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2016年03月16日(水) 人生は面白い

私は本当によく成功し、よく失敗した人間です。勝利も敗北もいっぱい経験しました。学業でも恋愛でも水泳でも仕事でもです。空手の試合戦績も130戦88勝42敗で優勝7回、準優勝5回、3位4回、一本勝ち7回、合わせ一本2回、技有り17回、一本負け2回、全日本ベスト16、ロシア大会ベスト8、となんだか強かったんだか弱かったんだか分からない微妙な結果を残しました。ある時はチャンピオンと言われるような強い選手に勝ち、かと思うと一回戦でコロっと負けてしまったりでした。本当に何だったのかと思います。自分で自分を評価すると、強い時もある選手、番狂わせをたまに起こす選手、って感じです。結局全日本や世界と冠のつく大会でチャンピオンになる事は出来ませんでしたが、会場がワーッと湧くような劇的な大番狂わせな試合をした時は気持が良かったです。あの試合場から見た光景は一生忘れないと思います。ちょっと自慢も入りましたが、何が言いたいかと言うとその試合の全てが私の財産です。またその試合に出る為に過ごした16年の日々は私の宝物です。そして指導者となった今、それはすごく膨大な指導材料となっています。自分がなぜチャンピオンになれなかったかを考えるだけで、生徒達を教える時には、それが素晴らしい指導材料となります。だから人生は面白いです。夢がやぶれても、目標が達成出来なくても、次に繋げて行けば良いのです。私はいっぱい失敗しました。でもその失敗で自分の人生が終わった事なんてありません。むしろその失敗が始まりだったと言えます。これから来る後輩達にそれを伝えたいです。「失敗を恐るな!自分の人生が終わる失敗なんてこの世に存在しない!失敗した今が始まりだ!たちあがれ!何でもイイ動き出せ!」


2016年03月15日(火) 指導方針

私の指導方針は、「勝ち負けでは人を褒めたり叱ったりしない」です。人を褒めたり叱ったりする時に、勝ったから負けたからは外します。勝ってもダメなものはダメ、負けてもイイものはイイです。強くなったり上手になったら褒めます。出来ない事が出来るようになった瞬間はすごく褒めます。遅刻していた人が遅刻をしなくなった!声が小さい人が声が大きくなった!こんな瞬間は絶対に逃さないよう気を付けています。稽古では一生懸命にやっていたら全力でやっていたら褒めます。どんなに上手でも手を抜いていたら叱ります。


2016年03月14日(月) 菅野日記見てますよ!

久しぶりにお会いしたご父兄様に「菅野日記、見ていますよ」と言って頂きました。嬉しいなと思いました。自分の気づかない所で、自分っていろんな方々に応援して頂いているんだなと思います。これからも真摯な気持で誠実に全力で頑張って行きます。人に夢や感動を与えられるような活動を行って行きます。日本の未来に、地域社会に貢献して行きたいと思います。演武や講師など、そのような活動が出来るチャンスがあれば、どんどんお話を頂きたいと思います。なんか政治家みたいな感じになってしまいましたが、これからも皆様の温かいご支援よろしくお願いします。


2016年03月13日(日) 春季昇級審査会・組手支部内交流試合

今日は私が運営する極真会館東京城南京浜支部の春季昇級審査会と組手支部内交流試合でした。はじめて昇級審査を受けた人が4名いました。組手支部内交流試合でも初めて入賞した人が3名、初めて優勝した人が2名いました。生徒達の成長を感じる事が出来た素晴らしい試合が沢山ありました。また3ヶ月生徒達と一生懸命稽古したいと思います。


2016年03月12日(土) お見舞い

前橋さんのお見舞いに行きました。前橋さんは月曜に出血をし緊急の手術をしたため個室の病室にいました。出血の為や手術をしたので少し体力を消耗しているようでした。それでも私が行けば笑顔を見せてくれます。多分最後まで凛としているのだろうと思います。今日も前橋さんと空手の話をしました。まだまだ生きる望みを捨てていない姿勢に感動しました。今日は前橋さんに「先生には最後までみていて欲しい」と言われました。そして私にはその責任があると感じています。


2016年03月11日(金) 東日本大震災

東日本大震災、それは私にとって自分の甘さやいたらなさを痛感させられた出来事でした。私の妻と生まれたばかりの長男はその時、福島の実家に居たので東日本大震災を直撃で体験しました。数日後には原子力発電所が事故を起こしました。私の叔父の力添えで私の両親の車に乗り、私の妻と長男は山梨県の甲府市に避難しました。東北自動車道や国道4号線が使えない為、新潟の方からぐるっと周り避難したそうです。妻は福島を離れる時、もう二度と自分の両親や家族に会えないと思ったそうです。なぜ自分の両親や家族をおいて避難したのか?それは生まれたばかりの長男を自分が守らなくてはならないと思ったからだそうです。私の妻はその時にしっかり母親だったのです。それにひきかえ私は東京で何も出来ずにいました。父親として不十分な人間でした。今でも何故、原子力発電所が事故を起した瞬間に家族を守る行動をおこさなかったのか?後悔しています。家族は苦楽を共にしなくてはダメです。特に父親はです。母親は子供が生まれた時には母親です。父親は家族と一緒に苦労をして父親になって行きます。私はそう思います。


2016年03月10日(木) 世界一宣言

私が運営している極真会館東京城南京浜支部を世界一の道場にしてみせます。この13年間それが出来なかったのは、自分の為にそれをやろうとしていたからです。じゃあこれからは自分の為ではないのか?と言えば、それはもちろん自分の為です。でもこれからは自分の為だけではないと言えます。自分の為などと言う、そんな小さな事の為ではないと言えます。道場が大きくなる事で家族や道場生や地域の人達に大きな利益を与えたいと思います。極真空手に多いに貢献し恩返しをしたいと思います。そしてこれまで人から頂いた期待や応援に多いに応えて行きたいと思います。これからは自分の命は自分の為のものでは無いと言えます。自分の命を極真空手の為に東京城南京浜支部の為に燃やし尽くして見せます。


2016年03月09日(水) お兄ちゃんがいると

次男は長男を良く見ているせいか正拳突きと廻し蹴りが出来ます。お兄ちゃんがいると何かを覚えるのが早いようです。道場にお兄ちゃんのお迎えに来た時もお兄ちゃんと一緒に空手をやりたくて仕方がない感じです。


2016年03月08日(火) 人脈

今まで自分が頑張って来た事に、やっと結果となって現れて来ました。毎日、入会者や体験者や見学者や問合せが続いています。そのかなで1番嬉しいのはご父兄様からのご紹介での問合せです。私の活動や指導に賛同頂き、信用して頂いたから、ご紹介して頂けたのだと思います。でもだからこそしっかり指導しなくてはならないなと思います。大山倍達総裁が仰っていた言葉に「金を失う事は小さい事である。信用を失う事は大きい事である。勇気を失う事は自分を失う事である。」「大切なのは金脈ではない、人脈だよ!」今での大切な人脈を失う事のないよう、また新たな人脈を作る事が出来るよう、自分に厳しく真摯な気持で誠実に一生懸命頑張りたいと思います。


2016年03月07日(月) 父親は永遠のヒーロー

父親は子供にとって永遠のヒーローです。私にとってもやはり父は永遠のヒーローです。私がはじめてカッコイイと思った男は父でした。強くて怖くて家に父が居るだけで家の空気がピーンと張りつめる感じでした。私の家は凄く古風で、食事の時も父が箸をつけるまで、私達は箸をつける事は出来ませんでした。父が言う事は絶対でした。私は父の仕事を何度か見た事がありますが、その姿は凄まじいものがありました。自分にも人にも仕事にもとても厳しい反面、従業員さんへの気遣いがすごかったです。家に居る時はいつもお酒を飲んでいた父が、現場ではお酒を飲まずに人に気配りをしていました。自分一代で、東北電力の協力店となる会社を作った父は、私にとって今でも目標です。でもこの歳になって思う事は、その父がそれだけの男に社長に父親になれたのは、実は母の力が大きかったのではとも思います。私も子供達にとって永遠のヒーローでありたいと思います!


kanno

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