DiaryINDEX|過去の日記|未来の日記
2008年11月06日(木) ガンダム�掘写瓦漏陲Α�

私がガンダムで先輩方によく指名されたという事に少し運命を感じたりします。これは私が小学2年生の頃の話なのですが、将来の夢を一人ずつ前に出てみんなに発表するという授業がありました。その頃の私はガンダムが凄く好きでした。私の番が来たので颯爽と教室の前に行き、私は堂々と大きい声でこう言いました『僕は将来ガンダムになりたいです!』教室は爆笑に包まれました!そして先生はやさしく諭すように私にこう言いました『ひでたか君、ガンダムはねロボットだからなれないでしょう。ひでたか君はガンダムのパイロットになりたいんでしょ』私は笑うみんなと先生にもう一度はっきりと大きな声でこう言ったのです『ガンダムのパイロットじゃない!僕はガンダムになりたいんだ!』それから15年後ガンダムで先輩によく指名される私が少しげんなりとしてダルそうにガンダムを付けていると、後輩が『先輩、凄い人気ですね!』というので私は『俺は小さい頃ガンダムになるのが夢だったんだよ!今その夢が叶っているのさ!』そう言って私は元気よく飛び出し壮絶な打ち合いをしにいったのです!少しずれた形かもしれませんがやはり夢は叶うのかもしれません?!


2008年11月05日(水) 怖いけど貴重な体験

私がガンダムを付けていても倒された。また怖い思いをしたということがありました。私が始めてガンダムを付けて組み手をしたのは小井先輩でした。ガンダムを付けていている事を良い事にガンガン攻めていたら右上段回し蹴りでカウンターをとられて一瞬意識が飛ぶほどでした。川原先輩はガンダムの上から強烈な突きで私の肋骨を折りました。そして数見先輩のローキックはガンダムの上からでも効かされました。そしてカウンターが怖くてなかなか上段を蹴ることはできませんでした。蹴ると軸足をほぼ百発百中で蹴られました。一本足になっているうえにちょうど防具が薄くなっている膝の内側を蹴られるので凄く痛いです!私はそれで膝の靭帯を痛めたことがありました。佐伯先輩は上段の技が凄く上手で怖くてガンガン攻める事すらできませんでした。岩崎先輩には右上段できれいに落とされた事がありました。先輩方と組み手をしている2分が本当に怖でした。でも本当に貴重な体験です。先輩方にはありがとうございますと心から感謝しています。


2008年11月04日(火) 機動戦士

城南支部の朝練帯研ならではの稽古といえば一番は『ガンダム』でしょう。これはまるでガンダムのように防具のモビールスーツで固めた人を相手に試合と同じ感覚でガチンコの勝負をする組み手です。本当はお互いに何も付けずにやれたらよいのでしょうが怪我もしますし、数見先輩とガチンコでスパーリングできる人なんてそうはいませんから、相手は防具を付けて全力で先輩を倒しにいきます。ガンダムは本当に地獄でした!ガンダムを付けた相手は防具を付けて相手の技が効かない事を良いことにガンガンに攻めてきたり安心して思いきりの良いカウンターをとってきたりします。それを試合と同じ3分・2分・2分とインターバル15秒でやります。しかもラウンドごとに相手も変わります。相手は防具を付けて元気満々です!私はガンダムを付けるほうは凄くいっぱいやりました。というのは先輩に「たのむな!」とお願いされるのです。なぜかと言うと当時の私は90キロありアグレッシブに攻めるほうでした、そして一番は普通はガンダムを付けると防具に動きを制限されて上段の技があまり出ないのですが私は体が柔らかかったせいかガンダムを付けても上段の技をポンポン出す事ができました。なので先輩方には良いスパーリングパートナーだったのかもしれません。次はガンダムを付けても怖かった体験談を書きたいと思います。


2008年11月03日(月) もっともっと

いろんな事にもっともっとがんばれらくてはと思った一日でした。いろんな人がいろんな所でいろんな形でがんばって進んで行っています。ちょっと一息なんてついていたらドンドン取り残されていってしまいます。「自分はがんばっているつもりです」でもいけません。結果が伴わないとがんばったとは言えないし、人は認めてくれません。明日から全力でがんばります。


2008年11月02日(日) 極真

全日本大会が終わりました。自分が所属する組織の事をあまりべた褒めするのは自画自賛で恥ずかしい事なのかもしれませんが、今日の全日本を観て本当に感動する試合がいっぱいあり極真空手って面白いなと思いました。自分ももっともっとがんばらなくてはと思いました。自分の気持ちが満タンになり過ぎて爆発しそうな感じです!その勢いで会場の二階でメディアエイトの極真ビデオが安く売っていたので2本買いました。


2008年11月01日(土) 良い経験

今日は全日本でした。なぜか朝5時に起きてしまったので、1時間走ってから会場に向かいました。中村慶太郎は残念ながら初戦敗退をしてしまいました。今日負けた事は残念でしたが、試合に向けて稽古を始めてから試合が終わるまでの一瞬一瞬の全て良い経験になった事と思います!応援していただいた皆さんありがとうございます。


2008年10月31日(金) 決めた事

決めた事はしっかりやろうという事で審判講習会に行く前にウエイトトレーニングとランニングをしました。


2008年10月30日(木) 百歳まで

治療している歯もだいぶ良くなってきました。前歯と右の上の奥歯と下の奥歯は完璧になりました!あとは左の奥歯の下三本が無いのでそこを入れてもらい、長らく下の歯が無かったせいで上の奥歯が下に落ちてきてしまっているのでそこも削って整える事になると思います。まだ少し時間がかかってしまいそうです。百歳まで健康でいれるように今からがんばります!


2008年10月29日(水) 向かっている

試合に出ようと決めてしっかりと稽古を始めて二週間が経ちました。疲れで体は日に日に重くなってくるし、おまけに大筋肉痛です!夜もご飯を食べたら、すぐに眠くなってしまいます。でも心地良いです!自分の中で何かが走り出したようです!日記も考えなくても書く事が浮かんできます!たぶんなにかに向かっているからなのだと思います!最後まで自分を信じてがんばりたいと思います。来年の全日本ウエイト制に向けて生徒といっしょに稽古をし、みんなで出場したいと思います!大阪で試合前日に生徒のみんなとお好み焼きを食べて『明日はがんばろう!』といっている自分の姿が思い浮かんでいます!


2008年10月28日(火) 初めての全日本

私が始めて全日本に出場したのは28回全日本でした。そのとき私は23歳でした。凄く緊張したのを覚えています。緊張のせいからなのか?何か悪いものを食べたせいなのか?試合前日の夜中に吐き気がして夜間診療をやっている病院に行き、その病院から全日本の会場に向かいました。結果は1回戦負けでした。凄く悔しかったです。自分が稽古でやってきた事を一つも出せずに負けるという一番情けない結果でした。本当に2分間はあっという間なんだと感じた試合でした。その大会では数見先輩が優勝しました。腕を折り、膝の靭帯を断裂しボロボロな状態で優勝しました。己に克つということを目の前で見ることが出来ました。その反面自分が本当に弱い人間だと思いました。『己に克つ』は城南京浜支部のキャッチフレーズですがやはりあの時の先輩みたいになりたい!そしてそういう選手が出てきてほしい!というのが今でも私の目標なのです!


kanno

My追加