
利益を守るため、あるいは侵略者の不法な武力攻撃を許さないという国際社会
の一員としての義務と責任として、他国に対する攻撃に反撃を加える権利が
ある、という立場。

一方、筑紫哲也氏のように、武力は持つべきでない。武力を持つところには、
武力が介入することは沖縄を舞台とした歴史が証明している、と言います。
つまり国体の問題で、国家は国民を守らない。軍隊は民間人を守らない、と
いうことです。これも歴史が証明している、と。この証明とは、筑紫氏が
沖縄を歩いて集めた当時の生き証人の言葉によるものです。重みがあります。

戦争を知らない戦後の世代には感じ得ないことをどう判断するか。
それは事実を正しく認識するしかない。そこから先は個々の判断。そして
その積み上げが民意となる。その民意の正しさが国家を動かすと信じる。
しかしながら、この民意が間違っている場合は、国家はそれを利用して
都合のいいように操るかもしれない。そのために泣くのは結局は国民。

この人が言えばこうだと思い、あの人が言えばああだと言うのはいけない。
それって何も考えていないのと同じ。少なくとも、正しいかどうかは別にして
自分はどう思うのか、信念とか持論とか、誤解でもなんでもいいので、人に
流されないようにしなければならない。それが周囲の風潮に負けないことに
つながるから。いわゆる民衆という流されやすい生き物にならないように。
間違った方にみんなが流されてしまうと、最悪では戦争になってしまっても
誰も止めることが出来ないから。

有事法制とは違う方向に走ってしまいましたが、たとえばこういった話題でも
自身の考えを持っておくことは大事ね。そういうことです。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2002年12月16日(月) 夜更かししているといいものやってた

なーんだか眠くてしょうがないんだな。これが。

ただうたた寝してると寝冷えしちゃうから布団で寝よう。
と言っている間に雨が降ってきました。恐らく冷たい雨。
そんな中、テレビでは、

「おい征爾、おれはお前の様にキューを出さなくても弾いて
くれるぞ。お前はキューの出し過ぎだ。」

指揮者がいちいちキューを演奏者に出していると、演奏者は
指揮者に注意しなきゃならず、演奏に没頭できないというもの。
これはかのカラヤンから指摘されたと言います。

演奏者が演奏に没頭できないということは、裏を返すと指揮者も
演奏に没頭できていないということ。このことをカラヤンは
小沢征爾に伝えたかったようです。

会社の中で言うと、上司は部下に指示を出しすぎてはいけない。
指示が多すぎると、部下は指示を待つようになって自分の頭で
ものごとを考えることを忘れてしまって指示を待つようになる。
これじゃいかん、っちゅーこと。

楽団では指揮者が指示することは絶対的。それを忠実に守ることで
指揮者の色がついた演奏になる。だから同じ楽団であっても指揮者
が違うと違った音色になる。リハーサルで識者の細かい指導がある。
演奏はこれらの積み上げで出来あがります。その積み上げには演奏者
の向上心が伴います。これが大事なんです。演奏者が指揮者に何を
感じて演奏をすべきかを考える。この作業が大事なんです。ここを
うまくコントロールできるか、演奏者に感じ取らせるかが指揮者の
演奏者に対する演じどころというんでしょうか。

お互いに何を感じ取るか、エネルギーを感じることができるかどうか。
そのあたりが会社生活でもできるようになればと思う。会社から
給料をもらっているのだから、われわれはプロ集団でなければなら
ない。下向きな、自身を守るだけの仕事じゃダメだってこと。そんな
社員の積み上げが会社を作っているからね。不良債権になっちゃう。
それじゃいかんと思う心が会社を変える力になると思う。

小沢征爾の指揮者振りを見ているといつもそう思う。
エネルギーを感じるしね。

はい。今日は晴れのち曇り。(東京地方)



2002年12月15日(日) 離乳食用の食器セット

部屋があまりに寒いと、エアコンつけても暖気が室内の寒さに
負けて、いつまでたっても寒さが変わらない。というか、出て
くる暖気がただの風になってしまているのが寂しいというか。

あまりの寒さに負けて、とうとう半天を出してしまいました。
多摩地区は寒いです。先週の日曜夜半から降った雪の残骸が
まだ残っています。アパートの北側にある畑はまだ白いです。

今年もあと二週間となりましたが、クリスマスは自分にはあんまり
関係ないので、さっさと過ぎて欲しいんですが、今日は兄夫婦の
子供が来月から離乳食を始めるというので、その離乳食用の食器
セットを探しにでかけました。

兄嫁からはピジョン社の食器セット(ミッキーマウス柄)という
リクエストがあったので、品揃えの多いところに行ってみました。

いつもはベビーコーナーなんていうところは素通りの場所なの
ですが、今日は目的がそこなので、女性用の下着なんかが目の前に
あるのをヨソに、フロアの奥へズンズンと突き進み、どこに何が
あるのか分からない状態で、コーナーをきょろきょろしておりまし
たらありましたよ。上のほうに。

で、思い出しました。コトウさんのお宅でもおこちゃまがいること。
まだまだ早いかなぁなんて思いましたが、兼松さんのアドバイスを
すっ飛ばしまして(笑)、同じ離乳食用の食器セットを買うことに
しました。とはいえ、キャラクターつきになっているので、どれを
選べばいいのか分かりませんでしたが、気に入らなければ仕方が
ないと諦め、一番種類の多いヤツを選びました。ミッキーマウスの
やつがひとつしかなかったこともありますけどね。

やー、これで若いお母さんやご夫婦であふれかえっていたらどうし
ようかと思っていましたが、案外少なかったんですよ。行った先が
あかちゃん本舗とかの専門店ではなかったこともありますかね。

土日剃っていなかった不精ひげを生やしたまんまだったから、少々
場違いなところもあったかも。男ひとりだったし。近くにいた
ご夫婦も見て見ぬ振りしてた。

まぁ、そんなことで、コトウさん宅への押しかけは少々先になりそう。
ちゃいさんや兼松さんからリクエストのあったコトウさん夫婦の
おこちゃま写真はしばらく先になりそうです。

はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)



2002年12月14日(土) 03年度税制改正

与党における税制改正の大綱が決まりました。

大雑把に言うと、企業への減税と国民への増税。
これで税収の中立を計ると言います。税の中立とは増減税に
均衡を持たせるということ。しかし単年度では難しく、多年度
しかも5年を越す複数年度で中立を回復するというものです。

個人的には企業への減税で行政を回復させることができるか
という点では疑問です。投資意欲が落ちている現状であるから
こそ生きてくる減税だと言いますが、研究開発や設備投資に
対して減税をしたところで、業績そのものが回復しなければ
苦しいところの課税が外されるだけで、大きな効果が出てくる
とは思えません。

仮にこのために企業が回復するとしても、やはり長い目で
考えなければならないところだと思います。減税がなされる
からといって、それに乗じて新たな研究開発や投資が景気に
直結することはなく、それらのことで企業の開発力と設備の
更新意欲をそそるまでで、そこから先は企業の実力になります。

苦しい企業ほど減税を歓迎しますが、その減税は法人税。
今回は費用側の減税ですから、使うお金を少しばかり多く使える
という程度のもの。研究開発や設備投資が企業の実力を上げる
には時間がかかります。少なくとも2〜3年以上はかかるでしょう。

生産設備を持つどの業界でも設備の更新や新規投資はしたい
もんです。他社との差別化を計りたいし、新製品を投入したい。
にもかかわらず投資が行われないのは、新規の投資を行うには
業績がついていっていないからであり、来年度、再来年度の
業績が上向くという判断に至っていないからです。

とはいえ、どこかで景気が上向くきっかけは必ずあるはずです。
これが何かを見つけるためにマーケティングと開発部門が必死に
なって売れ筋になるであろうものを探し、新技術を開発しているん
です。

投資はそれを回収するのに最低でも5年以上かかります。
(というふうに見て採算計算をします。)
ということは、その期間内に投資を回収できることが前提です。
投資をした以上の利益が出ていなければなりません。その素地が
なければ投資をするという判断になりません。

下向きな状況だからこそ企業への優遇をしているんでしょうが、
それに対する増税側が国民所得からというのでは、ただでさえ
少なくなった所得を食いつぶすことです。増税には反対しませんが、
その見合いが問題です。

表向きは企業の活性化というものですが、研究開発および投資減税
をすることでメリットのある企業は、恐らく現在もうかっている
企業に絞られるでしょう。もうかっているところは更にもうかる。
もうけていないところは取り残される。こんな構図が描かれます。
さらには外形標準課税も導入されると言いますから、もうかって
いない企業はなおさらダメになる方向ですね。

まわりくどいやり方でダメな企業を潰そうとしているんでしょうか。
もしそうであるならば、今回の税制を取り決めした人たちは小泉
首相を批判しながら結果的に同じことをしています。配偶者特別
控除の廃止に反対であった公明党も、少子化対策である児童手当の
拡充をもって賛成してしまったというのですから、財務省主税局も
考えたもんです。というわけで与党はみんな乗ってしまいました。

ざっと見た感じでは、低中所得者イジメです。
税でイジメるのは陰湿なイジメ。所得税も増額されるしね。

使い道に納得していない状況では税をいくら徴収しても文句が出る
だけ。支出の見直しが同時に行われていなければならない。
使う方では一生懸命既得権益にこだわっているのに、取り上げる方
では多少の攻防はありながらも簡単に決着させてしまう。そんな
やり方に異論を唱えたいと思う。中立とは何か。そんなことを
考えさせられる今回の税制改正。なぜ今必要なのかってこと。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)


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