テレ朝のアナウンサー上山千穂。 しゃべったあとに口をとんがらせるところがカッコイイ。(笑)
さて明日は小千谷の客先へ業務移管の説明をしに行って叩かれて、 その後に事務所へ戻って相手先と引継ぎ予定者との打ち合わせ。 説明とはいえ、説明にならないことをお話することになるので、 今までがそうであったように、異論反論オブジェクションになる 予感大。自分も彼らのスキームには本当に日本で商売をやる気が あるのか疑問を抱いているので、明日の時点でどういう腹づもりが あるのかしっかりと問うてみたい。
客先が装置メーカに求めるのは、その装置の性能の良さもさること ながら、納入後のサービスの良さを重視します。イニシャルよりも ランニングコストが大きくなるようでは、その装置導入のコスト パフォーマンスも悪くなりますからね。そのあたりの総合力が装置 メーカに対する信頼性となります。
だからといってサービス面だけを充実させても、装置自身の信頼性 が良くなければ、客先の技術担当としては、装置を評価する時点で リストから外します。どんな装置にも競合先がありますから、比較 された時に競合先よりもいい評価を受けることはまずあり得ません。
とまぁ、いろいろと不満はありますが、そういった不満も提携を 終了させた理由の一部ですから、とにかく早く手離れできるように することと、いかに撤退コストを小さくするかが当面の課題です。
今期の室内方針は、�〜甦�手離れ�▲灰好肇潺縫泪燹,蕕靴ぁ� 本日聞きました。早く言えよな。両立できない場面も出てくるから。 多少のコストを犠牲にしても、撤退遅れのコストの方が大きいので とにかく早期撤退すべし、と上司は判断したようです。
大方の道筋はでき上がっているので、あとは社内説得(これがまた 面倒)のためにその道筋をきちんとやり遂げることです。もちろん 論理的に説明しないと、頭の堅い人やら賢い人がたくさんおります ゆえ、道筋半ばで挫折することにもなりかねません。会社の中には 他人の失敗や落ち度を喜ぶ人もおりますから、つまらないところで 批判をされないように足元を固めるとしよう。
こういう経験って、ある意味おもしろいですよ。
はい。今日は小雨のち曇り。(東京地方)
なんだかねぇ。人のいない職場ってさびしい。 さびしいというのは、近くに人がいないということだけでなく、 自分の都合で席を立つことができないということで、ヨソの人の ところへ出向いたり、外からのお客さんの対応もままならないと いうこと。席にいない間は電話対応ができないからね。
1日や2日だけであればまだ我慢できますが、それが何日も続くと 自分の仕事すらおぼつかなくなってきますから、精神的にも圧迫 されてきます。仕事のサポートやらアドバイスも自分の仕事なので、 社内の人間と話をしていても、社外から電話がかかってきたら、 それを優先させなければならない。本社のスタッフに相談したい こともあります。ひとりで切り盛りするにはあまりに頼りない状態。
窮地であればあるほど人間は知恵を出すと言われますが、こんな 状態をつらいと感じていること自体が負けています。負けた自分に 何らかの渇を入れるためのカンフル剤が必要だと感じています。
晴れ晴れと前向きな仕事が出来ない今の状態を耐えぬくためには 何らかの息抜きとか支えが必要です。所詮人間ですから。それが 何なのかは分かりません。お金かもしれないし女性かもしれないし 遊びかもしれないし寝ることかもしれません。あるいは5月病に 冒されて出社拒否という逃避に走ることかもしれません。
とまぁウダウダ書いたのは、きっと虫歯治療をした歯の調子が良く ないからでしょう。奥歯なのにとんがっているので舌が引っかかるし 神経スレスレまで削られたから食べ物の温度や堅さに敏感だし。 気になって仕方ない。だから仕事に集中できない。悪い連鎖。
歯の調子が良くなって気分も良くなることを祈るばかり・・・。
はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)
| 2003年04月21日(月) |
会計基準の違いを理由にするか? |
アメリカと日本との間には会計基準に違いがありますが、そのひとつと して在庫の時価評価があります。
日本の場合はまだまだ取得価格で保有し続けますが、アメリカでは時価 評価を採用しているところが多い。というのも、例え売り物であっても 時間とともに価値が下がってくるので、その下がる価値を何らかのモノ サシで毎期評価するということ。(つまり下げる)
一番妥当なのは市場価格というモノサシですが、汎用品であれば、それ なりに価格をつけられますが、一品受注品や固有品であれば、その品物 特有の価格ですから時価という概念がありません。だから市場価格といい ながら運用面では償却する手法を取ることがあるようです。SECへの 決算書には市場価格と書かれていますけどね。
債券・株式・不動産の多くは流通性があるから外部評価あるいは第三者 評価ができます。でも物品に付いては流通性がほとんどないから外部評価 が難しいんですね。だから市場価格と建前ではいいつつも、合理的と思わ れる価格評価をする。
そういうことがようやく分かったのですが、相手先から購入した品物を 買い戻すことを交渉する段階になって、会計基準だから、という理由で 在庫品を減価償却後の価格で買い戻すなんてことは卑怯な言い方だと 思いました。仮に上述のように運用でそうしていたとしたら、そういう 説明をして欲しい。在庫品はあくまで売り物にすることを前提とした商品。 固定資産とは意味合いが違う。この説明を蔑ろにして会計基準であることを 理由にするならば、交渉の道具として減価償却法を使用したと言わざるを えません。つまり安く買い取ることを目的としていることは明白。国の 違いによる会計基準の違いはどうしようもありません。だからこちらは 相手先の会計基準にのっとった買取価格に合わせるべく社内調整をしようと 考えていたところ。でも自分の中で疑念の思いが払いきれなかったから、 とある人に問い合わせてみたのが良かった。相手方のストーリーが見えて きたような気がします。自分の姿勢は固まりました。
まぁ、お互いにキャッシュが無いから苦肉の策とも言えなくもないですがね。 あちらさんが苦しいなら、こちらも苦しい台所なので、そう簡単には受け 入れることができないことだけは伝えたい。連休を挟んでの攻防です。
はい。今日は小雨のち曇り。(東京地方)
都議選の時は良かったのですが・・・・ とうとうこの地区も市議選が始まりました。
市議選は担当地区が狭いから選車でウチの近所を通る回数が増える。 ということは、あのけたたましい叫び声が聞こえてくる回数が増える。 自分はこういった選挙の時にしかお願いをしない候補者には投票をしない ことにしています。というか、選挙民からお願いされて選挙に出るのが 本来の姿じゃないですか。駅前や街頭で頭を下げてお願いする候補者の 姿を見るといつも落胆します。お願いした上に公約を平気で破るなんて ことするのは住民への裏切り以前に政治の崩壊です。
そりゃ投票する側はいろんな思いがありますから自分のような人ばかり ではありませんが、市議であっても我々の市民税から収入を割り当てられ ているんですから、本当の意味で市民の利益になることを実現するために 汗水たらして働かなければなりません。そしてそのような建前を公約と したならば、最後までそれを貫き通す決意を持って職務を遂行して欲しい ものです。
市民の税金を資本、議員を資産に例えるならば、良くない議員を抱える ことは、その資産価値に対応する資本は過剰です。つまり過剰な資本を 資産に費やしているわけです。資本の過剰投下です。ムダ遣いです。 それで税金のムダ遣いをされた時にはダブルパンチです。
公共投資に関していえば、どんなムダ遣いも経済効果は変わりませんが、 政治家であればその使い方が問われます。市民もその使い方を見ています。 ただ限られた税収にもかかわらず、それ以上の支出をするのは例え短期的に 市民にいいことであっても長期的には借金を後世に残すこと。経済が成長し、 人口も増えている状況であれば返済の計画も立てられますが、そうでなけ れば返済など出来るはずがないことで、無謀と言わざるを得ません。もし それでも返済できると言うならば、それは税収を増やすということです。 将来の税収を増やすことを担保に今の支出を増やすということです。今が 良ければそれでいいという人もいるでしょうし、それじゃダメだという人も いるでしょう。が、自分が預けたお金を目の前でムダ遣いされていれば、 いい気になる人はいないでしょう。市民のチェック機能というのはそこに あるんです。これが機能していないからこそムダ遣いは続くんです。
市議選はやる方も大変ですが、選ぶ方も真面目に選ぼうとすれば大変です。 候補者の声を聴かなければ、誰が何をしようとしているのか、どういう 考えをしているのかが分かりません。そんな状態で投票をするのは本当なら 困難なことなんですが、こう言っちゃ悪いのですが、投票者側もそんなに 真剣に考えて投票しているとは言えないもんですから、例えば好みの顔だ とか、やさしそうだとか、好きな政党だからとか、知り合いだからとか、 選考基準は結構いい加減です。候補者側もそれを知っているからそれなりに 選挙戦を考えます。いかに真面目に政策を考えるかよりも、いかに多くの 投票をしてくれるかに重点を置きます。
市政に優秀な人が少ないのはこういった背景があるからです。 動かせる範囲が狭いということも一因です。大志を抱いても国は動かせま せん。でも市政がしっかりしていなければ国政もうまくいかないことは しっかり認識していなければなりません。地方自治が大事になってくるから。
ひとつお願いしたいのは、市政にも企業の決算制度を導入して欲しいこと。 予算に対する評価を毎年行って欲しい。それをすることで予算の正当性を チェックできるからね。もしやっていたとしても多くの人の目に止まる様な 方法で公開して欲しい。これができないということは、何かやましいことを しているか、決算能力がないかのどちらかです。だから制度として市政や 県政も決算公開制度を導入して欲しい。お役人の言い訳としては、決まり ごとがないからやっていないんだということになる。こういうところにメスを 入れるのは政治家の役目だから、だからこそそういうことをやってくれる 議員を選ばなければならないんです。役人のチェックは議員がすること。
小さな声も積もれば大きくなる。政治の機能が正しく動くために、我々も 無関心でなく、微力でもなんでもいいから1票の圧力をかけてみませんか?
はい。今日は曇りときどき雨。(東京地方)
| 2003年04月19日(土) |
貸す姿勢と借りる姿勢 |
倒産リスクを金利に反映することをせずに、不動産を担保とすることで 倒産リスクを回避するやり方を当たり前とする融資姿勢が、バブル崩壊 による金融機関の不良債権発生だと言ってもいいでしょう。
企業内でもいかに多くの融資を受けるかが資金マンの優秀さだと言われた 時代がありました。それはまさしくバブル前の80年代のことです。借入 台帳やら証券台帳を見ていると、その金融機関の数が今考えると過剰で あったし、株式の評価を増やしたりなんかして、いかに資産を増やすかが 当時のやり方であったと言えます。右肩上がりの経済成長がなされていた 時代でこそあり得たことです。いかに業績に大きな影響を及ぼすことの ないように損切りしている今とは大きな違いです。
いわゆる不動産本位制です。不動産価値が上がり続けている間に成り立つ 制度です。この制度を存在し続けるなら、資産価値が下がった時にはそれ に応じて融資を返済してもらわなければなりません。融資額が営業の成績 であるなら、これは本来やるべき姿と反する行動になります。だから金融 機関の規律として内部評価をきちんと統制していなければならなかった。
まぁこれも日銀の窓口制度による貸付の強制(に近い姿勢)が背景にあっ たということは、多くの人が知ること。日銀の意向を銀行側が受け入れ ざるを得なかったということです。銀行側に過剰な融資があったのは、 日銀の過剰な貸付指示があったということです。過剰であったがために バブルが発生した。お金が回り過ぎたことで景気が過剰に上向いたのです。 しかも偏ったところで。
つまり日常品ではなく土地・建物に過剰な上昇が起こったのは、不動産 本位を常識としていた銀行の貸し付け姿勢と日銀の過剰な貸付指示であっ たであろうということです。土地・建物以外の物価はさほど上昇していま せんから。
個人や中小企業からすると銀行の営業マンから借りろとしつこく言われた ので仕方なく借りたが、バブルが崩壊すると返せと言うようになって困る ようになりました。だから銀行を恨みたくなる気持ちも分かります。 貸した方も貸した方ですが、借りた方も借りた方。必要が無ければ借りな くてもいいことなのに借りたのは何らかの意思があったからでしょう。 断ったら融資を回収するなんていう強行的な貸し付けもあったようですが、 それならそれで問題視すればいいこと。強い姿勢を見せることができな かったことが借りた側の弱みです。
お金は借りたら返さなければならないという当たり前のことに対するリスク テイクを自分の中で理解していないと、後になって必ずしっぺ返しがきます。 特に今の状況、つまりデフレの状況では貨幣価値が上がっておりますから、 借りれば借りるほど損をすることになります。金融機関はお金を借りやすく する方法をいくらでも考えてきていますが、やはり自分の信用を上げて 金利の高くない方法で借りることのできるようにしておくことが大事に なりますね。
はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)
バブル発生以降に行われたこと、起きたことを列記してみます。
◆バブルによる資産価値増加 ◆資産価値増加に伴う融資の増加 ◆バブル崩壊による資産価値の減少 ◆資産価値の減少による過剰融資分の不良債権化 ◆金融機関による不良債権処理の先送り ◆不良債権の先送りによる悲観的予測 ◆悲観的予測による企業連鎖のディスオーガニゼーション ◆ディスオーガニゼーションによる需給均衡の低下 ◆需給均衡低下状態の維持(悪い均衡) ◆悪い均衡による価格低下の定常化 ◆価格低下によるコストダウンの強化 ◆コストダウンの強化に伴う収入の低下、失業の増加(合成の誤謬) ◆収入の低下による需要の収縮(デフレ)
これだけを見ても、バブルの崩壊がデフレを起こしたことになります。 しかも一時的なデフレでなく恒常的なもの。となれば、これはデフレではなく、 均衡状態の低下による健全な状態ともいえます。ですからいくら財政で支援して もかつての成長率、経済状態に戻らなかった。ケインズ政策では結果的に効果が なかったことになります。だから一時的な均衡低下を戻す政策であるケインズ 政策を施しても、潜在的な成長線に戻ることはありません。なぜならケインズ 政策は均衡が低下した理由を問わない短期的な効果を狙ったものだからです。
そもそもバブルとは何だったのかを総括しないと、バブルの時を基準にして 今が悪いんだということになります。今の状態がバブル前の状態に戻ったのなら、 その間の20年間を失った20年として再びやりなおす方向で考えてもいいの ではないでしょうか。自分はそう思うので、「バブル後最安値」なんて表現は 今の状況を考えると表現のミスマッチだと思います。バブルが異常であったと 考えるならば、基準はバブルではなくて、バブル期間を除いたところで考える べきでしょう。「最安値」なんて表現を使うことで悲観的な心理を呼び起こす だけなので止めて欲しいんだけどね。マスコミには。アホな連中がそれを鵜呑み にして信じてしまうし、それがまた連鎖を引き起こすもんだから手におえない。
そういったバブルを引き起こした張本人は誰なんでしょうかねぇ。 バブルが崩壊して政府がいくら手を打っても解決しない状況を見てほくそ笑んで いるんでしょうかねぇ。それって銀行の総元締めのプリンスたちなんでしょうか ねぇ。その人たちは誰なんでしょかねぇ。本人たちは引退して表に出てこない から、われわれには分かりにくいんですけどねぇ。さてさて。
はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)
イラク戦争の傷跡は深いようで、やはり民間人の被害は大きいようです。 爆撃による建築物の崩壊で傷を負ったり、爆風で手足を吹き飛ばされたり、 頭部に損傷を受けて、脳が割れているにも関わらず医者が国外へ逃げ出して しまったために応急処置すらできずに死を待っているだけの娘を泣きながら 見守っている父親の姿やら。戦争は国対国の戦いであり、軍隊対軍隊の戦い ではありませんから、民間人の被害が出ることは事前に分かっていること。
アメリカはベトナムの二の舞を避けるために短期決戦の道を選んだ。 だからこそ余計にひとつひとつの攻撃の威力が増した。時には誤爆であって もそれを正当化して攻撃し続けた。アメリカ軍の統制が本当に正しいかどう かは当事者にしか分かりませんが、恐らくひと月を越えての戦いになった 場合は、自軍の死者も出てくることから統制が効かなくなることも予想 されます。そうなると何が正しいことなのか、当初の目的は何だったのか、 思考能力の低下により冷静に攻撃を加えることが難しくなってきます。
軍隊における統制とか規律に乱れが生じるとどういうことになるのか。 これはもう人権無視の殺戮に変わってしまいます。あるいは収集のつかない 泥沼戦に陥ってしまいます。そうなったらもう戦争の目的は消滅してしまい ただの殺戮戦になってしまいます。第2次世界大戦の末期における日本が そうであったように。自国民であっても自分の命が大事な軍人は、民間人を 殺してでも自分が生き延びようと考える。まさしく「蜘蛛の糸」状態です。
今回のイラク戦争は戦力に圧倒的な差があったためにしぶとく食い下がる なんていうヒマすら与えませんでしたから、結果的には蜘蛛の糸状態に 陥る前に崩壊しているわけですから、考えようによっては民間人の被害者は 直接的な攻撃によってのみに留まったと考えられなくもない。そう考える ことはミクロ的にはいささか無理があるでしょうし、被害者本人、ご家族 には大変申し訳ないんですが、戦争に伴う必然的な損害の範囲と考えます。 アメリカを咎めることを思い留まる範囲であったと考えます。
反戦論者には全くもって受け入れられない言い回しでしょうが、戦争を 止められなかった以上は、戦争の被害をいかに小さくするかがわれわれの チェック機能としての役割ですから、広島や長崎で直接核の被害を受けた 過去を持つ我々日本人は、単に反対をするのではなく、いかに抑止できる かという観点で冷静に見守っていくことも必要なのではないでしょうか。
戦争という全くもってバーチャルな世界での出来事に関心のない人を少し でも関心を持たせるにはどうしたらいいかという点でも、千人祈の行動は、 意識の底上げという観点から意義のあることだと思います。
仮にコアな人からは何にもしていないように見えるだろうけどね。少しでも 役立つようにと、こんなものも出版されることになったようですので、ご一考 なさってみたらいかがでしょうか。
はい。今日は曇りのち晴れ。(東京地方)
やー、クビを長くして待っていた資料が手元に届きました。 客先挨拶に行っていた同僚が自分の役目を終え事務所に帰ってきた 時に持って返ってきた。その表題にある会社名とスキームを見て びっくり。
細かいことは申し上げられませんが、これじゃ今のやり方より 質が低下する、あるいは客先の不信感を買うことになりやしない かと感じまして、いやいやそうではない。きっときちんと考えて 作ってきたスキームだと信じ、再度じっくり眺めておりましたが、 やはりどう考えても自分の感覚ではサービスダウン。
かきまわすつもりはありませんが、相手先が手を組もうとしている 会社とは、ついこの前まで継続的な取引がありましたので、その 営業部長にこっそり電話してみました。裏を取るという面倒くさい ことはしないで、直接本人に聞いてみることにしました。
確かに相手先から話が来ており、前向きに取り組むつもりでいた ということです。でも心配なのは、どうしてウチの会社が契約を 終了させたのか、もし大きな問題があれば契約交渉の話も一時 中止して、再検討をしなければならないと。
もちろん相手先が手を組もうとしているところは複数社あります から、そのスキームに書かれていた、ウチの会社と取引のあった 会社が決定したわけではありません。が、客先へのプレゼン資料 の中に具体名が書かれているということは、本命としていることは 明白です。(まだ契約締結していないらしいから)
このスキームを破壊するつもりはないのですが、相手先がこの スキームで、その会社と手を組むことで、客先にとって、あるいは ウチの会社にとってメリットのないことであれば、それなりに 口を出さなければならないと思っています。隣の席の同僚は、 相手先が考えたことだから、いちいちウチの会社が口を出さなく てもいいんじゃないかと言います。しむちゃん(仮称)のように 心配するのもいいけど、それじゃ手離れができないよと言います。
彼もそう言うので、今日のところは上司も戻ってこなかったし、 相手先へ細かい質問をするのは差し控えました。あんまり考えすぎて 頭も煮詰まりそうなので、明日の朝にまた考え直して、上司と相談 することにします。
はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)
昨日の作業と遅い帰宅で疲れが残っていたせいか、今日はウトウト 目はショボショボ。全くもって精彩のない1日でした。
さて明日から業務移管の挨拶のために客先回りです。 自分は来週に1社だけだったのですが、急遽あさっての木曜日に 相手方の担当役員にヒマができたので、その埋め合わせとして本来 予定していなかった打ち合わせに合流してもらうことになりそう。
しかも相手先の日本マネージャーが付いてこないから、もしかすると 自分が通訳代わりになるかもしれない。おいおい。通訳はいいが、 何をしゃべるのかを知らされていないよ。ただの通訳ならば許される ことも、当事者である自分は内容を説明してあげないといけないから 分からないでは済まされないんだよね。
彼らのプレゼンは通常は紙ではやらない。 ノートPCにネタを積み込んで、プロジェクターを使って行います。 いわゆるプレゼンのスタイルなんですが、どこの客先でもそれを受け 入れるとは限らない。そうなると、会議室とか商談ルームなんかで PCの画面をのぞきこんでもらいながらの説明になり、時には効率が 悪くなることもあります。でも彼らにはそんなことは関係ない。持ち 運びに便利で、いかにもカッコよさげなスタイルに拘っているだけ。 客先が快く思っているかどうかは関係ないんだよね。客先にとっては 1装置メーカであるということを分かっていない。所詮One of them.
それはそうと、彼らの具体的な構想やスケジュール、それから体制の ことを彼らのプレゼンだけでウチの社内に理解してもらうのは、ちと 無理があります。だから日本マネージャーにネタをくれと言ったの ですが、どうも返事が思わしくない。今回は別件でCEOも来日して いるので了解をもらってからというのですが、そこまでconfidential なものなのかと疑いたくなります。客先に宣言するわけだから、それを 守るべく努力しなければならない。その方向性を共有するウチの会社は それを理解していなければ事業運営がうまくいかないことは明白。 そのあたりのコミュニケーションがうまくいっていないことも今回の 提携解消の一端ではあるんですけどね。
自分とは別の担当が明日同行して様子を伺ってくることになっている ので、それを聞いてから対応を考えようかと思っています。彼らは ウチの会社に頼らずに説明をやろうとしていますが、聞いている客先は ウチの会社の人間の言うことを最終的には聞くんだよね。今までの責任 はウチの会社が負っているわけだから。それが分かっているからこそ こちらが理解していないと客先は足元を見て不審感を覚えてしまいます。
客筋は電気系で導入している装置も海外製も多いのですが、それだけに 今まで苦い思いを経験しているから青目の言うことには不信感を覚えて いる人も多いんだよね。アメリカ製を販売している我々に対しても彼ら の姿勢を批判している客先が多いことは承知しています。それを払拭 するためにも我々の存在が大きいと思っています。最終的には信頼性に 行き着きますからね。彼らが投資するのははした金じゃないし。だから プレゼンがいくら良くても信頼されないのはそういうことなんです。 信頼されていないことを感じ取れていないんです。
まだまだ日本の会社は進んだところでも欧米流のクールでビジネスライク な商売には否定的なところが多いのも事実。個人的な信頼を重視している 客先も多いんです。いくら理論的にすばらしい説明をしても、その売り子 となる営業マンを、あるいはその会社の体制を客先が信用するかどうか。 当然、信用の裏には技術的な知識とか表現力なんかも求められますから、 単に人間性だけではダメなんですけどね。会社の建前は説得と納得。 つまり合理的な説明で合議を得ることが必要です。これらのバランスです。
この合理性を押しつけるから青目は毛嫌いされるんです。 こういうことを文化の違いという言葉で済ませることはできない。 やはりWhen in Rome do as the Romans do.ってことでしょうね。
はい。今日は雨ときどき曇り。(東京地方)
どんなもんでしょ? 特に女性の方はそうなんですが、外に出て人に会う時は香水を 付けることがエチケットだと考えますか?
というのも会社の後輩(女性)との会話の中で、「自分は香水の 匂いが苦手だ」と言ったら、香水を付けるのはエチケットだから 当たり前のことじゃないですか?って反論された。
それに対しては何も声を上げて反論することじゃないのでそうかと うなずいただけですが、自分の中では納得はしていません。
香水の匂いにはいい匂いもそうでない匂いもあります。 これは好き嫌いの問題ですね。そうなんです。匂いには好き嫌いが あるんです。好きな匂いであれば芳香だし、嫌いな匂いであれば 悪臭になります。人によってその感じ方は様々です。
自分が好きな匂いが必ずしも他人も好きとは限らない。 そこなんです。自分が言いたいのは。
エチケットというのは常識レベルのことであり、他人を不快にさせ ないことですよね。自分は香水をつけることは個人の嗜好であり、 趣味だと思っています。だからそれを当たり前のことだと言うには 納得いかないのです。常識レベルの香水の匂いというのはあるので しょうが、香水をつけることが当たり前だというのは嗜好の押し付 けだと感じます。自分にはね。決して香水をつけることを否定して いるわけじゃありませんよ。
付ける人間の勝手じゃない?と言われればこちらも納得するんです。 この感覚はおかしいですか?単なる匂い過敏症ですか?女性に気遣 いもできないバカ野郎ですか?
ご意見のある方はぜひどうぞ。
はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)
|