しむちゃんのつれづれ日記
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2003年03月14日(金) 他山の石ではない

有事のドル買いという神話は崩れましたね。

イラク問題がドンパチになるとアメリカの戦費支出が膨大になり財政赤字が
予想されるからドル売り(円高ユーロ高)。北朝鮮問題がドンパチになると
日本の被害が予想されるから円売り(ドル高ユーロ高)。

どちらに転んでも損をしないのはユーロ。つまり現状では有事のユーロ買い。
もしかしたら戦争反対といいながらほくそ笑んでいるのはブッシュに操られて
いるブレアを除き、英国を始めとする欧州の各国なんではないでしょうか。

アメリカが勝手に戦争を引き起こしてくれれば自動的に欧州圏の通貨価値が
上がりますからね。これは強い通貨を叫んでいるアメリカとの立場を逆転する
いい機会になる。しかもイラクの次は北朝鮮が来るから、その時は円が売られ
ることになるので、さらにユーロの価値が上がる。ひとり勝ちです。

ただ、為替の世界ではそうかもしれませんが、あくまで一時的に過ぎないと
自分は思っています。欧州以外の先進国が戦争の被害を被ることで経済的な
メリットよりもデメリットの方が大きいことが予想されます。それは貿易の
面において。格好の輸出先がダメージを受けるのですから、輸出産業の被る
ダメージは大きいでしょう。そうなると日米以外の国々へ向けて動くことに
なるのでしょうが、日本やアメリカの息のかかった国々は資本の逃避という
目に遭いますから、国力としては当然落ちます。ですから物資の輸入にかける
資金が不足しますから、欧州資本の受け入れをせざるを得なくなります。
あるいは欧州への輸出を増やしてそれを原資にするか。でも欧州広しとはいえ
輸出量としては限られますから、資本逃避分を埋め合わすだけの国際収支は
改善しない、と思っている。

要するに戦争が起こって得をする先進国はなく、恐らく喜ぶのは規律のない
世界を大手を振って歩けるようになるテロ集団ではないでしょうか。そういう
意味では今はいい均衡状態であり、これを崩すことで失うものは大きい。

こういう理由で戦争に反対を唱える人はどれだけいるんだろうか。例えば
これらはヨソの世界のことで日本には関係ないと思っているのんきな人は
これらの影響をどう考えているのか。自給自足が不可能な日本にとって他国の
戦争は少なからず日本への影響が出てくることは必至。物価が上がったり、
物資が不足したり、最悪の場合は頭の上からミサイルが打ちこまれたりする
こともあり得るのです。実害が出なければ動かない日本の体質は平和ボケの
典型です。実害が出たとしても、それはオレのせいじゃないと言い、他の
誰かを悪者にして自身を慰める。

自分にできることは何なのか、何をすればもっと良くなるのかということを
主体性を持って考えることが国力の底上げをすると考えれば、多くの日本人が
周囲を冷ややかに見ている姿勢が今の日本の現状を表していると言ってもいい。

誰がこんな日本にしたのかって?それはあなた自身です。
湾岸戦争の時はバーチャル戦争と揶揄されましたが、今回はどうなるのか。
テレビの画面の中で起きるかもしれない戦争は、自身の身に降りかかる火の粉
となるのは間違いない。このことだけは、よーく理解していた方がいいです。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月13日(木) ボケと睡眠

今日は体調が悪くて会社を休みました。
ボーっとテレビを見ていると、ボケのことについて取り上げたいた。

ボケの原因のひとつとして、血流が悪くなって脳への酸素運搬量が
落ちるとなりやすいということです。血液中で酸素を運ぶ役割として
赤血球がありますが、この赤血球を生成するのが骨だということは
知りませんでした。で、この骨から赤血球を生成するのに必要なのは
横になって睡眠をとることなので、睡眠不足の人は赤血球の生成を
阻害しているということです。目を閉じての睡眠ではなくて横になる
ことが大事だそうです。

つまり睡眠不足はボケを促進するということです。
というわけで、ボーっと見ていたテレビもやめて横になったわけで。

今日は早めに寝て明日は普段通りに会社に行こう。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月12日(水) 惨めな状況

ウチの職場のサービス部長を叱り付けました。

なんでかっていうと、パーツ販売に関わる事務処理を派遣さんに
任せているわけですが、どうも仕事がうまく回らないから人を
増やせという。人を増やしたら仕事が回るのか?社員がその仕事を
知らないから派遣さんにやるべきことが伝わっていないんじゃない
のか?と問うと、こっちへ来てみれば分かるよという。これは
問いに対する返事じゃない。人の能力の問題じゃないのか?と問うと
そうだという。であるならばなぜ人を変えることを考えないのか、
マジメに考えれば分かることじゃないのか?部門長なら、というと、
プッツンきて電話を切ってしまった。

問い方が少々きつかったこともありますが、相手は管理職なので
甘い言葉を言うわけにはいかない。こちらが担当職だとしても、
ウチの職場は職階制ではなくて職種制をとっているから、管理部門
の立場(実際は営業マンですけど)の自分としては相手が部長で
あろうが誰だろうが、管理的な指導は自分の役目。申し訳ないと
思いつつも言わなければならない。室長代行といった感じかな。
ウチの職場には組織上の管理部門がないから運用上自分が管理部長
の代行をやっている。だからやり方がおかしいと感じたら相手が
立場が上であってもやりあうことにしている。

どうもこの部長は派遣さんの仕事が回らなくて自分がフォローしなきゃ
ならないのでそれが辛いといわんばかり。部下は一生懸命やっているが
それでも消化しきれないことを仕事量の過剰と言っている。でも
現実の仕事は以前よりも減っていることは明白。事務上の不備を指摘
すると、そんな手間をかけることは無理だと逃げる。やるべきことが
できていないのはなぜかということを考える前に、やることを減らそう
ということばかり考える。

これは明らかに仕事の引継ぎが失敗したことを意味する。
さらには雇用のミスマッチ(適材適所の失敗)を意味する。

これらを解決するために時間を与えたのが昨年末のこと。
それなのにいまだに同じことを繰り返している。これは管理能力の欠如
としかいいようがない。決してあなた自身が仕事のフォローをしろとは
言っていない。仕事が回るようにするにはどうしたらいいのかを考えて
対策を打ってくれと言ったはず。場合によってはできる人を連れてくる
ことを考えなきゃならないし、お金を注ぎ込んでも仕組みを固めること
をしなきゃならない。自分が介入してもいいんですが、それでは自立した
組織にはならない。甘え以外の何物でもない。管理者がなんにも仕事を
していないことになりますからね。だったら給料を返上しろと言いたい。

そこまで言える権限が自分にあればそういうことをするんですが、そこ
まで権限がないからには、人事権やら決裁権のある人に動いてもらう
しか会社の組織としての仕事にならない。そういう意味では自分は
単なるお目付け役にしか過ぎないのかもしれない。口を出すだけ。
だから目の上のたんこぶなんですが、それでも聞ける人が自分しかいない
から自分に聞いてくるんですが、だったら自分の言うことを聞けよと
言っているんですが、それでも聞かない。だったら最初から聞くなと
言いたいですよね。やりとりが途切れるのもこういった理由です。

細かい仕事はだれしもが嫌がることです。だから人任せ(つまり以前は
能力のある人がたまたまいたから回せた仕事だった)でやってきた
ことは、人が替わるとどうにもいかなくなる。事務的な仕事というのは
やることが決まっているわけだから、それがやれないのは能力の欠如か
やることが分かっていないかのどちらか。あるいは無駄なことをやって
いるかということ。少なくとも以前やっていたことをそのまま今も
やっているのなら、理解能力と消化能力の欠如です。人の問題です。
それからそれをカバーする社員の能力の問題です。それらが全て欠如
しているから仕事が過剰だと感じているに違いないと自分は思っている
わけです。人の問題なら人を替えろというのが自分の考え。人の問題で
あれば数を増やしたところでムダな仕事の分配となり、そこに過剰な
仕事が発生します。それこそ骨折り損のくたびれ儲けどころか損です。
やるだけ損なことが分かっていることは自分は認めません。

とりあえずそんな状況を放置するわけにはいかないので様子を見に行く
ことにします。じっと席に座っているだけじゃ問題は解決しないので、
いかに惨めな状況なのかを目の当たりにしたいと思います。はぁ。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月11日(火) この先どうなるやら

またまた寒くなりましたね。
スギ花粉症の方も、風邪をぶり返した方もお大事に。

自分はといえば、昨日の食中毒?だったのもすっかり治りまして、
朝からバクバク食べてます。嘔吐感もありません。昼食時に少々
不安でしたが、それでもいつもと同じだけ食べました。食後の
嘔吐感も無し。食中毒というよりも、食べ合わせが悪かったかな。

今日は提携先の社長とそのお供の日本担当マネージャーが会社を
訪問してきました。この3月末に切れる提携契約の終了後の扱いを
きちんと進めようという内容だったはずだけど、あちらさんはまだ
いい関係を続けようなどととぼけたことをのたまったようです。

このままズルズルいくと、4月からの客先との関係をはっきりする
ことができず、提携関係のない製造者と代理店という関係で商売を
続けていくことになります。こういう状況を会社は認めません。
たとえそこで少しばかりの収益が実現したとしても、計画はすでに
組織の解消をベースに動いておりますから、それにそぐわない行動は
会社の方針に背くということになります。

これから人の処遇やら固定資産の処分の問題やら客先対応やらが
待ちうけています。つまり戦後処理です。これは簡単には済みません。
何でも屋の自分は恐らくこの戦後処理係です。だから会社が注力する
他の事業へ向かうことにはならないでしょう。胃が痛くなる仕事です。

ま、決まったことではないのでしばらく様子見です。

結果責任を今のうちからとやかく言うと萎縮してしまいます。
そうではなくて、今やるべきこと、ベストなことを常に行った結果が
良ければそれで良し、悪くても結果責任を取るだけです。その時々の
判断の積み重ねですから、誰もそのことを追求できないと思います。

ただそこは合成の誤謬で、個々の判断が全体としていい方向でなければ
修正する必要はあるので、ある程度冷静に見ていかねばなりませんけど。
っちゅーか、自分は経営者ではないよな。ま、いいけど。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月10日(月) 目先のアメを舐めないように

おいおい食中毒かよ。
コンビニ弁当食べて、インスタントハンバーグ食べて、ペットボトルの
お茶を飲んだら、いきなり吐き気がしてきた。その後、嘔吐4回。
4回目の嘔吐の時に分かった。原因はペットボトルのお茶。このお茶を
飲んですぐに嘔吐したから。吐き出したあと、コーヒー牛乳飲んだら
落ち着いたんで、きっとこれだ。部屋の中も寒いからと冷蔵庫にも入れず
置きっぱなしだったからなぁ。あぁ気分悪い。

さて難しい命題に当たった。
「緩やかなインフレと低金利維持」
これは何のことかというと、インフレターゲットのことです。
2〜3%のインフレを起こしつつ、低金利を維持する。

インフレに伴って金利も上昇すると国債の下落が起き、国債の下落は
国債ホルダー(主に金融機関)に評価損が発生するから当然ながら売り
出すわけで、そうなると更なる下落となりついには暴落となる。国債の
暴落は長期金利の高騰を意味するわけで、そうなることで企業の借入れ
金利負担が急増することになり、その金利負担に耐えられない企業は
倒産することになる。金融機関にとっては国債もそうだけど、企業への
貸し出し不良債権になることを意味する。悪魔のサイクルです。だから
金利を上げてはいけない。

インフレターゲットをきっかけに不良債権が増加するという思惑ハズレ。
デフレは良くないからインフレにせよというのはこういったデメリットを
度外視してでもメリットが発生することを説明しなくてはならない。

WBSで榊原元財務官も言っているけど、デフレとうまく付き合うことを
考えなければならないんだろうな。そのための不良債権処理・構造改革。
バブル崩壊から10年間放置してきた(先送りしてきた)問題だから、
1年や2年で片付く問題とは思えない。だから時間を掛けて解決していく
ことだけれども先送りしていては元の木阿弥。時間を掛けて苦しい思いを
していくということ。これに国民がついて行くかどうかだね。

政治家の選挙対策としては国民に苦しい思いをしてくれとは言えないから
甘い言葉をささやいてくるでしょうし、現政権の文句を言ってくるでしょう
が、そういう目先のことではなくて、本当に国民にとって将来の幸せを
もたらしてくれることは何なのかをマジメに語ってくれる人を選びたい。

そういう投票者の姿勢を候補者が感じてくれれば、いい加減な政策を
掲げることはなくなるだろうから、やはりわれわれが目先のアメを舐めない
ようにしなくてはならんね。がんばりましょう。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2003年03月09日(日) 時間の感じ方

どうも最近、1日が過ぎるのが早く感じます。
年なんですかねぇ。

年を取るごとに分母がどんどん増えてきますから当たり前といえば
当たり前なんですが、これって時間の過ごし方がマズイのか単にそう
感じているだけなのか。

まぁ、1年前までは会社の寮生活で気楽でしたから、クリーニングと
洗濯以外の身の回りは自分でやる必要がなかったからなぁ。余計に
そう思いますよ。

とはいえ、ひとりでゆっくりできる時間が増えたんだから、その分は
差し引きで一緒なんだろうな。寮にいた時は狭い部屋で足を伸ばして
寝ることもできなかったから、健康的にも今の方がよっぽどいいかも。

狭い部屋にいると、そこにいるだけでイヤになってきますから、それ
だけでも外に出る時間が増えます。だから1日の時間が多く感じたの
かも。今は部屋でのんびりしているだけで日が暮れちゃうからね。

でも、よくよく考えてみると、やることが多かった若い時代に比べ、
ただボーっと暮らしている今の方が時間を有り余らせているかも。
それじゃいかんので、ちょいとは刺激を与えているんですけどね。
頭にも身体にも。そうでなきゃ、ただのボケ老人を迎えるだけだから。

ただ今の悩みは5年前の収入に逆戻りして、甘っちょろい生活ができ
なくなったこと。今考えると、本当に独身貴族を謳歌していたように
思えます。持っているお金を好きなだけ使っていましたから。貯金も
せずにね。車も車検を迎えずに今では6台目だし。2年から3年で
買い替えている計算。これじゃお金も貯まらないよな。

自分のために費やしていたお金も、そろそろ違う方向に使うことを
考えなきゃいかん時期に来ているんでしょうね。まったくもって。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月08日(土) こんなところにも甘い汁

どんなに経営者がよい人でも客の嗜好に合わない商品を提供する
企業は潰れる。どんな人格者でも打率が2割にも届かない選手は
解雇される。真面目に努力しているラーメン屋でも客の口に合わ
なければ流行らない。

そんなところとは縁のない仕事があるという。例えば知的障害者の
入所施設。地域福祉の名目で施設に50億円の補正予算もついた。
しかし、

「どんなすばらしい施設でも、そこで一生を暮らすとなれば刑務所
のようなものだ。」

職員は献身的に働いているのになぜ批判をされるのかと思いは逆。
福祉の名のもとにおける拷問かもしれない。そこではなかなか本音を
言えない障害者や、家族の弱み(そこに置かなければ家庭では負担)
がなければ入所施設は成り立たない。

そんなところに補正予算がつく。しかもそんな入所施設には官僚の
OBが理事長や理事に天下っている。補助金が障害者の手に届くの
ならばいいのですが(お金ということではなくて厚生ね)、民間より
も取り組みが遅れていると独立法人化検討会で指摘されるなど、お金
の使い方に問題があるようだ。職員の給与は民間の2倍ともいうし。

つまり補助金が障害者でなく職員や施設建設(業者へのばら撒き)の
ために使われているということ。まさしくムダ金の典型。甘い汁を
すすって生きている寄生虫と言ってもいい。

このような存在意義の薄い、自分の生活のことしか考えていない連中
がいまだにはびこっていること自身が問題。こんな天下りシステムを
破壊することも構造改革の一環。

そういう意味では田中康夫が公僕たることを政策目標に掲げて出馬した
当初の意義は大きかったと思う。今もその意志は貫いていると思う。

県知事だろうが市や県の職員だろうが税収から給与が支払われている
ことには変わりない。税収の適正な活用がなされない限り、税という
ものの考え方への不満が止むことはない。

感謝したいと思う行政サービスでなければやる必要もないし人も要ら
ない。使い古しを送りこむシステムはもっと要らない。必要ない人を
雇ってあげるだけ余裕のある財政ではないし、雇っているシステムが
存在する限り、財政の効率化は実現しない。

景気が良くないから税収が落ちたという単純な構図を国債・地方債の
発行で穴埋めするというもっと単純な方法で解決しようとすることに
我々が異議を唱えないのもおかしい。借金をして後世にツケを残す
ことになるんですからね。

誰しも暮らし向きが悪くなることには抵抗するもんです。ですけども、
民間からの徴収(つまり税金)で成り立っている公務員や議員がその
生活を守るために、国や地方の収入がないのに自身の収入は守ると
いう姿勢だけは改めて欲しい。少なくとも自身の収入を確保するために
税収を上げる方法を考えなくてはならない。もしこれを放棄するなら
自身の収入も放棄して欲しい。

サービスの低下をしないで税収を上げる。これを真面目に考えれば国政
と自治体の役割がどうあるべきかということに行き着くと思う。お金の
流れがどう考えてもおかしいと思うでしょう。地方のあるべき姿を思い
描きながら、それを実現するために自身は何をしたらいいのかを考えて
実行できるように働きかけていく。そんな人が多くなればもっといい
地方自治や国政が実現するんでしょうけどね。

己を改する強い心が求められます。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年03月07日(金) やる気もなくなるわな

会社での出来事。

「ねぇ、しむちゃん(仮称)、オタクは近々引越しするんだって?」

そんなこと自分は知らないから逆に教えてくれと言いました。
聞いてきた人の近くの女の子が言っていたそうなのですが、どうしてそんな
ことになるのか分からない。確かに提携先との契約期限が今月末に迫って
おりますから、その後はどうなるのかはっきり言って分からない。もしか
すると組織崩壊でみんなバラバラになるのか、どこかの組織に吸収される
のか、はたまた事務所を追い出されるのか。

現在のところはっきりしているのは、営業機能は最短でも6月一杯は継続
することになっているから(あくまでサポートだけどね)、4月から即座に
どうこうするわけではない。技術・サービス部門は営業より長く活動を続ける
ことになっていますから、そういう意味でも近々というわけではない。

ということは、提携問題でドタバタしているウチの職場の表面的な会話を
聞いてしまった近くの職場の女の子の飯のタネになってしまったか。そこで
あれこれ推測した結果、どこかへ移るんじゃない?ってことになったかも。

あるいは移ってきて間もない異業種のヤツらをどこかへ追い出したいという
感情の表れなのか。オレらは異物扱いなのか。

まぁ、これはウチの会社にとって根深い問題で、単に女の子の噂話に留まらず、
多くの社員が考えるウチの職場の立場なのかもしれない。つまり企業文化に
馴染まない業種を扱っている部門ということでね。従来の業種でない部門は
異物として扱い、できればヨソへ行って欲しい、お隣さんとして仲良くする
ことはしたくない。つまり社内の村八分です。

せっかくできた新しい細胞を異物と認識して排除しようとする免疫機能が働いた
ということでしょうか。活性化細胞であるにもかかわらずウイルスあるいは
有毒な細菌と認識してしまうんですね。きっと。それがウチの会社の体質。

さびしい体質ですよね。新しい組織を受け入れようとしないんだから。
これは結局のところ、技術的な包容力がないってことです。商品として理解
できるものでないため、いかに商品力を上げようかという議論にならない。
しかも開発部門が商品に対する理解を示そうとしない、だから不勉強になって
しまうため、その商品の価値を判断できない。判断できないということは商品
として取りこむべきうと言う判断にもならないわけで、そこから先には進めない。

本社の企画部門は商品力も分からなければ、業界に対する知識もない。
業績の良くない時期であるから投資家受けをする目新しい指標を駆使していか
にもウチはヨソとは違うすばらしい経営管理をしているとのたまう。その観点に
ばかり注目して、提携先のブランド力や商品戦略という観点から見てくれない。

本社企画のGLは前のウチの室長だったのですが、いかんせんそこの部下が
業界や商品に対する理解に乏しいから前向きな議論にならない。出てくる会話は
いかに既存の事業で成長性のあるものを伸ばしていくかということ。

事業構造の転換を推し進めた結果、会社の大黒柱であった2つの事業を切り離す
ことになり、残ったものは後からくっつけた事業。そこに集中投資して、より
利益の出る体質にすることにしたのは方針なんですが、それだけではより大きな
成長が見込めないので先端分野の事業開拓ということで始めたウチの事業なん
ですが、大きな流れとしてはここを基盤にしてより大きな事業体にし、会社の
目玉とする予定であったはず。それなのに理解できる人がほとんどいない状況。
何のためにシンドイ思いをしてやってきたのか。これではわれわれの努力も
報われない。小さい所帯ながらも会社に迷惑を掛けない程度の業績はあげた。

提携先との契約を終了するのはいいけども、ターゲットとしていた業界との
関係も切り捨てることになる。そのことに痛みを覚える人が少ないというのは
はっきり言って重傷です。一度撤退して相手に苦い思いをさせた企業は次の
チャンスに取り上げてもらえないデメリットをどう考えているのか。恐らく
痛くも痒くもないとかんがえているんだろうよ。きっと。

将来の成長を戦略として考えられない会社。
ただいまヤル気を無くしています。自分。はぁ。

はい。今日は雨のち曇り。(東京地方)



2003年03月06日(木) 保険屋の論理

被害を被ったのにコストと利益を公開しなければならない状況は
どう考えてもおかしい。保険屋の抱えるサーベイヤーからイジメを
受けていることにひとりで悩んでいることもおかしい。

何のことかっちゅーと、アメリカから輸入した装置を客先へ搬入
していた時に、客先が抱える輸送業者がトラックの荷台から地面へ
降ろす際に貨物のひとつを転倒させて損傷を被った。この業者は
ウチの会社が雇った業者ではなく、客先の構内業者。ここに任せた
のが間違いではありましたが、客先からの指定でフォーク作業は
任せることになっていた。

そういうわけで、責任の仕切りがどこにあるのかが不透明な中で、
とにかく壊したのはその構内業者だからそこに責任を取らせろと
いうのが客先の弁。ウチの会社はその装置がなければ契約した装置の
立ち上げができないから当面の対応として損傷部の修理と部品取替え
で対応。しかしながらそれだけでは新品の性能を保証できないから
代替品(新品)の購入をしたい。この新品の購入代金と修理代を
構内業者に請求するわけですが、その保険会社とサーベイヤーが
おりまして、保険金でカバーするには保険屋が認めなければいけない
ので、それに沿った形で説明と見積りをして欲しいと言うもの。

こちらとしては壊された品物を新しいものと取り替えないと本来の
性能保証ができないから新品が必要だと言うと、保険の考えには
馴染まないということで拒否されている。

そもそも、保険屋がウチのやることに口を出されること自体に納得
できないのですが、見積り内容についても査定と称して価格の内訳を
出せとのたまう。なんであんたにウチの価格内訳を出さなきゃならん
のか。輸入価格と輸送費用、それから利益額を出せということ。

それって販売価格を丸裸にすることじゃん。品物を壊されたことに
加えて価格構成をお披露目しなきゃならないなんて、ダブルパンチ
だよ。こちらは被害者だよ。

ま、自分の姿勢としては決まっていて、たとえ価格構成を出すハメに
なったとしても、利益額に対するネゴは一切受け付けないことにして
いる。その利益額が世間の常識といわれる幅を超えていたとしても。
販売価格とは適正利潤で売ろうがぼったくろうが、客が納得して買えば
それが適正価格。いくら儲かろうがヨソ様の知ったことではない。
これが市場価格というもの。そこには製品に対する信用が伴うしね。

そんな商売の論理に保険の論理を押し付けられたんじゃたまらない。
ウチの会社はもらうべきものをもらえばいいだけなので、保険屋が
支払わなくても足りない分を構内業者が支払ってくれればいいだけ。
請求書は構内業者宛てだからね。壊した本人が泣かずして壊された
方が泣くなんてことにはしたくない。

というわけで、明日から保険屋の抱えるサーベイヤーとの協議に入り
ます。彼らの論理をどう突破するかはわたくしめの腕にかかっていると
いってもいいんですけどね。考えているほどにうまく事が進めばいいん
だけど、どうでしょうか?

はい。今日は曇りのちときどき雨。(東京地方)



2003年03月05日(水) 銀行と公共性

「公共性」という言葉にどういうイメージを持ちますか?

英語で"Public Company"というと、これは公益企業とか慈善事業
とかいうことではなく、企業情報を公に晒している会社、つまり
株式会社のことです。市場性のあることを"public"というのです。

逆に"Private Company"というのは個人店舗なんかがそうでしょう。
個人のリスクで運営している会社ですから儲けも個人、倒産した
時の負債も個人。株式会社の場合は株式ホルダーが利益も損失も
被るという点で当事者だけでなく投資家にもリスクを分散させて
いるところが、あるいはそれが流動的であるところが公共性です。
損失といってもその株式の範囲だけだから有限責任というんです
けどね。

さて、この公共性を経済政策の点で言うと、不良債権処理における
銀行の立場を「公共的」であるがために国の介入(つまり公的資金
の注入)を強制的にやるべきかどうかという議論。

銀行は私企業だから国が介入するのはやり過ぎだとするのは、この
「公共性」という観点を無視した考えではないでしょうか。立場が
変われば言い方も変わるんでしょうけどね。当事者からするとこう
言われればたまったもんじゃない。

日本語の「公共性」とは、ややもすると国や地方自治体のことを
指すようにも感じますが、ディズニ―ランドや東京タワーやお台場
なんかも公共的だとするならば、それにあらずですね。要するに
区分としては「官」と「民」ではないんです。どれだけ多くの人が
有用性を感じ、利用しているかということです。

公共機関の典型は交通手段です。電車・バス・飛行機。
それに対して自家用車、バイク、自転車、ジェット機、ヘリなんか
はプライベートです。個人のための交通手段ですから。

金融機関は多数の個人・企業・自治体・国に対して決済という経済
基盤を持つという役割を演じていますから、その機能自体が公共性
を持っているわけです。社会的な影響が大きいんです。金融インフラ
という意味でね。だから1企業の勝手で倒産してもらっては困るん
です。だから国の関与を許すことにしなければ公共性を守ることが
できなくなるかもしれないんです。その影響の大きさ故にポイ捨て
できなくなっているのが今の金融機関です。特にメガバンクがね。

1企業の論理としては国の関与を拒否したい気持ちはわかりますが、
その社会的な役割を考えると、1企業の勝手が許されないわけです。
ある意味、一般人と芸能人の関係と似ているかもしれません。

1企業の信用不安と1銀行の信用不安ではその影響の大きさが比べ
ものにならないのはお分かりのことでしょう。だから介入を良しと
するわけです。介入をするということは結果的に助けることになる
わけですが、あくまで金融機関を助けるだけで、その組織を構成する
従業員も助けるわけではありません。そこが再生と介入の違い。

介入が必ずしも正しいとは言えませんが、倒産リスクのないことが
理解されると、金融不安を引き起こすことは無くなります。少なく
とも預金の取り立て騒ぎは起こらないでしょう。パニック回避と
いう観点からも、より信用の置ける国が介入して預金を保護して
くれることになっていれば安心して預金ができるというもの。

公共性があるために公的資金を投入してパニックを回避する。その
手法については議論のあるところでしょうが、金融不安による負の
連鎖により需要の低下を引き起こしているということも頭のどこか
に入れておく必要があります。金融機関に対する信用の低下です。
個人向け国債が売れているのもそういうことでしょう。ただ、その
当事者である国の信用が低下しているのが不安材料だから、多量の
国債を保有する金融機関は国債の価格下落(金利上昇)リスクを
持っているわけですから、それだけでもただごとじゃないんです
けどね。何かあっても落ち着いて対処しましょう。

はい。今日は晴れ。(東京地方)


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