DiaryINDEX|過去の日記|未来の日記
今日は家族で前橋さんのお見舞いに行きました。私と長男は前橋さんに「押忍」と挨拶し話しかけました。前橋さんの妹さんのご家族と前橋さんの息子さんにお会いしました。帰りに前橋さんの妹さんといろいろな話をしました。前橋さんが空手を始めた頃に妹さんは一緒に住んでいて、前橋さんは空手を始めるだいぶ前から空手を始めたいとずっと言っていた事、空手を始めるには大変な勇気だった事、仕事が休みの日は稽古に行くのを楽しみにしていた事、稽古に行くと夜遅くにアザだらけで帰って来た事、前橋さんは極真空手が本当に大好きだった事、前橋さんが妹さんに私の話をする事もあり「先生は私の道標だ」と言っていた事、などを聴きました。私も前橋さんの思い出を妹さんに話しました。少しの時間でしたが温かい時間でした。長男はいつもチョロチョロしていますが、やはりいろんな事を感じているらしく、病院ではすごくしっかりしていました。帰りに長男に前橋さんが空手を頑張っていた事や、元気になったらまた空手をやりたいと強く思っていた事を話しました。「俺たちが出来る事は前橋先輩が大好きだった空手を明日からまた頑張る事なんだよ!」と長男に話しました。
ザハリ・ダミヤノフ選手の100人組手が極真会館代官山道場にて行われました。私も対戦相手をして来ました。私は44人目でした。結果は引き分けでした。ザハリ選手と組手をした印象は、ザハリ選手の試合での組手スタイルとは少し違いました。左右の上段廻し蹴りや左右の横蹴りを使いしっかり間合いをとって組手をしていました。体重が100キロあるのに、こんなに鋭い上段を蹴る事が出来るんだと少しびっくりしました。ディフェンスも上手く私が得意の左の上段廻し蹴りを2回蹴りましたが、しっかりガードされました。40人をこえて疲れている状態でこれだけ強いのだから、これが試合だったら、恐ろしい強さなんだろうなと思いました。ザハリ選手の100人組手の結果は70人目でドクターストップとなり失敗となりましたが、私が見たなかでも壮絶で素晴らしい100人組手でした。夜は私の運営する東京城南京浜支部の親睦会を蒲田の歓迎にて行いました。28名が参加してくれました。道場生やご父兄様といろいろな楽しい話が出来てとても楽しかったです。親睦会の前の挨拶でも話しましたが、永遠とも言える時間の中で同じ時代に生まれ、この道場で出会えた縁を大切にしたいと思います。そして楽しい時間を共有出来た事に感謝しています。これからも道場生、ご父兄様との親睦会の機会を沢山作りたいと思います。
前橋さんのお見舞いに行きました。前橋さんのお母様から「空手の仲間がお見舞いに来てくれました」と聞き嬉しく思いました。今日は前橋さんの顔だけ見て帰って来ました。手を握ろうかと思いましたが、寝ている彼女に勝手に触るのは失礼な気がしました。ただ自分という存在が近くにいる事を感じて欲しいと願い、顔を見て帰って来ました。
この「菅野日記」を書いて来て本当に良かったなと思います。人間というものは悲しい生き物で、良くも悪くもいろんな事を忘れてしまいます。その時には「この思い出は一生忘れない」と思っても、時間が経つと頭の中から思い出がこぼれ落ちてしまいます。この日記を読んでいて、あの時はこうだったんだ!とかあの時はああだったのか!などいろいろな事を思い出す事が出来ます。日記を書く事をお勧めしたいです。
次男の最近のブームは「怖い?」です。次男はテレビを見ている私や妻に「怖い?怖い?」と聴いてきます。私が「怖い!」と言うと喜びます。私が「怖くないよ!」と言うと、何度も「怖い?」と聴いてきます。どうやら「怖い!」と言わせたいみたいです。
国際親善大会の型競技35歳以上の部に出場しました。演じた型は「観空 カンクウ」です。32名が参加して4位タイでした。本当に自分という人間は面白いと思います。初めて型競技に挑戦した時は予選落ち、2回目が6位タイ、3回目が予選4位、決勝5位、そして4回目となる今回が4位タイ、階段を登るように1段ずつ上がっています。自分らしいと言えば自分らしいと思います。ただね絶対優勝するまでやるのも自分らしいと思うので、必ず優勝するまでやりたいと思います。次の極真祭は演じる型を「五十三歩 スーシーホー」にしたいと思います。次こそは必ず勝ちます!
長男が初めて国際親善大会に出場しました。長男にとっては初めての大きな試合でした。結果は一回戦敗退でした。緊張もあったと思いますし、相手が強かったという事もあったと思いますが、ほとんど何も出来ずに負けてしまいました。でも私は試合に出場した長男を誇りに思います。あの大きな東京体育館であんなに選手がいて、観戦者がいる中で試合に立ったというだけで大変な事だったと思います。私も大きな試合を何度も経験しました。だから試合場に立つ事の緊張、そこで闘う事の怖さ、痛さ、苦しさ、負けた時の屈辱感を誰よりも分かります。でも私は100パーセント自分の意志で、自分が望んで試合場に立ちました。誰に頼まれたわけでも、誰に勧められたわけでも、誰に強制されたわけでもありません。しかし長男は全てではありませんが、親の勧めがあり、よく右も左も怖さも何も分からない状況の中であの場所に立ったのです。そして闘って来たのです。勝とうが負けようが、そんな事は問題ではありません。私は長男を心から「凄かったよ頑張ったね」と褒めたいです。それに負ける事は悪い事ではありません。悪い事どころか、一生懸命試合に出て闘ったのですから良い事をしたのです。何一つ悪い事や恥ずかしい事なんてしていません。本当に恥ずかしい事は、嫌な事から逃げたり、嫌いなものを辞めたり、挑戦する事を恐れたりする事なのではないかと思います。そこまで分かっていて、自分の子を何故その大変な場所に立たせたかというと、それは小さいうちに大きな舞台に立つ事や、痛い、怖い、辛いという状況を経験しておけば、将来に絶対に役に立つと思うからです。自分が痛い、怖い、恥ずかしいという状況の中で相手の気持が分かれば、相手を思いやる事も相手の一歩上を行く事だって出来るようになります。そして小さいうちにどんどん器を大きくして欲しいと思います。
国際親善大会二日目の出場者9名でした。涼太郎が3位に入賞しました。涼太郎は約100名が出場するクラスでの3位ですから凄いです。そして何よりも涼太郎は3位になるだけの努力を、いやそれ以上の努力をして来ました。私は涼太郎の先生ですからそれを間近でずっと見て来ました。本当に良く頑張りました。他にも大亮、恵里花、優も入賞出来るぐらい頑張って来ましたが、たぶん本人が納得する結果は出なかったと思います。でも今回この国際親善大会に出場した全員を私は褒めてあげたいです。私も約17年、130回試合をしました。緊張しない、怖くない、痛くない、苦しくない、試合なんて1試合もありませんでした。まだ子供の彼らがあの舞台に立って闘うというのがどれだけ大変な事か?私は誰よりも分かっているつもりです。本当によく頑張ったと褒めてあげたいです。負けた子達もこの経験が必ず彼らの将来を輝かせてくれます。そしてこれからもっともっと私は情熱をこめて指導して行きます。みんなが夢や目標を持って頑張る道場を作りたいです。夢や目標があれば稽古も人生も楽しくなります。そして夢や目標を持って頑張れば感動があります。映画やテレビで見た感動なんてものではありません。自分が作り出したドラマは何にも負けない感動があります。自分の命に、自分の人生に、自分の両親に、自分に関わったすべての人に感謝して涙が止まらなくなるほどの感動を味わえます。それを皆で味わえる道場を作りたいと思います。
国際親善大会初日が終了しました。型競技に5名、組手に1名、出場しました。今日の出場者は5名が初めての国際親善大会出場者でした。自分が立った事のないステージに立つという事は本当に素晴らしい事です。東京城南京浜が型競技に取り組まなければ国際親善大会の舞台を経験出来なかった人もいたかもしれません。これからも一人でも多くの人に夢や感動を与えられるような活動をして行きたいと思います。夜は六本木の「つるとんたん」にて松井章奎館長、郷田勇三最高顧問をお招きし支部長懇親会が行われました。私はまさかの松井章奎館長の隣の席で少し緊張しました。私がこの極真空手を始めたきっかけは松井章奎館長が優勝した第4回世界大会を見たからです。だからやはり今でも松井章奎館長は私にとって神様のような人です。館長から情熱のこもったお話を聴かせて頂きました。この熱い気持を明日からの原動力にしたいと思います。
朝の仕事をして、大森道場に行き軽く稽古をしてから、前橋さんのお見舞いに行きました。私が行った時はまだ意識が朦朧としている状態でした。私が手を握り「明日から国際親善大会で少し顔を出しに来れなくなるので、前橋さんの顔を見に来ました。」と言うと、前橋さんは「いい時がないですね。すみません。」「頑張って下さい。」と言いました。たったそれだけの時間でしたが、私は前橋さんからいろんなものを頂きました。長い言葉を交わすこと出来ませんが、お互いの気持は伝わっていると思います。
kanno
|