しむちゃんのつれづれ日記
文字サイズは「中」が最適なようです。

2003年06月22日(日) 小次郎の謎

武蔵と小次郎の闘いで有名な巌流島ですが、そもそも巌流島という島
はなく、下関側からは舟島、小倉では向島と呼ばれていたそうです。
(現在の正式な住所は下関市舟島。下関市と三菱重工が所有してしる
島です。)

「巌流」というのは小次郎の流派のことで、これが島の通称になって
しまったようです。ちなみに巌流といえば錦川のことを指すそうです。
ですから錦帯橋のところには佐々木小次郎の像が置かれています。

小次郎の対極として語り継がれている人が宮本武蔵です。
吉川英治が小説「宮本武蔵」で記している武蔵像があります(NHKで
放映されているドラマの原作)が、これは吉川英治流の解釈による
ものですので、史実に正確であるかどうかは定かではありません。
むしろ史実に忠実であると、本来の武蔵像というものが崩れてしまうかも
しれません。あくまでも吉川英治流ということを認識しておいた方が
いいでしょう。小説ですからね。

歴史的にはたった300数十年前の人ですが、とりたてて表舞台に
出た人ではないことから、彼の人となりが示される書物も少なくしか
残っていません。かの「五輪書」も彼の直筆かどうかも検証されて
いるわけではありません。むしろ彼の弟子が彼の教えを記したとする
説の方が有力です。巌流島の決闘のことも記されていませんしね。

巌流島の決闘で武蔵が小次郎を破ったというのはどうやらいわく付き
のようです。というのも、武蔵は小次郎を致命傷のあるほど叩きのめ
したのではなく、船の櫓を削った木剣で頭部を打った時点で終わり。
「一撃の約」という約束を守ったものと思われます。にもかかわらず
小次郎は巌流島の闘いで命を落としていることになっています。

この決闘は小次郎暗殺説がまことしやかにささやかれており、これが
また真実味があります。武蔵が巌流島のことを記していないのも、口
にしなかったのも、後でそのことを聞かされてからだと思ってもおか
しくはないからです。さらにはその暗殺には武蔵の父「無二之助」が
関わっていたとすればなおさらですね。

問題なのは、佐々木小次郎という人物の素性がいまだに解明できてい
ないこと。その解明のためにこの巌流島の件がカギになっているよう
です。「武蔵、破れたり!」の言葉だけが一人歩きしているような、
そんな気がしてなりません。

吉川英治が小説化することで一躍有名になった武蔵ですが、一方では
主役となることがなかった佐々木小次郎は謎な部分が多いのも事実。
ドラマで演じられて入る頑なな武蔵とスマートな小次郎という図式も
どうなんでしょうねぇ。

小学生の時に関門トンネルを歩いて渡ったことがありますが、そんな
ことに思いを馳せることはありませんでした。巌流島がすぐそこにあった
なんてことを知りませんでしたから。その後もずっとありませんでした。
今度実家へ帰る時には壇ノ浦PAに立ち寄って、少しばかり歴史に浸って
みようかな。なんて。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年06月21日(土) 箏と琴

どちらも「こと」です。
あの和楽器の「こと」です。

箏は、「そう」あるいは「しょう」とも読みます。
琴は、「きん」とも読みます。

このふたつの大きな違いは弦の数と柱(じ)の有無。
琴は7弦、箏は13弦あるいはそれ以上で最大80弦まであります。
それから胴の上に立てる柱があるのが箏で、ないのが琴。
琴は今では衰退し、1絃琴・2絃琴が残るのみとなったようです。

ちなみに「弦」の字は、かつては絹の糸を使用していたことから、「絃」と
いう字を使うのが正しいようです。また3絃とは三味線のことです。
琵琶も「びわのこと」と呼ばれる琴の一種です。

どちらも中国から伝来したと言われていますが、伝来当初は琴(きん)と
区別して「さう(箏)のこと」と呼びましたが、後に単に「こと」と呼ぶに
至って用字混同を生じたと言われています。

福山楽器センターのHPから定義を引用させてもらいますと、

【箏】
木製(通常は桐(きり))の長い胴の表面に一三弦(中国の現行の箏では
二十余弦)を張り、柱(じ)で各弦を調律し、右手指にはめた義爪(つめ)
で弾奏するもの

【琴】
琴柱(ことじ)をたてず、七本の弦を張り、一三個の徽(き)(勘所(かん
どころ))を目印とし左手で弦を押さえ、右手で弾くもの

ということは、よく見かけるものは「箏」なのですね。

知らなきゃ知らないで済むことですが、まぁ雑学程度に覚えていても損には
なりませんから。そういうことで。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2003年06月20日(金) アメリカ人だから?

アメリカの企業に長く勤めている人は、いくらその人が日本人であっても
その人が勤めている企業の色、あるいは周囲のアメリカ人の思考に染まって
しまうんでしょうかねぇ。交渉のやり方というのも非常に一方的で、自社の
都合を押し付けて一歩も譲らない。自社に不利にならないことで相手方に
譲歩してもいいようなことでも、自社の決めたことにそぐわないことであれ
ば、いくら経済効率を叫んでも通じない。むしろ、そんなことはどうでも
いいと言う。自社の主張が通れば、相手がどうなってもいいという論理。

自社が生き残るためには背に腹は変えれないということなんでしょうか。
いかにも攻撃的です。頭がいいと言えばいいのか余裕が無いと言えばいい
のか分かりません。

やはり彼ら(アメリカ人)は総体的に一国主義、つまり自己主張の塊なの
でしょうか。オレがオレがと主張するばかりで、周りの凋落を笑って過ごす
だけのケツの穴の小さい人種なのでしょうか。もっと腹の据わった大人の
国であるという印象を持っている自分ですから、どうも首を捻らざるをえな
いことをやっているように思えてなりません。

短絡的に考えると、自己主張が強いのは、彼らの内的な、あるいは本質的な
弱さを隠すために吠えているとも言えます。知的でスマートに装っている
一方で、そうではない側面の大きさに怯えているのかもしれません。

学生時代には懐の大きい国だと信じきっていたアメリカも、現実に接して
みるとそうではないことがあまりにも多くて、これは何なのかと自分に問う
場面が増えました。相手に対する疑問もありますが、自分が信じてきた
アメリカという国に対する認識が間違っていたのかどうなのか。今の姿が
できあがったのはどういった背景があるのかという歴史的な側面を知ること
も大事かもしれません。歴史を知ることで理解できる現実もあるでしょう。

この人は何を言いたいのかを知るためには、その人となりを知ることも必要
ですが、その人を育んだ歴史を知ることも大事ですね。個別事情と大枠では
必ずしも一致しませんが、自分なりに理解できるレベルに達するには、その
大枠を知ることから始まると思います。

日本の常識で彼らを考えることは間違いを引き起こすことに繋がります。
彼らの育ってきた環境、風土、歴史なんかを学ぶことが相手を理解する1歩
に繋がるならば、やはり学生時代にそれらを学習レベルを超えて研究する
あたりまでやっておくべきだったかな、なんて今更ながら思います。

今はそんな時間なんかも取れないので、今、目の前で会話している数少ない
サンプルである相手のことを冷静に見つめていこう。あいつらはこちらを
怒らせて思考力を低下させたところでたたみかけることが得意だから、意識
して冷静になって出方を見るようにしなきゃ。短気は損気ですね。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2003年06月19日(木) あなたのルーツはどこ?

ミトコンドリアDNAによる遺伝子の解析。
これは母親方の遺伝子情報を伝えるものです。これにより、琉球王朝の
ルーツを辿る研究が行われています。

父親方のルーツを辿ることはできませんが、少なくとも母親方がどの
ような歴史を歩んできたのか、どこから琉球へ渡ってきたのか、その
あたりから琉球王国の成り立ちを推測していこうというもの。

縄文時代から住みついたであろうと推測された琉球地方の人々ですが、
どうやらその後にも東南アジア地域との交流からさまざまな人々の血が
混じっているようです。本土ではほとんど記録されなかった遺伝子が
大きな割合で発見されたということは、本土の人々とは基本的に人種が
違うということになります。

この解析方法はまだ10年そこらしか経っていない新しい学問だそう
です。ということは、これから今までには考えられなかった新しい発見
も、この学問から起こる可能性もあります。

この日本は、古い昔は大陸と陸続きであり、その期間に大陸から移動
してきた人種が日本人のルーツであるということになっていますが、
もしかしたらそれはマイナーな人種であって、大陸と切り離れた後に
海を渡ってきた人種がメジャーな人種であるのかもしれません。

これからさらに研究が進むことによって、日本人のルーツがもっと詳細
に究明されるかもしれませんね。さて、あなたのルーツはどこなんで
しょうか?自分は恐らく南方系です。(笑)

はい。今日は曇り。(東京地方)



2003年06月18日(水) 地主を笑うな

自分のことを指差して笑っていた隣の席の同僚が、菊の紋章の
再発を起こしました。痛くなったらとにかく痛いのがこの症状。
座って痛いし立ってても痛い。

自分も地主の一人ですから、この痛みは分かります。
手を抜くといきなり来ますから、常日頃からの手入れが大事です。

手入れが行き届いていれば、普段はなんということはありません。
日常生活では痛くもかゆくもありません。だから忘れた頃にやって
くるのが怖い病気です。

一度発症すると一生ものになりますから、いずれは手術となるので
しょうが、どうしようもない状態でなければそこまでやる必要は
ないと思って先送りする。早目にやれば小さな手術で済むことも、
やはり手術という大げさな儀式を向かえることに抵抗を覚えるから
結果的に大きな犠牲を払うことになります。ということは分かって
いるんですが、これがなかなかできないんですねぇ。

ヒザの手術で入院していた時に、かの手術をした人が同室でしたが、
その姿を毎日見ていたもんだから余計に億劫になってしまいまして。

とはいえ地主は海外赴任がつらいです。特に医薬品が充実していない
地域となるとそうですね。会社側としても、地主に海外赴任はさせる
ことに否定的です。仕事に支障が出てくる可能性が高いから。国内
だと、それなりにケアできる環境があるからまだましなんです。

まぁ、この話題は経験した人にはつらい話題ですので、このへんで。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2003年06月17日(火) 入社時のことを思い出しながらしみじみ

タバコ部屋で先輩社員と話しをしていましたが、昔話に終始して、
「あの頃(90年前後)は良かったなぁ」と漏らすばかり。

というのもお互いに事業の再編の当事者で、近い将来、どこかへ
異動する、あるいは未来のない事業で前向きな気持ちになれない
期間が長く続くであろうから精神的に潰れそうだということから。

要するにお互いのキズを舐め合っているだけなわけで、傍からすると
くたびれたオジさんがうな垂れて背中を丸めながら何をするわけでも
なく、ただ下を向いてため息をついているようなもの。暗いです。

自分の場合は戦後処理への苛立ち、彼の場合はいくらあがいても将来
のない事業に縛られていることへの失望感です。ある意味では給料を
もらいながらですから、短期的には精神的に辛いことでも失業した人
に比べれば恵まれています。だからこそここで投げ捨てるわけには
いかないことはお互いに良く分かっています。だから不満というより
グチです。言っても始まらないけど、言わずにはいられない。だけど
言う相手も誰でもいいわけではないから気の知れた人に言う。

サラリーマンをやっていくためには、こういう人が社内にいてくれると
非常に助かります。何かをしてくれるわけではないし、何かしてくれる
ことを求めるわけではないけど、公然とは職場で言えないことを話す
ことのできる人がいてくれるだけで、それだけで気持ちの切り替えが
できます。

他人に迷惑をかけないで息抜きや気晴らしができるっていうのは精神
衛生上、非常に大事なことです。人にはそれぞれストレスを発散させる
方法があると思いますが、せめて他人には迷惑をかけないようにしたい
ものです。だからこそ長い人生、いろんなことを経験すべきで、その
中で自分が取り組もうと思うことがあったりなかったり、そんな変化を
経験しながら生き甲斐を感じていくんでしょうね。

帰り道で、年頃は高校生でしょうか、女の子たちがはしゃいでいる姿を
みかけまして、なんだか心休まる思いでした。真面目に仕事に取り組ん
でいると、往々にして悲観的な気分になります。もう少し気楽な思いで
はじけるぐらいの方が発想が前向きになりますね。時々は息抜きをしな
がら、気分を盛り上げなきゃね。

それにしてもアメリカ人というものは仕事のパートナーとか客先のこと
よりも自分を優先させる人種ということをつくづく感じます。あたかも
人に優しいように見せかけて、実は自分に優しいだけというのが節々に
見え隠れするところが取引先と3年間付き合った結論。この会社だけの
特質だと思いたい。でなければイラク戦争はアメリカのエゴでしかなか
ったと言わざるを得ないから。論理的ではないけど、そう思いたくなる。

そういう意味では、「千人祈」は戦争に対してと言うより「アメリカ」
という国家に対する批判だったのかもしれないと感じて仕方ない。
本日は見方を変えてもう一度眺め直してみました。何回も読み直して
みると、今までと違った感じ方をするかもしれないから、あと数回、
読み直してみます。感想はその後にね。>コトウさん

はい。今日は雨のち曇り。(東京地方)



2003年06月16日(月) 一読者の勝手なたわごと

読者というのは本当に勝手なもので、作者がどんな思いで書き上げたか
なんてことは一切お構いなし。紙面の文字にだけしか目がいかないから
思いが伝わるかどうかは読者の思い次第。だからこそコミュニケーションが
欲しいわけで、作者としては読者の気持ちを伝えられるのはうれしい行為
だと思うんでしょうね。その気持ちが批判的であっても好意的であっても。
この日記を書いている自分も普段は読者側の立場ですから、読んだら読んだで
作者に感想を述べることにはしているんですけどね。(但しコトウさんのみ)

さて、ようやく池袋ジュンク堂で「千人祈」を購入しまして、早速帰りの
電車の中で読んでみました。いやぁ、細かいことは別の機会に譲るとして
なんとまあ「反戦」とか「戦争」という言葉の軽いこと。

自身に害の届かないところで行われているから言える言葉なんだろうと
思いつつ読み進めましたが、中でも多いのが疑問型。切り捨てるような
言葉は意外と少ない。これはどういうことなんでしょうか。

やはり実感が沸かないながらも血の流れる戦争そのものには反感を覚える
からでしょうね。戦争そのものしか見えないから、その背景となるものが
何なのか、その根底に流れる怒りとは何かを考える前に、事象だけを捉え
ているからに他ならないと自分は思います。

ただ、こういう声というものは今まで形となって人目につくことはなかった
わけですし、声を上げることをためらった人でも文字にして参加できること
を実感できる機会を与えたという功績は大きいと思います。しかも掲示板
に留まらず、書籍となって一般書店の店頭に登場したわけですから、少なく
とも、今回のイベントに参加した人、これらの言葉や行為に反感を感じた人、
あるいは編集者諸氏にとってはいい刺激になったのではないでしょうか。

忘れてならないのは、反戦行為というのは戦争行為に対するアンチテーゼ
ですから、これがマスになってしまってはいけないということです。あく
まで均衡しているからいいバランスを保つわけです。マイナーでいいんです。

建前のない戦争はないわけですから、もしそのあたりで論理的な説明がなさ
れることがなければ、そこを突けばいいのですから、これは反戦というより
政治的な対抗ということになるでしょう。

狭義の戦争というものは、やはり政治的な意味合いが大きいわけですから、
これを本当に大きな声にしてしまえばどうしても思想的な観点から考えて
しまいます。そうなると心の底から発する本心をひとことというわけには
いきません。国体に隠れて底辺にある叫びが見えなくなってしまいます。

せめて国家に対抗する個人という図式にはなりたくないもんです。
(実はこの図式は避けられないんですけどね。)
こういう地道な行動の積み上げが大事です。編集者諸氏、おつかれさん。

はい。今日は曇りところにより一時雨。(東京地方)



2003年06月15日(日) 利息の定義

利息と利子の違いって何でしょう?
使い方としては、「預金利息」「貸付利子」なんていうぐらいですから、
金融機関に貸し付けると利息、金融機関が貸し付けると利子とも言えなくも
ありません。とはいえ、性格上はどちらも同じ意味ですね。

さて、ここからは表現を「利息」に統一しますが、この利息ってどういう
意味なのでしょうか。日本における一般的な定義としては、

「元本使用の対価であり、貸付額と貸付期間に比例して支払われる金銭その
他の代替物」

と言われています。この中には、元本の貸借料のみならず、事務手数料や
資金調達手数料、あるいは貸倒れリスク料などが含まれます。ですから
個人と企業とではその利率に差があり、企業でも差があります。借り先
でも、証券会社や生保、銀行、銀行系ローン会社、消費者ローン会社、
サラ金とではその利率が違います。信用のあるほど前者側、信用がないほど
後者側になります。さらにはその貸出手法も違います。

利息には通常の資金貸付以外に、企業へのコミットメントラインとかCPの
バックアップラインとかいう貸付保証枠そのものにも適用されていますから、
必ずしもキャッシュが動いた時に限りません。

技術的な研究はここを参考に見てもらえれば
いいかと思います。

個人でいうと銀行から借りれない人は消費者ローンやサラ金へ流れていま
したが、その隙間を埋めるものとして銀行系ローン会社が出てきました。
それでも10%を越える利息を課すのは個人に対する信用が低いから。
その信用はどこから来るかというと、多くは所属する会社であり、それから
個人のタイトルや功績から来ます。ですから無職の人には審査が厳しくなる
のは銀行側からすると当然の行為になります。芸能人であればその知名度
ということになるのでしょうね。

このデフレの状況では貨幣価値が高いわけですから、できるだけ借金を
せずに現金を持っておいた方がいいということになります。(本当に今は
デフレであるというならば)

借りる側からすると借りにくい状況であり、逆に貸す方も金融庁からの
縛りのせいでおいそれと貸せる状況ではありません。こんな状態を金融
収縮といいます。経済の血である貨幣の流通が減少してしまうのです。
お金を使える環境にないことを一般的に景気が悪いと表現します。これは
持ってて使えない場合も、持たぬために使えない場合も同じです。

企業は依然バランスシートの改善に努めていますから借金の返済を行って
います。超低金利が続いているのに借りないのは従来では考えられなかった
行為です。この環境が改善されなければ生保の利率も高まらないし、預貯金
の金利も高まらない(つまり国債が高い)わけですから異常です。

でも、なによりも収入が減っているわけですから買いたいものも遊び金も
減っていますから、これをどこまで続けられるか。結構ストレスが溜まり
ます。利息云々を言う前に、早く収入が増えて欲しいものです。

さて、これは誰に言っているのでしょうか?(苦笑)

はい。今日は曇りところにより一時雨。(東京地方)



2003年06月14日(土) 政治を感じる

古賀誠という衆議院議員がおりますが、この人は自分の出身地である
福岡県は山門郡瀬高町の出身です。選挙のできる年齢になってから
この人の存在を知りました。麻生太郎と並ぶ福岡の重鎮です。

当時彼は建設政務次官であり、この時から建設畑を歩むことになります。
道路族の長でありながら、九州整備新幹線も彼の影響が大きかったと想像
されます。

彼の信条は「至誠通天」。
ひとつひとつのものごとに誠実に取り組めば、必ず願いは通ずる、そう
いった意味合いだそうです。将来の日本の繁栄を願った素晴らしい信条
だと思います。その場の奇策ではなく、地道に積み上げていく姿勢を
表している言葉だと思います。

この人は小泉内閣の抵抗勢力の一人ですが、自民党の中では比較的冷静で
攻撃的ではありません。裏でどういう行動なのかは推し測ることもできま
せんが、少なくとも公然となじるようなことはしませんね。そのあたりは
スマートに対処しているようです。

亀井静香、野中広務、江藤隆美といった急進派(あるいは超保守派)とは
一線を画す人物だと思っています。同じ抵抗勢力グループでもね。

これまでの自身の功績を楯に時代の流れによる変化を感じ取ることのでき
ない古臭い考えを押し付けようとするこれらの人は、より良くありたいと
思う人々の欲求を満たそうとするそのことだけを前面に押し出し、一方で
我慢しなければならないことを悪とする偽善野郎です。

人々の欲することばかりを解決していれば、いずれは財政が破綻してしま
うことなど微塵も考えていません。これを政治の仕事と勘違いしている。

政治は大局観でモノゴトを考え、国益を守ることが仕事のはずです。
それを保身のために置き換えているのはまるで官僚のやることです。
国民の代表である代議士は、官僚の対極、チェック役であるはずです。

まぁ、そういった自民党のご老体たちですが、一方では時代の動きを感じ
取れる若い世代も存在するわけで、一概に自民党は崩壊したとは言えない
でしょう。逆に、民主党なんかは単に自民党に敵対したいだけの党首が
存在しているうちは国民の賛同も得られないでしょうから、当面は自民党
の若い世代の躍進を期待するしかありません。

政治家を、政党を、ひとつのものとして捉えるのではなく、個々の政治家を
見てみると、意外な側面が見えてくるかもしれません。見方が変わるかも
しれません。イメージだけで投票をするのは国民としては浅はかな行動で
あると思います。本質を理解せずに自分のクビを絞めているようなもの。

考えることから逃避している人には投票をして欲しくないと思うのは自分
だけでしょうか。こういう人が投票をするからいい加減な政治家が生まれ
てしまうということも言えますから。というのは母親の弁。

自分の生活は政治に直結していることを時には感じてもいいかもね。

そういえば、ただいまル・マン24時間をやっています。
また寝ることのできない日がやってきたか。(笑)

はい。今日は曇りのち一時雨。(東京地方)



2003年06月13日(金) つまんなーい

会社の机の上が書類の山になっています。
電話器が書類で隠れてしまっています。
右の書類の山と左の書類の山の谷間にノートPCがあって、
その手前にも書類が少し置かれています。キーボードを打ち
難くて仕方ない。けれども片付ける場所がありません。

なんて、ただの不精モノです。
どこに何があるのかはある程度は分かっていますが、そのうち
忘れてしまいますから、片付けているうちに、そういえばこの
書類はここにあったんだと思い出すこともしばしば。

山になっているから、ほとんど使うことなく積み上げられている
わけですが、これといって問題がないということは、ほとんどが
用済みか用ナシの書類だということ。恐らく全部捨てても問題は
起きないのかな。

なんでこういうつまんないことを書いているかというと、たぶん
つまんないと思っている毎日を過ごしているからでしょう。
なんだか張り合いがないんですね。仕事にしてもプライベートに
しても。うーん。つまんない。

わざわざ帰宅の時に山手線を遠回りして、西武線をわざわざ各停に
乗って本を読みながら居眠りしている毎日。そんなことをしている
ぐらいなら、早く帰って予約している「千人祈」をJUNKE堂へ取りに
行けって言われそうです。週末に池袋へ行こう。

はい。今日は雨のち曇り。(東京地方)


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