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木曜日と金曜日は動くのがしんどいほど腰が悪かったのですが、昨日と今日の針治療のおかげでなんとか普通に歩けるようになりました。今は妻も大変な時で外に出る事が出来ません。なので息子も木曜日金曜日とずっと家から出る事が出来なくてストレスが溜まっているようです。なので私が息子を自転車でお出かけに連れて行きました。多摩川河川敷のサイクリングロードを田園調布の方へ新幹線を見に行きました。その先に浅間神社があったので息子と階段を登り参拝してジュースを飲んで帰ってきました。息子と2人でいろんなお話をしながらのサイクリングはとても楽しかったです。息子は私が腰が痛いのを理解しているらしく、すごく言う事をよく聞いてくれました。
水曜日に腰を痛めてから余り体を動かす事が出来ない日々が続いています。今日は、朝の仕事は休みを頂き鍼治療に行きました。腰が痛くてゆっくりしか歩けない状態でしたのでかなりキツかったです。新宿駅から治療院までいつもは15分ぐらいで歩けるのですが、今日は30分以上かかりました。駅でも人の歩く流れが川のように感じました。そこを外れて歩かないと、人の邪魔になります。その流れをどうしても横切らなくてはいけない時なんて、少し怖い気がしました。信号も体の悪い人には意外に早いのだと思いました。何処かが悪くてゆっくりしか歩けないと感覚的には渡り始めてすぐ赤です。仕方が無いので痛いのを我慢しなるべく速く歩きましたが、本当に凄くキツかったです。健康だと人の気持ちがなかなか分かりませんね。もっと労わりの気持ちを持たなくてはいけないと思いました。この日記を書いていて思ったのですが、こんな感じの日記以前に書いた気がします。
司馬遼太郎の「花神」を読んでいます。主人公は長州藩の維新十傑の一人である大村益次郎です。幕末は凄く好きな時代だし司馬遼太郎作品もほとんど読んでいるのですが、この作品だけは何故か分かりませんが余り読む気がしませんでした。そんな作品でしたが、読んでいるうちに大村益次郎こと村田蔵六の人間像に魅力を感じて来ました。さすが司馬遼太郎です!
毎日、頑張って稽古をしている事で体重が88キロになりました。と同時に腰を痛めてしまいました。結構キツイ状況です!喜びも束の間です。体を動かす事が出来ないので、絶対リバウンドしないように食事に気を付けたいと思います。この事を機に気を引き締めて出来る事を頑張ります!ここからが頑張り所です!
この日記は実は12月6日火曜日に書いています。思い出してどうしても書きたい事があったので忘れないうちに書いておこうと思ったのです。12月1日の日曜日の事でこれまた、この日付に起こった事では無いのですが、家族で大森のスタジオアリスに出来上がった写真を取りに行く為と道場の神棚掃除の為、京急で大森海岸まで行ったのですが、その時、息子の大好きな「ドゥルルルルー!」と歌うドレミファインバーターの電車に乗りました。多分、息子は乗るのは初めてだったと思います。息子は電車が走り始める時は、電車と一緒に「ドゥルルルルー」と言って大喜びでした!家族でとても幸せな時間を過ごせました。京急様々です!もう私まで京急の大ファンになってしまいました!
やっとです。やっと体重が90キロを切りました。昨年から90キロが大きな壁になっていました。11月5日から体重103キロで始めたダイエットですが、29日で1つの目標にしていた90キロ以下を達成しました。今年の残り26日の内に80キロまで落としたいと思います。
2013年もあと1ヶ月です。今日は休みですが1日なので道場へ行き神棚の掃除をし榊、酒、米、塩、水を変え、玄関に盛塩をしました。その後、息子が来年から通う幼稚園でパイプオルガンの演奏会があったので、それを聴きに行きました。休みの日をとても活動的に過ごす事が出来ました。良い形で1ヶ月をスタートする事が出来ました。
10年以上前に一緒に稽古をした後輩2人と食事をしました。全員家族連れでした。お互いの近況を話したりしていたら時間はあっという間に過ぎてしまいました。これを機に家族ぐるみでお付き合いをしていけたらと思います。極真空手が素晴らしいのは、一緒に練習しなくなって10年も経つのに、先輩後輩の間柄は崩れません。それをしっかり守っているから今でも良い付き合いが出来ているのだと思います。と言うわけでお会計も1番先輩の私持ちです。先輩風吹かせてもらったのだから当然です!
昨日、両親が帰りました。私と両親は車で新宿に行き、私と父は針治療を受けました。両親はそこから福島に帰り、私は電車で帰宅しました。母は別れる時にすぐ泣きます。家で息子と妻と別れる時も泣きました。私と別れる時も母は「元気でね」と私と握手をしようとしたのですが、私は「またすぐ会うんだから」と言ってしませんでした。そんな別れ方をしたら最後になりそうで嫌だし、私は母に似て涙脆いです。しかも最近は歳を重ねたせいか、若い頃よりさらに涙脆くなっています。母と握手して別れたら、自分は絶対に泣いてしまうと思ったので握手はしませんでした。
お陰様で息子はとてもヤンチャに育っています。孫には凄く優しいおばあちゃんにも悪さのしすぎで、ついに怒られたようです。今日は水性ペンでお絵描きをしてたら、自分の顔にもお絵描きしてしまいました!私が朝の仕事から帰宅すると息子がペンを持ち落書きだらけの顔で「パパ、おかえり!抱っこして!」と来ました。本当に笑が絶えない家族です!父も「菅野家、1番のヤンチャ坊主だ!」と言っていました。私の父も小さい頃の武勇伝を数々持っているヤンチャ坊主だったらしいです!両親に言わせると私は「とても弱く大人しい子」だったと言います。妻の両親も妻を「手のかからない大人しい子」と言うので、どうやら父の血が私に遺伝せずに息子に隔世遺伝してしまったようです!親バカですが、私の父似なら息子は大物になるかもしれません。
kanno
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